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プロローグ ずる賢さは自分自身ではわからない

 紅葉シーズン真っ只中、川に沿って、寺院・神社の周りに植えられた木々が赤や黄色、オレンジに色付いている。

 風が吹くと葉が舞って川や池に浮かび、これがまた木々を見るのとは異なった趣を感じさせる。

 銀閣寺を出てから哲学の道を抜け、通りがかりに紅葉がきれいだった永観堂に入った後、班の他のメンバーがいなくなり個人行動を始めた俺は今、一人で木造の外見がボロボロな店に入ろうとしている。

 班のメンバーとのグループチャットでどこにいるのか聞いても俺を無視して話が続いたため、俺は必要ないということだと判断して単独行動している。


 高校二年生の十六歳、秋。修学旅行二日目。


 店に入ると少し汚かったが、商品に目を奪われた。

 様々な長さや形の木刀が並んでいる。

 俺は興奮して思わず声が出てしまう。


「おー!すごい、これも、これも素晴らしい!」


 木刀を手に取り、じっくり眺め、他に客がいないことを確認して軽く振る。

 店の奥には、木刀の他にも籠手や胸当て、全身鎧などが並んでいる。

 どの商品も素晴らしいできで、感動する。

 男子ならば、誰でも興奮してしまうだろう。

 鎧などを身に着け、剣を振るうことに憧れたことがあるはずだからだ。

 俺がはしゃいでいると店主が店の奥から顔を出した。


「おー、客とは珍しいのぉ。欲しい物はあるかい?」

「そうですねー、木刀は絶対に欲しいですね。それと、両手の籠手と胸当ても欲しいですね。」

「ふむ、儂がお主に合うものを見繕ってやろうか?」


 少し考える。

 この後京都駅に向かう分のお金は残したうえで買える分のうち、最優先は木刀だな。


「木刀は自分で選びます。でも籠手と胸当てに関しては全くわからないので、そちらはお任せします。ただ、予算に限りがあるので籠手と胸当ては安いものだと助かります。」

「なんや兄ちゃん、そないなことは気にせんでええ。久しぶりのお客さんやし、見たところ修学旅行に来た学生さんやろ?予算を超える場合でも予算分にまけたる。せやから好きなもん選びや。」

「ありがとうございます。ならそのお言葉に甘えて、好きに選ばせてもらいます。」


 店の中の木刀全てを見て、いくつかをピックアップする。

 それらを振り、一番手に馴染むものを選ぶ。


「じいさん、木刀選んだぞ。」

「うむ、こちらもちょうど選び終わったところだ。おっ、いいのを選んだな。」

「そうですか?自分の中で()()()と思うものを選んだだけですけど。」

「せっかくや、今籠手と胸当ても着けてみい。」


 学ランを脱ぎ、店主に言われるがままに身に着ける。


「ほう、けっこう様になっとるやないか。」

「そうですね、自分でもそう思います。」

「そうか、ならよかった。」

「それで、予算超えてますか?」

「ああ、超えとるな。けど、さっき言った通り兄ちゃんの予算で売ったる。」

「ありがとうございます。」


 財布からバス、地下鉄代を残し、店主に渡す。


「そうじゃ、おまえさんのこと気に入ったし、たくさん買ってくれたから礼をやろう。ちょっと待っとれ。」


 そう言って店の奥に消えたじいさんは、鞘に収まった一振の日本刀を持って戻ってきた。


「これを受け取れ。」


 差し出された日本刀のすごさに息を吞む。


「本当にいいんですか?」

「ああ、かまわんかまわん。もう店は長くやれんだろうだろうしな。それに、これは見た目と重さは本物そっくりの偽物じゃからな。」

「そうですか。けど新幹線に持ち込めないのでは?」

「もしダメやったら、儂の店に送ってくれ。兄ちゃんの家に儂が送ったる。」

「そういうことならわかった。住所書くから、ここの住所も教えてくれ。」


 お互いに紙に住所を書き交換する。


「それじゃ、行くなじいさん。今日は楽しかったよ、ありがとう。」

「こちらこそ、楽しい時を過ごさせてもらったし、刀も貰ってもらえて大満足じゃ。達者でな。」


 店を出ると、照り付ける陽光が暗かった店内との差で、余計に眩しく目をチカチカさせる。

 学ランの中に籠手と胸当てを着けていて重さは感じるが、そこまで苦にはならない。

 腰に木刀と日本刀を差して道を歩く。

 周りの人々から注目を浴びるが、どうせ知らない人だから気にならない。


 店を出てしばらく歩いて鴨川に着く。

 時間をつぶそうと斜面に仰向けに寝転がる。

 ちょうど並木の影が日光を防いでくれる。

 心地よい暖かさと風が、俺に眠気を催させる。


「そこのあなた、ちょっといいですか?」


 気も緩んでいたのか、あくびがでる。


「ちょっと、この私が話しかけているのに無視した挙句にあくび?どういう神経をしているのかしら?」


 その美しい声の方向に顔を向ける。

 そこには、ぴったりとしたパンツがより強調させているすらりと長いきれいな脚。

 引き締まったウエストに、同級生たちと比べると大きな双丘。

 そして、ポニーテールにしたきれいなエメラルド色の髪を揺らし、俺を見つめる圧倒的美少女と目が合う。

 その大きな翠眼のぱっちり二重の両眼に見つめられて、思わず顔を逸らしてしまう。


「何でしょうか?」

「まあ、いいか。君この人見かけなかった?」


 上半身を起こし、美少女の見せてきた端末に映し出されている女をよく見る。


「この人がどうかしたの?」

「ある事情でこの人を追ってるの。」

「へぇー、君はこの辺りには詳しいの?」

「いえ、初めてなのでさっぱりです。」


 おそらく、俺の人生で最もかわいいと思われる女が目の前にいる。

 写真の人を知らないと言えば、この人は俺の前からいなくなるだろう。

 この俺にとっては奇跡の出会いに何もしないという選択肢は俺にはなかった。

 修学旅行で班のメンバーにハブられてぼっちになった可哀そうな男でも、美少女とお近づきにはなりたい。


「この人すれ違ったかもしれない。」

「ほんとに?」

「はい。でも、すれ違った時にちらっと見ただけなので、もしかしたら別人かもしれません。」

「それでもかまいません。その場所まで案内してもらえませんか?」

「はい、喜んでお手伝いさせてもらいます。」

「ありがとう!」


 そう言った彼女は、端末をパンツのポケットに入れ、両手で俺の手をぎゅっと握る。

 急な彼女の行動にドキッとしてしまう。

 そして、心臓が鼓動を速くする。

 俺は彼女に一目惚れしたのかもしれない。


 ゆっくりと起き上がり、彼女の横に立つ。

 さて、どうしようか。

 案内すると言ったが、写真の人は見かけていない。


「それでは案内お願いします。」

「はい。」


 エメラルド髪美少女を連れて歩き始めると、先程と同じように視線が、全く違った理由で集まる。

 とりあえず、木刀を買った店に向かって歩きながら、フードをかぶっていたり顔を隠すような服を着ていた人がいなかったか思い返す。

 なぜ追われているのかはわからないが、逃げているのであれば、顔や姿を隠すような動きをしていると思う。


「そういえば、協力してもらうのに名乗っていませんでしたね。私はアリーチェ・フローメルです。」

「丁寧にどうも。俺は氷見極夜(きょくや)。一応よろしく。」

「こちらこそよろしく。」


 そういえば、ちらちらと俺の方を見ていた人の中に深くフードをかぶっていた人がいた。

 なぜか他の人とは違った視線だった気がする。たぶん。


「顔を隠すようにフードをかぶっていて、他の人とは違い俺のことを警戒するような視線を向けてきた人がいた。」

「その人とはどこで?」

「その場所に向かってます。」

「この辺りに武器を購入できる店はある?」

「俺が今身に着けている物なら今日見つけた店で揃えた物ですけど。」

「そこに案内して!今すぐ。」

「わ、わかった。」


 少し走って店に向かう。


「あの、なんで急に店に?」

「追いかけてる女が武器を持っている氷見…極夜を見て警戒したということは、極夜のことを私の味方だと思って、武器を揃えようとするはず。だから、武器屋に向かう。だから、武器を手に入れる前に、武器屋から逃げる前に捕まえないといけない。」


 話を聞いて思う。

 追われている女はこの美少女アリーチェのいた場所で、おそらく犯罪者だったのだろう。


「なるほど。それで武器屋。」

「ええ。急ぎますよ。」

「はい。」


 アリーチェがスピードアップしたことで俺もスピードアップせざるを得なかった。





 年中閑古鳥が鳴いている武器屋に客が来ただけで明日にも、いや今日中に雪が降るのではと思いながら木刀を作っているとなんと、二人目の客が店にやって来た。


「すいませーん。」


 少し弱弱しい声が店の奥にいた店主に聞こえる。

 先程気前のいい客に会えたことで気分がいい店主は、すぐに客の前に姿を現す。


「いらっしゃい。何をお求めかい?」


 客の女性は、急に出てきた店主に驚く。


「あ、あのー、剣はあるでしょうか?」

「木刀ではダメなのか?」

「はい…ちゃんと刃があるものが欲しいんです。」

「ふむぅ、なんでか訊いても?」


 客の女性は数分考え、悩んだ。


「えっと、見てわかると思いますけど、私外国の出身なんです。その、家の近くにはクマや狼がよく出るから刃物や銃器を持っていないと落ち着かない体になっていて…だからお願いできませんか?」


 店主はなぜかその話が本当だとは思えない。

 しかし、それは自分がそう感じるだけで事実かもしれない。

 実は刃のある刀ならある。

 だが、簡単に売るわけにはいかない。日本では銃刀法がある。


「えーっと、だめ……ですか?」


 女は男が守ってあげたくなるような、目を潤ませ、上目遣いで手を取り、体を近づけてくる。

 もう年老いた老人であるとはいえ、男である。

 このようにお願いされると、この女性に刀を売ってもいいのではと思ってしまう。


「そうじゃな、ちょっと奥を確かめてこようかの。」

「…ありがとう。」


 耳元に甘い声で囁かれ、腕にやわらかい感触が押し付けられる。

 服の上からでもわかる程のモノは、それでも想像よりも大きい。

 年甲斐もなく興奮してしまい、それがバレないように急いで店の奥に向かう。

 店の奥には、先程店を訪れてくれた少年に渡した刀以外に二本の刀がある。

 そのうちの一本を取り、女の元に戻る。


「これがお求めの刃がある刀だ。すまんが剣はうちの店にはない。じゃからこれで我慢してくれ。」


 一本の刀を手渡された女は鞘から刀を抜く。


「素晴らしい刀ですね。」

「おおきに。せやけど、刃があるとバレないようにするために、刃の上に切れなく、金属探知にかからないよう加工してある。」

「それでも問題ありません。本当にありがとうございます!それでお値段の方は?」


 少年にはタダであげたが、少年は安くない商品を購入してくれた。

 なら、少年が支払ってくれた額が妥当か。

 本当は少年にも女にももっと払わせるべきだが、二人ともいい客だ。


「お嬢さんが来る前にウチの店に来てくれた少年がおってな、その少年に渡した額と同じ額にしようと思う。」


 ごくり。


「二万三千円。」


 女は懐から金を取り出す。


「これで足りるでしょうか?」


 女はこの国の貨幣の価値がわからないみたいだ。

 女が出したのは、一万円札三枚、五千円札一枚、千円札六枚だった。

 その中からちょうど二万三千円を受け取る。


「まいどあり。」

「足りたのね。よかった。」


 お金が足りたことに安心する姿も瞳に美しく映る。

 その時、店に男女二人組が駆け込んできた。


「じいさん、いるかー?」


 店の入り口には今日一度会った少年がいた。


「どうしたんだい兄ちゃん?どえらい美人さん連れて駆け込んできて。」


 アリーチェは店内にいる女を見て確信する。

 カザリー・クーア。今自分が追っている犯罪者だ。

 しかし、一歩遅かった。

 カザリーはすでに武器を手にしている。

 それも極夜が帯刀しているものと同程度の業物だ。


「実は、この子が俺が腰に差している刀を見て、店まで案内して欲しいとお願いされて…」

「なるほど。」

「極夜。」

「ああ、わかってる。」





 店に向かう道中。


「極夜、もし店に着いたときに私が追っている人……カザリーがいたら、すぐにその場を離れて。」

「もしかして、俺ってばお邪魔な感じ?」

「ええ。人質になられたら時間がかかって面倒ですし、戦闘になった時素人がいると間違って指してしまうかもしれませんし。」

「おー、こわっ。」


 しかし、アリーチェの言うことは最もだ。

 だが、彼女は一つ勘違いをしている。


「ただ、一つ訂正させてもらおう。俺は戦闘に関しては素人ではない。」

「というと?」

「今学ランの下には籠手と胸当てを着用している。それに、剣はそれなりに使える。何年も鍛えてきたからな。」

「へぇー。―――」


 走りながらアリーチェは俺のことをじーっと観察する。


「たしかに、体はちゃんと鍛えられているみたい。手のひらを見せてもらっても?」

「ああ。横断歩道で止まった時にな。」


 赤信号で止まり、アリーチェに両手を見せる。

 アリーチェは俺の手を見て、ゆっくり触れる。


「剣を振っている人の手ね。ほんとだったんだ。それなら、仮に戦闘になった時は、逃げられないようにするのに手を貸してもらおうかな。」

「了解!」





 腰に差している木刀を左手に握り、相手に対して半身になり構える。

 それと同時にアリーチェも構える。

 腰のポーチから取り出した自身の髪と同じ銀色の一丁の銃と一振の剣が、薄暗い室内のランプに照らされて淡く輝く。

 開始の合図などないが、動き出しはほとんど同時だった。


 木刀を持った俺が前衛ポジションとして先に仕掛ける。

 カザリーは、鞘から俺がじいさんから貰ったのと同じくらいの業物を抜き斬りかかってくる。

 重さで負けてしまうと判断し、木刀を片手から両手に持ち直す。


 木刀と刀がぶつかり合い、両手が痺れる。

 何度か打ち合って、木刀では厳しいと察する。

 鍔迫り合いに持ち込んでから距離を取り、腰に差しているもう一本の刀を鞘から抜く。

 先程までとは異なる、ただ重量が重くなっただけではない重さを感じる。

 カザリーが使っている刀を見るに、俺がじいさんから貰った刀も本物の刀なのだろう。

 表面に加工が施されているとはいえ、真剣でのやり取り、命のやり取りに緊張で体が震える。


 でも、戦いに待ってはない。

 襲いかかって来るカザリーと再び刀を交える。

 先程よりも相手の攻撃に注意し、自分の攻撃は思い切りよくする。


 集中力が高まっていき、剣戟が加速する。

 刀はぶつかり合う度に加工が剥がれていく。

 互いの刀が互いの皮膚を傷つけ始め、真っ赤な鮮血が飛び散る。

 頬、腕、脇腹、太ももと出血箇所が増えていく。


 そして、数度目の鍔迫り合いが起こる。

 その瞬間に移動した場所から数発の銃弾が放たれ、カザリーは鍔迫り合いを解き銃弾をかわし、刀で弾く。

 アリーチェは、俺とカザリーの打ち合いを数分見ただけで、俺に当たらないように完璧にアシストした。


 そして、俺の鳩尾に衝撃が走った。


 カザリーは俺から目線を外したまま後ろ蹴りを繰り出したのだ。

 そのまま後ろに吹き飛ばされ、商品を並べる台にぶつかる。その拍子に、台の上に並べられた木刀が頭に落ちてくる。

 だが、俺がどのような状況になろうが戦闘は止まらない。


 銃弾が飛び、剣の交わる音が響く。

 取り残された俺に武器屋のじいさんが駆け寄って来る。


「おい、大丈夫か兄ちゃん。」

「ああ、問題ない。ただ、一つ頼みたいことがある?」

「なんだい?」

「ロープはあるか?」

「ああ、あるが。」

「じゃあ、それを持ってきてくれ。」

「けど、なんで?」

「悪いけど、すぐに持ってきてくれないか。」


 俺の顔を見たじいさんはわかった、と言い店の奥へと走った。

 俺は戦いの状況を確認する。

 すると、目の前で信じられないことが起こる。

 カザリーが戦闘の途中で姿を消した。

 そして、服の袖が切られ腕から赤い血が流れ出す。

 見えない一撃をどうやってか察知し、アリーチェはそれだけの怪我で攻撃をやり過ごした。


 そして、距離を取り、銃声を響かせる。

 しかし、姿が見えないため銃弾は店内を傷つけるだけだ。

 姿が見えなければ、俺が狙われてもわからない。

 カザリーの位置がわかるのは、彼女が攻撃した時だけだ。

 それでは、俺は間違いなく防ぐことができずこの世にグッバイだ。

 脳をフル回転させ、考える。

 そして、一つの解を導く。


「アリーチェ、木刀だ。台の上の物を全て床に落とせ!」

「!!おけ。」


 近場の台から木刀を落としていく。

 ただ、敵がこの攻め時を見逃すはずもない。

 アリーチェに攻撃された瞬間、俺は床に置いたリュックサックの中のペットボトルを上部を切り取って二人に向かって投げる。

 ペットボトルからコーラが飛び出し、予測できず鬩ぎ合っていた二人に黒い液体が付く。

 二人が離れると、空中に黒いシミのようなものが点々と浮かび上がる。

 それに店内にからんがらん、という音が足元から聞こえてくる。

 視線を下に向けると、落ちた木刀が動いている。

 居場所は割れたがそれでも刀や攻撃モーションは直接は見えないため、やはり普通に戦うよりもやりにくいはずだ。


 でも、アリーチェは息を吹き返し始める。

 そこでじいさんが戻ってきた。


「言われた通りロープを持ってきた。」

「ありがとうございます。今更ですが、じいさんは俺たちの味方ですか?それともカザリー、あの女の人の味方ですか?」


 じいさんは少しの間考えて答える。


「兄ちゃんらの味方だ。この数分見ていたから多少なりともわかる。それに、あのお嬢さんが刀を求めた理由に違和感があったしな。」

「なるほど。では、協力してほしいことが―――」



 じいさんはまた店の奥へと向かい、戦闘は佳境を迎える。

 アリーチェとカザリーの戦闘は完全に接近戦になり、これまでよりも早いペースで剣同士の音が鳴る。

 急にアリーチェがバランスを崩す。

 自分たちで床に散らかした木刀に足を滑らせたのだ。

 ここぞとばかりに、カザリーが大振りの一撃を狙う。


 ここだ。ここしかない。


 俺は準備していた、ロープでまとめた木刀の束をカザリーに向かって投げる。

 完全な不意打ちではあるが、先程コーラを投げつけたことが記憶に新しいため直撃することはないと思われる。

 結果は俺の予想と違わず剣で弾かれ、弾かれた木刀の束はロープが切られ床にばらまかれる。

 ただ、アリーチェにとって致命傷となり得る攻撃を放たせないことには成功する。


 ここで潮目が変わった。

 アリーチェが攻勢に出る。

 綺麗に繫がり、全く途切れない連撃がカザリーを襲い、カザリーは凌ぐので精一杯で少しずつ後ずさる。


「今だっ!」


 店内に俺の声が響く。

 それと同時にカザリーが尻もちをついて倒れる。


「アリーチェ!」

「わかってるわよ!」


 アリーチェが倒れこんだカザリーにとどめを刺しにいく。


「はぁーーーー」


 カザリーはアリーチェの剣を刀で受け止めるも馬乗りされ、刀を弾かれて手刀で気絶させられた。

 気絶したカザリーは透明から元の姿に戻る。


 戦闘が終わり、台に背中を預け一息つく。

 正直、戦闘では直接的には助けにならなかった。

 だけど、少しだけでもアリーチェの役に立ててよかった。


「大丈夫?極夜。」

「ああ。ありがとう。」


 差し伸べられた手を取り、立ち上がる。

 店内を見渡すと商品が散らばり、ものすごい状態になっている。

 店主のじいさんを見ると、さっきの俺と同じように床に座っている。


「じいさん、ありがとう。俺の頼みを聞いてくれて。」

「へっ、兄ちゃんのこと気に入ったからな。そこのお嬢さんよりも。」


 アリーチェにしてもらったように、じいさんに手を伸ばす。

 恰幅のいいじいさんのため、かなり重い。

 が、功労者だし重くて引き上げられないとは口が裂けても言えない。

 じいさんを立たせると、アリーチェがカザリーを拘束したところだった。

 大きな四角い箱のような手錠に腕を通し、足にも同じ物を付けられる。

 カザリーがどれほど超人でも、きっと逃げられないだろう。

 重そうだし。


「これで完了か?」

「うん。ありがとね極夜。」

「どういたしまして。」

「店を片付けようか。」

「そうだね。」


 三人でぐちゃぐちゃになった店内を元に戻す。

 そして、じいさんに店の奥に案内され、そこでお茶をいただく。

 もちろん、カザリーは引きずってきた。


「さて、これからのことを話さなければなりませんね。」

「どういうこと?」

「極夜は薄々気づいていると思うけど、私もこの女もこっちの世界の住人じゃない。内世界の住人なんだ。極夜たちが生活しているこの世界は私たちの世界からしたら地球の表面にある世界、内世界と対比して外世界と呼ばれている。まあ、詳しく説明すると長くなるし、面倒だから省くわ。

 それで、これからの話というのは、あなたたち二人の処遇について。選択肢は二つ。一つは内世界に関する記憶を完全に抹消して元の生活に戻させる。もう一つは私と一緒に内世界に来る。二つ目に関しては、外世界とは完全に縁を切ってもらうことになる。君たちは行方不明ということになって、いずれ死亡したことになる。


 さて、君たちはどっちを選ぶ?

 ちなみに、私は前者をおすすめする。戦闘を見ていてわかったと思うけど、内世界と外世界の人間では、持っている能力が圧倒的に違いすぎる。外の人間が内に来ても能力的に世界の底辺だし、一生暮らすには大変だと思う。

 まあ、おじいさんは鍛冶の腕は内世界の人とも遜色ないし、余生を過ごすにはいいかもね。けど、極夜のために言わせてもらうと、極夜は内世界には来ない方がいいと思う。戦闘能力は高くないし、頭脳も大したことないし、内世界では完全に底辺だから。


 でも…まあ…さっきの戦闘で見せた機転?…閃き?……いや、その()()()()が私は欲しい!


 ずる賢さというその一点において、極夜は至高と呼ばれる私に勝っている。私は常々、私にないものを持っている、私を補い私を完全無欠の探偵にしてくれる人を助手にしたいと思っていた。

 だから、……私は極夜が助手になってくれると…嬉しい。

 

 ………ごほん。

 伝えなきゃいけないことは伝えたから、できるだけ早く答えを聞かせて。」


 いきなりの大量の情報に頭がパンクしそうになる。

 内世界?外世界?

 急展開すぎて頭は混乱しているが、本能は叫んでいた。


 アリーチェと一緒に行きたい!


 内世界という場所がどんな所かはわからない。

 そこですごく大変な思いをするかもしれない。

 この世界で過ごしていく方が楽なのかもしれない。


 けど、アリーチェと一緒にいられる喜びの方が大きい。

 アリーチェと出会ってからの時間は短い。

 けれど、圧倒的に濃い時間だった。

 人生で一番興奮した。

 アリーチェと一緒にいれば、これからもっとすごい体験ができる。

 だから、俺の答えは決まった。


「アリーチェ。……君が俺を必要としてくれるのなら、俺はどこまでも君と一緒に行こう!」


 ……………。

 自分で言ったのだが、言い切ってからめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

 今のところ、俺の人生で一番かっこつけたセリフで、黒歴史ノートに新たな一ページが刻まれた瞬間だった。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

続きも読んでいただけると嬉しいです。

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