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【完結】織りなす糸の先は  作者: 牧之原うに


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第10話(アレクシオ視点)

僕の1日は、商会の在庫管理から始まる。したがって、今日も商品の保管庫に入り、職人たちが仕上げた絹織物や製品を確認している。父曰く「審美眼は一日にしてならず。」とのこと。どれだけ良いモノに触れてきたかで決まるということらしい。そういった教えもあり、この在庫管理は、商品の数を数えるだけではない、僕の重要な役割の一つである。


棚に並べられた美しい絹の束を指で確認しながら、思わず息をつく。昨日のフィールドワークは想定外の出来事が多く、少し疲れが残っている。仕事に集中しなければならないが、なんとなく彼女の様子が心配で気が散ってしまう。


そんな様子を見ていた父に声をかけられた。


「アレク、そろそろ母さんのところに報告に行ったらどうだ?」


「ああ。」


僕はそう返事をし、在庫の確認が終わったことを手短に報告した後、母のいる執務室に向かった。


明るく豪快な性格の母は、職人たちを中心に人材の管理をとり仕切っている。在庫管理の後は必ず商品の様子を報告しに行く。品質のよって職人の査定が決まるからだ。部屋に入ると、彼女は大きな帳簿を広げてそれを確認しながら、快活に笑った。


「アレク、在庫は問題なかった?」


「問題ないよ、母さん。いつも通りだ」


なるべく淡々と報告することを意識したが、母は何かを察したようである。


「でも、顔が少し疲れてるじゃないか。何かあったの?」


母にじっと見つめられる。


少しだけ迷いながらも、「昨日の校外学習で友人が体調を崩してさ……少し気になってるだけ」と返す。


母はニヤリと笑って、「友人ねえ?なるほど、なるほど」と、意味深な様子で頷いた。


(あ、これ何か変に思われたかも)言い訳を考えたが、その前に母が言う。


「まあ、気になるのは当然ね。でも、今日もやることが山ほどあるわよ、跡取りさん。」


冗談めかしながら、次の仕事の指示を渡してきた。


(うわ……予定びっちり。)


母からの指示を受け、気を取り直して、出かける準備をし始めた。フォルツィ商会のいつもの慌ただしさが、彼の頭を無理矢理にも切り替えさせる。


(昨日のことは気になるけど、今は仕事に集中しないと。)


そう自分に言い聞かせながら、出発の準備を整えた。





フォルツィ商会の絹織物の顧客は、何も貴族だけではない。大口顧客のひとりが花街の夜の蝶たちである。


中でも特にご贔屓いただいているのが、国一番の高級娼館であるローズパレスである。オーナーはヴァンサン・ボードワンという元舞台俳優で、幼い頃からここに出入りしているアレクシオにとっては半分父のような存在である。


認めたくはないが、優美だとか色っぽいだとか言われる要因のほぼ全てがこのヴァンサンにあると思っている。元々舞台俳優だっただけあり、彼は年を取った今でもとてもかっこ良く、ちょっとした仕草一つ取っても、同性でさえドキッとさせるような色気がある。そんな人物と幼少期から過ごしているのだ、そりゃあ多少は影響も受けるであろう。


指定された入口から娼館に入ると、受付の男性が出迎えた。彼は華やかな衣装に身を包み、僕に笑顔を向ける。


「お待ちしておりました、アレクシオ様。いつも素晴らしい絹をありがとうございます。今日はどんな品を持ってきてくださったのですか?」


「こちらがご注文の品です。特別なイベント用だと聞いていますので、最高品質のものを用意しました」


彼に箱をそっと渡した。


「さすがですね。今度のショータイムでは、皆が目を奪われることでしょう」と、彼は嬉しそうに受け取る。


その時、奥から杖をついた初老の男性が出てきた。


「アレク坊、来てたのかい?」


「ヴァンサン様、品物を届けに参ったところです。」


ヴァンサン様は、受付の彼が持つ箱に目を向けると「ほう、これは……」と呟く。


「次回は、特に踊りに力を入れていると伺いましたので。光沢が強く、柔らかくしなやかなものを選んでみました。身体に沿ってふわりと靡き、輝くようなイメージでお作りしましたが、いかがでしょうか。」


「うむ。想像以上だね。アレク坊もやるようになったな。」


ヴァンサン様は嬉しそうに目を細めたが、僕は気になってしょうがない。思わず「もう”坊”という歳でもないのですが……」と、言った。


するとヴァンサン様はニヤリと笑って「昔は、散々ミレーヌたちに『これはイメージとは違うわ』だとか『こんな薄さじゃ胸が丸出しになっちゃう』だとか言われてたのになぁ」と、僕をからかう。


「昔の話はいいですから……。私も成長したと言うことにしてください。」


受付の彼の視線もなんだか生暖かいし、少し気まずい。


「まぁ、いい。アレク坊が達者でやれているなら何よりだ。また、商品の配送以外にも何か困ったことなんかあれば、いつでも来なさい。」


(敵わないなぁ。)


「……ありがとう、ヴァンおじさん。」僕がそう言うと、ヴァンサン様は嬉しそうに微笑んだ。




帰り支度を終えて、娼館を出る。荷物を運んだこともあり、少し汗ばんでいる。水筒の水をひとくち飲んだその時、ふと昨日のアメリアの姿が思い浮かんだ。


(今日は元気になってるといいんだけどな……)


そんな思いを抱えながら、アレクシオは次の仕事に向けて、再び馬車に乗り込んだ。





アレクシオは、次の目的地であるリッチモンド家へと向かった。リッチモンド家は、フォルツィ商会の長年の取引先で、特に夫人は、絹織物の品質に対しこだわりが強い。


リッチモンド家の豪華な邸宅に到着すると、いつもの応接室へと案内された。フィリップの母親でもあるリッチモンド夫人は、3児の母とは思えない程、若々しく可愛らしい方である。


「まあまあ、アレクちゃん!お待ちしていましたわ!さ、さ、お座りになって!」


リッチモンド夫人は、キャッキャと嬉しそうにアレクシオを席に促す。


「ありがとうございます、夫人。今日は新作の絹をお持ちしました」と、用意してきた商品を見せる。


しかし、夫人はその商品に目をやるよりも先に、僕に話しかける。


「昨日はお疲れ様!校外学習、フィルちゃんも雨で泥だらけになってたから、大変だったのでしょう?それなのに今日も働いて、アレクちゃんは偉いわ!フィルちゃんも朝から鍛錬していたし……。やっぱり男の子は体力があってすごいわね!」


「それにしてもフィルちゃん、昨日『校外学習はどうだったの?楽しかった?大変だった?』と、聞いても『うん』しか言わないのよ!『うん』じゃお返事になってないじゃない!結局どうだったか分からないわ!」


「あの子ったらなんでこんなに大人しいのかしら?カイルちゃんも大人しい方だけど、もう少しあの子のほうがお話できるわ。文官志望だからかしら?騎士を目指すタイプの男の子って、みんなこうもしゃべらないものなのかしら?」


夫人は、くるくると表情を変えながら、とめどなく話し続ける。 


「カイル様は、跡取りということもあって、流石だと思います。話題も尽きないですしね。フィリップは、ああ見えても顔には出やすいところがありますよね。」


「でも、それにしても……フィルちゃんは、つまらないわ。それこそアレクちゃんみたいに色男になれるとはもう思ってないけど、あの朴念仁だと彼女もできないか、資産目当ての令嬢を連れてくるわ!ほんとに心配なのよー!」


アレクシオは、夫人の勢いに圧されつつも「夫人がご心配なさる気持ちもわかりますが……。フィリップは、あれでも案外モテるのですよ?根が優しい男ですからね」と、表情に乏しい幼馴染を精一杯にフォローした。


「まぁ、そうなの?フィルちゃん、そのあたりのことを聞いても『まぁ。』しか言わないのよ!でも、アレクちゃんが大丈夫っていうなら少し安心したわ。そうそう、かく言うアレクちゃんはどうなの?」


夫人は、商談そっちのけで話題を続ける。


「我が家は成り上がりの男爵家なので、貴族のご令嬢には相手にされないですよ?平民の皆さんには色々とお声がけいただきますが。」


頭の中に一瞬、フォレストグリーンの瞳がよぎったが、それを片隅に追いやるようにして「では夫人、こちらの品はいかがでしょうか」と、強引に商談に話を戻した。


なんとか商談を終えると、ほっとした表情を浮かべながらリッチモンド家を後にしようとした。玄関を出ようとしたその時、フィリップが偶然帰宅してきた。


「アレクシオ、昨日ぶりだな」と、彼は静かに声をかけた。


「ああ。昨日は本当にお疲れ様。」


フィリップはアレクシオの手元の箱を見て「絹か?」とつぶやいた。アレクシオは頷く。


「――母に付き合うのは大変だろう?」


フィリップのその言葉には、どこか同情の色が感じられた。


アレクシオは肩をすくめながら「そんなことはないよ。君のことが話題の中心だったからとても興味深かったよ」と返した。


(まぁ、少なくともフィリップが寡黙なのは夫人のおしゃべりの影響が大きいだろうけど、ね。)


そして、フィリップは少し考えるように黙り込んで「彼女は大丈夫だったか?」と聞いた。


「ああ。アメリアのことかい?ラクロワ家に送って行ったときには、弟君しかいなかったから心配ではあったけども、メイドが着替えさせた後は、だいぶ落ち着いていたよ。ありがとう、フィリップ。君がいなければ、もっと大変なことになっていたかもしれない。」


「休み明けには学院に来れるといいな。」


「そうだね。昨日は、無理をしすぎたんだと思う。今もゆっくり休んでいるだろうし、元気になってほしいね。」


フィリップは「ああ。では」と、片手をあげ、アレクシオもそれに応えてリッチモンド家を後にした。


アレクシオは馬車に乗り込んだ。水筒の水を一口飲み、深く息をつく。今日の仕事がひと段落ついたものの、ふとアメリアのことが頭をよぎる。


(ちゃんと休めているだろうか……。)


恥ずかしがり屋に見えて意外と大胆。高位貴族にも関わらず、気さくでユーモアもある。何よりも真面目で責任感が強いし、頑固。


そんな彼女が顔を真っ赤にして弱った姿でこちらを頼ってくるもんだから「ここで答えなきゃ男が廃る」と思って、折れそうな彼女の身体を必死に支えた。


昨日のことを思い返しながら、馬車は家路を静かに進んでいく。


(また元気な顔が見たいな。)


アレクシオにからかわれて、少し頬を膨らませている彼女を思い浮かべ、フッと口元を緩めた。そして、馬車の揺れに身を任せ、静かに目を閉じる。


(さぁ、明日もまた、忙しい一日が待っている。)


そう思いながらしばしの休息をとるのであった。


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