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独楽

作者: 久米 貴明

 夢を見ていたんです。短い夢を。


 なんというか、私にとって青春というものは、儚くて、弱くて、寂しくて、心細くて、独りで、素肌を切り裂くような、激しい風みたいなものでした。


 けれど、どれだけ思い返しても、その風は、どこか温かい。いつまでも、いつまでも、抱きしめてくれていたんです。私を。


 私は12の歳に人を殺しました。他の誰かでもない、私自身を殺したんです。


 それ以来、私はずっと空白でした。こころの中に、なにもない。真っ白。しかもその空白は、風が吹けば飛んでいくんです。


 吹けば飛ぶ、紙のようなものでした。誰かが言葉を投げかけるたび、ホワイトボードにマジックペンをはしらせるように私の心に書き込まれ、書き込まれ、文字の上に文字が重なり、何もわからなくなると、私は慌ててまた心を真っ白にしました。だから結局、どんな言葉も、私の上には残りませんでした。


 そのたび私は無感動を装って、そのくせ絶えず乾いた無表情の皮の下に、涙を流していました。


 何もない日々がずっと続き、気付けば私は24歳になっていました。


 ある薄暗い会社からの帰り道、私は一人の少年を見かけました。


 彼は公園の、円形の、蟻地獄のような形をした舞台の中を、独楽のようにグルグルと廻り続けていました。


 暫く足を止めて見ていると、彼はどんどんどんどん、走るスピードを増していきました。廻っているうちに遠心力が彼の身体に作用して、身体にかかる負荷が大きくなる。


 彼はまるでそれを楽しんでいるようでした。


 しかし、とうとう限界がきたのでしょう。遠目からでもわかるくらい、彼は大きく足を挫いて、倒れ込み、そのまま坂を、蟻地獄の底へと滑り落ちていきました。


 そうしてちょうど舞台の中央で、動かなくなりました。


 それを見た私は、慌てて円の中に飛び込み、彼に肩をかして坂の上まで運び上げました。正直言ってそれは、たいへんな重労働でした。


 そのあと彼を家まで送り届けた帰り道、夜空に浮かぶ月を眺めながら、私はふと思ったのです。


 あぁ、私もようやく、文字になれたんだなあと。

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