当たり前ってなんだろう
暑が影を潜め冬の到来を待つころ、どこにでもある町のアパートの一室に二人の兄弟がいた。
長男の名は『飯島真司』
小学校の5年生、少し短気だが弟思いの優しい少年。
次男の名は『飯島優』
真司とは少し年が離れ、この間5歳になったばかりの心優しいとても無垢な男の子。
少し寒くなりはじめた部屋の中で、二人は明日の事を話す。
「おい、優。明日はお兄ちゃんクラスの登板だから少し帰ってくるのが遅くなるけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。ぼく、ちゃんとお留守番してるから平気だよ」
優の心配をする真司、弟の優は幼稚園や保育園には通っていない。
「じゃあ、いい子で留守番しててな」
「うん、わかった!」
仲睦まじい二人の会話、だかこの兄弟は人知れず過酷な運命の中で生きている。
兄弟の父の名は『飯島孝宏』
母親の名は『飯島友里』
きっと家族構成はどこにでも居る、ごく普通な家族なのだろうが彼らの事情はとても複雑だ。
父親である孝宏は、定職に就かず親の財産を食いつぶす、いわゆる穀潰し。
一方、母親の友里はそんな孝宏に愛想をつかし、二人の子供を置いて、違う男の元へ行ってしまった自分第一の阿婆擦れだ。
こんな両親の元に生まれた二人だが、それでも強く、真司、優は生きている。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「うん、おやすみなさいお兄ちゃん」
アパートの部屋の片隅で二人は眠りにつく。
夜が明け、朝を迎えると真司は学校へと向かい、優は一人、段ボール箱で作ったロボットで時間を潰す。
クラスの登板を終えると、一路、家路を急ぐ真司の姿があった。
(結構遅くなっちゃったな。優は大丈夫かな)
優のことを心配しながら家路をたどる真司。
アパートの玄関前に着くと、電気がついていない。
心配になり鍵を開け中に入ると、部屋は真っ暗で優の姿がなかった。
「優!どこだ?返事しろ」
明かりをつけ部屋を見渡しても優の姿はない。
「おい、優。隠れてないで出てこいよ」
奥の部屋の押し入れを開けると不自然な布団の膨らみがあった。
「おい、優」
布団をめくると優が縮こまっている。
「どうした?優、何かあったのか?」
真司の言葉に口を閉ざす優。
優の顔を見ると泣いていたのか目が真っ赤に腫れ上がっている。
「どうした?何があったんだ」
語気を強め真司は優に問いただすが優は何も言わない。
「………」
「本当に何があったんだ、兄ちゃんに言ってみろ」
真司は優しく優に語りかける。
「………えっとね、今日、ゆきとくん達があそびに誘いにきて、いっしょにあそんだの」
話し始めた優の顔は苦悶に満ちていた。
「それでね、……今日の夜、ゆきとくんのお家はカレーライスなんだって」
優は遊んだ際に友達の家の夕食がカレーライスだっことを真司に告げる。
「それでね、ぼく、カレーライスをたべたことがないっていったら、ゆきとくん達にすごくバカにされて………」
よほど、嫌な思いをしたのだろう、話し出した優の目から再び涙がこぼれ落ちる。
そう、飯島真司の弟である優はカレーライスを食べたことがなかったのだ。
二人の両親はネグレクト、詰まり育児放棄をしている状態であった。
父である孝宏は働かず女性の尻ばかり追いかけているロクでなし、そして母親は二人の子供を置いて数年前に他の男と姿を消している。
そんな環境の中にいる子供達の食生活がまともな訳は無い。
安いからという理由で大量に買われた納豆ともやし、そして、買い置きされた米、これが二人の兄弟の食事の定番である。
こんな生活をさせるほど金が無かった訳ではないのだが、孝宏は子供達に興味が無かった為それ以外の食料など買うことが無く、また衣服や生活雑貨なども必要最低限の物しか与えていなかった。
しかし、幸か不幸か二人共痩せてはいたがなんとか日常生活は送れていた。
だがやはり育ち盛りの子供、他の物も食べてみたいと思うのは当然のことだろう。
「ねえ、お兄ちゃん。カレーライスってどんな味がするの?」
優の悲しい問に真司は答える。
「そうだな、カレーの味は辛いんだ。辛いけど凄く美味しい食べ物なんだ」
「ふーん、そうなんだ、カレーは、からいんだね。ぼくもおおきくなったらカレーライス食べれるかな?」
「だ、大丈夫だよ。大きくならなくてもきっと食べれるよ」
だか、弟の優がおかれている環境では、それさえも夢に近いものなのだ。
このあと優をなだめ二人は眠りにつくために布団に入る。
(………カレーライスか)
暗い部屋に薄っすらと光る豆電球を見つめながら真司は優にカレーライスを食べさせてあげたいと思った。