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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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番外編:柏城彩の日常は展開する

※本編とはほとんど関係がありませんので、読まずに次話へ進んでいただいてもかまいません。


 四月。いつも見ている景色でさえ、春の暖かな陽気が彩りを与えていた。別に私の心はそこまで彩り豊かなほうではないのだけど、少しくらいは明るい気持ちにもなる。いつもは地面に視線が行きがちな登校中の時間でさえも、自然と視線は正面を向いてしまう。歩くときに正面を向くと背筋が伸びるから相手に好印象を与えるらしいね。どうでもいいけど。


 高校一年生となり新たな高校生活に期待を膨らませていたけど、中学の延長線上を進んでいる気がして思った以上につまらなかった。一生懸命世のため人のために働いてくださっている社会人の皆様には、贅沢すぎる悩みだと思われるかもしれないけど、一介の高校生にとっては十分すぎる悩みなのではないだろうか。贅沢なのかなぁ。

 しかし別に私はやることがないというわけではなく、むしろ勉強や友達付き合いなどかなり忙しかったりする。『彩ちゃんかわいいから、彼氏なんてすぐできるよー』とか、周りはこんな言葉ばかり投げかけてくる。うれしくないわけではないんだけど、これがなかなか鬱陶しい。


 自己紹介が遅れたが、私は柏城彩という。清楚を象徴するセミロングの黒髪、少し高めの身長、スレンダーなスタイル。スレンダー、ここ重要。決して胸がないわけではない。スレンダーなだけだから。さらに、中学の時は定期テストで常に三本の指に入っていたし、ここら辺では最難関といわれる高校にも三位で入学した。運動も平均以上にはできる。いわゆる学年一の美少女というやつだ。自分で言っちゃうあたり、かなり頭のおかしいヤツだと思われるかもしれないけど、実力が伴っているのでノーカンで。


「部活見学ってもうすぐだよね。どこ見学する?」


 とある日の休み時間、桃色のツインテールが揺れた。ついでに胸も揺れたことに対して、多少の怒りを覚えるが、許してやろう。私の寛大な心に感謝するように。ちなみに彼女は佳奈子といって、高校に入ってから最初にできた友達である。今までと同じように、私と友達となることで佳奈子自身のステータスを上げようとしているのだろうと思っていたがそんなことはなかった。理由は簡単。佳奈子は重度の馬鹿だからだ。話すとよくわかるが、正真正銘のあほである。なんでこの高校に入れたんだろう……。


「んー、私はまだ決めてないかな。とりあえずいろいろ回ってみようとは思ってるよ。あ、でも運動部は無しかな。」


「えー、運動いいよ?やってみよーよ。青春といったら汗だよ?汗といったら運動部でしょ!」


 青春=汗と連想するあたり、恋愛ドラマの見過ぎではないだろうか。現実は青春を感じる間もなくつらい練習の毎日が続くのだ。あとから振り返ってそれを青春と呼ぶのであって、本人たちがそれを感じるとしたらコンビニでアイスを買い食いしてるときくらいである。『買い食いとか、今俺たち青春してね?』とか言って千三百円しか入っていない財布からお金を払うのだ。


「まあ、見学くらいならね。」


「よーし!あーちゃん、部活見学は一緒に回ろうね。」


 ちなみに『あーちゃん』というのは佳奈子が私を呼ぶときのあだ名だ。あだ名で呼ばれるのは初めてだったので、多少照れくさかったが正直かなりうれしい。


 学校が終わった瞬間、私は部活動について調べるためにそそくさと家に帰る。中学のころは部活に入っていなかったので高校でも別に入らなくてもいいかなとか考えていたけど、まあこの機会に部活動というのも経験してみるのもいいのかもしれない。普段の私なら絶対にそんなことは考えないのだけど、ちょっとした気心だからね。べ、別に退屈すぎていてもたってもいられなくなったとかじゃないんだからね!


「佳奈子、私先に帰るね。」


「今からみんなでケーキ食べにいこーって話になってたんだけど、いいの?」


 ケーキは嫌いじゃないんだけど、カースト上位女子と出かけるのって結構大変なんだよね……。特にすぐ恋バナになるところとかね。完璧美少女といえど、彼氏いない歴=年齢である私に何が答えられるというのだろう。言い寄ってくる男子はたくさんいるんだけど、なんか胸にズッガーンってこなかったの‼(森島先輩感)なんとなく付き合うって私できないんだよね……。お誘いを丁寧に断って、教室を後にした。


 早くもグループ分けはされており、青春を謳歌しているであろう一軍、一軍に入れないまでもそれに近づこうとする二軍、その下の三軍、さらにその下とヒエラルキーが目に見える。漫画の世界だけと思っていたけど、教室の端でカードゲームやらスマホゲームやらをしている男子たちもいた。よく見るとあれモンハンだよね!私もやりたいなーとか考えるけど、たぶんあっちからしたら迷惑極まりないだろう。……でもこっそりとなら別にいいよね。

 私は適当に明るく振舞っていたら、一軍であろう場所に押し込まれていた。さっきのケーキを食べに行こうといっていた女子たちも一軍ということになる。スカート丈の短さがカーストに比例してる感じなんですけど。大丈夫?それ、ちょっと動くと見えるよ?せっかくのお誘いを断ってしまったが大丈夫だろうか。まあ、ハブられたらそれはそれで。


--


「彩姉さんお帰りなさい。」


と声をかけてくれるのは我が妹、りんごちゃんである。真っ赤なショートボブに愛くるしいアホ毛が一本。胸は中学生とは思えないほど大きい。といっても私よりちょっと大きいくらいだけどね。ほんと、ちょっとだけだから!私より年齢が一つしか違わないというのに、家の家事をほとんど一人でやってくれている。私はこの妹に頭が上がらないのだ。


「ただいまー。」

リビングの方へ向かうと何やらいい匂いがしてくる。


「りんごちゃん何作ってるの?」

「クッキーですよー」


そういうと、小さなクッキーを私の口に近づけてきた。ぱくっと口の中に入れると、程よい甘さが口全体に広がってくる。うん、りんごちゃんの作るお菓子は相変わらず最高だね!


「それでは私は夕飯のお買い物に行ってきます。彩姉さんお留守番よろしくお願いしますね。」

「あ、うん。気を付けてね。」


りんごちゃんは水色のエコバックと財布をもって玄関へ向かう。最近はエコバックじゃなくても、何かしらの袋を常備しておかないといろいろ大変だからね。ちょっと前はコンビニといったらレジ袋みたいな感じだったけど。


「彩姉さんは何が食べたいですか?」


なんでもいい……はあまりよくないよね。実際に料理を作る身になると、何でもいいという答えが一番大変なんだよね。私料理したことないけど。


「そ、そうだね。えっと……サバの味噌煮、かな?」

「はい!わかりました。サバが安かったらそれにしますね!」


それだと結局今日安売りしている食材が夕食になりませんかねぇ。まあ、かわいい妹のためですから、私はいくらでも考えますよ?


「それでは、行ってきまーす。」


そういうと元気に玄関の戸を開けて、買い物へ出かけて行った。さてと、私も作業に取り掛かりましょうかね。


 まあ、作業といってもそんな大それたものではない。ちょっと八代見高校の部活動について調べるだけだ。一年生を対象に、各部活の二三年生がチラシを配ったり、部活動体験をさせたりと、いろいろしてくれるらしい。自室に戻りノートパソコンを起動する。一番上のお兄さんと長女の春姉さんからのお年玉をためて去年購入した。別にゲームをするわけでもないので、五万円くらいで買えるようなスペックのパソコンだけど。でもハードディスクはSSDじゃないとね!


 私の通っている高校は八代見高校といって、ここら一帯では一番入るのが難しい高校として有名である。遠いところから受験しに来るという人もいるくらいだ。そんな高校に上位で入学した私ってやっぱり天才?……じゃないですね。兄たちも私より良い成績で入学していましたね。ちなみにりんごちゃんもこの高校を受験するつもりらしい。今年から、進学校には珍しい推薦入試を導入するらしくて、それに向けていろいろやっているらしい。きっとりんごちゃんのことだからいつの間にか『あ、合格しましたよ。』とか言ってきそうで怖い。

 ノートパソコンの検索欄に、『八代見高校 部活紹介』と入力してエンターを押す。ターンという音はなかなか好きだけど、仕事できない人ほどこの音が大きいのはなんでなんだろう。

結構たくさんの部活があるんだなと感心しつつ読み進めていくと、興味を惹かれるものもちらほら見かけた。特に、茶道部。人数が一人ということもあり、人間関係が確立されていないことは確かだ。まあ見学にくらいはいってみてもいいかな。


「彩姉さん、お風呂空きましたよ。」


りんごちゃんの声が聞こえた。この時間になると、お風呂に入って、自室に戻って、勉強して、就寝する。というのが一連の流れとなるけど……まだドラマの続きみたいよぉ。数分渋ってたら声のトーンが数段落ちた声で『彩姉さん?』と声が聞こえたので、一目散にお風呂へむかった。

 歯磨きをして部屋に戻った時には時計は九時を回っていた。一時間ほど勉強をしてから布団にもぐる。学校生活を有意義に過ごすには勉強が欠かせないので、コツコツやっていくことが大事である。


 今日も今日とてりんごちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べて家を出る。う、うまい。今まで食べてきた中で一番だ!と毎日思わせるような料理が出てくるので、つくづくなんでもできる妹だと感心する。さすがにお弁当は毎日作るのは大変らしい。なので、ほとんどは学食だったり、購買のパンを食べてお昼を過ごしている。たまに、りんごちゃんの気分が乗った時は、私のお昼ご飯は手作り弁当になる。


 バスに乗れば五分もかからずに高校につくのだが、外の景色をゆっくりとみて歩くほうが好きなので特に理由がない限りは徒歩で登校している。


「じゃ、行ってきます。」


それに対して帰ってくる返事は、いつも温かな優しさを含んでいて今日も一日頑張る気になれる。


部活動見学期間である。見学者を増やそうと、どの部活も躍起になって勧誘をしているのが見受けられる。校門の前は勧誘の人であふれかえっていた。うわーやだなぁ。


「バスケ部でーす。入部大歓迎でーす。」


「絵に興味ありませんか?」


「さあ、アニメについて語り合おう!」


「ねえ、そこの君、良かったら演劇部の見学に来ない?君だったらすぐに舞台に上がれるかもよ!」


「いや、弓道部に来てよ。絶対似合うって。」


「天文部です。一緒に星を見よう。」


 昇降口にたどり着くまで一体どれくらいの人に声をかけられただろうか。私の完璧スマイルで無難にやり過ごしたつもりだが、まだしつこく追ってくる部活もいる。私の性格を少しでも知ったうえで勧誘してくるならまだしも、顔だけで判断されるのはあまり好きではない。まあ、部活の勧誘にそれを求めるのは酷なのだろうけど。

そう考えていると、私より背の低い女子生徒が一枚の紙を渡してきた。また勧誘かと思いつつその紙を見てみると『茶道部』と書かれている。


「あ、あの、ぜひ来てください!」


 そう言って、そそくさとどこかへ行ってしまう。眼鏡におさげと、いかにも文学少女っていう感じがした。このような表現をすると聞こえはいいかもしれないが、正直少し地味な印象を受けた。今だって、きっと勇気を振り絞って私にこの紙を渡してきたのだろう。この調子だと、一センチほどの厚さがあった紙を渡しきることはできないだろう。そう思いつつ教室へ向かった。


 今日も今日とて滞りなく授業が進み、放課後へと突入。先輩方はすでに校門の前でスタンバイをしていて、私たちの帰りを今か今かと待っているようだった。校門の前に立って勧誘をしていいのは今日だけらしいのだが、面倒くさいものは面倒くさい。……仕方ない、おとり作戦で行こう。


「佳奈子、一緒に帰ろ?」


「いいよー!」


 この子はあほの子だから、自分がおとりになっていることすら気づかないから大丈夫だろう。面倒くさい部活に声を掛けられたら佳奈子に押し付けて私が先に帰る、という単純にして明快な作戦である。あほの子だからといってこういうぞんざいな扱いをしてしまうと、私の良心が痛むので、あとで飴玉でもあげよう。


 結局、佳奈子をおとりにした後も他の部活につかまってしまい、この作戦は失敗に終わった。守り固すぎるでしょ……。もしかしてラグビー部の方ですか?と思ったら吹奏楽部でした。まあ、吹奏楽部は運動部みたいなものだし、あながち間違ってないね。


「彩ちゃんおはよー。今日まで部活見学期間だよね。一緒に回らない?」


部活動見学期間は、昨日と今日の二日間である。


「ごめんねー。私見学する部活決めてるからー。」


「えーそうなんだ。どこ?」


「ないしょー。」


 なんて会話を朝っぱらからするのはかなりの気力を使う。女子だけでなく、男子も私の入る部活を聞き出そうとしてくるので手に負えない。しまいにはほかのクラスの男子も出入り口にかたまり聞き耳を立てる始末である。


「彩ちゃんモテモテだねー。」


佳奈子が言う。


「そんなんじゃないよ…。」


「そうかな?」


 そう、きっとそんなんじゃない。彼らは外見がいいから、性格がよさそうだというような思い込みだけでこちらを評価しているに過ぎない。私に興味があっても、踏み込んでくる人間なんて今まで一人としていなかったのだから。私自身、きっとこれからもそうなのだろうと、知らず知らずのうちにあきらめているのかもしれない。


 昨日もらった紙には丁寧に部室までの道のりが記載されていたので、多分迷うことなく部室までたどり着くことはできるだろう。教室から離れるほどに人の気配はなくなってきて、各教室や職員室がある本校舎から別館へ入るともうほとんど人はいない。別館は美術室や調理室、理科室など授業でしか使わないところばかりだからだろう。といっても、美術部や調理部と見受けられる人はちらほら見かけたので、まるっきり人がいないわけではないらしい。茶道部の部室は、別館の三階の階段から一番遠い部屋だった。……遠い。


 茶道部の部室の前には一枚の紙を持った男子が立っていた。茶道部の人だろうかとも考えたけど、部員数は一人、きっと昨日この紙を配っていた人が部員であるはずだ。さらにこの人が持っている紙は私と一緒のものだった。ということは入部希望者ということだろう。せっかく部員が少ないと思って入部しようと思っていたのに、ちょっと残念。


「ねえ、君も茶道部見学?」


「…まあ。」


急に声をかけたのに、そっけない返事だ。もう少し驚いてもいいんじゃない?


「っていうことは、同学年だね。私は柏城彩です。よろしくね。」


いつも通りに相手の目を見て、笑顔を絶やさず、相手が受け取る印象が最大限よくなるように言う。しかし、私が予想するような反応をすることはなかった。それどころか、どこか面倒くさそうな顔をする。


「東野登也だ。よろしく。」


そういうと、また部室の扉の方を向いた。少し、変わった人だと思った。



「新入生が二人も見学に来てくれるなんて、ほんとにうれしい!」


東野君と一緒に部室に入ると、紙を配っていた先輩が嬉しそうに言った。


「まあ、僕は落ち着いた雰囲気が好きですから。」


東野君も私と同じように、特にこれといった理由がなくこの部活に入ったんだとわかった。ちょっと失礼だけど、あんな勧誘で普通の人が見学に来るとは思えなかったので、彼の考えは納得がいく。


「私も落ち着いた雰囲気が好きっていう理由だけですけど。でも、茶道ってなんか清楚そうな感じがするじゃないですかー。そういうのにあこがれるんですよねー。」


まあ、嘘ではない。それっぽい理由があればこの先輩も安心するという考えだが、別にそこまで気にする必要もないのかもしれない。結局、『入りたいから入る』で十分なのだ。


「まずは三人でお互いに自己紹介しよう!さ、座って。」


とテーブルに案内された。…茶道部にテーブルかぁ。


「茶道部にテーブルって似合わないよね。でもお客さんが来た時はこっちに案内するんだよ!畳だと足が痛いという人がいるから先輩が用意したんだー。」


ほえー、と相槌をして椅子に座る。私も正直椅子のほうが楽です。


「じゃあさっそく。私は、三年三組の木野凛花といいます。去年は新入部員を集めることができなくて二年生はいないんだけど…。部活存続のためにも入部をお願いします!」


最後の方は若干声が上ずっていて、なかなか頼りある先輩とは言えないような人だけど、すごく優しそうな印象を覚えた。


「私は一年一組の柏城彩です。茶道については全く分かりませんが、興味があります。よろしくお願いします。」


まあ、無難にこんなもんでしょ。


「東野登也です。まあ、僕も柏城さんと同じ感じです。すごくいい部活だと思います。」


どんなふうにすごくいいのかはわからないが、彼も結構前向きにこの部活への入部を考えているようだ。


「そ、そう!よかったぁ…。」

ふしゅー。と音が聞こえるくらいに、先輩の気が緩んでいくのが見える。…かわいい。

 

「どうぞ。」

特に何をするわけでもなく、部室を眺めていたら木野先輩がお茶を出してくれた。


「ありがとうございます。……けど、私作法とか分かりませんよ?」

同じく。と東野君が同調する。


「べつにいいよ。自由に飲んでね。あ、お菓子もあるよ!」

苦い。けどおいしい。いつも飲んでいるお茶とは全然違うのでかなり驚いた。


「おいしいですね。私も練習したらこんなふうにたてられるようになりますかね。」

「……おいしいですね。」


私達の感想に、木野先輩はほほを赤く染める。


「あ、お菓子が少ししかない…。買いに行ってくるね。」


大丈夫ですよ!という前に木野先輩は教室から出てしまった。えぇ……二人きりになっちゃったよ。


「柏城は」

彼の方を見る。一瞬の間が生じる。彼は少し言葉を選んでいるようだった。


「柏城はなんで茶道部に入ろうと思ったんだ?さっき言った理由が本当…っていうわけでもないと思うが。」


ばれちゃってる。でも、退屈だったから。なんて、あんなキラキラした目の先輩の前で言えないよねー。


「まあ、そうだね。正直退屈だったからかな。なんか、思った以上に高校生活って面白くなくてさ。部活にはいれば変わるかと思って。」


彼はそれほど驚く様子はなかった。


「そういう東野君だって、そんな理由じゃないんでしょ?」

「まあ、そうだな。暇だったから……だな。」


こう話していると、彼はやはり変わっている人だなと感じる。ぼーっとしているっていうか、彼の周りだけゆっくりと時間が進んでいるような感覚を覚える。多少自意識過剰かもしれないが、私と二人きりだというのに、まったくそわそわするそぶりを見せない。それが少し以外で、思いのほか彼のことを見つめてしまっていた。


「……どうした。」

「あの、変なこと聞くけど、東野君って女子と結構話したりする?」

「まったく。」


そうなんだ。と返事をして、しばらくの沈黙が続いた。なにこの空気……案外気まずい感じがしないのがまた変な感じ。


「もうさ、東野君はこの部活に入ることは決まってるの?」

「まあ、雰囲気も悪くないし、入部しようと思ってる。」


「あの」

彼の目を見る。


「私が入部したとして、東野君はどう思う?」


…なんか変な質問の仕方になってしまった。あの、えっと、要するにですね、私は先輩一人だったから入部しようかなと考えていたわけで、私の考えに似ている東野君もきっとそんな考えで入部しようという根端じゃないかなーと思ったから……


「いいんじゃないか?俺が入部を止める権限はないからな。」


先輩と話すときと同級生と話すときで一人称が変わるんだなーというどうでもいいことが頭を横切ったが無視する。


「そ、そう。それならよかった。」


結局何が聞きたかったんだ私は。まあ、でも彼も別に私が入部しても問題ないようだし。私は入部届を取り出す。


「じゃ、さっそく。」

さらさら。と入部届に記入していく。


「早いな。入部届もって来たのか……。」

「うん。職員室にあるよ。」


そういうと私は続きを書き始めるが、視線を感じる。…なんでしょうか。ふと顔を上げると、東野君も気が付いたのか申し訳なさそうにいった。


「悪い。字、きれいだなと思って。」

「あ、うん。ありがと。」


ちょっと視線をずらして首元を触るしぐさは少しかわいいと思った。まあ、悪い人というわけでもない感じだから、この人とは同じ部活でもうまくやっていけそうな気がする。なんか男子とこんな感じで会話するのも久しぶりかも。みんな近寄ってこなかったり、会話しようとしてもそわそわして真面目に話してくれないし。


「お待たせー。」


少し息を切らしながら先輩が扉を開けた。そんなに急がなくても……。ピンク色の袋からは、ポッキーやらたけのこの里、ブラックサンダーなど様々なお菓子が並べられた。やっぱり時代はエコバックですよね!でも中身は全部チョコ系のお菓子だった。あと、先輩はたけのこ派なんですね……。


「今日はとてもいい日だからね!私のおごりだから遠慮はいらないよ!」


あ、ありがとうございます。といってお菓子をいただく。東野君も先輩の勢いにさすがに苦笑いを浮かべていた。


 なんだかんだ今日の部活は雑談だけで終わってしまった。といっても、『中学の頃は何部だったの?』とか『好きな食べ物は?』とかほとんど木野先輩の質問攻めだったけれど。でもまあ、つまらない時間ではなかったな。っていうか普通に楽しかった。東野君もこの空気が嫌いではないようで、ちょっと面倒くさがりながらもちゃんと先輩の質問に答えていた。


「じゃあ、また明日ね。」

「はい!お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした。」


各々のあいさつが飛び交い、部室には鍵がしめられた。部長がカギを職員室に返すということになっているので、私たちは昇降口に向かった。


「東野君って、なんか変わってるって言われない?」


ちょっと失礼な言い方だったかな?と思いながら彼の目を見る。彼はなぜか私の目を直視はしてこない。先輩と話すときも目を見て話すことはなかった気がする。でもそんなに露骨なものではなく、微妙な位置に視線があった。多分普通の人は気づかないくらいに。


「まあ、そうかもな。でも、俺の友達のほうが変わってるから、こうも直接的に言われることはほとんどないな。」

「そっか。なんか面白いね。」


私の知っている男子とはなんか違う。でも、ただそれだけ。特に気にすることはないと自分に言い聞かせた。


「…どこがおもしろいんだ?」

「いろいろ、だよ。」


にひっ、と笑って東野君の少し先を歩く。窓からはちょうど夕日が差し込んでいて、廊下は茜色に染まっていた。さっきまで聞こえてきた運動部のけたたましい声はもう聞こえない。


--


「今日は体育祭の実行委員を決めます。」


 朝のホームルームで先生がそう言った。中学の頃はなかった体育祭というイベントは、運動ができない人にとっては地獄だろうが、できる人にとってはそうでもない。 私ば勉強もできるが、運動もできるというハイスペック人間なのだ。


「誰か立候補する人はいませんか?」


 司会の学級委員が発言するが、誰も手を挙げる様子はない。私は早くホームルームが終わらせて休憩時間に入りたいので、さっさと決めることにした。


「あー、はい、私がやるよ。あと佳奈子も。」


体育祭の実行委員はクラスから二名となっているので、佳奈子を道連れにすれば万事解決である。


「はーい!…って、ふぇ?わ、私⁉」


という感じで、体育祭の実行委員をすることになった。面倒くさいわけではないが、そこまで辛い仕事でもないだろうから、気楽にやっていこうと心に決めた。ホームルームが終わってもまだ佳奈子は理解していない様子だったが、お菓子を渡したら解決した。


「あーちゃん!お昼一緒に食べよ?」


『あ、私もー。』と数人の女子が集まってきた。するとすぐに、私の机周辺はトップカーストの女子で埋まってしまう。私の隣の川口君の席に、本人の許可もなくどかどかとすわる。席が隣だからかろうじて苗字は覚えていたけど、彼かわいそうだよ?


「優。川口君、お弁当持ってたよ?」

「あ、そう?教室で食べたかったら、そういってくるでしょ。」


普通はそういえないんだよ?とはめんどくさいから言わない。言えないほうも悪いということで。この茶髪ロングの女の子は私の友達の優である。見た目もしゃべり方もギャルっぽいので頭や態度が悪そうな感じがするが、実際は几帳面でまじめな性格である。いわゆるサバサバ系ってやつ?頭もいいようだし。


「彩ってさ、どの部活はいんの。」

「まだ言えないかな。」

「ま、別に言いたくなかったら言わなくていいよ。彩の入った部活が知られたら騒ぎになりそうだし。」


こんなふうに細かいところまで気が回るのも優のいいところだと思う。それに比べて佳奈子はやばい。何がやばいかって、スマホの代わりにテレビのリモコンを持ってくるくらいやばい。


お昼を食べ終わると、三時間程度の勉強が待っているのだが、とてもやる気になれない。だからといって投げだせるわけもなく、だらだらと授業をきくことになってしまう。はぁ、帰りたい。


「頑張るか。」

「そうだね。午後もガンバロー。」


佳奈子もやる気のようだけど……多分寝る。


 放課後になっても佳奈子は夢から覚めることはなく、爆睡を決めていた。机に突っ伏して寝るもんだから、ヤツの胸がつぶされて悲鳴を上げているようだった。そんな邪魔なもの、無いほうがいいよね!でもなんかクッション代わりになっているようで気持ちよさそうだった。やはり大きな胸は最強?いや、危ない危ない。危うく集団圧力に負けて大多数の一部へとなり下がるところだった。私は誰が何と言おうと、最後まで反逆者であり続ける。

なんて考えていないで早く茶道部の部室へ向かおう。部活動見学に行くなんて言ってしまうと、優の言ったとおりに周囲からの質問攻めが始まってしまいそうである。


「昨日できなかった部活動の内容を紹介するから、とりあえず座って!」


部室に入るやすぐに先輩から声がかかった。東野君はすでにきて、座っているようだ。昨日と種類の違うお菓子チョコレートをいただきながら、先輩の話に耳を傾ける。


「さっそくだけど、この部活について説明していくね。」

そういって、一枚の紙が配られる。丁寧にパソコンで作って、印刷までしてくれていた。


「まず部活の内容について。この部活は、基本的に茶道について勉強して、実際に茶道という文化に触れてみるということが活動内容だよ。」


まあ、茶道部だし当たり前だよね。部室をよく見ると思ったよりも本格的な設備が用意されていた。畳も掃除が行き届いていて、汚れがない。


「活動時間は、月曜日から金曜日の十六時半から十八時まで。その時間までに来なきゃいけないってわけじゃないからね。ゆっくりでいいよ。」

「で、大きなイベントとしては、文化祭と夏休み中の合宿の二つくらいかな。文化祭はね和服を着るんだよー。」

「今すぐにやってほしいということはないけど、茶道の知識とか、着物の着方は勉強しておいて損はないかな。でもわからなくても私が教えるから大丈夫だよ!なんたって先輩だからね。」


先輩だからね。のところでちょっと胸を張るのがすごくかわいいと思いました。私と同じように胸の発育がまだ途中だと思っていたのに、実は結構あるんじゃないですかそれ。知らなくてもいい事実に胸を痛めている私をよそに話は進む。


「それと、昨日茶道部の顧問の先生に君たちの入部届を出したら、今日から君たちは正式な茶道部員だよ。」


 これらのほかにも、茶道部についての詳しい話を聞いて今日の部活は終了した。聞けば聞くほど、私の望んだようなゆっくりとした自由な部活ということが分かってきた。最初は暇つぶしとしか考えていなかったが、思った以上に楽しみである。


しかし、なんで私が入部したのかと再度聞かれると、やっぱり人数が少なくて自由そうだったからと答えてしまうのだろう。いや、それは運命だよ!なんて佳奈子は言いそうだが、私は運命とかそういうのはあまり信じてはいない。そうして茶道部での話も終わり、解散となった。


「東野君、これからどうする?」


お互い下校するに決まってるのだろうが、今日の部活は説明だけで早く終わったので、ちょっと彼と話してみたいと思った。別に深い意味はない、ただ単純に話したかっただけ。ワタシ、ウソ、ツカナイ。


「帰るに決まってるけど……。」

さも当たり前のように、少しいやそうな顔で言ってきたので少しムッとした。


「こんなかわいい子が意味ありげに聞いているのに、東野君はそんなこと言うんだー。」


「自分でかわいいっていうなよ。確かに一般的に見ればかわいい部類に入るんだろうけど。」

東野君の視線が明後日の方に行く。


「東野君も一般的に見ればかっこいい部類に入るんじゃないかな?」


東野君ってよく見るとかなりかっこいい部類に入ると思う。背は高いし、顔だちもいい、すらっとしたスタイルで黒がよく似合いそうな感じ。まあ、猫背だし髪はちょっとぼさぼさだけどね。あと暗い。……あれ?そんなでもない?


「はぁ、そこまで言うなら少しだけな。」


そんな返事が返ってきたが、別におせじとかじゃなくて純粋にほめてただけなんだけどなぁ。


--


「…あのほんとによかった?無理してない?」

なんて、校門に差し掛かろうとしているところで本当に心配になってきた。


「大丈夫だ。気にするな。」

東野君はそういうと自転車置き場の方を指さした。なんか自転車を押す男子の背中ってかっこいいよね。かっこよくない?ただし、イケメンに限る。


「あの、身長って何センチくらい?」

自転車を押している東野君に聞いてみた。


「えっと、百八十二だった気がする。身体測定では。」

「東野君って実はモテてたりする?」


「高校に入ってまだちょっとしかたってないんだぞ。モテるわけがない。」

中学ではどうだったの?と聞きたかったがやめた。なんかがっついてるみたいで恥ずかしいからね。


「でも柏城の人気を見てると、時間なんて言い訳でしかないな。」

私の方に顔をむけ、でも目を合わせずにきいてきた。そういうのを聞くのが慣れていないのだろうか、首に手を当てている。東野君から質問してきてくれたことがちょっとうれしい。


「まあ、美少女だからね。」

「お前はもっと謙遜を知ったほうがいい。社会に出てからきっと役に立つぞ。」


なんか子供を諭すように言ってきたことが癪に障る。誰の前でもそういってるわけじゃないからね?



「こちら、春のさわやかベリーケーキでございます。」


私達は、駅近くのショッピングモールにある喫茶店『カフェ・ボーン』にはいった。周りを見てみると、下校途中の八代見高校生も多くいるようだ。そのほとんどは女子だけど。


「俺、浮いてると思うんだけど。」

「私と一緒ならカップルって思われてるんじゃない?大丈夫だと思うよ。」

「それはそれでだめだろ……。」


私は別にいいよ。なんて澄ました顔で言って、やってきたケーキを自分のもとへ寄せる。実際そういうのは割り切れるタイプだから私的には問題ないんだけど、東野君の方はそうでもないらしい。


「はぁ……。だんだん柏城の性格が分かってきたぞ。実はお前も結構変わってるって言われるだろ。」

「……ばれた?」


こてっ、と首をかしげてかわい子ぶってみる。けど、思った以上に恥ずかしくなってすぐにやめた。ごまかすように咳払いをして、フォークを持つ。


「……とりあえず食べるか。」


私の心持を察してくれたのか、東野君もあえてそこには触れないでくれた。


 『春のさわやかベリーケーキ』というものにはスポンジからこぼれそうなほど、イチゴやブルーベリーといった果物が載っていた。私も甘いものは嫌いではないので、いや、むしろかなり好きな方なので食欲をそそられる。東野君も、木野先輩が出してくれたチョコレートを結構食べていたし、甘いものが嫌いというわけではないのかもしれない。


「うまい。」

「うん、おいしい。」


 一口食べた瞬間から、イチゴの甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がる。酸味による刺激が脳を駆け巡り、舌がしびれるのを我慢しなければならなかった。幸せはこんなところにも転がっているんだなと改めて実感し、ほほが緩んでしまう。


「ケーキ好きなのか?」

「甘いものは全般ね。」

「そうか。」


東野君も黙々とケーキを口に運んでいた。


 幸せとは一瞬で過ぎ去ってしまうから幸せと呼ばれるのではないだろうか。気づけばもうケーキはなくなっていた。食べ過ぎると太っちゃうので、ほどほどにしないといけないのは分かっているけど、私の脳はケーキを食べさせろと叫んでいる。


「ごちそうさまでした。」


そういって、ケーキのお皿を下げてもらうとすぐに紅茶が運ばれてきた。ちなみに東野君はコーヒー。なんかコーヒーって苦手なんだよね。苦いしおなか痛くなるし。紅茶はいい香りがするから好き。特にアールグレイ。レモンとか入れると最強じゃない?


「…あの、もう一回いうけど、今日付き合ってくれてありがと。私もなんで東野君を誘ったのか、よくわかんないけど。」

「……そうか。」


 東野君は別に怒るでもなく、ただそういった。彼のそういうところがなんかいいなと思う。ただ一緒にケーキを食べただけだけど、彼の些細な優しさに気づくたびに『いい人だなー。』と感心する。動作の一つ一つが落ち着いていて、一緒にいて疲れない。


「私は帰るけど、東野君は何か用事あったりする?」

「そうだな、本屋にでもよってから帰ろうと思ってた。」


 本屋かー。私は本を買ってまで読まなくていい人だから、あんまり興味はないんだよね。図書館で借りた本は結構読むけど。あ、でも茶道の本なら買ってもいいかも。これから使う機会が多くなると思うし。


「もしよければだが、一緒にくるか?…その、なんだ、柏城が誘ってきたそのお返し?みたいなもんだ。」


 嫌だったら別にいいぞ。と付け加えた。『お返し』なんて言葉を選んでくるあたり、東野君は思ったよりも素直じゃないようだ。私も素直じゃないからお互い様だね。私も断る理由もないし、何より東野君の方から誘ってくれたことがうれしかったので、一緒に行くことにする。私と一緒にいることが嫌じゃないんだということが証明されたということにすごく安心。

 話がまとまったところで喫茶店を出る。カフェ・ボーンか。すごくおいしかったからまた来ようかな。それと、もちろん割り勘である。べ、別におごってもらおうだなんてこれっぽっちも考えてなかったんだからね!


 ショッピングモールにはファストフード、ゲームセンター、スーパーマーケット等々なんでもそろっていて、もちろん本屋さんも例外ではない。喫茶店を出て、数分で本屋さんに到着した。


「今思ったけどさ。別にインターネットで茶道のことを調べてもよくない?」

「本のほうが信憑性あるっていうだろ。まあ、別にネットでも悪くわないんだけどな。」


 確かに実際に形ある方が分かりやすいっていう人もいるのだろう。この機会に私も本を購入してみるのも悪くないのかもしれない。東野君についていくと、茶道の本がずらっと並んでいるところにたどり着いた。なんでそんなにスムーズに場所が分かるのだろうか。経験の差だね、たぶん。


 そんなふうに私がぼーっと東野君の後ろをついているうちに、彼はすでに三冊の本をもってレジへ向かおうとしていた。


「ちょっと待って。」

彼を呼び止め、さらに店員さんを呼んだ。


「あの、これらの本と同じものをください。」

「はい、在庫があるか確認してまいります。」


 探すのが面倒くさいので、東野君が選んだものを丸パクリすることにした。きっと東野君が選んだものだから、外れはないんだろう。なんてまだ彼のことを何もわからないのに勝手に期待してみたりする。


「この本なら明日貸してやるぞ。わざわざ買わなくても…。」

そういう事じゃないんだよねー。東野君と同じ本を一日で覚えて自慢したいんです。


「私は今日読みたいの。」


 そういって、私は東野君と同じ本を購入した。本って意外と高いんだね。危うくお金が足りないところだった……。出会ってまだ間もないというのに、こんなふうに二人で出かけるなんて普通じゃない。明らかにおかしいことなのだが、私はいたって普通のことをしているというような心持だった。違和感がない。安定している。そんな言葉がよく似合う時間だった。


--


「ただいまー。」

「おかえりなさい。今日は遅かったですね。」

元気な声でりんごちゃんが迎えてくれる。


「りんごちゃんただいま。これから、たまにこれくらいで帰ってくるからよろしくね。」

「はい、分かりました。」


と、答える表情は少しニヤついていた。


「……何?」


りんごちゃんにジト目を向けると『何でもないですよ。』といって、キッチンへと向かっていった。まさかこの子、私が男子とカフェとかに行ったこと気づいてる?いや、あり得るはずがない。……ないよね?


「あれ?知らない男のにおいだ!」

「あ、ほんとだー。」


そういいながら抱き着いてくるのは私の妹、まゆとみゆだ。小学五年生の双子である。性格はやんちゃだが、りんごちゃんに似て感が鋭い。あまりお姉ちゃんをいじめないでね?優しくしてね?


 逃げるように自分の部屋へ向かうと、買ったばかりの本を袋から取り出す。茶道に全く触れずに生きてきたから、上手にとっつくことができるか不安ではある。まあでも最初のうちは楽しみながらやっていこうかな。礼儀とか作法とか、ちょっと大目に見てくれるとありがたい。


 りんごちゃんのおいしい夜ご飯を食べた後も、この本を読んだけど、さすがに一日では完璧に覚えることはできなかった。ただある程度は頭に入ったと思う。東野君の驚いた顔を創造するだけで、ちょっと明日が楽しみになってくる。東野君よ、震えて眠れ。


 震えて眠れなんて思ってすみませんでした。昨日の読書はほどほどにしておけばよかったと後悔している。一時限目だというのにめちゃくちゃ眠いんですけど。いくら震えてもいいから眠りたい!しかし、眠気を抑えて授業に取り組む。唯一の救いが、この教科が私の得意な数学ということだ。多少話を聞いていなくても何とかなるはず。だけど『学年一の完璧美少女』であるこの私が、授業中に居眠りなど断じてしてはいけない。毎秒ごとに重くなっていく瞼に対抗しながら、授業を受ける。


「あーちゃん午前の授業すっごく眠そうだったね。」

「まあ、ちょっとね。」


昼休みに心配そうに佳奈子がのぞき込んできた。


「大丈夫?ほら、ガム。」


優まで心配してくれて、いい友達をもって私はうれしいよ。


 東野君はちゃんと本を読んでいるだろうか。私だけ寝不足になりながらも頑張っているのだとしたら、とんだピエロである。でもまあ、それを相手に押し付けるのはよくないよね。私が勝手にやっていることなんだから。なんて考えていると教室の後ろのドアが勢いよく開いた。


「柏城彩さんいる?」

へー、堂々と私を宣言するあたり、かなりの肝が据わっている人と見た。


「私だよ?」

と短く返事をすると、私を呼んだであろう男子が近づいてきた。周りの人たちは『驚き』『嫉妬』『嘲笑』さまざまな視線でこちらを見ている。


「俺は一年三組の西田義春だ。あれだ、東野の大親友ってやつだ。よろしくな。」


すごく気さくな人だなぁ。って、東野君の友達⁉軽くあしらおうと思っていたのだが、こうなってくると話は違う。


「唐突だけど、東野とデートしてくれ。今週末の日曜日、十時に駅前集合で。」


西田君が話す内容な何なのか、耳を澄まして待っていたのだがうまく聞き取れなかったようだ。もう一度聞いてみよう。


「えっと、もう一回聞いていい?」

「唐突だけど、東野とデートしてくれ。今週末の日曜日、十時に駅前集合で。」


 今度はしっかりと聞き取れたけど、内容が頭に入ってこなかった。しかも、私が理解しようと頭を抱えているうちに西田君は『じゃあな。』といってどこかへ行ってしまった。


「あーちゃん!デートって何!私聞いてないよ!」

佳奈子が言うがとりあえず無視。デートに関しては部活で聞いてみるということで、いったん落ち着こう。ふーっ。オーケー。


「彩、たぶんいたずらだから、気にすることないよ。」


 優も声をかけてくれるが、これに限ってはいたずらじゃない気がするんだよね。周囲の人たちは驚きの声を上げているが適当に嘘をついて落ち着かせる。教室には再びいつもの騒々しさが戻ったころに、再び彼の言ったことを考える。……東野君の友達だけあってかなり変わってるね。


 やっと放課後だ。西田君からの話を聞いたせいで、ずっとそわそわしながらの授業だった。佳奈子からは『トイレ我慢しない方がいいよ?』とか言われる始末。


「彩ってさ、中学でもモテてたん?」

優が聞いてきた。恋愛話を振ってくるなんて珍しいなーと思いながら返事をする。


「まあ、そこそこね。月に一回告白されるくらいにはモテてたと思うよ。」

「…それって超モテてるってことじゃん。」


そうとも言う。……そうとしか言わないか。


「でも、一回も付き合ったことはないよ。」

 確かに顔はかっこいい人もいたけれども、私の本質というよりは外見やステータスを見ていた気がする。『彩と付き合う俺かっこいい』みたいな雰囲気が漏れ出てたんだよね。それがたまらなく嫌だった。


「今回もふる予定なん?」

「いや…まあ、そうかもね。」


なんて、煮え切らない返事になってしまった。私はどうしたらいいのだろう。いや、私はどうしたいのだろう。デートに行かないといってしまえば何の問題もないというのに、どうしてか悩んでしまう。まだ判断材料が圧倒的に足りていないんだ、そうに違いない。まだ出会って数日だしね。


「そう。まあ私はどっちに転ぼうと彩の味方だから。」

イケメン。ギャルでまじめでイケメンって何なの?最強なの?素晴らしい友達に巡り合えたことに感謝。


「ありがと。頼りにしてるね。」

優と話すことで、少しは気持ちが落ち着いた感じがする。なんだかんだ能天気な佳奈子にも救われているのかもしれない。さあ、気を引き締めていざ部室へ。


--


部室の前へ行くと、申し訳なさそうな東野君がそこに立っていた。


「待っててくれたの?」

「いや、そんなわけじゃないんだが。その、西田が迷惑かけたな。」


あー、さっきの人西田っていうんだ。自己紹介してたようだけど、すぐ忘れちゃったから今知ったということでいいよね。


「別に真に受けなくていいからな。」

別に真に受けてなどいない……と思う。


「真に受けてないけど……東野君は嫌?」

「……なにがだ。」


「お待たせー、待った?」


といったところで、先輩が部室の鍵らしきものを手にもってやってきた。

またあとで、という意味を込めてアイコンタクトをとる。それが伝わったようで、東野君は先輩に『そんなに待ってません。』と答えていた。


--


「もー、私が教えること何もないじゃん!」


こうなったのも私と彼が、すでに一般常識以上の茶道についての知識を持っていたからである。東野君、あなたも私と同じような考えを持っていたとは。ちょっとうれしい。


「下手すると、私より詳しくない?」

ガーンと擬音が聞こえてきそうなほどショックを受けていた。可愛い。


「茶道部員ということですから、勉強はしておいたほうがいいのかと思って昨日東野君と本を買いに行ったんです。」

「それで、ここまで出来るわけないでしょ!」

「……いえ、昨日で全部覚えただけです。」


私が言うとさらに目に涙を浮かべた。


「ぐすっ…じ、じゃあ東野君はあれだよね、元から知ってたんだよね。」

「僕も昨日で全部…。」


怒涛の追い打ちで先輩のライフはもうゼロよ!


「ううっ…早くも先輩としても威厳がどん底に…。君たち絶対頭いいでしょ。入学試験何位だったか教えて!」

「三位です。」

「二位です。」


もーやだーと、わちゃわちゃしてる先輩を見ていると少しからかってしまいたくなってしまうのは、もう自然の摂理といっても過言ではない気がする。


「私たちが順位を教えたのに、先輩だけ教えないなんてずるいなー。」

「えっ…私は…」

「僕も知りたいです。」


東野君の目が光る。君もう完全に悪役のそれなんだけど。


「東野君まで…ううっ、えっと…、…位。」

ぼそっとつぶやくのであまり聞こえない。何位ですか?


「だから、二十位!もう、何回も言わせないで…。」

「この学校は一学年が二百人ですから、十分上位じゃないですか!すごいですね!」

「もう、絶対馬鹿にしてる。柏城さんのいじわる……。」

「柏城、そこらへんにしてやれ。かわいそうだ。」


東野君の雨風にさらされている子犬を見るような視線は、さらに先輩のプライドを削っているようだ。まあ、なんだ、これからはあまり先輩をいじるのはやめよう。あとから嵐のような罪悪感が私を襲ってくる。ほんとすみませんでした。


 部活は無事に終わって大体の部活の進め方が分かった。先輩が後輩に教えて、それを学んでいくということが大まかな流れ……だったらしい。私たちは数回やったら大体できてしまったので先輩が教えられる部分はもうないということだった。高校ではできているという評価でも実際に外に出てみると自分の非力さを実感するなんてことはよくある。茶道だって例外ではないはずだ。もう少し勉強する必要がある。


 無事に部活も終わり、今日も今日とて、茜色の空が広がっている。ちなみに明日からは実際に和服を着てお茶をたてる練習をするらしい。まだ、運動部は活動しているようで、けたたましい声が三階まで届いている。私は茶道部の鍵を職員室に返してから帰るねー。といって、先輩は言ってしまったので東野君と二人きりで昇降口へ向かう。学校でありながら、学校とは思えないようなこの空間がちょっとだけ面白い。


「東野君、木野先輩をじろじろ見すぎだと思うなー。」

何となく、そういってみる。別にそこまでじろじろ見ていた感じではなかったけれど。


「いや、あれは仕方ないだろ。そう、マスコット的な感じだ。ランドいってマスコットキャラクターを見ないやつがいるか?」

おぉ、思ったより見てるんかい。彼の慌て姿ちょっと新鮮。


「あと、学年二位だったなんて知らなかった。私より頭いいのむかつく。」

「理不尽だな……。」


うーん。悪くない。男子でこんなにスムーズに会話してくれる人って、家族以外で初めてっていうレベルなんですけど。私が話しかけると大体は「あっ、あ、あ」ってなるし。声小さくて聞こえないし。


「やっぱり、別に悪くないかもね。」

「何が。」

「デートが。」


デート、という言い方があまり好きではない。休日に二人で出かけるというだけなのに、こういってしまうと、なんかちょっと意識してしまう。クラスメイトの人たちも騒がしくなるだろうし。


「いや。悪いだろ。」

頑な。え、ほんとに私と出かけるのが嫌なの?だったらかなり悲しいんですけど。


「言っておくが、柏城と出かけるのがいやってわけじゃないぞ。ただ、迷惑かと思ってな。」

ふむ、ということは東野君自体は迷惑ではないと。私次第ということだ。私が行きたいかどうか。周囲の視線を考えればデメリットの方が多い。が、もし知らない土地に二人で飛ばされて周囲を気にしなくてよい状況になったのならば、普通に行きたい。


でもまあ。


「ま、今回は見送ろうかな。ちょっと危険そうだし。」

「俺が襲うとでもおもってるのか……。けど、俺もそう思う。あいつの口車に乗るとろくなことがないからな。」


あいつって、あの頭悪そうな西田ってやつよね。


「そうなの?西田君?だっけ。彼、何も考えてなさそうだけど。」

そうだといいんだけどな。東野君がちょっとやつれた顔でそういった。


「まあ、そいつに関しては嫌でも知ることになるだろうから、あまり気にするな。」

別に西田君にそんなに興味がないので、一切気にすることはないと思う。


 いつの間に昇降口についたのだろうか、そういって彼は自分のクラスの下駄箱へと向かった。分かったのは、西田というのは黙ってても耳に入ってくるような度を越えた馬鹿ということくらいだ。そう考えながら、私も靴を履き替える。


「じゃあな。」


 ちらっとこちらを見て、だけど目を合わせずに、彼は自転車小屋の方へ向かった。また明日という声は彼に届いただろうか。この時間、昇降口に人があまり集まるということはないのが幸い。もしもこんなところを見られてしまっては、後々面倒くさいことになるのは明らかである。


「やあ、また会ったな柏城さん。」

放課後、部室へ向かおうとしているときに変な奴につかまった。


「……どなたですか?」

「俺は一年三組の西田義春だ。あれだ、東野の大親友ってやつだ。」


どこかで聞いたことがあるセリフだった。あー、例のあいつか。


「で、私になにか用?」

「用、というほどのことではないが、少しいっておきたいことがあってね。」


面倒くさいが、ここで彼を無視する方がさらに面倒くさいことになりそうだ。私の直観がいっている。


「手短にね。」

「ふむ。」


そういうと少し彼は考えるそぶりをしてから口を開いた。


「きっと、柏城さんと東野のことだから、今回のデートに関して『今回は見送ろうかな。ちょっと危険そうだし。』とか思っていることだろう。だが柏城さん、もう少し東野と話し合ってほしい。」


じゃ、それだけ。といって西田君は後ろを向く。


「あ、部室に行くなら東野にこれ渡してくんない?」


そういって、白い封筒を渡される。切手は貼っていないようだ。『よろしくなー』といってどこかへ行ってしまった。結局彼は何を言いたくて、私に何を言わせたかったのだろう。やっぱり頭がおかしい。まあ、きっとこの白い封筒を渡してほしいというのが本当の用事なのだろう。あまり気にせずに部室へ向かった。


扉を開けるとすでに二人が机に座って話をしていた。


「お疲れ様です。」

「あ、彩ちゃん!お疲れー、お茶入れるね。」


元気そうな先輩を見たら疲れなんて吹き飛びました。東野君のマスコットという表現はあながち間違っていないかも。


「お疲れ。」


東野君が言う。ちょっと君、顔がやつれてない?先輩がお茶を入れてくれている間に、大丈夫?と声をかける。


「普段誰かの話を長時間聞くことがないから、割と大変だった。」


このようすだと先輩のマシンガントークに精神を持っていかれたね。


「そうだ、さっき西田君にあったよ。」

「おい、大丈夫か!何かされてないか!」


おぉ、さっきの様子とは打って変わって、必死な様子ですな。大丈夫よ?なにもされてないよ?ちょっと変なこと言われただけ。


「だ、大丈夫だけど……。」

「そうか、ならよかった。」


落ち着きを取り戻したようだ。東野君がこんなに慌てるなんて、西田君ってやっぱりかなーりやばいヤツだね。


「でも、これを渡してくれって。」


そういって、東野君に白い封筒を渡す。


「……。」


彼は無言でそれを受け取る。それはさながら入試の合格通知を受け取るような顔もちだった。そんなに怖がらなくても……。


「はぁ……。」


彼のため息とともに出てきたのは……水族館のチケット⁉なんでそんなものが!


「東野君、なんで水族館のチケット?しかもペアだよこれ。」

「俺にも分からん。ただ、あいつの言いたいことは分かった。柏城がこれを受け取った時に『デートについてもう少し話し合え』とか言われなかったか?」


「言われた……。けど、あんな馬鹿の言うことを聞く必要もないよね?」


「普通ならそう思うよなぁ。」

「東野君はそう思わないの?」


「まぁ。あいつがここまでしつこく言ってくるのが珍しくてな。」


 西田君のことだからこれくらいが普通なのかなーとか思ってたけど、私よりも東野君の方が付き合いが長い。だからきっと今回の西田君の行動は珍しいことなのだろう。よく考えてみれば、東野君と出かけること自体が嫌なわけじゃない。そして彼も先日『いやではない』といってくれている。結局私次第なんだよね。……これ昨日と同じところに戻ってきてない?……いや、戻してくれた、のだろうか。じゃあ、判断を改めることもできるわけだ。きっとこの判断が失敗だとしても、私のやりたいことをやりたいようにやった結果だ。悔いはない。


「行きたい。」


正直男子と休日に二人で出かけるということをしたことがないので、すごく緊張するんですが。


「……無理しなくていんだぞ。」

「別に、無理してないよ。」


無理はしていない。東野君なら、変に気を使う必要もないから、案外楽しそうだとすら思う。


「東野君は嫌じゃない?」

「昨日も言ったが、俺は嫌じゃない。柏城は俺のことを怖がらないで話してくれる女子だからな。割と気が休まる。」


東野君を怖がる?まさかぁ。ただの猫背の無口な男子じゃないか。


--


 日曜日、デート当日である。デートという言い方は好きではないがあえて使おう。今の時間は八時。あと二時間後に約束の時間となるのだが、三十分前くらいには待ち合わせ場所にいたいため、実質残り時間は一時間半である。俺の家から駅までは徒歩で十分くらい、自転車を使えば五分もかからずにつく距離だから移動時間はさほど重要視しなくていい。


 いや本当に休日に男子と出かけるときに着る服って何?昨日からずっと悩んでタンスの中の服を引っ張り出しているのだが、いまだに決まらない。りんごちゃんに聞くのもなんか恥ずかしいし。どうしよう。春姉かな……。


「は、春姉。」

「ん?どうしたの彩ちゃん。」


 長女である春姉に聞くことにした。モデルもしていてファッションには詳しいと思ったのだ。それと男子と出かけるということを伝えても、秘密を守ってくれそうだし。


「ほんとに!彩ちゃんが、男の子と、休日に、水族館にねぇ。」

「も、もういいでしょ!」


やはりニヤニヤはするんですね。りんごちゃんといい、やはり姉妹だと感じる。しかし服選びは真剣にしてくれるようだ。真面目な表情になる。


「メイド服とか、どう?」

「……。」


全然まじめではなかった。表情は真面目だというのに。


「いいわけないよね?」

「えーかっこいいのになメイド服。」


可愛いじゃなくてかっこいいなのか……。確かにアニメでよく見る戦闘メイドとかは確かにかっこいいと思う。


「剣とか持ってたらちょっとかっこいいかもね。」

「でしょ⁉そうだよねーやっぱりいいよねー。」


メイドもいいけど、今は服選び手伝ってもらっていいですか。やはり春姉のファッションセンスは驚くべきもので、私も納得するものに仕上がった。りんごちゃんしかり、この家族ほんとになんでもできるんだよねぇ。私?私も広い範囲でいえばできるほうだけど、この家族の中だけで判断すれば不器用な子なんだよねぇ。


「うん、我ながらなかなかいい出来じゃない?」

「ありがとう、春姉。」


私の服だけでなく、春姉の服も借りている。りんごちゃんの服も借りようと思ったけど、さすがに中学生の服のセンスを高校生にも当てはめるのはちょっとね。決して胸部のサイズが合わなかったからとかそういうことではない。……そういうことではないのだ。


姿鏡で全身を見ながら、その場で一回転する。うん、いいでしょう。


--


「待ったか?」

「今来たとこ。」


これマジもんのデートみたいな会話になってるじゃん。デートなんですけども。いやデートっていう表現は好きではないから……。いやでも……。


「どうかしたか?」

やばい私思いのほか緊張して頭おかしくなってる?


「い、いや、何でもない。」

「そうか。」


東野君はそんなに緊張していない様子だ。


「とりあえず、行くか。」

「そうだね。」


西田とかいう人の思惑通りに動くのは癪だけど、実はちょっと水族館に行くのは楽しみである。


「水族館って小学生の時以来かも。」

「俺もそんな感じだな。」


ここは駅から電車で三十分ほどにある水族館だ。この水族館の特徴はクラゲの展示数が国内一多いということである。クラゲって見ていて楽しいのと思うかもしれないが、さまざまな種類のクラゲをぼーっと眺めるだけでも何かと楽しい。


入場料は大人千五百円…カップル割なんてものもあるんだね。今回私たちは西田という人からもらったチケットを使うからとくに関係ない。


「こちらのパンフレットをどうぞ。」

「ありがとうございます。」


受付の人からこの水族館のパンフレットをもらう。なんだこのイメージキャラクターは⁉クラゲをモチーフにしているようだけど、目がでかすぎてなんかキモいんですけど。というのはいったん置いといて、歩きながらパンフレットに目を通す。結構たくさんのイベントをやってるんだね。アシカショー、アザラシプール、ウミネコのえさやり、そしてこの水族館のメインであるクラゲ館などがある。


「東野君、順番に見ていくけどいいよね?」


パンフレットにはいろんなことが書いてあるが、結局は道順に沿って移動するのが一番効率がいい気がする。


「任せる。」

「了解。」


--


「ほら、すごいよ、魚!」


清楚でまじめで可憐という印象の私だが、柄にもなくはしゃいでしまった。


「そりゃ、水族館なんだから魚だろ。…でもすごいな、魚だ。」


東野君もこの美しい水槽を前に、感銘を受けているようだった。水槽の中もきれいにされており、より一層魚の美しさが浮き彫りにされている。ゆっくりとした時間が二人の間に流れているということを肌で感じられる。


「小さい魚って書いてるけど、普通に大きいよね。」


脇にある説明文を読むと、小魚と書いているのだ。どう考えても小魚ではなかった。私がいつも食べてる魚ってこんなサイズだよね?


「この後にもっと大きいのがいるってことだろ。……ほら。」


東野君の視線の先には巨大な水槽が存在していた。でっか……。思わず呼吸を忘れてしまうほど圧倒的な大きさだった。確かにさっきのは小魚だわ。エイやらサメやらが優雅に泳いでいる姿はなんかかっこいい。


大水槽エリアが終わって、次の淡水エリアに行く途中にキッズコーナーがある。ヒトデやナマコに触ることができる場所だ。


「触ってみようよ。」

「俺は……ちょっと。」


「だまされたと思って、ね。」

「えぇ……。」


なんか子供たちばかりの中に、一人女子高生が混ざっていくのって恥ずかしくない?ということで私の恥ずかしさを紛らわすためだけに東野君にも触ってもらうことにする。


「うわぁ、キモい。」

「その割にはがっつりつかんでるな。」


私は両手でナマコを鷲掴みしているが、東野君は右手の人差し指でヤドカリをつついていた。


 淡水エリアに入ると外装もジャングルを模したようになっていてなんかワクワクする。水槽の上が開いているため、いたるところから水の音が聞こえてくる。あっ、ザリガニだ。学校の先生とかが『昔は田んぼでザリガニをよくとったものだ』とか言っていたが、私はしたことがない。というか田んぼが周辺にないんですが。私にとっては水族館でしか見ることができない珍しい生物という感覚である。


 淡水エリアが過ぎると外につながる通路が見える。アシカショーが開催されるであろう場所が広がっていた。昼の部は十三時から始まるらしい。今は十二時過ぎだから、お昼を食べたくらいでちょうどいいかな。おなかもすいてきたし。


「お昼ご飯は水族館で食べよう。」

「了解。」


パンフレットには様々なお店の説明が書かれていた。


「おっ」


珍しく東野君が興味を示して声を上げた。そして私の持っているパンフレットのある場所に指を置く。


「……ここでいいか?」

「どれどれ?おっ!」


期間限定スイーツ、だと!さすが東野君、甘いものレーダーが反応したようだ。これは行くしかない。


やはりお昼時、結構混んでたので三十分くらい待つことになった。


「お待たせしました。イカと貝のボロネーゼと海の明太子パスタでございます。」

「ありがとうございます。」


このカフェは主にパスタを中心に取り扱っているようだ。見た目も香りもとても食欲をそそられる。


「いただきます。」

「いただきます。」


二人してそういってさっそくパスタを食べる。んーうまい!ナポリタンなどの普通のパスタもあるようだが、ここは海鮮系が多い。でもさっきまで見てきたものを提供するってどうなの……。まあおいしいからいいんだけどね?


二人ともパスタを食べ終えたころ、お待ちかねのスイーツがやってきた。


「クラゲ・ド・ホワイトゼリーでございます。お好みでこちらのミルクをかけてお召し上がりください。」

「うわっ、すごい。透明なゼリー。」


透明すぎてもはやゼラチンを溶かして固めただけのやつかと思ったほどだ。透明なゼリーの中には白いゼリーが入っていて、見た目がクラゲのようだった。


「では。」


といって、スプーンですくって口に入れる。おっ、これコーヒーゼリーだ。透明なのにしっかりとコーヒー味がついている。めっちゃおいしい。見た目と味のギャップも最高である。


「うまいな。」


東野君のお口にもあったようだ。しかし甘さが足りないのか、さらにミルクをかけて食べていた。


「もうすぐアシカショーだな、見ていくか?」


東野君がそう聞いてくる。時計を見るとすでに十三時を回っていた。


「せっかくだから見ていこうかな。でも、ショーの全部を見なくてもいいや。東野君が見たかったらいいけど。」

「いや、俺も全部は見なくてもいい。」


 アシカショーの会場はここと同じエリアなので少し歩けばすぐにつく。ちなみに会計は割り勘だよ?べ、別におごってもらおうとかこれっぽっちも考えていなかったんだからね!別に最後まで見るわけではないので、少し遠くから立ってみることにした。


アシカたちはお姉さんのアナウンスとともに、床を滑ったりキャッチボールをしたりしている。子どものころ来た時にはアシカショーを見ずに帰ってしまったので、なんだかんだ人生で初めてのアシカショーかもしれない。テレビで見るよりも、『生き物』って感じがした。


残すはクラゲ館だけである。クラゲ館はさっきまでの雰囲気とうってかわってとても静かなフロアとなっていた。照明の量が少なく、フロア全体が少し薄暗い。そのおかげもあってか、ショーケース内の小さな照明がクラゲの体内で反射して美しく光り輝いていた。


「……綺麗。」


小分けにされたショーケースに種類別に展示されていた。触手が長いもの、虫眼鏡を使わなければ見えないもの、光るもの。クラゲってこんなに種類があるんだ……。


「クラゲと言ったらこれだよね。」


といって、ミズクラゲと書かれたショーケースを指さす。クラゲの絵を描いてみろ、といわれて真っ先にイメージするのはこのクラゲだろう。丸く、中心に四つの丸のような形の模様がついている。さっきのクラゲ・ド・セリーもこんな形だった。


「こうやって見ると結構かわいいのに、海の中で見るとなんであんなに怖いんだろうな。」

「たしかに。」


東野君の言う通りだ。海の中で見るクラゲはほんと怖い。


 クラゲ館で最後のようで、出口を抜けるとお土産屋さんが見えた。クラゲグッキー、クラゲ飴、クラゲせんべい…。何でもかんでもクラゲをつければいいってもんじゃないでしょ!でも買ってしまうのがお土産というものだ。私は妹たちにクッキーとせんべいを買っていこう。


「東野君もお土産買うんだ。誰に?」


東野君はクラゲチョコを買っていた。


「西田にな。」

「え、水族館のチケットを無理やり渡してきた人でしょ?どうしてまた……。」


私たちを無理やりデートへと行かせた張本人になぜお土産を買っていくんだろう?


「……思いのほか楽しかったからな。」

「え、あ、そう、ですか。」


思ってもない答えで、変な返事をしてしまう。恥ずかしい!でも楽しいといってもらえてなんか安心した。


「私も割と楽しかったけど。」

「……そうか。」


男子と休日に二人で出かけるというのも珍しいのに、楽しいと感じるのはさらに珍しい。第一印象である『少し変わった人』というのは今でも変わらないが、今は『少し変わった気になる人』という感じだろう。


「帰るか。」

東野君は相変わらず目を合わせずに、首元を触りながらそういった。


「そうだね。」

今回は私も東野君の目を見て答えることはできなかった。


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