魔界編:魔物の町5
この町で最高級の宿アルデバランで夜を過ごすこととなった。魔族の姿をしているだけでとんとん拍子に物事が進んでいく。この宿も何の疑りもされずに手続きを終えることができた。
ちなみにメイド長が出していた魔石は今までに見たこともない大きさと輝きを持っていたので、別に魔族でなくても特別扱いされたとは思う。魔石を見たときのアルデバランの支配人の顔は今でも忘れられない。
案内されたのはもちろんこの宿で一番の部屋である。しかしここに泊まるのはご主人様であって、次に高い部屋にメイド長、三番目に高い部屋に私とメアリー様が宿泊することとなった。宿泊する部屋があまりに豪華すぎて、不満など一切ないのだが、メアリー様と一緒に寝るというのは少し緊張してしまう。
「あすの朝まで自由行動です。ご主人様の護衛は私が行いますので、あなたたちは自由にしていてかまいません。」
かしこまりました。と返事をして、私達二人が止まる部屋に戻る。
「メアリー様、一緒に泊まるのはちょっとわくわくしますね。」
「私も。誰かと一緒に寝るのは久しぶり。」
メイド見習いやローズは基本的に相部屋が普通である。しかし、マリー・ローズはほとんどが一人部屋となっている。
「せっかくの自由行動ですから、この町を見て回りませんか?私、案内できますよ。」
「うん。いく。」
そういって、夜の町へ駆け出す。
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「よう、そこの魔族のお嬢ちゃん!甘いのは好きか?」
そういってメアリー様が狼の姿をした獣人族に声をかけられる。差し出されたのは、魔界に生息しているカリンという果実だ。酸味がほとんどなく、甘みがかなり強い。
「うん。」
するとメアリー様は何の抵抗もなくその果実をとって食べた。私にはそれが以外で少し驚いてしまう。いや、私にとってはこの町で出される食べ物は安全なものだと分かり切っているのだが、別の世界の食べ物をこんなに簡単に食べられるものなのだろうか。
「すごいですね……。」
「ん?なに?」
「いえ、何でもありません。」
私が初めて人間界に迷い込んだ時は、その世界のすべてが恐ろしくて手を出すことが怖かったというのに。甘いものをほおばってこちらをのぞき込む姿は、本当に少女のようだった。
「そこのお嬢さんもどうだ?」
「あの……私は……。」
魔界でカリンは子供の食べるおやつというような感じだ。だから普通であれば断るのだが、こんなふうにおいしそうに隣で食べられると私も食べたくなってしまう。
「い、いただきます。」
そういって口の中に入れる。……あ、甘い。けど懐かしい。私が子供の時に確かにこの果実を食べたことがある。なぜか涙が出て来そうだった。
「すごく、おいしいです。」
「それはよかった!」
「あの、魔石を……」
そういってメイド長から受け取った袋から魔石を出そうとする。がこの中に入っているすべての魔石の純度が高すぎて、カリン二つに対して払うような薄いものは入ってなかった。ということで一番小さな魔石を渡す。
「おいおい、これじゃあ多すぎるぜ。」
「これが一番小さいもので……。」
「んじゃあいらねぇ。こいつは俺からのプレゼントだ。カリン二つ程度いつでもとってこれるからな。」
「あ、ありがとうございます。」
何だか申し訳ない気持ちになるが、この好意に甘えることにした。
「いいってことよ!」
変わっていないこの町の暖かさに胸が熱くなる。そうして優しい獣人族と別れを告げた。
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「ハーヴェスト。」
「なんでしょう?」
メアリー様がメイド服の裾を引っ張ってくる。
「魔界、始めてきたけど、いいところだね。」
「はい。いいところです。」
「魔物もやさしい。」
「はい。すごく優しいです。」
メアリー様が周囲を見渡しながら言う。人間界で過ごしていると絶対に思わないであろうことをメアリー様は感じている。私もグルンレイド領で人間のやさしさを感じた。
「魔物と人間、一緒にいれたら楽しいのに。」
「そう……ですね。」
それが実現したらどんな世界になるのか想像もつかない。ただ、それを実現することはとても難しい。それはメアリー様も分かっていることだろう。
「ハーヴェスト。」
「はい、なんでしょう。」
またしても裾を引っ張られる。
「ご飯たべよ。」
「はい、かしこまりました。」
しんみりとした顔をしたつもりはないが、顔に出ていたのだろうか。話題がかえられる。
「それでは私のおすすめの場所に行きましょう。少し値段は高いですが、メイド長にもらったこの袋があれば何の問題もありません。」
「おっけー」
そういってその店まで歩き始める。メアリー様はまだ私の服を握っていた。
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「こちらです。」
「おー」
私がまだ小さかった頃に、母に連れられてきた思い出がある。その時はテーブルマナーなど全く分からなかったのだが、個室があるので周囲を気にせずに食べることができた。
「人間界だと一人金貨五枚というところでしょうか。」(銅貨:100円 銀貨:1000円 金貨:1万円 大金貨:100万円 聖金貨:1000万円)
「結構な値段。」
「そうですね。」
こんなことをしていると、本当に私が主人に仕えるメイドという立場なのかを疑いたくなる。
「いらっしゃいませ。これはこれは魔族様。ようこそお越しくださいました。」
店に入ると吸血鬼と思わしきウエイターがやってくる。
「二人です。個室は空いていますか?」
「はい、空いております。」
すると私は袋から小さな魔石を取り出してウエイターへ渡す。人間界では基本的に後払いが主流だが、魔界ではどちらでもいい。
「お二人……ですよね?」
この魔石ではきっとこの店でも十人前くらいは注文可能だろう。しかしあいにくこれ以下の魔石を持っていない。
「申し訳ありませんが、これ以下の魔石を今持っておりません。」
そういうが、まだ少し戸惑っているようだ。
「量は多くなくてかまいません。できる限り魔界の特産品を使用した料理であればうれしいです。残りは……チップとして受け取ってください。」
「ほ、本当によろしいので?」
「問題ありません。」
そういうと、気持ちさっきよりも丁寧な態度で個室まで案内される。この部屋も以前来た部屋よりも、装飾が凝っておりかなり広い。きっと一番高い部屋なのだろう。
「すごい、楽しみ。」
メアリー様が部屋を見渡しながらそういう。
「人間界ではない食事ばかりですが、きっとお口に合うと思います。」
おいしいものに種族もなにも関係ない……と思う。私もグルンレイド領で出てくる食事はとてもおいしいと感じた。
「お待たせいたしました。カウのサラダでございます。」
テーブルに皿が置かれる。
「カウというのは標高千メートル以上の場所でしか生息しない貴重な植物でございます。それらに人間界の食材レモンのエキスと、すりおろしたカリンを混ぜた特性ドレッシングをかけた一品です。」
そういうとウエイトレスは部屋を出ていく。
「それでは、いただきましょうか。」
「うん。いただきます。」
そういってカウのサラダを口に運ぶ。すっぱ……甘い。レモンの酸味がカリンによってちょうどよく抑えられていてとてもおいしい。
「お、おいしい!」
「そうですか!それはよかったです。」
実は魔界の食べ物が、メアリー様のお口に合うか少し心配だったので、おいしく食べてもらえて安心した。
「魔界ではレモンなどの人間界の食べ物はかなりの高級品として扱われます。私達にとってはなじみある食材ですけれどね。」
しかし、魔界の食材と人間界の食材が組み合わされてこのような素晴らしい料理になっているのは、少し感動した。
「お待たせいたしました。ロドゲスのスープでございます。」
サラダが食べ終わったころに、次はスープが運ばれてきた。
「ロドゲスを丸ごと煮込んでだしを取ったクリームスープでございます。」
メアリー様がスープを口に運ぶ。
「これも、おいしい。」
「よかったです。」
すごい勢いでメアリー様のスープがなくなっていく。
「ちなみにロドゲスとは魔界の海でとれる貴重な海産物です。人間界でいうとエビに似ていますね。」
私も口に運ぶ。あっ、これは昔に食べたことがあるものかもしれない。おそらく私が以前に来た時にもこのスープを飲んだことがある。変わらない味にまたもや感動してしまう。
「お待たせいたしました。インフィニティボアのステーキでございます。第一希少部位を使用しております。」
「インフィニティボアですか⁉」
魔界に生息する危険な生物である。一般的に出回っているのは普通のボアであり、危険度もそこまで高いものではない。しかしインフィニティボアともなると、魔族でもないと太刀打ちできるものではない。さらに一級希少部位ともなるとかなりの高級品である。
「こちらでもまだ足りないくらいです。」
そういってウエイトレスが頭を下げる。確かにメイド長からもらった魔石を考えれば、納得のいく品ではある。
「ハーヴェスト、食べていい?」
キラキラした目で私に問いかけてくる。
「召し上がってください。」
メアリー様の小さなお口にステーキが押し込まれていく。
「んん~、おいし!」
ほほに手を当てて悶えている。その姿を見るだけで、これはどれほどおいしいものなのかがうかがえる。無邪気にステーキをほおばっている姿は、とてもかわいらしい。
「お待たせいたしました。デザートはコルンのシャーベットでございます。」
熱いステーキを食べて、体温が上がっているため冷たい食べ物はうれしい。
「メアリー様冷たい食べ物ですよ……」
振り向いた瞬間には、もうすでにシャーベットがなくなっていた。
「栗見たいな味でおいしかった。」
「そ、そうですか。」
じっと、私の方を見てくる。
「あの、私おなかいっぱいなので、代わりに食べていただけると嬉しいのですが……。」
「ほ、ほんと!おなか一杯なら仕方ない」
そういいつつ嬉しそうに私の分のシャーベットを食べていた。
嬉しそうでよかったです。ごちそうさまでした。
お金は払っているので二人で店を出る。少し遠くまで歩いてから振り返ってみても、まだこちらを見送ってくれていた。
「ハーヴェスト、ありがと。おいしかった。」
「いえ、私はたいしたことはしておりません。」
紫色の空がさらに黒に近づいていく。もうかなり夜が更けてきたようだ。
「戻りますか。」
「うん。」
そういってアルデバランへと足を運んでいく。




