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第8話

薬草の自生地での採取が無事に終わり、一行は達成感を胸に帰路についた。森の中の道を歩きながら、アメリアは、草木の香りと心地よい風に包まれていた。疲れがじわじわと体に広がるものの、その日の成果に満足し、静かな森の空気を楽しんでいた。


「今日はこれだけ採取できたんだしきっと上出来だったわ!」とエミリーが笑みを浮かべる。


アメリアも微笑み返し、「ええ、これなら無事に終われそうね」と嬉しそうに答えた。達成感に満ちたその時、遠くから風が吹き込み、木々がざわめき始めた。


ふと空を見上げたアメリアの表情が少し曇る。


「……なんだか雲が出てきたみたい。」


空はみるみるうちに灰色に染まり、太陽はその光を失い始めた。風は強くなり、森の木々がざわめく。


「雨が降りそう……。」


エミリーがやや不安げに言う。


「急に降りそうね。どうしよう?」と、フィリップにアメリアが尋ねた。


彼は静かに周囲を見渡し、冷静に答える。


「この先に山小屋がある。そこで雨宿りをしよう。」


そう彼がつぶやいた途端、大粒の雨がぽつり、ぽつりと降り始めた。そして、それは瞬く間に勢いを増し、激しい雨音が響き渡る。


「やっぱり降り出した!」


エミリーが叫ぶ。


「こっちだ。」


フィリップがそう言いい、一行は彼についていく。


アレクシオが軽く笑いながら、「水に濡れたところでこれ以上、色男にはなれないってのに!」と、冗談を言う。


エミリーは、彼を軽く睨み「ふざけてる場合じゃないでしょ!本当にびしょ濡れになっちゃうわ!」と、叫びみんなで駆け足で進む。雨脚はますます強くなり、木々の葉がバチバチと大きく音を鳴らす。


フィリップが先導し、雨に濡れながら小屋を目指す。アメリアは、冷たい雨を感じつつも、何とか足を速めた。視界の先、木々の間から小さな木造の山小屋が姿を現した。


「ここだ。急げ!」フィリップが声をかけると、全員が小屋に駆け込むようにして飛び込んだ。





一行が駆け込んだ小さな山小屋は、古びた木造で、屋根は雨を遮るには十分だったが、隙間から風が吹き込んでくる。屋内はひんやりとして、外の雨音が小屋の中にも響いていた。


エミリーは、息を切らしながら、「ああ、助かったわ……。それにしても、こんなに急に降るなんて」と、濡れた髪を軽くかき上げる。


アメリアも深く息を吐き「本当にびっくりしたわね……。でも、無事に雨宿りできてよかった」と、窓際の椅子に腰を下ろした。雨粒が窓ガラスを打つ音が心地よく響いている。


フィリップは冷静な表情で扉を閉め、外の様子を確認しながら「しばらくこのまま雨が続きそうだ。ここで休もう」と提案する。


「でも、ここいい場所だな。晴れてたら景色も綺麗そうだし、隠れ家みたいで思ったよりも悪くないんじゃないか?」アレクシオは軽口を叩きながら、壁に寄りかかり、雨をじっと見つめた。彼の目は、どこか楽しげでもあり、静かな雨音に耳を澄ませている。


「それにしても君、意外と落ち着いてるんだな。結構濡れたけど、寒くない?」


アレクシオが微笑みながらアメリアに声をかけた。


「少し驚いたけど、大丈夫、寒くないわよ。雨は好きではないけれど、実は、雨音は嫌いじゃないのよね。」


アレクシオは小さく頷き「確かに、こうして雨音を聞いていると心が落ち着くこともあるな。普段の喧騒から少し離れられるっていうか」と、いつもの軽い調子とは異なる穏やかな声で返す。


アメリアは、そんなアレクシオの一面に少し驚きながらも「そうね、こういう静かな時間も悪くないわね」と、窓の外に視線を向けながら静かに答えた。


エミリーがふと窓の外を覗き込む。


「それにしても早く止んでくれるといいんだけどなぁ。」


雨音が小屋の中に響く中、しばらくの間、全員がそれぞれの考えに浸りながら、静かに時を過ごしていた。





アメリアは、窓の外を見つめながら、ふと思い立ってアレクシオに声をかけた。


「ねぇ、あなたって、普段どのように過ごしているの?」


アレクシオは、少し驚いたように眉を上げて、にやりと笑った。


「へぇ、僕に興味があるの?」


アメリアは少し焦って「そうじゃないわ!あなたって、自由に振る舞っているようで、実は周りの様子をよくみて立ち回っているなと思って」と付け加える。


アレクシオは肩を軽くすくめ、「なんだ、僕に興味があるわけじゃないのか」と胡散臭いほど残念がった。


「うちが商売をやっているのは、知ってる? フォルツィ商会って言えば、わかるかな?」


「もちろん知っているわ。主力は絹織物よね?」


アメリアが答えると、アレクシオは軽く驚いたような表情を見せた。


「さすが特待生。君は何でも知っているんだな。そう、普段は商会の手伝いをしてる。これでも跡取りだからね」と、少し照れたように笑った。


アメリアは興味を引かれたように目を輝かせ、「へぇ、具体的にはどんなことをするの?」と尋ねる。


「仕入れの管理や取引先との交渉、商品のチェックもするし、現場で働くこともあるよ。ご贔屓の貴族の家に行くこともあるし、花街からの注文を届けに行くこともあるんだ」とアレクシオが笑顔で説明する。


(そういえば、クラスの女子が『彼が花街方面から出てきたのを侍従が見たのよ!』って噂していたけれど、そういうことだったのね)


「実は、フィリップの家――リッチモンド家も、うちの商会の顧客なんだ。だから彼とはその縁で昔から知り合いなんだよ」


アメリアは少し驚きながら「フィリップ様とはもともと友人だったのね。寡黙な彼と、あなたが仲が良いことを不思議に思っていたけれど、そういう理由だったのね」と言うと、アレクシオは軽く笑った。


「いやいや、彼は意外と表情に出るからね。無表情だけども表情が雄弁なんだよ。矛盾しているかもしれないけど。」


アメリアは微笑み「そうね。今日も確かによく見ると嬉しそう……みたいな時があったわ」と、薬草採集中の彼を思い出しながら少し納得した様子で頷いた。


その後、アレクシオはふと思い出したように、尋ねた。


「そういえば、エミリーと君も付き合いは長そうだね?」


「ええ、エミリーとは幼馴染みなの。母同士が学生時代の友人で、幼い頃からお互いの家に遊びに行ってたわ。」


「それはそれは長い付き合いだね。君たちが仲が良いのも納得だよ。」


「そうね。でも、彼女は自由で明るいから、私はいつも少し引っ張ってもらっているの。エミリーは、私にはない大胆さを持っていて、かわいらしくて、魅力的で……。」


アメリアは微笑みながら小さくため息をついた。


「なるほどね。でも、そういうことなら、君もエミリーに負けないくらい魅力的だと思うけど?」


アメリアは(どうせまたからかわれているんだわ)と呆れて、アレクシオの方を見た――が、彼は思いの外、真剣な眼差しでアメリアを見ている。


「いや、君がすごく真面目な人であることは皆が認めるところだとは思うけども、それは、自分自身のためじゃなくて、誰かのために責任感をもって真剣に取り組んでいる結果なんだろうな、と、思ったよ。実際、今回の校外学習だって、グループの皆のために予習してくれたんだよね?それって誰にでもできることではないと思うよ。」


アメリアは驚いた。自分自身が当たり前としてきた努力をアレクシオはあっさりと”魅力”に変換してくれた。目の奥がつんと熱くなる。


「ただ、1点。君のその生真面目でまっすぐなところは人によっては眩しすぎるかもね。誰にもできないことができるって特別であることだから。」


アメリアは、アレクシオの言葉を聞いて少し考え込む。彼の本音がつかめない。


アレクシオは、そんなアメリアを見て艷やかに笑い「まあ、そのままでいいさ。君のそういうとこ、僕はとても魅力的だと思うよ。ほら、今だって眉間にしわを寄せて一生懸命考えてる顔、なかなか悪くないよ?」と、からかいの色を込めていった。


アメリアは少し照れたように、「もう。見ないで」とそっぽを向いて小さくつぶやいた。


「ほらね。意外と可愛いところがあるじゃん。」


アレクシオはくくっと優しく微笑んだ。


外はまだ雨が降り続いていたが、その場は柔らかな空気が流れていた。


次回更新は2024年10月8日予定です。

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