メルテ・ローズ番外編
私の名はカルメラ・ローズ、グルンレイド家メイドとして仕えている。今日は王宮で名をとどろかせている、ヨランド・フォン・ヴィート様がお見えになる日だ。理由は華持ちのメイドについて知りたいということらしい。普通の貴族であれば、ご主人様が了承するはずがないのだが、それがヴィート家ともなると、そうもいかないらしい。グルンレイドの敷地内で小さなことであれど、このようにわがままを通すことができるというのは驚くべきことだった。
「お初にお目にかかります。グルンレイド家メイドとして仕えております、カルメラ・ローズと申します。」
「ほう、噂通り、美しく気品を感じさせるメイドだな。」
そういって、私をじっくりと見る。品定めをされているようであまりいい気分ではない。しかし、ここで生活をしていると忘れがちだが、私の身分は奴隷である。品定めをされることは当たり前のことだといえるのに。
「本日はごゆっくりとお過ごしください。また、何かお望みのことがあれば何なりとお申し付けください。」
「うむ。」
そういって、私はこの屋敷を案内することになった。
「華持ちのメイドを買うとなったら、いくらくらいなのだ。」
それを本人に聞きます?まあ、ご主人様が言っていたのはだいたい聖金貨百枚(聖金貨:1000万円)くらいらしい。
「だいたい聖金貨百枚程度です。」
「百枚!小さな国なら買えるではないか。」
いくら何でも高すぎる。……魔法、剣術、学問を学んできたが、私にそんなに価値があるとは思えない。
「こちらが魔法の訓練場です。」
屋敷の中央には広い芝生の庭がある。天気がいい日はここで魔法の練習をしている。また、天気が悪くても魔法により天候を変えて訓練をするのだが。
「ほう、さすがグルンレイド辺境伯だ。広いな。」
「ちょうど訓練の時間のようです。」
すでにご主人様に認められ、『ローズ』の名を授かっているもののほかに、まだメイド見習いのものもいる。どちらかといえば見習いの方が多い。
「おぉ、本当にメイドなのか?まるで王宮魔法士の軍隊ではないか!」
確かに王宮の魔法士並みの魔法を使っている。が、これはまだ序の口といえる。実はこの庭には魔力拡散結界が貼られている。この拡散具合は……百分の一くらいだろうか。この結果以内で、王宮魔法士と同じ魔法を使えるということは、単純に考えると結界外では王宮魔法士の百倍の威力の魔法を扱えるということになる。ヨランド様はお気づきではないようだが。
さすがに華持ちのメイドは余裕だが、見習いの子たちは少し大変そうに見える。見習い修了試験では三百分の一の拡散率で魔法を扱うので、見習の子たちは頑張ってほしい。
「次は、こちらです。」
そういって、次は芝の生えていない庭に案内する。ここは基本的に剣術の訓練を行う場所である。
「剣も扱うのか。」
メイドが剣を握るというのは普通はありえないことなので、驚くのも無理はない。
「私たちは独自の流派『華流』を扱います。特徴は、すべての剣技に魔法が付与されているということです。」
「魔法の付与だと!私が知っている中で、それができる人物は王宮騎士団長しか知らんぞ!」
「私たちはみな、魔法の付与が可能です。」
こうも驚いてくれると、説明しがいがあるというものだ。
「華流というものを見てみたい、実演することは可能か。」
「問題ありません。」
そういうとヨランド様から少し距離をとる。
「アイスロック」
地面から二メートルほどの透明な氷柱を立てる。そして、剣術の訓練を受けている者たちの近くに行く。
「アナスタシア、少しの間、剣を貸してくれる?」
「はい、カルメラさん。」
少しの間剣を借りる。
「それでは、まいります。」
『華流・花かんざし』
氷柱の中心に剣先をあてる。一見ただ氷柱の表面に、剣先を触れさせただけのように見えるが、実際は高密度の魔力を針のようにとがらせながら流し込んでいるため、攻撃力は申し分ない。
結果、氷柱は内部からはじけ飛んだ。
「す、素晴らしい!威力だけでなく、何より動作一つ一つが美しいではないか!」
喜んでいただけて何よりです。借りた剣を返して、私は案内を続けた。
「ここで、少し休憩にいたしましょう。こちらへどうぞ。」
長らく立ちっぱなしだったので、来客用の部屋へと案内し、紅茶とクッキーを持ってくる。
「おぉ、すまんな。」
……うすうす感じていたが、この方は普通の貴族とは少し違うようだ。奴隷に対しての接し方に違和感がある。すごく『丁寧』すぎるのだ。まるで私を人として扱っているかのような感じだ。
「うまい!この茶葉はどこのものだ。」
「極東の国から輸入したものです。」
「極東だと?すごく貴重なものではないか!」
極東の国でとれる食材や加工品はどれも超一級ものばかりである。しかし、極東までの道のりは遠く、数々の海や山を越えなければならない。素材そのものの値段に加え、輸送金がかかってくるため、貴族であってもなかなか手に入れることが難しいのだ。
「お気に召したようで何よりです。お帰りの際に、一袋お持ちいたします。」
ヨランド様がゆっくりと外を見ながら、話し始める。
「私には息子がいてな。」
私に話されても、私は貴族出身ではないのであまりいい答えを返すことができませんよ……。
「息子にはいろんなことを学んでほしいのだ。魔法、剣術、もちろん学問もだ。しかし、我が子の教育のためだけに、王宮魔法士、王宮騎士の団長を呼びつけるわけにもいかんだろう?」
「そう……ですね。」
「そこでだ、グルンレイド辺境伯と出会う機会があってな。その時に『うちのメイドはどうか』といわれたのだ。最初は冗談だと思ったが、今確信に変わった。」
そういってこちらを見る。
「ここのメイドを雇うことにする。」
「……お言葉ですが、聖金貨百枚ということをお忘れではありませんか?」
「それでもいいといっているのだ。この閉ざされた空間ではわからないかもしれないが、お前たちにはそれほどの価値がある。」
そういわれることが今までなかったので、少し胸が温かくなるのを感じた。
「まあ、もう数年後の話だがな。」
その顔は少年のような無邪気な笑顔だった。やはり、私の知っている貴族とは違うような気がした。




