弟の為に
買ってきた材料をしまうと、散々歩き回ったこともあり、真司もそのまま眠りに付いた。
夜が明けカーテンの隙間から光が差し込む。
今日は優の為にカレーを作らなくては。
目を擦りながら冷蔵庫を開くと……。
「あれ? ない! 無い、無い!」
冷蔵庫に入れていたカレーの材料が全て無くなっている。
「……え、何でないんだ、どうして……」
気が動転しながら、真司は家の中を探し回った。
だが、どれだけ探そうともカレーの材料は見つからない。
戸惑う真司に起きてきた優が声を掛ける。
「お兄ちゃん、おはよう。今日はカレーライス楽しみにしてるね!」
無邪気な笑顔で喜んでいる優を前に真司はことの真実を告げることは出来なかった。
「そ、そうだな……。今日お兄ちゃんがカレーを作ってあげるから……その、優はお外で遊んでおいで」
「うん、わかった! ユイトくんたちとあそんでくる!」
遊びに行く優を見送ると、真司は心に決意する。
(優、絶対にお兄ちゃんがカレーを食べさせてやるからな)
家の鍵を閉め、真司は近くのスーパーへと向かった。
営業を開始して間もない店内は閑散としている。
(今なら人もいない……)
回りを警戒しながらカレーのルーに手を伸ばす。
そして誰もいないことを見計らうと、持ってきた鞄にカレーのルーを忍ばせた。
続いて、じゃが芋、人参、玉ねぎ、最後に豚肉を鞄に入れる。
(よし、これで……)
何も買わず店の自動ドアをくぐるり、家へと向かおうとすると、後から声がした。
「ちょっと待ってくれるかな君!」
体格のいい男にがっちりと腕を捕まれ真司は抵抗するが大の大人と子供、逃げられはしない。
「は、離せ! 優が優が待ってるんだ!」
「何言ってるんだお前! いいからこっちにこい!」
部屋へ連れて行かれ、椅子に座るように指示されると、睨みを効かせた男は真司に鞄の中身を出すよう強気な言葉で言う。
「じゃあ、鞄の中の物を出して」
何も言えず鞄の中の物を真司は机に置いていく。
「カレーの材料か、全く……。それじゃ名前と学校名を教えて」
「…………」
「黙ってちゃ分からないよ! じゃあ、お父さんかお母さんに連絡して」
「…………」
「なに、何も言えないの? じゃあ警察呼ぶよ!」
警察の言葉を聞くと真司は声を震わせながら言う。
「け、警察は嫌です」
「じゃあ、名前と学校名。それと保護者の電話番号を教えて」
「……な、名前は飯島真司です……。ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい」
真司が涙を滲ませ謝り出した時、部屋のドアが開いた。
「万引きですか?」
「あ、店長さん、今話している所です」
真司を捕まえた男は店長と少し話すと、後をを託し部屋から出ていった。
「えっと、飯島真司くんだっけか。何で盗もうとしたのかな?」
先ほどの男とは違い、優しい感じを見せる店長にほっとした真司は問いに答える。
「……弟に、弟の優にカレーを食べさせてあげたくて」
「弟さんに?」
盗もうとした物と真司の身なりを見て店長は事を察した。
「なるほどね。そうか弟さんにカレーを食べさせたくて盗もうとしたのか」
「はい、ごめんなさい……」
うなだれる真司に店長から叱咤激励が飛ぶ。
「なあ、真司くん。君が弟にカレーを食べさせてあげたい気持ちは分るが、君がやった事は犯罪なんだよ。それは分かるかい?」
「……はい、わかります」
「本来なら保護者に連絡か、警察に届けなければならないのだけれど、今回は連絡しないので家に帰りなさい。それと罰としてうちのお店は出入り禁止にするけど、いいね?」
事情を察した店長は店への出入りを禁止にすることで真司の罪を許した。
「はい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
店の外へと出されると、真司は店長に対して謝りながらその場を去った。
盗みを働こうとした罪悪感と、優との約束を果たせなかった無念さが真司の心を激しく揺さぶる。
(優、ごめん)
意気消沈して家に戻ると、優の帰りを待つ。
壁にかけられた時計から聞こえる秒針の音がチクチクと真司の心を突き刺していく。
十分、三十分、一時間、そして。
「ただいまー!」
部屋のドアが開くと優の元気な声が響き、暗くなり始めた部屋に淡い夕焼けの光が差し込む。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
居間の隅で膝を抱えながら蹲る真司の姿に優は声をかけた。
「……ごめん、優。……カレー作れなかった……」
悲壮にくれる真司を見ると優は、
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ぼくは平気だよ!」
いっそ、泣きながら暴れてくれたほうが真司の心も楽だったのだろう。
しかし兄を気遣う弟の優しい言葉が真司の胸を熱くさせる。
「ごめん。ごめんよ優、約束守れなくて、ごめん」
悲しみ、怒り、憤り、様々な思いがあったが、なによりも自分の無力さが許せなかった。
気丈に振る舞う優の肩を抱き、真司は只、只、泣いた。