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第7話

険しい山道を抜けた一行は、ついに目的地である薬草の自生地にたどり着いた。目の前には森の風景が広がり、青々とした香りが微かに漂ってくる。木々の間から差し込む陽の光が、緑の葉をきらきらと輝かせ、そこはまるで自然が生み出した小さな聖域のようだった。


「すごい……これが薬草の自生地!!」


エミリーは初めて見る光景に目を輝かせ、周囲を見渡した。木々の間を歩くたびに小鳥たちが枝から飛び立ち、遠くからは水のせせらぎも聞こえてくる。


アメリアもその場の美しさにしばし見とれていた。風がささやくように木々を揺らし、その合間に昆虫たちの微かな音が交じる。深呼吸をすると澄んだ空気が彼女の胸いっぱいに満ちていった。


「ここは古くから薬草が豊富に自生している場所で、特に治療薬に使われる草が多いらしい。」


普段は言葉少ないフィリップがつぶやいた。この美しい光景に彼にも何か感じるものがあったらしい。思わず口をついて出たようだ。


「見て!お花がとってもかわいいわ!」


エミリーは小さな白い花を咲かせた植物を指差した。


彼女の声にアメリアは顔を向け、「これは『ウィンドグラス』と言って喉の痛みを和らげる薬草ね。乾燥させて煎じると良いんだって」と、答えた。


「さすがミー、よく知ってる!」


エミリーは驚きの声を上げ、まるで小さな子どものようにその花をじっと観察している。


「私も少しは勉強しておけばよかったなぁ……。」


エミリーは、アメリアに心底感心していたが、その言葉には、悔しさの色が見えた。


「大丈夫、僕が全部教えてあげるよ。」


アレクシオが冗談交じりに言い、少し重くなった空気をあっさりと軽くした。


「そして君が覚えたことは、全部僕のおかげだって触れ回ってくれていいよ?」


「そもそもあなたは全部覚えてないでしょう!ミーなら冗談抜きに図鑑の中身を全部覚えてそうだけど!」


エミリーは笑いながら軽く抗議し、さらに場を和ませた。その表情は楽しさで満ちている。


そんな時アメリアはと言うと――


(エミリー。さすがに私も全ては覚えられないわ……。)


少し震えていた。



--



その後、一行はそれぞれ手分けして薬草を探し始めた。アメリアは手際よく次々と薬草を摘み取り、効能や使い方を記録していった。エミリーも最初は戸惑っていたが、アメリアの助けを借りながら少しずつ慣れていった。時折、木の葉の間から差し込む光が揺れ、地面に美しい光の模様を描く中、作業は静かに進んでいった。


「ねえ、ミー、これって何?」


エミリーがひし形の葉を持ち上げてアメリアに尋ねた。


「それは『ナイトリーフ』。夜に開花するからそう呼ばれているのよ。消毒作用があるから、傷を洗ったあとに使えるわ。」


エミリーが目を丸くしながら、「夜に咲く花か……不思議ね。でもそんな葉っぱが傷の治療に使えるなんて、自然ってすごいのね」とつぶやいた。


そして今度はアメリアが手に取った冷たいふわふわとした葉を見て言う。


「これは『ドロップリーフ』ね。水分を多く含んでいて、水がなくても火傷の治療に使えるの。」


エミリーは感心して首を縦に振り「火傷に効くなんてすごい!こんなに小さな葉っぱなのに、そんな水分を溜め込んでいるなんて」と、ますます興味を深めた様子でアメリアの手元をじっと見つめていた。


「自然って不思議よね。この森には他にも、きっとまだまだ見つけられていない薬草があるんじゃないかって思うわ。」


アメリアは、葉を手に取りながら、しみじみとそう呟いた。


フィリップは無言で近くに生えている薬草を摘み、ひとつひとつ丁寧に袋へとしまっていた。その姿はとても手慣れており、頼りがいがある。そして時折、周囲の景色を見渡し、この校外学習を本人なりに楽しんでいるようだった。


「フィリップ様、すごく慣れてるみたいですね!」


エミリーが感心したように声をかけると、フィリップは一瞬チラリとこちらを見て、軽く頷いた。


「僕、やっぱりこういう繊細な作業は苦手かも。正直、薬草を傷つけてしまいそうだし。」


そんな中、アレクシオが軽く肩をすくめながらアメリアに言う。


「さっきは『何でも僕に聞いて』と豪語していたじゃない。でも、手は止まっていないし、実はちゃんと扱いを覚えてるのではなくて?」


アメリアが笑いながら返すと、アレクシオは照れ隠しのように笑い返した。


「君が……丁寧に一つひとつ教えてくれるからだよ。僕一人だったら、どれもただの草にしか見えないし、もっと雑に袋に詰めてるね。」


アレクシオは冗談めかして言ったが、その言葉にはどこか優しさが込められていた。


「でも、ミーって本当にすごいのね。私、最初はなぁんにもわかんなかったけどミーがちゃんと教えてくれるから詳しくなっちゃった!」


エミリーは、胸を張って誇らしげに言った。


「それはよかったわ。私も予習したかいがあったわ。」


アメリアはとても嬉しそうに微笑んだ。アレクシオはじっとその様子を見ている。


その瞬間、木々の間から風がさっと吹き抜け、薬草の葉が静かに揺れた。森の奥深くからかすかな風の音が聞こえ、一行に安らぎをもたらしてくれた。



--



こうして、薬草の採取が進む中、エミリーがふと遠くを見て声を上げた。


「あっ、ルーカス様がいるわ!」


アメリアがその声に驚いて顔を上げると、少し離れた場所にルーカスのグループが見えた。彼はグループの他の生徒と話をしていたが、ふとこちらに視線を向けた。エミリーはその場で少しソワソワし始め、目で彼の動きを追っている。


(あら?なんだかこちらを見た気がするけど……。)


「あー!本当に今日も素敵ね!自然の澄んだ空気とお日様の元でいつもより数倍増しで神々しいわ!」エミリーは顔を赤らめ興奮しており、どこかルーカスに気づかれることを期待しているようだった。


そうしているとルーカスがこちらに歩み寄ってきた。エミリーの表情が一気に明るくなり、アメリアも少し緊張感を感じた。


「やあ、みんな。順調に進んでる?」


ルーカスは落ち着いた声で話しかけてきた。彼の笑顔は相変わらず余裕に満ちており、トレードマークのブロンドヘアは陽の光に反射してキラキラとかがやいていた。


「はい!順調です!ルーカス様のグループはいかがですか?」


エミリーが少し上ずった調子で答えた。


「そうだね。それなりに採取記録は取れたかな?でも、君たちの方がたくさん集まっていそうだし――何よりとっても楽しそうだ。」


ルーカスはそう言って、アメリアに視線を送った。彼の言葉に込められた柔らかなトーンに、アメリアは少しドキッとし、何と答えてよいのかわからず口を噤んでしまう。


その様子を察したアレクシオが軽く笑いながら口を開く。


「アメリアのおかげで、正直全く興味がなかった薬草のことも学べてるし、まぁ、楽しくやれているよね?」


アレクシオは軽い調子で言ったが、その目はルーカスをじっと見ていた。


ルーカスはちらりとアレクシオを見たがすぐに目線を外し「アメリアは本当に物知りなんだね。薬草にも詳しいなんて、やっぱり君はすごいね」と、アメリアに微笑みかけた。


アメリアは、少し戸惑いながらも「ありがとうございます。でも、まだまだ学ぶことはたくさんありますし、グループのメンバーとも協力できたのでたくさん採取できただけですよ。」と控えめに返した。


なお、答えている間もルーカスはアメリアにむかって微笑んでいる。アメリアはその視線に当てられ、落ち着かない様子で、採取袋の口をギュッと握った。


ルーカスは、その様子をみて、ふっと息を吐き「じゃあ、僕たちも負けてられないな。お互い頑張ろう。では、また後で」と言いのこし、軽く手を振って自分のグループに戻っていった。エミリーはその姿を見つめながら、ほんの少し残念そうにため息をついた。


「やっぱり、ルーカス様って素敵ね……。でも、本当にミーとお似合いだわ。ルーカス様もミーが気になっているみたいだし?」


エミリーは興奮してはしゃいでいる。


「そんなことないわ!気のせいよ!」


アメリアは慌てて否定したが、内心ではルーカスが自分を見る目が少し気になり始めていたのも事実であった。


二人のやり取りを見ていたアレクシオは、軽く肩をすくめて「王子様に攫われないでね?」と、軽い口調でからかった。


「冗談はやめてよ。」


アメリアは苦笑しながら返したが、その言葉は、ルーカスの真意を探ろうとする自分をなだめるものになっていることに気づいていた。



次回更新は2024年10月5日予定です。

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