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魔法もメイドも存在するらしい

 俺の恥ずかしいセリフはさておき、結果として俺もじいさんもアリーチェと一緒に内世界に行くことになった。


 彼女の仲間の人たちが店に到着し、拘束されたカザリ―を連れて行く。

 それ以外にも、周りの調査などを始めた。

 どうやら、他の人に戦闘などを見られたりしていないか確認しているみたいだった。

 俺は自分が今持っているリュックサックに入っている物があれば十分だったので、じいさんが内世界に行くのに必要な物をまとめるのを待って店を後にする。


 しばらく歩き、アリーチェが立ち止まった。

 目の前の大きな扉の傍にある機械を操作する。

 すると、扉がゆっくりと開いていく。


「もしかして、ここから来たの?」

「ええ。出るときは特に何の操作もいらないから彼女は外世界に出てこられたの。」

「へぇー。それで、ここはどこ?」


 アリーチェは、歩きながら少し考える素振りをみせる。


「まあ、どうせ君たちが使うことはもうないだろうからいいか。ここは京都御所の地下。」

「見つかったりしないの?」

「問題ない。この場所には、認識阻害の魔法が掛けられているから。」

「魔法!内世界には魔法があるのか?」

「ええ。極夜には使えませんけど。」

「えっ、なんで?」

「外世界の人間は、そもそも魔力を持ってないですから。」

「そんなー。せっかく俺にも魔法が使えると思ったのに。」

「ふふっ、残念でしたね。」


 少しの間だが、アリーチェが微笑む。

 初めて見る彼女の顔に心臓が大きく跳ねる。


 扉からさらに進むと開けた場所に出る。

 中央には大きな魔法陣が書かれている。


「この陣の中に入って。」


 アリーチェに言われるままに魔法陣の中に入る。

 魔法陣は、床に書かれているわけではなく、床に刻まれていた。


「それじゃあ、内世界に行くわ。あなたたちは特に何かする必要はない。大人しくしてて。」


 アリーチェは魔法陣の中心に立つ。

 すると、魔法陣が中央から淡く光り始める。

 魔法陣すべてが淡く光った直後、魔法陣から強烈な光が放たれて思わず目を瞑った。





「着いたわ。」


 アリーチェの声を聞き、ゆっくりと目を開ける。


 先程までいた地下とは打って変わり、太陽が眩しい、所どころ薄い白い雲が流れている真っ青な空の下にいる。地面は固い石材の床から、一面緑の平原に変わった。

 視線を周囲に向けると、縦長の石柱が円になるように並んでいる。


 えーっと、なんだっけ?あの世界遺産になってるイギリスにあるやつ。

 なんちゃらストーンみたいな名前の――あっ、ロゼッタストー


「なんや、ストーンヘンジみたいなとこやの。」


 あぶねー。口に出さなくてよかったー。

 そうだ。ロゼッタストーンは大英博物館で展示されてる石のことだった。

 ストーンヘンジね。イギリスの南の方にある。


「ええ。ここはストーンヘンジです。ただし、()()()()ですけど。」


 ん?


「内世界にもストーンヘンジがあるってこと?」

「そ。まあ、それは後々説明するから。それよりも、ようこそ内世界へ!」

「そうか。もう内世界に着いとるんやったな。」

「ここが内世界。」

「とりあえず、移動するよ。」


 内世界のストーンヘンジ。

 ……もう少し見たかった。



 着いた街はヨーロッパ風だった。西洋建築の建物ばかりだ。

 街の名前はエイムズベリー。

 歩きながらスマホでストーンヘンジを調べたら、その近くにエイムズベリーという街があった。

 ストーンヘンジも街も名前はそのままらしい。


 アリーチェは街でレンタカーを借り、車で街を出る。

 左ハンドルの車をアリーチェが運転し、荷物の少ない俺が助手席に、荷物の多いじいさんが後部座席に座った。


「アリーチェ、俺たちはどこに向かってんの?」

「この国の首都、ロンドン。そこに私の家があるから。」

「アリーチェちゃんの家に泊めてくれるってことかの?」

「はい。私の家はかなり大きいので。」

「ありがとう。」

「まあ、私のお客さんだし。この世界で生活できるようになるまでは、一応面倒は見るわ。」

「そりゃあ助かるわ。アリーチェちゃんおおきに。」


 アリーチェは運転しながら、おおまかに内世界のことを教えてくれた。


 内世界は、外世界よりも地球の内側に存在する世界のことで、四つの層がある。今いるのは一番外世界に近い層で、シャーロック・ホームズの世界だそうだ。

 外世界では本の中の人物だったホームズは、この世界では実在したらしい。

 他にも、エルフの国やアーサー王が収める国などがあるらしい。

 外世界ではファンタジーであったり、空想であったものがこの世界には実在する。

 俺たちを内世界に連れてきた魔法もその一つだ。


 彼女の職業である探偵は、世界に満ちている謎を解き明かすのが仕事だ。

 ただ、今回のアリーチェのように、逃げ出した犯罪者を追って捕まえるのも仕事らしい。




 ロンドンの街は、スマホで検索した産業革命の始まった近代の外観そっくりだった。

 実際に、線路を走っているのは蒸気機関車だ。

 完全に別の世界にいるのだと認識する。現代のロンドンの画像と全く違う。


 ロンドンの街中を走り、車はけっこう大きな敷地を持つ屋敷の門の前に止まる。


「……まさか、ここが?」

「そ、私の家。」


 現代で見たことある大きな家よりも大きい。

 車は家の前に停めたまま敷地内に入る。

 屋敷に向かう途中で小走りの若い執事に出会う。


「おかえりなさいませアリーチェ様。」

「ただいま。連絡した通りに車の返還よろしく。」

「おまかせください。そちらの二方がアリーチェ様のお客様である極夜様と槌谷様ですね。」

「ええ。」

「はじめまして、私はアリーチェ様の執事ヨハネ・クローブと申します。屋敷に滞在される間、何かありましたら気軽にお声がけくださいませ。」

「これは丁寧にどうも。儂が槌谷じゃ。しばらく世話になる。よろしく。」


 差し出された硬く厚い手に驚きつつも、ヨハネさんはじいさんと握手した。


「どうも、極夜です。お世話になります。」


 彼も仕事があるだろうから、手は出さずにお辞儀をした。

 執事ヨハネは失礼します、と一礼して門に向かって走り出した。



 アリーチェが屋敷のドアを開けると、玄関に何人もの執事とメイドが並んでいる。


「「「おかえりなさいませ、アリーチェ様。」」」

「ただいま。」


 執事の列から二人のメイドが近づいてくる。


「いらっしゃいませ、極夜様、槌谷様。お二人を案内とお世話をさせていただくメイドのセリスです。」

「コレットです。」

「どうも。」


 困惑して、アリーチェを見る。


「夕食まで部屋でゆっくりするといいわ。あとは二人に聞いて。」


 そう言って、消えた。


「それではお部屋の方にご案内させていただきます。お荷物はいかがなさいますか?よろしければ、お持ちいたしますが。」

「いえいえ、大丈夫です。たいして重くもないので。」

「それじゃあ、これを頼む。」


 じいさんは荷物を少しコレットさんに渡した。


 長い廊下を歩き、いくつかの部屋を過ぎたところで二人のメイドが止まる。

 セリスさんが俺を、コレットさんがじいさんをそれぞれドアを開けた部屋の中に導く。


「こちらが極夜様のお部屋になります。」

「…………。」


 昨日泊まったホテルの部屋の何倍も広い部屋。

 明らかに昨日寝た物より質がいいとわかるベッド。

 トイレや風呂はないが、泊ったことはない最高級ホテルの部屋よりもいいのではと思ってしまう。


「お気に召しませんでしたか?」


 固まっていたら、セリスさんが不安げに俺を見ていた。


「いや、そうじゃなくて、驚いてたんだ。広いし、少し見ただけだけどソファもベッドもいい物だったから。」

「そうでしたか。」

「うん。えっと、この部屋を自由に使ってもいいんだよね?」

「はい、かまいませんよ。ただ、壊したりはしないでくださいね。」

「わかってますよ!」


 リュックをソファに投げ、ベッドにダイブする。

 体が弾んだ。

 体を半回転させて仰向けになる。天井は普通だ。顔を横に向けると、セリスさんが俺の傍に来ていた。


「極夜様、刀をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、うん。ありがとう。」


 セリスさんは刀を受け取ると、ソファのリュックサックを部屋にある椅子に、刀は机の上に置いた。


「お渡しするものがあるので、少々お待ちいただけますか?」

「はい。」

「それでは、少しの間失礼させていただきます。」


 セリスさんは部屋を出て行った。

 セリスさんは、金髪ロングが良く似合ったクールっぽい見た目だ。顔は大人な美人といった感じだが、胸にふくらみはほとんどない。ただ、スレンダーだからかメイド服はよく似合っている。


「お世話と言うのはどこまでしてくれるんだろうか?」


 実際に本物のメイドに会ったのは初めてで、彼女たちの仕事については全く知らない。その辺についてあとで尋ねよう。やってはいけないことをしてしまう前に。



 部屋のドアが開き、セリスさんが戻ってきた。


「お待たせしました。こちらをどうぞ。」


 部屋の鍵と一緒に服や下着を手渡される。


「これは?」

「アリーチェ様に、極夜様は今着ている物しか持ち合わせていないとお聞きしていたので、こちらで御召し物をご用意させていただきました。」

「そっか。ありがとう。」

「いえ、仕事ですので。」


 数分経ってもセリスさんは部屋を出て行かず、部屋の隅に控えている。


「あのー、セリスさんはなぜずっといるんですか?」

「極夜様の案内とお世話を命じられていますし、魔力を持たない極夜様とは屋敷内で連絡が取れないため、何かあった時にちゃんと対応できるようにずっと傍にいるようにと言われておりますので。お気になさらず。

 それから、私には敬称は不要です。」

「わかりました。」


 部屋から出てくださいと言えなかった俺は、気にしないことにした。

 大きな姿見鏡の前の物を移動させてスペースを作る。

 部屋はかなり広いため、学ランを脱ぎ、刀を抜く。先の戦闘で加工は剝がれて、綺麗な刀身が顔を出している。


 手にした刀を鏡の前で振る。我流だが、自分に合う型を繰り返す。小さい頃に習った剣道を、俺は実用的ではないと結論づけた。自分に合わなかったからというのもあるが。

 そして、自分に合い、かつ実用的な動きを研究した。

 そうして完成した型を徹底的に体に叩き込んだ。その時の習慣で、素振りをするときは必ずはじめに型を反復する。


「極夜様、お水とタオルです。」


 ちょうど一段落したタイミングでセリスが声をかけてきた。

 セリスはできるメイドだ。


 休憩を挟んで素振りを再開する。

 目を閉じて、集中する。イメージトレーニングも基本と同じく重要と考えている。

 今日の戦闘を思い返す。


 カザリーは強かった。身体能力の差というのは確かにあったかもしれないが、もっと戦えたと思う。俺がもっと受け流しが上手かったら、カウンターが上手かったら、剣だけに拘った以外の戦い方ができれば。

 たら、れば、は意味ない。手持ちのカードでもっと戦えなかったのか?

 今日の戦闘を頭の中と身体で再現しながら考える。


「極夜様、夕食の準備が整いました。」


 ゆっくりと目を開ける。


「わかった。準備する。」

「お手伝いします。」


 服を脱ぐのから、体の汗を拭くのから、服を着せるのまで手伝ってくれる。


「ちょっ、待っ、セリス。パンツは――」



 セリスと廊下を歩いていると、じいさんとコレットさんが隣に来た。


「なんや兄ちゃん。しょんぼりして。」

「パンツを……パンツを脱がされたんです。」

「メイドの姉ちゃんに?」


 こくり。

 じいさんは、頷いた俺の背中をぽんと叩いた。

 きっと同情してもらえたのだ。十七になってパンツを脱がされ、知り合ったばかりの女性にナニを見られたこの、何ともいけない気持ちに。



 夕食会場の部屋には細長い机があり、アリーチェはすでに着席している。


「遅いわよ。早く着席して。」


 セリスが引いた椅子に座る。

 すると、すぐに執事やメイドが料理を運んでくる。

 まずは、サーモンとサニーレタスのマリネ。続いて何の魚かはわからないが、アクアパッツァ。次は、ペスカトーレ。

 ピザがメインかと思ったが違った。メインは、フィットチーネのボロネーゼ。最後にイタリアンドルチェ、リンゴのセミフレッド。


 初めて命懸けの戦闘をしたからか、普通ならコースでお腹いっぱいになるはずだが、ボロネーゼをおかわりした。

 プロのシェフが作っているから今まで食べてきた料理の中でも、群を抜いておいしかった。


「あー、おいしかった。明日も楽しみにしてますシェフ。」

「儂もこんな美味い料理初めてじゃった。ごちそうさま。」

「ありがとうございます。」


 シェフや執事、メイドが料理や皿を片付ける。


「明日から二人にはこの世界のことを知ってもらうために、家庭教師と勉強してもらいます。ただ、二人には別々に先生がつくわ。極夜は早く覚えてね。私の助手になったんだから。」

「ああ、善処する。」


 アリーチェは、「じゃっ、がんばってね!」と言って部屋を出て行った。





 部屋のベッドに寝転がると、ネグリジェ姿のセリスが部屋の明かりを消した。

 庭につながっている大窓から月明かりが差し込み、ベッドの三分の一を照らす。

 セリスにおやすみを言おうと思って探すと、ベッドが揺れた。


 俺の視線の先には、同じベッドの上にいる金髪美人。

 セリスはゆっくりと俺に近づいてくる。


「セリス?なにを――」


 唇に手が触れ、言葉が遮られる。月光がセリスの金髪をより魅力的にみせ、迫って来る彼女が艶めかしい。首に手を回され、近づいてきた顔が俺の顔の横にくる。


「ほら、もう寝ますよ。」


 耳元で囁かれた言葉に、風呂上がりの女のにおいに、触れ合う肌に、男として興奮を覚えてしまう。


「セリス、なんで君がベッドにいるんだ。俺は大丈夫だから自分の部屋に戻っていいよ。」

「何を言っているのですか?私は極夜様と一緒に寝るよう命じられていますから、これでいいんですよ。」


 ひぇ?

 変な声が出た。


「私のことはお気になさらず。ベッドは広いですから二人で寝ても大丈夫ですよ。あー、でもー、もしかしたら私自身は大丈夫じゃないかもですね。

 まあ、命じられている以上、私は極夜様と一夜を共にしなければならないのですけどね。」

「からかわないでください。手は出しませんから。」

「そうですか、女としては自信を無くしそうです。」

「もうやめてください。」


 大きな掛け布団に二人で入る。

 隣にいるセリスを見ると眠れなくなりそうだから、寝返りを打ってセリスに背を向ける。

 背中に手を這わせ、頭をこてんと当ててくる。


 けど、それを感じることはなかった。

 俺は寝返りを打ってすぐに意識を失くした。


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