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第4話

次の日の放課後、アメリアは第2図書館でいつもの窓際の席に座り、授業の復習に取り組んでいた。窓から差し込む陽光は少し西に傾き始め、金色の光が静かに本棚をなぞっている。まだ午後の早い時間帯だが、少しずつ影が伸び始めていて、暖かな日差しがアメリアの頬を包んでいた。風が微かにカーテンを揺らし、心地よい静けさの中で、一瞬だけ鳥のさえずりが遠くから聞こえ、また静寂が戻る。彼女は教科書を開き、ノートに淡々と筆を走らせる。窓からの柔らかな光がページを照らし、時折聞こえる紙の擦れる音が静けさを際立たせる。アメリアは深く集中し、周囲の静けさに身を委ねながら、勉強に没頭していた。


そんな時、扉が静かに開き、ルーカスが入ってきた。アメリアは少し驚きつつも、表情には出さずに彼を見上げる。ルーカスは微笑みながらこちらに向かい、自然な動作でアメリアの隣の席に座った。


(あ、今日は何も言わず座るのね。)


「今日もここで勉強かな?」


「ええ、ここは静かで落ち着きますから。」


アメリアは視線をノートに戻すが、隣にいるルーカスの存在感を意識せずにはいられない。


「僕もここはいい場所だと思う。人が少ないし、静かで集中できるしね。」


ルーカスは軽くノートを広げながら、アメリアに話しかけた。


「あと、ここに来ればまた君に会えるかなと思って。」


アメリアは彼の言葉に驚き顔をあげた。ルーカスは変わらず微笑んでおり、その真意は読み取れず、アメリアは困惑した。


「そ、そうなんですね。」


「一昨日、君と話しただろう。その時に新たな発見もあったし、何より勉強についてこれだけ話し尽くせる人もいなかったから。君と話してみると勉強も捗るし楽しい。」


「そう言っていただけて光栄です。」


(そういうことか。ちょっとドキッとしてしまったわ……。)


アメリアは小さく微笑み、ノートに目を戻す。けれども、ルーカスが気になって少し集中しづらくなっている自分に気づいた。ルーカスは静かにページをめくり、しばらく二人の間には静けさが続いた。


しばらくすると、ルーカスが机の上に置かれている本をちらっと見て口を開いた。


「その小説、僕も読んだことがあるのだけども、君も読んでいるのかな?」


ルーカスがそう言ったのは『星の約束』という小説だ。


この話は、戦争で両親を亡くした少年が主人公で、まだ幼く身体の弱い妹を養いながら、逆境に立ち向かい続ける話である。妹の治療薬を買うべく少年は必死に働くが、幼い彼が働く環境はとても良い環境とは言えず、夜になると両親を思い出しては星空を見上げ、星たちに妹を幸せにすることを誓う。終盤、少年は妹の治療薬を手に入れるが、過労で倒れ亡くなってしまう。その後、少年の妹は健康に育ち、結婚し、兄の面影がある息子とともに、静かに夜空を見上げる場面で物語は終わる。


妹のため懸命に働く彼に無情にも襲いかかる社会の厳しさに、思わず目をそむけたくなるような場面もあるが、アメリアはこの小説が好きで何度も読んでいた。


「はい。私も何度か読んでいます。」


「そうなんだね。ちなみに君は、この主人公についてどう思う?」


アメリアは本の内容を振り返りながら静かに言葉を選んだ。


「私は、主人公が逆境に直面しても自分の心を折らず、妹のために尽くし続ける姿がとても印象的でした。彼の強さは、ただ頑張るだけでなく、自分の限界を感じながらも、たとえそれが自分自身の身を削る選択であっても、妹を助けることを最優先に選択し続けたところにあると思います。彼が誓いを立てる夜空の星は、妹を幸せにしたいという願いだけでなく、自分もその幸せの一部になりたいという静かな願望を映しているようにも思います。本当は一緒に生きていきたい気持ちもあったのかな、と。」


アメリアはさらに続けた。


「ただ、彼の行動はただの自己犠牲とは違うと思っていて……。葛藤を周りに見せず、自身の選択を貫き通す姿は、実はプライドであったり、意地みたいなものもあっての行動なのかなと。正直、私だったら、もっと早めに誰かに助けを求めるかと思います。途中で登場したご近所の大人なんかに。だから彼のように周りに流されずに自身の命を削るような選択をするのって、なかなかできないと思うんです。」


(ふぅ)


アメリアは一息ついてルーカスを見た。ルーカスはじっとだまってこちらをじっと見つめている。先を促されているようだ。


「私は、これまで両親に進められて勉強に精を出してきました。幸いにも勉強は苦手ではなかったですし、お陰さまでこの学院にも入ることができました。新たな発見に満ちた日々は本当に充実していて、両親が与えてくれたこの道は、きっと間違っていないと思います。ですが、『本当にやりたいことは?』『何を成し遂げたい?』と、ここ最近は声にできない想いがくすぶっている自分に気づくこともあります。だから、ちょっと主人公の勇気ある姿が羨ましくなる瞬間があって……。きっと私も成長していく中で命を削るとはいかなくても『選択の時』は来ると思っています。その時に勇気とプライド、そしてちょっとした意固地な気持ちをちゃんと持って、後悔のない選択をしたいと思います。まぁ、思ってもできるかどうかは別ですけど……。」


アメリアは、少し熱くなりすぎた自分に恥ずかしくなって、ごまかすように話を切った。ルーカスはいつもの微笑みを崩し、少し寂しげな表情をしていた。


「君の考え方は、まっすぐで強いね。()()()()()、か……」と、少し低めのトーンで静かに返す。言葉は自然で優しげだが、どこかに普段の余裕とは違う、一瞬だけ見せた表情の変化にアメリアは気づいていた。


アメリアはその微かな違和感に気づかぬ振りをして「きっと感じることは人それぞれですから。私は少し変わっているのかもしれません」と小さく笑った。さらに「それにしてもグレイフォード様に”強い”と評価していただけるのはとても嬉しいですね。私、こう見えても9歳の弟を軽々と抱き上げられるんですよ」と続けた。


ルーカスは、一瞬きょとんとして、それから声を出して笑った。


「ははっ、”強い“って……!本当に君は面白いな。そうだ、せっかく仲良くなれたんだ。僕のことは気軽にルーカスと呼んでよ。そしてぜひ君のこともアメリアと呼ばせていただきたいのだが、いいかな?」


ルーカスは、そう言いながら普段の穏やかな笑顔に戻った。


「ルーカス様にそう言っていただくのは怖れ多いですが……ぜひ、よろしくお願いします。」





その後もアメリアとルーカスは並んで勉強を進めていた。緊張がほぐれ、時間はあっという間に過ぎていった。鳥の鳴き声が聞こえてきた頃には、テーブルのランプの影は濃い色になっていた。


「今日もそろそろ帰る時間かな?ぜひ、馬車まで一緒にどうかな?」


「遠慮し……」アメリアは口を開きかけたが、ルーカスの王子様然とした笑顔には無言の圧力があった。


「はい、お願いします……。」


(これ以上噂になりたくないのに……。)


二人は並んで学院の校門へ向かった。夕方の柔らかな光が影を長く引き伸ばしている。一昨日よりも話が弾み、会話が続く。道沿いの木々は風に揺れ、葉擦れの音が微かに耳に届く。ルーカスの歩幅に合わせるよう、なんとなく早足で歩いていると彼が徐々に歩調を緩めはじめた。アメリアは少し驚いたように彼を見上げた。しかし、彼はまっすぐ前を見つめ、いつもの表情を浮かべていた。


(気のせいかな……?)とアメリアが考えたその時、「歩くのが少し早いね、気にしてた?」と、ルーカスはこちらを向くことなく尋ねた。


アメリアは軽く俯きながら、「少しだけ」と控えめに答えた。その後は特に会話もなかったが、二人の歩むペースが重なり、校門へと向かう道のりはいつもより短く感じられた。


門にたどり着くと、ルーカスはやさしく微笑んで、馬車の扉を開けた。


「今日もありがとう。アメリアと話していると時間が経つのがあっという間だね。また図書館で会えるといいな……。」


アメリアは、ルーカスの言葉に軽く頷きながら、「こちらこそ、ありがとうございます」と返した。そのうちに馬車が静かに動き出し、アメリアは窓から手を振った。


彼女は心の中にほんのりと温かな気持ちを抱えたまま、学院の景色がゆっくりと遠ざかっていくのを見つめていた。

次回更新は2024年9月24日予定です。

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