メルテ・ローズ4
私の名前は、アリシア・フォン・エスター。エスター家の一人娘だ。
今日はアドルフ・フォン・ヴィート様の二十歳の誕生日である。貴族の多くは二十になる誕生日に盛大なパーティを行う。私もありがたいことにそのパーティに招待された。
「アリシア、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。」
お母さまがそういう。緊張するなといわれても、こんなに立派なパーティに招待されたのは初めてなので難しい話だ。
「本日は皆さまお集まりいただきありがとうございます。」
アドルフ様のお父様が挨拶を始めた。王都での内政や商業など、多くの分野で影響力のあるヴィート家の領主だ。この近辺でこの方を知らない者はいない。
「本日を持ちまして我が息子、アドルフ・フォン・ヴィートは二十歳を迎えることになりました。これも皆様のご助力のおかげです。ありがとうございます。それでは、盛大な拍手を!」
拍手が巻き起こる中、奥の扉からアドルフ様が登場する。私とは二歳しか違いがないのにアドルフ様のすがたはすごく大人に見えた。……かっこいい。
そしてその後ろからもう一人現れる。その歩き姿はとても美しく、気品があふれるものだった。貴族の令嬢だろうか……まさか婚約者⁉いや……メイド?黒い眼帯が印象的だった。
「皆様本日はパーティにお越しいただき、誠にありがとうございます。こんなに大勢の方々に祝福していただけるとは、私も喜びを隠すことができません。ごゆっくりとお楽しみください。」
アドルフ様が挨拶をする。……やっぱりかっこいいなぁ。金髪のショートヘアにきりっとした眉毛、あの凛々しい目で見つめられたら……危ない危ない、妄想の世界に入り込んでしまうところだった。しっかりしないと。
「本日はお越しいただきありがとうございます。アリシア嬢。」
考え事をしていたら、急に声をかけられた。……アドルフ様⁉
「あ、あ、お、おめでとうございましゅ!」
……噛んでしまった。穴があったら入りたい。おそらく顔も真っ赤だろう。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいよ。」
先ほどの形式的な態度とは打って変わって、とてもやさしい言葉をかけてくれる。アドルフ様のことはお母さまから幾度か話を聞いたことはあるのだが、直接話すのは初めてだ。初対面がこれでは……あきれられてしまっただろうか。
「あ、あの、初めの挨拶、素晴らしかったです。」
「ありがとう。」
にこっとこちらを見て微笑む。イケメン!遠くで見る数十倍かっこいいんですけど!
「じゃあ、またね。」
そういってその場を離れていく。
「あっ、お待ちくださ……」
もう少し話をしたいというわがままを言おうとしたときに、窓ガラスが割れた。『なんだ』『何が起きた』という声があちらこちらから上がる。
「だまれ!貴族ども!」
そういって黒い服を着た数人が、パーティ会場に現れた。
「ファイアーアロー」
黒い服を着た人の誰かがそう叫ぶと、パーティ会場は火に包まれる。そこでやっと何が起こったのかを理解したのか、悲鳴があちこちで上がる。何者かに襲撃されたのだ。私は恐怖のあまりその場から動くことができず、地面にへたり込むしかなかった。
「エスター家の娘だな。」
紙を見ながら、黒い服を着た男がそういう。
「十八か、まだ若いのに残念だな。貴族に生まれたことを後悔するがいい。」
そういって剣を振りかざす。あまりの出来事に、私は目をつぶることすらできず、それが振られるのをぼうっと見てることしかできなかった。私、死んじゃうの?
『華流・花かんざし』
その言葉とともに、鋭い剣が男の胸に触れた。突き刺したわけではない、本当にただ触れただけだ。それなのに、男は胸をおさえ苦しがっている。
「大丈夫か?」
……アドルフ様!
「あ、アドルフ様、わ、わたし、死んじゃうって思って、あの、それで……」
涙があふれてくる。
「……大丈夫だ、安心しろ。俺がそばにいる。」
そういって頭をなでてくれる。まだ黒い服の人がたくさんいて、脅威は去っていないというのに、すごく安心する。
「メルテ!ほかのところを頼む。ここは俺がやる。」
「かしこまりました。」
こんな時だというのに、そのメイドの一礼は少しの乱れもなく、完璧なものだった。
「全部で十人か。俺の周りにはあと二人、残りは七人もいるが……メルテが相手じゃ考えるだけ無駄だな。」
そういって再びアドルフ様は剣を構える。
「おい、目的はなんだ。」
近くにいる二人の黒い服に問いかける。
「……アドルフ・フォン・ヴィートか。」
アドルフ様によって倒された男をわき目に見ながらそういう。
「今日のこの日を俺らはまちに待っていたんだ。貴族どもが大勢集まる日をな。」
「……貴族が憎いのか。」
アドルフ様が少し悲しそうな顔をした。
「憐れむような顔をするんじゃねぇ!俺らが苦しんで生活をしているのに、お前らはこんなたいそうな食事をして、いいご身分だよなぁ!」
それが気にくわねぇ、と吐き捨てるように言う。
「誰からそそのかされた?」
その問いかけには答えなかった。
「アイスロック!」
黒い服の一人がそう叫ぶと、空気中から大きな氷が生成され、こちらへものすごい速さで飛んできた。
「アイスロック。」
アドルフ様もそういうと、透明な氷が生成される。それはさっき生成された大きな氷を上からつつむような形になった。飛んできていた氷は、数メートル手前でピタッと止まり地面に落ちた。
「……メルテに比べたら、魔力密度が薄すぎて、ないようなもんだな。」
そう小声でつぶやく。
「なめるな!」
次は二人で剣を持ち、切りかかってくる。アドルフ様はそれを眺めるようにしてみていた。あぁ、危ない!
『華流・空蝉』
切りかかられた場所にはアドルフ様はいなかった。そしていつの間にか私の後ろにいた。
「もう大丈夫だ。」
そういって、また私の頭をなでてくれる。
「で、ですが、まだ敵が……。」
そういって黒い服の二人を見たら、すでに地面に倒れていた。
「はぁ、はぁ、……お前が、俺たちと戦っている間、他の奴らが、貴族どもを殺しているはずだ……ざまぁみろ……。」
まだ息があるようだ。
「他のやつらって、どいつのことだ?」
周りを見渡すと、黒い服はすべて地面に倒れていた。……一体だれが?
「……どういうことだ?だ、だれがやった。」
「はぁ、俺のメイドだよ。」
あの美しかったメイドの方を見ると、剣先を真っ赤に染め、そこに立っていた。メイド服には汚れひとつなかった。
「あぁ……華持ち、か。はっ、運が、ない、な。」
そういって気を失った。
「ウォータールーム」
メイドがそういうと、どこからともなく水が現れ、周囲の火を瞬く間に消していく。
この襲撃はアドルフ様とそのメイドのおかげで、だれひとり犠牲者もなく終わった。この出来事の話は、瞬く間に貴族の中で広まっていった。『ヴィート家のご子息が多くの命を救った』『ヴィート家は魔法も剣術も一流』というような評価がついた。もう王宮内でヴィート家を超えるような貴族は存在しないだろう。
私自身もアドルフ様は、強く、優しく素晴らしい方だと思う。最近は助けてもらったお礼にと、たびたびアドルフ様のお屋敷にお邪魔させてもらっては、手作りクッキーを私に行ったりしている。そのたびに毎回あのメイドを見かけるのだが、やはりいつ見ても立ち振る舞いが貴族の令嬢にしか見えない。
「あの、あの時はありがとう……ございました。」
メイドだというのに、なぜか敬語になってしまった。
「いえ、そんなにたいそうなことはしておりません。」
「名前を……教えてもらっても。」
「メルテ・ローズと申します。」
その一礼が、何千回も繰り返され、洗練された動きへと昇華されているようだった。
それと同時に、胸についているバッジが光った。
 




