第25話(アレクシオ視点)
(――言うつもりなんてなかったのになぁ。)
その日の夜、自室のベッドの上でアレクシオは自身を振り返っていた。
子ども達と触れ合うアメリアは、心の底からの笑みを浮かべ、キラキラと輝いて見えた。
この気持ちには、とっくに気づいていた節もあるが、由緒正しいラクロワ家の長女を相手には、無視できるものであったはずだった。
もちろん、アレクシオも貴族の端くれであるが、ラクロワ家とは違う。
――王に仕える政治に長けた一族。そんなラクロワのひとり娘。
一般的には、社交会のデビュー前であっても、親に連れられてガーデンパーティーなどに来たりするものだ。しかし、アメリアはその姿をほとんどの人が見たことがなかった。
入学時、どんなに貴族然としたお嬢様がでてくるかと思ったが、現れたのはずいぶんと素直で控えめなお嬢さんであった。
だから、(本人は無自覚であるが)アメリアは、まぁモテる。ラクロワ家出身の出来の良いお嬢様なのだ。「あんな人を妻に迎えられたら……」という声を聞いたのは、ひとりやふたりではない。
なんと言っても学院の王子様まで、彼女を狙っているのである。正直、いつも彼女のことを目で追っているし、一緒に帰っているのを見たクラスメイトもいる。あのいつも余裕綽々のグレイフォードが、必死にアプローチしているのだ。
そんなにモテるアメリアだけども、エミリーの天真爛漫さと比較して、自分を多少卑下しているところがある。
(だけどね。アメリア。君は知らないけれど、あの幼馴染は学院入学まで君を隠し通して、お眼鏡に叶わないお相手は近づくことさえできないようにしているんだよ?時には自分のほうに興味を向けさせて、盾になったり、さり気なく僕に虫除けをさせてるくらい強かなんだよ。)
だから、これまでに、多くの男子生徒がアメリアと懇ろになろうとしていたが、"エミリー"という高い壁の前に、尽く惨敗しているのだ。
(エミリーは、アメリアを家族のように大切にしてる。僕は、彼女に何故か認めてもらっているようだからよかったけれど。グレイフォードに関しては、さすがのエミリーもどうにもできなかったようだけど、アメリアは彼にいまいち興味がなさそうなんだよな。)
グレイフォードにも落とせないとなると、アメリアの心を射止めるのは誰なのだろう?
–
とまぁそんなモテる彼女に、僕は自分の気持ちを伝えたのだ。
正直、この気持ちには蓋をして、心地良い友人関係を続けることだって出来たはずだし、そもそもそのつもりだったのだ。
いつか彼女は、僕なんて程遠い高位貴族に嫁いで、家政を回し、社交を立派にこなす夫人になると思っている。
だからこの気持ちは伝えず、仲の良い友人として付き合い続けていこうと思っていたのだ。
だけど、彼女が僕に「信用しているし、信頼している」と言い、人を信じることに恐怖を感じていた僕の手を取った時――。
僕の弱いところを受け入れてくれた彼女に思わず伝えてしまった。
思い返せば、入学してすぐから気になっていたのだ。
サラサラの栗色の髪を前かがみに垂れさせて、目立たないように努力している姿。
からかった時に小さな口を少し尖らせる姿。
高熱で真っ赤になった顔で無理して微笑む姿。
心を許した相手だけに見せる悪戯な意外と幼い姿。
子どもたちを前に心を全開にして遊ぶ姿。
色々な姿を見て、惹かれる気持ちに歯止めが効かなくなっていった。
(どこもかしこもかわいいとか、本当に反則だよなぁ。)
彼女が笑えばもっとその声を聞きたくなるし、彼女が拗ねればもっと口を尖らせたくなる。
具合が悪い時は他の誰にも触れさせたくなかったし、まだ見たことはないけど……きっと泣き顔は他の誰にも見せたくないと思うと思う。
そして、今日先ほど。伝える予定のなかった届かぬ思いを思わず伝えてしまった。
ただ、後悔したのは一瞬。そして今は、思ったより清々しい気持ちだ。
(そうか。自分の気持ちを伝えることができて嬉しいのか、僕は。)
信頼していた彼に裏切られて、家族以外を信じることができなかった僕が、彼女を信じることが出来た。
自分のために自宅まで来てくれて、養蚕場を手伝ってくれた。そんな彼女だからこそ心を開いて気持ちを伝えることができた。
その事実がとても嬉しい。
(なんだか、心が軽いな。)
手に入れようなんて烏滸がましい気持ちは端から持ち合わせていないのだ。
(彼女の気持ちはもちろん気になるけど、今はこの喜びに浸ろう。)
アレクシオはふっと微笑みを浮かべ、目をつぶった。
–
次の日、いつも通りの時間に目が覚めて、商会の準備に取りかかった。いつも通り倉庫で在庫管理をしていると、母が入ってきた。
「おはよう、アレク。あれ?なんだか良い事でもあった?」
「ん?どうして?」
母は、アレクシオの肩をポンと叩いた。
「なんとなく。母の勘。すっきりした顔をしてるからね。」
「そうだね。まぁ、少し良い事があったかな。」
アレクシオがそう言うと、母は困ったように笑った。
「せっかく色男に産んであげたんだから、自信を持ちなさいね。いい?諦めたらダメよ?チャンスを掴んでこそ、商売人でしょ?」
母の言葉を聞いたアレクシオは、少し奮い立たされる思いであった。
(きっと、なんとなく気づいているんだろうなぁ。)
アレクシオも母と同じく困ったように微笑んだ。
「ありがとう。行ってくる。」
「気をつけて行っておいで。」
–
フォルツィ商会の馬車に乗ったアレクシオは、貴族街に向かった。昨日、リッチモンド家から注文が入ったので、馬車を飛ばしているのだ。
リッチモンド家に着くと、年配の家令が出てきて「奥様は、急な来客があり対応されているので、少々お待ち下さい」と、声をかけられた。
そして、その家令と入れ替わるようにフィリップが部屋に入ってきて、メイドがティーセットを運んで来て紅茶を淹れ始めた。フィリップは、大きな身体に似合わない華奢なティーカップで、優雅に紅茶を飲んで、口を開いた。
「叔母上が来ていて、すまないが話が盛り上がってしまっている。少しかかりそうだ。」
フィリップの叔母上とは、また大層な大物である。
「そうしたら出直そうか。さすがに隣国の前公爵夫人に失礼をする訳にもいかないし。」
フィリップはピクリと眉尻を動かし眉間にシワを寄せた。
「いや、良い。もう3刻はあの調子だ。さすがに暫くしたら、飽きて帰るであろう。」
(なるほど。巻き添えを食らいたくなくて、こちらにやって来たのか。だから僕に帰られては困る訳か。)
「わかった。じゃあ、しばらくこちらで待たせていただこうかな。」
「ああ。」
こうして暫し男2人で紅茶を嗜んでいると、おもむろにフィリップが口を開いた。
「今日は、心なしかスッキリとしているな。」
「ん?どういうこと?」
フィリップは紅茶を一口飲み、アレクシオをじっと見て言った。
「いや、いつもは相対する時に身体を傾けているからな。今日は体幹が真っ直ぐだと思った。」
さすが騎士志望といったところか。よく見ているものだな――と感心したのも束の間、アレクシオはフィリップの次の言葉に度肝を抜かれることとなった。
「アメリアか?」
アレクシオは思わず紅茶を吹き出しそうになった。何を言い出すのだこの朴念仁は。
「いや、さすがにお前の気持ちには気づいている。おそらくクラスメイトやエミリーも。」
(マジか。)
アレクシオは、顔を真っ赤にして「嘘だろ?」と問うた。
しかしフィリップは無情にも「いや、アメリア本人以外、皆気づいている」と言う。
「あちゃー。恥ずかしいな。」
アレクシオは頭を掻いた。フィリップは照れているアレクシオを意外そうに見ている。
「そうか?皆、お似合いだと言っていたぞ。エミリーもな。」
(そうか、さすがにお姫様抱っこで運んだらバレるか。)
アレクシオは、早々に開き直ることにし、笑った。
「本人に気持ちを伝えたんだ。」
「ああ。よかったな。」
フィリップもほんの少し口の端をあげた。
(なんだかんだフィリップも応援してくれているのか。)
アレクシオは胸が暖かくなるのを感じた。
「というか、エミリーと知らぬ間に親しくなってないか?」
「鋭意努力している。」
(――そういうことか。血は争えないな。)
アレクシオは巌のようなフィリップの父と、小さくて可愛らしい少女のような夫人を思い出し、小さく笑った。
「そう言えば、そろそろ競技祭の時期だよね。」
「ああ。」
「1年次はコルティスだよな。怪我したくないなぁ。」
「そうだな。」
「いや、君は鍛錬で怪我には慣れているじゃないか。」
「慣れているが痛いものは嫌だ。」
「フィリップのそういうところ、嫌いじゃないんだよなぁ。」
アレクシオが笑うとフィリップもかすかに口角があがった。
そうこうしているうちに「フォルツィ様」とリッチモンド家の家令から声がかかった。
「じゃあ、また学院で。」
「ああ。」
フィリップの声を背にアレクシオは部屋を退出した。
(アメリアの競技姿、楽しみだな。)
彼女の姿に思いを馳せて。




