31話(エピローグ)
競技祭の熱気が過ぎ去って、季節は静かに移ろい始めていた。校庭の木々はほんのり色づき、空気も日ごとに澄んでいく。新学期が始まり、学生たちはいつもの日常に戻りつつある。
窓から吹き込む風はさらりと涼しく、制服の上に羽織った薄手のマントをふわりと揺らしていく。
教室の一角でアメリア・ラクロワは、配布された行事予定表を手に、真剣な眼差しで書類を確認していた。整えられた机の上には、秋の陽差しが斜めに差し込み、白紙の余白がほんのりと金色に染まっている。
(来週の授業変更……。あとは図書当番と委員会の確認……。)
そんな風に小さく予定を唱えていると、隣の席から不意に声が飛んでくる。
「ねぇアメリア、今日も真面目すぎて可愛いね。さっそくだけど、僕と一緒に委員会をサボってみない?」
その軽口に、アメリアは小さく息をついて顔を上げた。そこには、いつも通りの気怠そうな仕草で肘をつくアレクシオの姿。けれど、その口元にはどこか柔らかな笑みが浮かんでいた。
「サボりません。」
そう返しながらも、アメリアの頬がわずかに赤く染まる。
競技祭の日以降も、それから少しの時間が経った今でも、ふたりは一見それまでと変わらない距離感で過ごしている。
けれど、視線が重なったときの温度も、何気ない言葉に込められた想いも、もう以前とはまるで違っていた。
–
「フィリップ様、良かったですねぇ。なんだかここまで長かったですねぇ。はぁ~、青春って感じ。いいなぁ……。それはそうと、フィリップ様も恋してたりします?」
少し離れたところでは、エミリーがフィリップと仲良く話している。エミリーは少しフィリップをからかうように言った。
「ああ。バートン嬢のことは好ましく思っている。」
「……えっ?」
エミリーは「ボッ」と音が聞こえそうなほどに真っ赤になった。フィリップはそんなエミリーをその場において「じゃあ」と教室を出ていった。
「そ、そ、それは!え?!ちょっ……ちょっと……!フィリップ様!!」
エミリーが慌ててフィリップを追いかけていく。
アメリアは「あらまあ」と言いながら2人の様子を微笑ましく見て笑い、アレクシオは「あいつやるな」と感心していた。
–
日が傾く頃、放課後の校舎を抜けて、アメリアとアレクシオは並んで歩いていた。マントの裾を揺らす秋風はどこか優しく、背の高い木々が、さらさらと音を立てて見送ってくれる。
「ねえ、アレク。また、冬休みに養蚕場に行けるかしら?」
不意にアメリアがそう切り出すと、アレクはきょとんとした表情を浮かべたあと、笑った。
「もちろん。今度は託児所だけじゃなくて、ちゃんと全体を案内しないとな。」
「うん、楽しみにしてるわ。あのね。あの時、子どもたちと遊んだりお昼寝の時間に本を読んであげたりして気づいたの。」
アメリアは一度、歩みを止めた。秋の陽が彼女の横顔に当たり、金の縁取りのように髪を染める。
「私、やってみたいことが見つかったの。」
「やってみたいこと?」
アメリアは、ゆっくりと頷いた。
「託児所の先生……になってみたいなって。あの子たちと過ごしているうちに、ちゃんと“誰かの役に立てる”自分になりたいって思ったし、何よりすごく楽しかったから。」
アレクシオは、しばらく何も言わず、彼女を見つめていた。風が通り過ぎ、赤茶の髪が揺れた。
「――君がそう言うなら、僕はきっと、世界中に養蚕場を広げてそのすべてに託児所を作ることになるな。」
「ちょっと、大げさすぎよ。」
彼はそっと、彼女の手をとる。秋風がふたりの間を通り抜け、指先がぬくもりを確かめ合う。
「応援するよ。僕も、君に負けないくらい頑張らなきゃな。」
「ふふ、期待してるわ。」
季節は移ろい、時間は流れていく――けれど、この瞬間のふたりの想いだけは、ずっと変わらずに。
アレクシオは、アメリアの手を優しく引き寄せると、ひとつ、口づけを落とした。
何より、ふたりのこれからが、ゆっくりと、確かに始まっていくのを感じさせる仕草だった。
空にはもう、いくつもの星が滲み始めている。
これからもきっと、すれ違ったり、戸惑ったりする日もあるだろう。
けれど、それでも――
彼となら、きっと前に進んでいける。
アメリアはそっと目を閉じて、彼の肩に身を預けた。




