オリンピック新種目
20XX年。Rオリンピック。
今回から新種目が増えた。それは『メタボリック』。そう。あのメタボリックシンドローム具合を競う競技だ。
体操のようにいろいろな種目がある。紹介しよう。
・ドリンク&スモーク(ベビー級)
・ハイカロリーデリバリー
・食後寝そべり
・ノームーブリモートワーク
・レイトタイムラーメン
の5種目だ。日本代表に選ばれるのは意外と簡単だ。日本全国の企業で健康診断を受けた者の中から、重度のメタボリックシンドロームの対象者を選び、さらにその中から1年間今まで通りの不摂生な生活を続けてもらい、1番成長(腹囲が大幅にアップする、血液検査の結果が超異常など)が見られた者が、日本代表になる。
§
うん10年前の世界的大流行を見せた感染症以降、デリバリーはより発達し、リモートワークが主流になった現在、人類はほぼ全員がこのメタボリックの競技人口として数えられる。
そんな中で今回の日本代表に決まった人物を紹介しよう。
ドリンク&スモーク(ベビー級)。近畿地方で工事勤務をする中田。57歳。18歳からこっそりドリンク&スモークを始めており、競技歴は39年。歳を重ねると共にストレスも増え、それに比例してドリンク&スモークも順調に増えていった猛者だ。
しかもザルで、どんなにドリンクしようとも一切酔わない。肺と肝臓は相当なダメージを受けており、医師は入院治療を勧めたが、中田が日本代表に選ばれたことを知ると治療を勧めるのをきっぱり辞め、金メダルを取れるように応援し始めた。
それによって中田は好きなだけドリンク&スモークができるようになり、オリンピックに向けて今日もベビーなドリンク&スモークを続けている。
§
ハイカロリーデリバリー。都内でSEをしている宮崎。28歳。仕事上残業、徹夜が当たり前でよくデリバリーを利用する。どんな時間帯でも食べたいものを食べる。それが彼のポリシーであり、楽しみであった。
同僚が「よくこんな時間にそんな物、食えるな」と苦言を呈しても「俺は食べたい物を食べて死ぬんだ!」と宮崎は豪語していた。なかなか潔い男である。そのおかげで、宮崎の体型は順調に成長していき、いつ何時でも、ハイカロリーデリバリーを受け入れられるようになった。
§
食後寝そべり。九州地方に住むサラリーマン田宮。43歳。昔から肥満体型だった。30代半でお見合い結婚し彼の妻となった女性も、食べることも料理することも好きなぽっちゃり体型だった。
妻の料理は美味しくいつもボリューミーでハイカロリー。田宮はすっかり胃袋をつかまれ家庭での食事を生きがいにするようになった。
そんな田宮が最高に幸せを感じるのは、ボリューミーでハイカロリーな食事を終えたあと、リビングの床にどでーんと横になることだ。そのまま寝落ちすることもしょっちゅう。おかげではち切れんばかりの腹囲を身につけ、糖尿病の一歩手前まで来ている。
§
ノームーブリモートワーク。東北地方に住むフリーランスのグラフィックデザイナー。平田。29歳。昔から人付き合いが苦手で、1度就職するもやはり人間関係につまづき退職。絵を描くことが好きという特技を活かしてフリーランスでのグラフィックデザイナーになった。
彼女は朝起きて仕事を始めるためにパソコンやタブレットを立ち上げると、トイレ、食事、間食以外はずーーっとそこから動かない。ものすごい集中力で仕事をするので、頭が疲弊し糖分を欲したり、お腹がすくこともしょっちゅうで、1日7食くらい何かしら食べている。
食べるが動かないので、いつのまにか学生時代より3倍以上は体が膨張した。すると体が重いので動くのが億劫になる。でも、お腹はすくので食べる。さらに体が重くなる。だから動かない。と見事な負のスパイラルに陥っているのである。
§
レイトタイムラーメン。中国地方に住む出版社勤務の佐々木。36歳。平田に続き女性。念願だった文芸部に異動でき、先輩が担当している作家のうちの2名を引き継いで担当することになった。もう1人今年デビューした50代男性作家の担当もすることになった。
打ち合わせで作家と食事に行く機会が多い。始めは引き継ぎもあり先輩も同行してくれていたが、現在は佐々木が1人で打ち合わせに赴く。
先輩編集者の方がよかった、と引き継いだ2名の作家から思われないように佐々木は必死だった。新人作家も次作になかなか取り掛かられず、苦戦していた。
だから打ち合わせの後は、精魂尽き果てた状態になるのだった。
そんな彼女のストレス発散はレイトタイムラーメン。しかも背脂たっぷりのこってり系。打ち合わせ以外でも深夜まで勤務した日もレイトタイムラーメンに取り組むようになった。
パンツスーツが少しずつキツくなりサイズアップ。血液検査ではコレステロールがどえらいことになっており、脂質異常症と判定されている。
§
日本代表は揃った。
彼、彼女らの監督はそれぞれの地域にいる保健師だ。保健師は彼、彼女らに健康指導をする。それでは意味がないではないかと思われそうだが、そこは人間の心理を上手く利用する。
メタボリックの日本代表ともなると、保健師の健全な健康指導に対して、おおいに反抗したくなる。だから、健康指導をされる度に健康を害するそれぞれの種目にさらに磨きをかけるのだ。
◯月◯日。H空港。国際線ロビー。
「はじめまして。ドリンク&スモーク(ベビー級)に出場する中田です」
「おはようございます。ハイカロリーデリバリーに出場する宮崎です。」
「食後寝そべりに出場する田宮です。一緒に頑張りましょう!」
「ノームーブリモートワークに出場します。平田です」
「レイトタイムラーメンに出場する佐々木です。よろしくお願いします」
円陣を組むように丸くなり日本代表は出発前に初顔合わせをする。
「それでは搭乗手続きをしましょう! あ、くれぐれも機内食食べたらすぐ寝ないように! お菓子の持ち込みも禁止です!」
同行する監督の保健師が言う。
日本代表の手荷物の中には、もちろん複数のお菓子や食べ物が入っている。がんばれ、ニッポン!
読んでいただき、ありがとうございました。