天界編:神殿5
「超級第一魔法、タイムストップ・絶唱」
全ての時間が止まった。
コトアルが邪神により、破壊された。……これは私の落ち度だ。そう思うのならば、寸前で私が止めに入ればよかったのだ。しかし、太古の人間たちのけじめに私が入っていいものか、迷ってしまった。
その瞬間、コトアルが消えた。
己のメイド一人守れずに、何が領主だ。
コトアルは機械だ、私の回復魔法をいくら使おうとも動くことはない。私にそれを直すだけの知識があれば……だが、太古の技術は歴史の彼方に葬り去られた。
私は歩き出す。そしてぼろぼろになったコトアルのもとへ。
「……私はお前の力になれただろうか。」
すでに動かなくなったコトアルに声をかけた。はるか昔から人間たちを見続けたお前の目に、私はどのように映ったのだろうか。
後悔してももう遅い。
そして私は邪神の方を向く。
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「マーク様!ヴィオラ!」
ヴィオラに手を引かれて飛んでいたマーク様が、急に止まった。そして後をついてきたほかのメイドたちも時間が止まったかのように静止してしまった。……時間が止まった?
「けど、進まないと。」
マーク様はこの聖力の線をたどっていっていた。これをたどればコトアルのもとにたどり着くかもしれない。
少し進むと立派な建物が見えてくる。これが……神殿。私は天界の門を守護しているが、天界に入ったことは数回しかなく、神殿を見たことはこれが初めてである。
「聖力は……上へ?」
私は外壁を浮遊していく。霊族は魔法や聖法を使わずとも、浮遊することが可能である。
いくつもの雲を抜けて、はるか上空まで登っていく。
そして雲を抜ける。
止まった時の中でただ一人、コトアルの方を向いていた。そしてある方向を向く。
「ご、ご主人様!」
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上空から声がかかった。この空間内で動けるとしたら……。
「ミクトラか。」
「は、はい!」
ミクトラはコトアルと仲が良かった。異変を感じ取り、様子を見に来たのだろう。しかしすでにコトアルは……。
「私は、領主失格かもしれんな。」
「そんなことは、ございません。まだ、コトアルの魂は霊界に存在しております。」
「……なに⁉」
コトアルの魂だと⁉コトアルは機械だ。魂が存在するはずはない。
だが、コトアルは聖力を保持していた。……マークのやつか。
勇者は力なきものに力を与える存在。それは力だったり、希望だったり。それはどれも『生きる力』となって人々を支えるものである。もしかしたらその力が魂へと変化していった……?
「ご主人様、コトアルの体を直せば、生き返るかもしれません。肉体さえあれば、魂は私がここまで連れてきます。」
「体を直すことは……できない。」
技術がない。部品がない。私にはコトアルを再生させるすべを何一つ持っていない。
「では、時間は、時間は戻せないのですか!」
「時間は……戻せない。」
時間は戻せない。時間遡行の際に必要な魔力密度は、想像をはるかに超える。
「そ、そんな……。」
そういってミクトラが地面にへたり込む。
……。
不自由。
それは私の最も嫌いな言葉だ。
そうならないために、私は今まで生きてきた。
大抵のことは金があれば不自由を感じなかった。
ただ、生きていくうちに金だけではどうしようもないこともあるということが分かった。
それを守る『力』も必要だったのだ。だから私は力をつけた。
けれどこの状況はどうだ?自由といえるのか?
否。
不自由極まりない。ということは、まだ力が足りないのだ。
「ご、ご主人……様?」
「ミクトラ、今のことは忘れろ。」
「……?」
「私は弱音などはいてはいない。」
さっきまでの私はどうかしていた。あろうことは我がメイドの前で弱音を吐いてしまうとは。
「は、はい!」
私はジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイド辺境伯。
私が望んだものはすべて手に入れる。
たとえそれが、世界を変えるほどのことだとしても。
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静止した世界で、魔力が動く。時間領域が一段階下がったのだ。さっきまで存在していた領域は、精神のみが活動を許されている世界。今は時間停止魔法を使えるものならば、誰でも干渉ができる世界だ。すぐに、メアリーが干渉し、目の前にいる……敵?も干渉してくる。
少し遅れてイリスもやってくる。
「時間停止とは、愚かな……!なんだ!」
魔力が、集まってくる。今まで感じたことのないほどの莫大な量の魔力が。
「そもそも私が悩むなど。それこそが間違いなのだ。」
私は霊体なので、魔力密度の影響をもろに受けてしまう。頭が痛くなってきた。
「ミクトラ。こっち!」
メアリーが魔力拡散領域を展開してくれる。が、それでもなお魔力は濃くなり続けている。
「わ、私、もうだめです……。」
メアリーの拡散率の中でもイリスが倒れてしまった。魔力酔いは魂に干渉するもので、身体的にダメージを追うことはない。
これが瘴気による魔力酔いだった場合、悪魔付きになってしまう危険性はあるが、ご主人様の魔力ならば何の害もないだろう。
「め、メアリー、私もちょっときつい……。」
まだ上がり続けている密度に私も駄目になってしまいそうだ。
「わ、私が、責任もって守る。」
苦しそうな表情で、メアリーがそういう。グルンレイド領で最も体内の魔力密度が高いメイドがそういうのだ。きっと大丈夫だろう。そう思いながら私は気を失ってしまった。




