第11話
週明けの朝、アメリアは学院に向かっていた。倒れたことが嘘のように体調は回復しており、いつもと変わらない足取りで学院の門をくぐる。教室に入ると、エミリーがすぐに気づいて駆け寄ってきた。
「ミー!もう大丈夫なの?無理してない?」
エミリーの顔には心配の色が浮かんでいた。アメリアはそんな彼女を安心させるように微笑んだ。
「もう平気よ、エミリー。心配かけてごめんなさい。でも、しっかり休んだおかげで完全回復したわ。」
「良かった……。でも無理は禁物よ。もう一度倒れたら、本当に怒るからね!」
エミリーが真剣な顔をして言うと、アメリアは苦笑いを浮かべ、「大丈夫よ、もうバッチリだから」と返す。
すると、他のクラスメイトたちもアメリアに声をかけ始めた。
「ラクロワさん、大丈夫でした?急に倒れたと聞いて、皆で心配しておりましたわ。」
「ご無理なさらないでください!何かあればお手伝いしますから。」
次々と声をかけてくれるクラスメイトたちの優しさに、アメリアは少し照れながらも笑顔で応じる。
「もう元気になったから大丈夫ですよ。心配をおかけしました。お声がけくださりありがとうございます。」
そんな温かい空気の中、ふと教室の後ろの方から視線を感じ、アメリアは振り返る。そこには、アレクシオが彼女を見つめている。いつものようにニヤリと笑いながら、こちらに歩み寄ってくる。
「元気そうでよかった。」
アレクシオの言葉に、アメリアはすぐに感謝の気持ちを伝えようとした。
「ありがとう。先週は本当に何から何まで助けてくれて……。」
彼女の言葉にアレクシオは軽く眉を上げ、「いいよ。気にしないで。僕も役得だったからさ」と、ウインクした。
アメリアは少し恥ずかしそうに目を伏せ、「もう、ほんとに!」と、少し頬を膨らませた。
アレクシオは満足そうに微笑み「やっぱその顔いいね」と、肩を軽くすくめた。
そのやり取りを見ていたエミリーが「なんだか仲良しね」と、笑いながらからかうとアメリアは赤くなって「そんなことないわよ!」と、焦って言い返した。
午後一番の授業が終わり、クラスがざわつく中、アメリアもノートをしまいながら、次の授業の準備をしていた。
その時、先生が軽く手を挙げて、アメリアに声をかけた。
「ラクロワさん、ちょっといいかね?」
アメリアは呼ばれたことに気づき、すぐに教壇の近くに向かった。
「はい、先生。何でしょうか?」
先生は微笑みながら、小声で言った。
「明日、実験があるだろう?君に少し手伝ってほしいことがあってね。実験の準備を頼めるかい?道具や薬品の確認なんかをしておきたいんだが、君なら安心して任せられると思って。」
「もちろんです、先生。放課後に準備室に伺います。」
「助かるよ、ラクロワさん。じゃあ頼むね。」
先生は満足そうに微笑んで、教壇から離れていった。
アメリアが席に戻ると、すぐにエミリーが隣に身を乗り出し「ミー、何か頼まれたの?」と、興味津々に尋ねた。
「うん、明日の実験の準備を手伝うことになったの。」
「じゃあ、私も手伝うわ!準備一人でやるのは大変だもんね。」
その声を聞きつけたアレクシオが、後ろから軽く手を上げて声をかけた。
「手伝おうか?実験道具って意外と重いでしょ?僕に任せて。」
アメリアは二人の申し出に感謝し「ありがとう、本当に助かるわ。みんなが手伝ってくれるなら、すぐに終わりそうね。」と、微笑んだ。
そこへフィリップが、少し申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「すまない、今日は鍛錬があって。」
「気にしないで、フィリップ様。来年の専科は騎士科志望だものね。。大丈夫、私たちでやっておくから」
彼を安心させるようにアメリアは言う。
「感謝する」と、フィリップは軽く頷き、すぐに席に戻った。
エミリーが「フィリップ様は鍛錬があっても、ちゃんと気を使ってくれるのね。さすがだわ。」と、微笑むとアメリアも頷いた。そして、皆の優しさに心から感謝した。
–
放課後、アメリア、エミリー、アレクシオの3人は、実験準備のために準備室へと向かっていた。廊下にはまだ数人の生徒たちが残っており、今日の授業の感想や明日の予定について話しながら歩いている。
「先生、ミーがこの前具合悪くしたばかりだと知ってるはずなのに。本当に酷いわ。悪化したらどうしてくれるの!」
「ただの頼まれごとよ、そこまで大げさに言わなくても」と、アメリアは笑ってエミリーを窘めた。
アレクシオも横で軽く肩をすくめた。
「まぁ、とはいえ実験の準備っていうのは、意外と面倒だからね。僕も手伝うよ。君が倒れたらまた大変だし。」
「もう、倒れたりしないわ。元気になったから大丈夫よ。」
アメリアは少し照れながら答えた。
「君の大丈夫は当てにならないと先週学んだばかりだからなぁ……。」
アレクシオがぼそっと呟いたその時、後ろから声がかけられた。
「やあ、アメリア。」
振り返ると、少し離れたところにルーカスが立っていた。彼は数人の友人たちと一緒にいたが、こちらに気づくと、ひとりゆっくりと歩み寄ってきた。
「ルーカス様……。」
アメリアは少し驚きながらも微笑んで彼を迎えた。
「この前の校外学習、体調を崩したと聞いたけど、もう大丈夫かい?」
ルーカスの声は優しく、心配そうだ。
「ええ、もうすっかり元気です。」
アメリアは答えた。
「そうか、良かった。山道の最中で大変ではなかった?良く下山できたね?」
「そうなんです!でもアレクシオがミーを支えてくれて……。アレクシオがいなかったら、ミーはもっと大変だったと思います。」
エミリーは、いかに下山が大変だったかを身振り手振りも大げさにルーカスに語った。
「……そうか。」
ルーカスは、一瞬微かに目を細めたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ「君が無事で何よりだよ」と、再びアメリアに向けて言った。
「エミリー、いくら僕が素敵だからって惚れないでくれよ?」
アレクシオがふざけてエミリーに絡む。
「大丈夫よ!私はどちらかと言うとフィリップ様に助けていただいたから。でもあの時、ミーには本当にあなたがいて良かったと思ったわ。」
エミリーがしみじみそう言うと「本当にフォルツィさんには感謝してるわ」と、アメリアも少し恥ずかしそうに続けた。
アレクシオは、それを聞いてにっこりと微笑んで「”アレク”、でしょ?」と、返した。
アメリアは少し耳を赤く染めて「あ……。アレク、ありがとう」と言う。
その一連のやり取りにルーカスは一瞬表情を固くしたが、すぐに微笑みを戻して「本当に元気になったようだね。よかったよ。では」と言い、軽く手を振ってその場を去ろうとした。
アメリアはその背中を見送りながら、何か言いたげに少し口を開いたが、結局、何も言わずにアレクシオとエミリーの方を振り返った。
すると彼女の後ろから「そうだ」と、ルーカスの声が再度聞こえる。
「アメリア、また明日。いつもの場所で。」
アメリアが振り返った時には、ルーカスは、もう振り返って反対方向に進んでいた。
エミリーとアレクシオがアメリアの反応を待っているのが、後ろからひしひしと伝わる。
アメリアは、コホンと小さく咳払いをした。
「さ、準備室へ行きましょうか?」
そして、2人の前を逃げるように早足で歩き始めた。
–
3人が準備室に入ると、エミリーはさっと入り口のドアを閉め、アメリアに詰め寄った。
「ねぇ、ミー。私に何か言うことあるんじゃない?」
アメリアはギクリと肩を強張らせ「何のこと?」ととぼける。
「さっきの、ルーカス様の『いつもの場所で』ってどういう意味?中庭で何回か目撃されているのは噂になってるけど、もしかして頻繁にルーカス様と会ってるの?」
アメリアはその言葉に動揺し、少し顔を赤らめながら慌てて答えた。
「そ、そんなことないわ!前にたまたま第2図書館でお会いしたって話したでしょ?それ以来何度か図書館でお会いしてるだけで……。それもきっとたまたまだろうし、特別な意味なんかないわ!」
「ふぅん、本当に?」エミリーは目を細めてでニヤリと笑い、アメリアの脇腹を小突いた。
「ルーカス様、すごく気にしていたように思うけど?」
「ただ心配してくれてただけよ。体調崩したって聞いたからじゃないかしら?」
そのやり取りを見ていたアレクシオが、少し笑みを浮かべながら声をかけた。
「王子様との密会、なんだか意味深だよねぇ。」
「ねぇ~?」
「もうっ、ふたりとも!密会じゃないってば!」
アメリアはムキになって否定し「ほら!準備し始めるわよ!」と、強引に話題を終わらせ、考えを振り払うかのように準備に取り掛かった。
アレクシオは、何か言いたげにアメリアを見ていたが、フッと小さく苦笑しながら、ため息をついた。
その後、彼もふたりの作業を手伝い始め、準備室には実験器具の音が響き、穏やかな時間が流れていった。
次回更新は2024年10月19日予定です。




