海
「じゃあお先に、お疲れ様っす」
「……」
リン、とベルが鳴ると同時に思わず溜息をついた。
また言っちゃった……やれやれ。
「はぁ」
「海さんも、もうちょっと素直になればいいのにー。亮也くん、鈍感そうだから嫌われてるとか思っちゃうかもしれませんよ?」
「……知衣さん、着替えてきたらどうですか、てか着替えてきてください」
「はいはーい」
知衣さんは多分気づいてるだろうな。
不本意ながら、わたしがちょっと新野くんに気があるって。
誰が楽しくてあんなロリコ――おっと。
……だって新野くん、小さい子が来る度にニコニコしちゃって、凄い笑顔なんだもん。
まぁ純粋に子供が好きなんだってのは分かるんだけどね。
多分、将来の仕事は保育士とか、小学校の先生とかだろうなぁ。
うわ、なんかリアルに想像できる……。
*
5時半まで知衣さんの質問の嵐に必死に耐えた後、慌てて着替えてコンビニを出た。
結構雪が降ってきてて、近くに止まってる車にはうっすらと積もり始めてる。
通りを歩いていた高校生くらいの子が転びそうになっていて、「ちょ、音歌大丈夫?」と、隣の子が声を掛けていた。
「……もしもし?」
『あ、姉貴、バイト終わったの?』
「うん、今から帰るから」
『分かった』
弟の返事の向こうで、聞き覚えのある声と音楽が聞こえた。
これは……
「……梨衣夜来てる?」
『うん、あ、けどもう帰るって。チャットするってさ』
陸の奴、チャットに負けてやんの。
この子もなかなかややこしい関係の只中にいるらしい。
まぁ、わたしにアドバイス出来ることなんか皆無だけど。
「そか、じゃあよろしく伝えて」
『オッケー。んじゃ』
電話を切って目を上げると、見慣れたような見慣れていないような背中が視界に入った。
…………。
「……可愛いなぁ、天使だ天使!」
うわ。
えーっと、これはどう反応すれば……。
「新野くん、あなた変態にしか見えないわよ」
「……木之下さん?」
あ、焦ってる。
多分わたしも焦ってる。
だってほんとに、一人で笑ってあの台詞って、変態に見え――うん。
一体何見てたんだろう、と不思議に思っていたら、新野くんの膝の上に白い塊が乗っかってるのに気づいた。
「それ、何?」
「あ、さっき会ったんですよ! 可愛いでしょ?」
嬉しそうに両手で抱き上げられたのは、ちっちゃい子犬だった。
……確かにこれは可愛い。新野くんじゃなくてもあの反応できるかも。
思わずしゃがんで頭を撫でたら、ペロっと舐められた……可愛い、可愛すぎる。
「会ったってどういうこと? もしかして……」
「捨てられちゃった、みたいです」
突然オクターブくらい声が低くなって、思わず目を瞬いた。
なんか、一瞬で雰囲気変わったけど……もしかしなくても怒ってる?
「信じられます!? こんなに可愛いのに! こんな寒い中に捨てるなんて……僕には信じられません!」
「……家庭の事情って奴じゃない? まぁ許しがたい話だけど、分からないわけじゃない」
新野くんが、そっと子犬の頭を撫でた。
……優しいんだな、新野くん。
「……どうするの?」
「僕が飼ってあげようかなって思って」
「名前は?」
「まだですけど……あ、木之下さんがつけてくださいよ!」
いつの間にか口調が元に戻っていた。
って……え、新野くん今なんて言った!?
「え、わ、わたしが!?」
「……駄目ですか?」
ねぇ、その目は反則。
まるで子犬二匹に見つめられてるみたいで、思わず頷いちゃったけど……どうしよう?
……あ、そうだ。
「ソラ、とか」
「あ、もしかしてお名前の海から、海と空ですか?」
「まぁ……弟の陸も入れてね。後は……この子が綺麗な空を見れるように、かな」
こんな寒い日に捨てられるなんて、もしかしたら分からないけど、この子も辛い思いをしてるかもしれない。
けど、新野くんなら大丈夫かな、きっとこの子は幸せに暮らせると思う。
わたしの中の幸せな生活って、綺麗な空があるイメージなんだよね。
「……いいですね! ね、キミの名前はソラだよ!」
新野くんが嬉しそうに子犬――ソラに話しかけると、ソラはワンとほえると、新野くんの頬をペロペロと舐める。
雪が降っていてて寒かったけど、心の中は暖かかった。
今年は……いいクリスマスだな。




