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【完結】織りなす糸の先は  作者: 牧之原うに


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第28話

朝露がまだ芝生に残る広場では、早くから準備に追われる生徒たちの姿があった。色とりどりの旗が風に揺れ、応援席のリボンは陽の光を反射してきらめく。貴族学院らしい上品な華やかさに包まれたその光景は、普段の落ち着いた校内とはまた違う、どこか心浮き立つ空気を漂わせていた。


「ラクロワさん、こちらの台本、念の為確認をお願い。」


先輩の委員が慌ただしく資料を手渡してくる。アメリアは落ち着いた様子でそれを受け取り、目を通すと「特に問題はありませんでした。よろしくお願いします」と、先輩に渡した。


実行委員に選ばれてから数週間。アメリアは、いつも通り丁寧な口調と柔らかな笑顔を忘れず、周囲から信頼を得ていた。


「さすがだね、アメリア。」


後ろから聞き覚えのある声がして、振り返るとそこにはアレクシオの姿があった。いつもはサイドにゆるくまとめられている赤茶の髪を、今日はきちっと後ろで括り、白を基調とした競技用の制服に身を包んだ姿は、いつもより少し凛々しく見える。


「今日は、僕も本気を出さないとね。君にいいところを見せられるように。」


「競技に集中してくれたら、それで十分よ。」


アメリアは微笑みながらも、その言葉の裏にある何かに気付きそうで、目を逸らすように視線を台本に戻した。


程なくして、開会の鐘が鳴る。音楽隊の演奏が流れ、生徒たちは各々のクラスで準備をし始める。


「またね、アメリア。」


アレクは颯爽とクラスに向かっていった。いつもと違う凛々しい姿にアメリアの胸は高鳴っていたが、それを振り払うように準備にとりかかった。



午前の陽射しが学院の中庭を金色に染める中、生徒たちはクラスごとに整列し、色とりどりのチームカラーを左胸に身につけ、いつもとは違う高揚感に包まれていた。広場の中心に設えられた特設ステージには、今年の競技祭実行委員が整然と並んで立っている。


その中で、アメリアは深く息を吸った。胸元にはクラスのリボンの他に実行委員の証である赤いリボンが揺れている。


「緊張するわ……。」


隣に並ぶのは、もう一人の代表、ルーカス・グレイフォード。彼はまるで舞踏会にでもいるかのような優雅な所作でアメリアに囁いた。


「緊張しているのかい?僕もだよ。でも、君と並んでいると心強いよ。」


「……ありがとうございます。」


アメリアは小さく笑った。


司会役の教員が前に出て、開幕の挨拶が始まる。ざわめいていた観客席が静まり返り、続いて実行委員による宣言の番がやってきた。


「それでは、実行委員代表、ラクロワ様とグレイフォード様より、一言いただきましょう。」


アメリアとルーカスは一歩前に出る。会場の視線が一斉に集まり、その瞬間、アメリアは自然と背筋を伸ばしていた。


「今年も学院の誇る伝統の競技祭が始まります。参加される皆様が、怪我なく、そして全力を尽くして競技に臨まれることを願っています。」


アメリアの透き通るような声が、風に乗って広場に響き渡る。


続けて、ルーカスが言葉を引き継いだ。


「勝ち負けだけでなく、共に学び、支え合い、仲間との絆を深める一日にしましょう。どうか最後まで楽しんでください。」


二人の言葉に、大きな拍手が湧き上がる。


観客席の最前列では、エミリーが手を振っていた。アメリアは思わず苦笑しながら手を振り返す。その様子に、少し離れたところで見ていたアレクシオが、ふっと目を細めた。


こうして、学院の競技祭が、ついに幕を開けた――。





競技祭も中盤に差し掛かり、女子競技「リュノール」が始まっていた。


ただの的当てではない。チームで戦い、どれだけ効率よく、そして正確に“得点区域”を射抜けるかが勝敗を分ける、戦略性の高い競技だ。的の配列、陣形の読み合い、そして何より集中力が試される。


対戦相手のチームとアメリアのチームの進捗状況はここまでは互角である。相手チームは最も高い金の旗を残し、順番を終えた。いよいよ大将であるアメリアの順番だ。


アメリアは、チームを勝利に導くべく、金の旗に狙いを定め、静かに弓を構えた。


途端に競技前の喧騒や、応援席から聞こえるエミリーの声も、今の彼女にはまるで遠い別世界のことのように感じられた。


(集中。)


彼女は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと呼吸を整えた。


視線の先、陽光を受けてきらめく的の一つが、まるでそこだけ浮かび上がるように見える。風の音が、遠くなっていく。聴こえるのは自分の呼吸と、心臓の鼓動だけ。まるで世界に自分一人しかいないような、静寂の瞬間が訪れた。


(私は、迷わない。)


一射目。アメリアの矢がしなる音を立て、風を切って空を飛ぶ――。


カンッという乾いた音。金の旗の手前、最も高得点の区域すれすれに、矢が吸い込まれるように突き刺さった。観客席から歓声が上がるが、アメリアはまだ顔色ひとつ変えない。


(一喜一憂しない。次も冷静に。)


二射目、三射目と矢を射るが、一番小さく一番遠い金の旗に当てるのは、本当に難しい。会場の熱気とは裏腹に、アメリアの内側は湖面のように静かだった。


四射目。わずかに風が動いた。アメリアはそれを感じ取って、矢の方向を微調整する。

そして放たれた矢は、惜しくも金旗の基部に触れた。的が揺れ、観客からさらに大きな歓声が沸き起こる。


(あと一本……。)


最後の一本を握りながら、アメリアはふと、ある言葉を思い出していた。


「君は心から欲しいものを求めてくれて良い」


それは父の言葉だった。自分が何を望み、何に心が動くのか――今、その答えが少しだけ見えた気がする。


五射目。アメリアは深く息を吸い込み、静かに、確かに、矢を放った。


矢はまっすぐに飛び、旗の中央を貫いた。最高得点。逆転勝利であった。


競技が終了し、結果を告げる鐘が鳴る。


アメリアはゆっくりと弓を下ろし、ようやくまわりの音が戻ってくるのを感じた。観客の拍手、仲間たちの歓声――それらが一気に押し寄せ、彼女の頬に微かな笑みを浮かべさせた。


(みんなが見てくれていた……。)


胸の奥に、じんわりと温かな光が灯る。


ふと、観客席の方へ目をやると、誰よりも強い眼差しでこちらを見ているアレクシオの姿があった。そして、ルーカスもまた別の場所から、静かに拍手を送っていた。


その瞬間、アメリアは自分が今、ひとつの節目に立っていることを感じていた。





リュノールの競技が終わり、校庭では昼食の時間が始まっていた。学生たちは持参したランチや屋台の軽食を囲みながら、午前中の競技の話題で賑わっている。


アメリアは中庭の噴水近くに敷かれたテーブルのひとつに腰かけ、エミリーと軽食をつまんでいた。


「ミー!ほんとにすごかったわよ!あの集中力。矢が風を切るたびに、こっちがゾクゾクしちゃった!」


エミリーはパンを両手で抱えながら興奮気味に言い、アメリアは照れたように微笑んだ。


「ありがとう。なんだか、不思議と落ち着いていたの。多分、みんなが応援してくれてたから。」


そう言って、アメリアはそっと周囲に視線を送る。エミリーと一緒に座っているテーブルから少し離れた場所には、あのふたりの姿があった。


アレクシオとルーカス――。


偶然か、それとも意図的か、二人は同じタイミングで昼食の場に現れていた。そして、アメリアを挟むように少し距離を置いて、異なるテーブルに座っている。


視線を感じて、アメリアは一瞬だけ二人に目をやる。


アレクは小さく手を振ってみせ、軽くウィンクをする。いつもの軽やかさと色気が同居するその仕草に、アメリアは思わず胸がきゅっとなった。


一方のルーカスは、まっすぐな眼差しでこちらを見ていた。何も言わず、ただ静かに、強く。


(……目があったわ。)


その事実が、嬉しくもあり、どこか苦しくもある。


そんなアメリアの心の揺れを察したのか、エミリーがちらりとアメリアの視線を追って、すぐに明るく笑った。


「ふふ、王子様ふたりに見つめられるお姫様って、絵になるわね?」


「からかわないで。」


アメリアは少しだけ赤くなり、エミリーの手元にあった焼き菓子を一つ取って口に運んだ。


「さて。午後の男子競技も楽しみね。アレクもルーカス様も出るんでしょう?」


「ええ。ふたりともコルティスの代表ね。」


エミリーが得意げに腕を組み「私もフィリップ様の応援がんばろうっと!」と言った時だった。


校舎の方から男子たちが声を上げながら走ってくる。どうやら午後の競技準備が始まるようだ。


アレクがテーブルを立ち、エミリーたちの方へ歩いてきた。


「アメリア、見ててくれよ。華麗な僕のプレーに惚れてもいいからね?」


「ふふ、期待してるわ。」


いつものような軽口――しかし、その目は、どこか切実なものだった。


その直後、ルーカスがアメリアの前を通り過ぎるとき、彼はすれ違いざまに小さく告げた。


「アメリア、僕を応援してほしい。」


重なるようなふたりの声。その余韻が、アメリアの胸に静かに広がっていった。


午後の陽射しが高く昇り、競技祭の後半戦が幕を開けようとしていた。



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