第24話
「アメリア。来てくれて本当にありがとう。とても助かったよ。」
馬車に揺られていると、アレクシオは座面に座り直して、アメリアに頭を下げた。
「いいのよ。わたしもとても楽しかったわ。子どもたちの笑顔ってあんなにも素敵で、パワーを貰えるものなんだって、気づかされたの。それに、私は人に何かを教えることが好きみたい。知らないことを知った時のみんなの驚いた顔、とてもうれしかったわ。」
アメリアは、子どもたちの飼育室での顔を思い出していた。
目をキラキラと輝かせてアメリアの話をじっと聞いている子どもたちのなんと楽しげなことか。
気付けばその時間はアメリアも時が止まったかのように夢中になって彼らと向き合っていた。
そして、ふと、今日の飼育室の出来事が蘇った。
普段基本的には掴みどころのない……でも実は優しいアレクシオの珍しく冷たい表情。
アメリアにとっても初めて見る表情であった。
アメリアは、膝の上の両掌をキュッと握って切り出した。
「――今日、リナちゃんの人形が見つかって良かったわ。」
「ああ。」
横目でアレクシオの様子を見ると、彼は窓の外を見ていた。そしてふっと息を吐くと、アメリアのほうを向き直し、ぽつりと言った。
「――アメリア。少し聞いてくれるかい?」
–
「フォルツィ商会は、曾祖父の代に興した商会でね、祖父によって大きくなった商会なんだけど。」
アレクシオはトントンと指で馬車の座面を叩きながら続けた。
「実は、ここまで絹織物で成功したのは、ここ10年のことで、父の功業なんだ。」
「そうだったの。お父様、とても素晴らしいわ。」
「そうだね。自慢の父だよ。ただ、今の事業体制が出来上がるまでは、かなり苦労があったんだ。」
アメリアは静かにアレクシオの話を聞いている。
アレクシオはそんなアメリアの様子を見て、少しホッとしたかのように話を続けた。
「僕が5歳のころ。父の片腕だった部下がいたんだ。たくさん遊んでもらっていたし、兄のような存在の人でね。父のことを僕以上に尊敬していて、いつか自分の商会を持つんだ――って夢を語っていたよ。父や母も忙しかったし、その時は両親よりも一緒にいたような感じの人だったんだ。」
アレクシオは懐かしむように目を細めた。蹄の規則的な音が馬車の中に響き渡る。
なかなか次の話が出てこないアレクシオをとても心配そうに見ていたらしい。アレクシオと目が合うと、彼はふっと表情を緩ませた。
「そんなに心配しないでよ、アメリア。そこからはよくある話なんだ。当時、ちょうど絹織物を主力にしていこうとしていた父は、彼に様々な交渉を一任していたんだ。そうしたら、彼、突然商会を辞めてね。父より安い価格で養蚕場と契約して、自分で事業をスタートさせていたよ。」
「そう……、だったの……。」
アメリアが悲しそうに呟くと、アレクシオは、微笑んだ。
「まぁよくある話とは言え、幼かった僕にとってはすごくショックだった。父の事業にも大きく影響がでたし、いきなり大好きだったお菓子がおやつに出なくなったんだ。結局、彼は事業に失敗してそれ以来どうしているかわからないし、父は新しく今の場所に養蚕場をゼロから興して成功したんだけどね。」
アレクシオは冗談めかして小さく笑った。アメリアは、無理をして笑うアレクシオの中に、当時の5歳のアレクシオを見たような気がした。
そして、居た堪れなくなり、アレクシオの手をとり思わず話し始めた。
「アレク。まず、そんな辛い経験を私に話してくれてありがとう。大切な人に裏切られる経験なんて、そうそうよくある話ではないわ。きっと幼いアレクに大きな傷を残したのね。」
アメリアは、まるでそこに傷があるかのように、アレクシオの手の甲を親指で撫でた。
「同じ人を師と仰ぎ、夢を語らうほどだもの。幼い貴方は、彼のことが大好きで信頼していたんでしょう?辛かったと思うわ。」
アレクシオは、俯いてアメリアが握った手を見ている。
「ねぇ、アレク。貴方はちゃんと傷ついたことがあるから、皆に優しいのね。私もどちらかというと周りの目を気にするタイプだけれど、貴方は本当に皆の様子を見て、振る舞うことができる人よ。人を傷つけない優しい振る舞いができる人。とても尊敬してるわ。」
アレクシオが顔を上げる。アメリアはニッコリと笑いかけた。
「アレク、いつも助けてくれてありがとう、気遣ってくれてありがとう。私はそんな優しい貴方を信用しているし、信頼しているわ。」
アレクシオは泣きそうな顔をして笑った。
「アメリア、こちらこそ。君がそう言ってくれてうれしいよ。ありがとう。」
–
その後、ふたりを乗せた馬車はラクロワ家に向かった。
馬車の中は静かであったが、不思議と居心地は良かった。
窓から見える景色が夕方のものにかわり、差し込む光は茜色に輝いている。
アメリアが夕暮れの景色を楽しんでいると、馬車はラクロワ家の門の近くで止まった。
そしていつものようにアレクシオにエスコートされて馬車を降りたが、今日のアレクシオはアメリアの手をなかなか離さなかった。
アメリアは、不思議そうに首をかしげてアレクシオを覗き見た。
アレクシオは、アメリアの手をギュッと握って言った。
「アメリア。養蚕場は楽しかった?」
「ええ。とても楽しかったわ。」
「また、良かったら子どもたちに会いに来てやってほしい。」
「もちろんよ。」
アレクシオはそう言うと、何かを考えるように、また、黙ってしまった。
「アレク?どうしたの?わたしはそろそろ行くわ。また、学院で――」
「アメリア。」
アレクシオの視線が真っ直ぐアメリアを射抜く。
「――君のことが好きだ。」
「え?」
夏の夕方の柔らかな風が一筋吹いた。ふたりの間は、時が止まったように静かだ。
「君の行動力がありすぎるところ、まっすぐで少し強情なところ、目立ちたくないくせに夢中になって目立ってしまうところ。」
「それって悪いところばかり……「こんな僕を優しいと言って信じてくれるところ、誰よりも優しいところ。」
アレクシオはアメリアをじっと見た。
「――全て好きなんだ。」
心臓の音が煩い。まるで身体中の血液が沸騰しているように熱い。
(アレクがわたしを……?)
アメリアが固まっていると、アレクシオは照れながら笑った。
「らしくないよね。言うつもりなんてなかったんだけど、まださよならしたくなくて。思わず口をついて出てしまったよ。……君のせいだ。」
アレクシオは珍しく拗ねたように言った。その様子を見ていたら、アメリアはなんだか気が抜けてしまった。
「私のせいって……。」
「だって、あまりに君が無防備で魅力的だから。君みたいな人に認められたら、誰でも好きになってしまうと思うよ。」
「そんな事ないわ。でも、アレクの事は本当に信頼しているわ。今回も子どもたちと素敵な出会いをさせてくれたし。」
「ほら。そういうところだよ。」
アレクシオはため息をつきながら彼の赤茶の髪をかきあげた。夕日に染まった彼の髪はまるで燃えるような色合いだ。
普段はなんとなく隠れているアレクシオの形の良い額がよく見える。アメリアは自身の気持ちを確かめることは後回しにして、アレクシオをじっと見て、その姿を目に焼き付けた。
アレクシオはアメリアに再度向き直り、声をかける。
「ん。そういう訳だから。返事はすぐにはいらないし考えてくれると嬉しい。じゃあね、アメリア。良い夢を。」
アレクシオはそう言うと、アメリアの手首にそっとキスをし、颯爽と去って行った。
あまりの出来事にアメリアはその場にフリーズしていた。
(なんだか色々なことがあったわ……。)
–
夜、アメリアは自室で今日のことを思い返していた。
(アレクの気持ち、さすがに冗談ということはないわよね。十分伝わったもの。)
ベッドの上、見慣れた自室の天井を見ながら考える。
(アレクのことは、もちろん人として大好きだわ。いつも助けてくれて、和ませてくれて。本当にありがたく思っているわ。)
いたずらが成功したかのような笑顔、手首にキスをした時の色っぽい仕草、燃えるような髪に彫刻のような額。彼を思い出すとまた心臓が高鳴る。
("好き"ってどういう感情なのかしら。)
アメリアはアレクシオの顔を思い出しながら、目を瞑り考えを巡らせる。
(養蚕場、楽しかったな……。)
興奮した感情を持て余しつつも、身体は正直で、疲れを感じていた。
そして、最後に子どものように泣きそうなアレクシオの顔を思い出したところで、アメリアは意識を手放した。




