第22話
次の日。朝日が差し込む託児所の中は、少しずつ活気づいていた。カリンが子どもたちを迎え入れる中、アメリアは緊張した面持ちでドアをくぐった。
「おはようございます、カリンさん。今日から本格的にお手伝いをさせていただきますね。」
「おはようございます、アメリアさん。今日はどうぞ存分に子どもたちと関わってみてくださいね。」
カリンの優しい言葉に、アメリアは笑顔で頷いた。
アメリアが部屋の中央に進むと、子どもたちが一斉に彼女を見つめた。視線に気づいたアメリアが、少し戸惑いながら微笑む。
「みんな、おはよう!」
その言葉に反応したのは、活発なマイラだった。
「誰?」と率直に尋ねるマイラに、隣にいたリナが「あの人、昨日アレクお兄さんと来てた人だよね」と、控えめに補足する。
アメリアは少し驚きつつも、自分から名乗り出た。
「昨日、皆さんの様子を見学させてもらったアメリアです。今日から少しだけお手伝いをさせてもらうことになりました。よろしくね!」
マイラがじっとアメリアを見つめ、「お手伝い?何するの?」と興味津々な様子で尋ねる。
「それはこれから一緒に考えていこうと思っているの。でも、まずはみんなが普段どうやって遊んでいるのか教えてくれる?」
アメリアが優しく問いかけると、マイラが「いいよ!」と元気よく答え、リナも小さく頷いた。
アメリアは部屋の中央に設置された遊びスペースで、子どもたちがそれぞれ楽しそうに遊ぶ様子をじっと見守っていた。
マイラは、積み木を高く積み上げようと必死になり、「見て!こんなに高くなったよ!」と周りに自慢している。その傍らではリナが静かに人形を抱きしめ、隅の方でお絵描きをしている他の子どもたちを眺めている。
「マイラちゃん、すごいわね。でも、その積み木、崩れないように気を付けてね。」
アメリアが声をかけると、マイラは得意げに振り返る。
「大丈夫だよ!絶対に崩れないから!」
そう言った直後に積み木が崩れ、大きな音が部屋中に響いた。
「あーあ……。」
マイラはしばらく呆然としていたが、すぐに「もう一回やる!」と、再挑戦を始めた。
一方、リナはお人形の髪を整えながら、静かに何かをつぶやいているようだった。アメリアがそっと近づき、声をかける。
「リナちゃん、それはお母さんがくれたお人形?」
リナは小さく頷いて答える。
「うん……。お母さんが忙しくて、一緒にいられないときにくれたの。」
その言葉にアメリアは胸が少し締め付けられるような気がした。
他の子どもたちもそれぞれ絵を描いたり、簡単なブロック遊びをしていたが、次第に遊びに飽きてくる様子が見え始めた。マイラもやがて積み木を放り出し「なんかつまんない」と、ぼやいた。リナもお人形を抱えたまま、ただぼんやりと周囲を眺めている。
アメリアはその様子に気づき、そっとカリンに近づいて耳打ちした。
「みんな元気いっぱいですね。でも、遊びが単調になると少し退屈してしまうみたいです。何かもっと夢中になれることがあればいいんですけど。」
カリンは子どもたちを見ながら頷いた。
「確かにそうですね。エネルギーを発散させつつ、何か学びになるような活動ができればいいんですが……。」
その言葉にアメリアの表情がぱっと明るくなる。
「カリン先生、桑の葉を選ぶ作業なんてどうでしょう?簡単で楽しいし、蚕さんのことも知ってもらえる良い機会になるかもしれません!」
カリンは驚いたようにアメリアを見つめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「それは素晴らしいアイデアですね。早速準備をしてみましょうか?」
–
アメリアがにこやかに子どもたちに近づき、大きく手を叩いて注意を引いた。
「みんな、ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
その言葉に、遊びを中断した子どもたちが次々と顔を上げた。真っ先に反応したのはマイラで「何?何?」と、興味津々で駆け寄る。その後ろからリナが少し控えめに立ち上がり、アメリアの言葉に耳を傾けた。
「実はね、蚕さんに美味しいご飯を選ぶお手伝いをしてほしいの!」
アメリアが言うと、子どもたちの目がぱっと輝いた。
「ご飯って?」
マイラが身を乗り出して尋ねる。
「桑の葉よ。蚕さんはこの葉っぱを食べて大きくなるの。みんなには、柔らかくて美味しい葉っぱを選んでもらって、蚕さんたちに届けてもらいたいの。これがみんなの大事なお仕事になるわ。」
「お仕事?」
マイラが目を輝かせながら大きな声で聞き返した。
「そう。とっても大事なお仕事よ。みんなが選んでくれた葉っぱで蚕さんが元気いっぱいになって、最後にはきれいな絹を作るの。だから、みんなが選んでくれる葉っぱがすごく重要なの。」
アメリアの言葉に、他の子どもたちもざわざわと興味を示し始めた。
その中でリナが、少し迷った様子でおずおずと手を挙げた。
「私もできるかな……?」
小さな声だったが、その不安げな表情にアメリアは優しく微笑みかけた。
「もちろんよ!リナちゃんもできるよ!」
その言葉にリナはほっとしたように微笑み、隣のマイラが「よーし!私が一番いい葉っぱを見つけてみせる!」と、元気に宣言する。
アメリアはその様子に満足そうに頷いた。
「じゃあみんな、さっそく準備をして、桑畑に行きましょう!」
‐‐
託児所から少し歩いた場所にある桑畑は、青々とした葉が風に揺れて、柔らかな音を立てていた。子どもたちは畑に到着すると目を輝かせて周囲を見回し、マイラが「うわー!こんなに葉っぱがたくさん!」と、声を上げた。リナも少しだけ表情を明るくしながら、手を伸ばして葉を触ってみる。
アメリアはみんなの前でしゃがみ込み、優しく説明を始めた。
「みんな、この葉っぱが蚕さんのご飯になるの。でも、どんな葉っぱでもいいわけじゃないのよ。蚕さんが一番喜ぶのは柔らかくて、きれいな緑色をした葉っぱ。よく見て、触って、選んでみてね。」
マイラが早速手を挙げて「これどう?柔らかそうじゃない?」と、自信満々で見せた。アメリアがそれを受け取り「うん、とても良い葉っぱね!よく見つけたわ」と褒めると、マイラは鼻を高くしてさらに意欲を見せる。
一方、リナは少し離れたところで慎重に葉を見比べていた。手元の葉を眺めながら「これでいいのかな……」とつぶやくと、アメリアがそっと近づき「その葉っぱ、とてもいい選び方をしているわね」と、優しく声をかけた。リナは少し驚いたように顔を上げたが、次第に嬉しそうに微笑む。
子どもたちが集めた桑の葉をカゴに収めると、アメリアは明るい声で呼びかけた。
「みんな、これを蚕さんたちのところに届けに行きましょう!」
「やったー!蚕さんに会えるんだ!」
マイラがカゴを抱えて嬉しそうに駆け出そうとするのを、アメリアが慌てて制した。
「待って待って、みんなで一緒に運ぶのよ。葉っぱを落としたら蚕さんが悲しむわ。」
マイラは足を止め、照れたように笑いながらカゴをしっかり抱え直した。他の子どもたちもそれぞれ小さなカゴを手に持ち、列になって歩き始める。リナは少し後ろをついてきたが、時折振り返るアメリアの笑顔に安心したように微笑んでいた。道中では、子どもたちの明るい声が絶えなかった。
「葉っぱってどんな味するんだろう?」
「蚕さんってどんな顔してるのかな?」
アメリアはその質問に一つずつ答えながら、「みんなで蚕さんのことをたくさん知ってもらえると嬉しいわ」と、語りかける。
飼育室の前に到着すると、そこには蚕の世話をしている職員が数人立っていた。みな、子どもたちがカゴを抱えてやって来るのを見て、にこやかに微笑んでいる。
「おや、今日はお手伝い隊が来たんですね!」
一人の男性職員が手を振りながら声をかけると、マイラが得意げに「私たち、桑の葉を選んできたの!」と、自慢気にカゴを掲げた。
「それはすごい。蚕さんたちも大喜びだよ。」
優しい声で答える職員の言葉に、リナがそっとカゴを前に差し出した。
「この葉っぱ、喜んでくれるかな……?」と、不安げに尋ねると、女性職員がしゃがんでリナの目線に合わせ「もちろん、蚕さんはきっと大好きだと思うわ」と、励ました。リナはその言葉に小さく頷き、少しだけ胸を張った。
アメリアはそのやり取りを見守りながら、職員たちに挨拶をする。
「子どもたちに蚕さんのことを教えてもらいながら、葉っぱを与えるところを見せていただけますか?」
「もちろんです。どうぞこちらへ。」
男性職員が扉を開け、子どもたちを飼育室へ案内した。
扉が開くと、木のトレイが規則正しく並んだ室内が現れ、子どもたちは目を輝かせながら足を踏み入れた。
「わぁ……これが蚕さん!」
マイラが声を上げ、リナも小さな声で「白くて、かわいい」とつぶやく。
職員がトレイの一つを指し示しながら、「この子たちは毎日たくさんの桑の葉を食べて大きくなるんですよ。みんなが集めてくれた葉っぱも、さっそくあげてみましょう」と、説明した。子どもたちは興味津々で近づき、自分たちが選んだ葉っぱをそっとトレイの上に置いていく。
蚕たちは子どもたちが選んだ桑の葉を次々と食べ始めていた。その光景に子どもたちは釘付けになる。
「見て!この葉っぱ、もう半分なくなってる!」
マイラが指さして大声を上げると、他の子どもたちも「あっ、本当だ!」と、興奮気味に蚕を見つめる。リナは少しだけ前に出て、小さな声で「頑張って食べてるんだね」と、つぶやいた。
アメリアは子どもたちの様子を見ながら微笑み「みんなが選んでくれた葉っぱ、すごく美味しかったみたいね。蚕さんたち、とっても喜んでるわ」と、優しく語りかけた。
アメリアは蚕が葉を食べる様子を眺めながら、ふと思いついて問いかけた。
「みんな、今日は何枚の葉っぱを集めたか数えてみようか?」
マイラが元気よく手を挙げ「いいよ!私、数えるの得意!」と、言いながらカゴに駆け寄った。リナも後を追い、小さな手で葉っぱを1枚ずつ数え始める。他の子どもたちも加わり、賑やかに数を数えていく。
最終的に、マイラが胸を張って「全部で100枚だ!」と、声を上げた。部屋に拍手が響き、子どもたちは互いに満足そうな表情を浮かべた。
「じゃあ、この蚕さんたちが1日に食べる葉っぱが1匹あたり10枚だとしたら、何匹分になると思う?」
アメリアが問いかけると、マイラが考え込んでから「あ、10匹分!」と、自信たっぷりに答えた。アメリアは「大正解!」と微笑み、他の子どもたちも拍手して盛り上がる。
リナはそっと手を挙げ、小さな声で「もっとたくさん集めたら、もっとたくさんの蚕さんにご飯をあげられるね」と呟く。その言葉にアメリアは優しく頷いた。
「そうね。みんなが頑張れば、もっとたくさんの蚕さんが元気になれるわ。」
マイラが元気に「次は200枚集めよう!」と、宣言すると、子どもたちは一斉に「うん!」と笑顔を浮かべた。
子どもたちが蚕の世話を終え、桑の葉がどんどん減っていく様子に感動していると、背後から低い声が響いた。
「蚕さんたちも君たちに感謝してるだろうね。」
振り返ると、飼育室の入り口にアレクシオが立っていた。彼は片手に書類を持ちながら、優しい表情で子どもたちを見守っている。
「アレクお兄さん!」
マイラが真っ先に駆け寄り、自分たちが集めた葉っぱの話を得意げに始めた。リナも「私も頑張ったよ」と小さな声で言い、アレクシオは2人に「よくやった」と笑いかけた。
アメリアが少し驚きながら、「どうしてここに?」と尋ねると、アレクシオは肩をすくめて答えた。
「製糸場の様子を見に来たんだけど、君たちがここにいると聞いて寄ってみたんだ。」
彼は子どもたちが選んだ葉っぱを眺め「こんな形で子どもたちに養蚕場の仕事を教えるなんて、君のアイデアは面白いな」と、感心したように言う。
その言葉を聞いたカリンも大きく頷きながら言う。
「子どもたちがこんなに活き活きと学ぶ姿を見るのは久しぶりです。本当に感謝しています。」
カリンの言葉に、アメリアは少し照れくさそうに微笑んだ。
「みんなが楽しく過ごせたなら、それが一番です。でも、今日の頑張りは子どもたち自身の力ですよ。」
アレクシオが隣でその会話を聞きながら、「アメリア、君が来てくれて本当に良かったよ」と、ぽつりと呟いた。その声にアメリアが顔を向けると、彼は少し照れくさそうに笑っていた。




