ドラゴンの名前
モンが「こっちよ」と案内したのは、ジェイが通ってきた道とは違った。ジェイが洞窟に入ってドラゴンのいるところまで歩く間に、こんな横道などあったのだろうか。思い出せないが、とにかくその道ならば、この黒いドラゴンも通れるほどの広い穴であった。
洞窟の中には、当然何もない。
真っ暗な道のはずだった。
ところがジェイは歩きながら、薄っすらと歩く道が照らされているのを感じていた。少なくとも、真っ暗闇で歩くのに困難だということはない。
とはいえ、とにかく洞窟を奥へ奥へと進むことができるのならば、森の上での大火事の熱さを心配することはなさそうだった。どこへ向かっているのかは知らないが、ありがたいことだ。
「ねえねえ、それで、ドラゴンさんは、名前あるの?」
先頭を歩くモンが、一番後ろからついてくるドラゴンに聞こえるように大きな声を出して聞いた。
「えっ、あんたたち知り合いなんじゃないの?」
ジェイは驚いた。
てっきり、友だち同士なのかと思っていた。そうでなければ、殺さないでとドラゴンを庇うなんてこと、しないだろう。
「いえ、私は彼女には初めて会ったんです」
と、ドラゴン。
「へえー・・・」
それなのに、なぜこのドラゴンはこんなに懐いてついてくるのだろう。
まあ、良い。ついてきたものは仕方がない。それに、結局このドラゴンは何者なのだろうか。悪いドラゴンではないと言うが、果たしてそれはどういうことなのかをジェイも知りたくなった。
「で?あんたの名前は?」と、ジェイが聞いた。
「私の名前ですか。実は、ドラゴンになる前の本当の名前を忘れてしまったのです」
ドラゴンはその図体に似合わないか細い声だった。どうやら以前はドラゴンではなかったらしい。そんなこと全然気にしないモンは、明るく聞いた。
「今の名前は?あるんでしょう?」
「はい、まあ、あるにはあるんですが」
ドラゴンはなんとなく言いたくなさそうな感じだった。それでも、ジェイとモンが名前を聞きたがっているという空気は読んだのだろう。少しして、やっと自分の名前を言おうと口を開いた。
「私の名前は・・・あの、笑わないでくださいね?」
「笑わねえよ」「笑わないわよ」
「スゴロク、と言います」
ドラゴンは聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声で、ため息交じりに自分の名前を告げた。
「ぷ」
笑わないで、と言われたのに、つい出てしまった。
「あ、笑いましたね!笑わないでくださいと言ったのに」
暗い道を歩きながらドラゴンはグルルとうなった。
「うわー、うそうそうそ!笑ってないって。あ~、良い名前だな~って思ったんだよ、ホント」
ジェイが慌てて機嫌を取ろうとするが逆効果でしかなかった。
「ひどいじゃないですか!」
ドラゴンは地団太を踏むように足をばたつかせ、背中の翼をバサバサ広げた。
「うわっ、たっ、あぶねえ!」
ドラゴンが通れるほど広いとはいえ、洞窟内で大暴れをされては跳ね飛ばされて怪我をしてしまう。ジェイは手で避けながら逃げまわった。
モンなど、もっと身体が小さいので、下手をすると踏み潰されそうだ。
「ごめんなさい!スゴロク!ごめんってば」
「悪かったよ!な、スゴロク、ホント悪かった!ごめんなさい!だから、暴れないで~!」
謝るジェイの声がだんだんと切羽詰まった悲鳴のようになってきたので、スゴロクは自分が駄々をこねると思ったよりも周囲に被害が出ることがわかり、やっと暴れるのを止めた。
「じゃ、じゃあ、可愛い呼び名を考えましょうよ」
モンが女の子らしい提案をした。
「呼び名ですか?」
スゴロクはじっとりとした目でモンとジェイを見ながら呟いた。
「そ、呼び名。スゴロクって名前だとあたしたちも呼びにくいから、そうねえ~、スゴちゃんとか」
「それはそれでスゴそうですが」
≪意味がわからん≫
ドラゴンの受け答えにジェイは額をおさえた。
「じゃあー、ロクは?」モンが言った。
「ロク、なんだかろくでなしみたいですね」スゴロクが答える。
「ロクがダメなら、ロッキーにする?可愛いし」
「可愛いというよりは、カッコいいですが・・・私に似合わない気が」
「そう?じゃあねえ、スゴロックは?」
「もっと呼びにくそうじゃないですか」
≪注文多いな≫
「うーん、そうねえ~、スゴロク、スゴロク、スゴロ・・・ゴローは?」
「お、ゴロー良いじゃねえか」
やっとジェイが声を発した。その「良いね」にドラゴンも少し気を良くする。
「ゴローですか・・・はい、まあ」
「素敵な名前じゃない。ゴロー」
「良いと思うよ、ゴロー」
「そうですか?じゃ、気に入りましたらそう呼んでください」
やっとドラゴンの機嫌がなおったようだった。
「ていうか、元の名前がわからないまでも、スゴロクが嫌なら他の名前考えりゃ良かったんじゃねえの?」
せっかくゴローの機嫌が直ったのに、ジェイが蒸し返した。
するとゴローは彼にとっては狭い洞窟内を歩きながらも、どこか遠い目をして言った。
「それはできないんです。この名前は、魔王様につけられた名前ですから。勝手に変更しようとすると、死んでしまうんです」
≪魔王?≫
いきなり物騒なヤツが出てきた。
「それってよぉ、ゴローって悪いドラゴンじゃないのか?」
ジェイは少し怖がりながら聞いた。悪いやつ本人に悪い奴か聞いても、どう答えるのかわかったもんでもないが。
「そんなことないわ!だって、ゴローは優しいドラゴンよ」
モンがゴローを庇った。そういえば、最初からモンはこのドラゴンのことを庇っているが、どういうことなんだろうか。
しかし、ゴローはそれを遮った。
「いえ、確かに私は魔王様に作られた悪いドラゴンなんです」
「げっ」
ジェイが露骨に怖がって遠ざかろうとした。
「ジェイ、モン、聞きたいでしょう?私がどうして魔王様に名前を付けられたかを」
「いいえ、聞きたくないわ。ゴローは良いドラゴンよ」
モンはゴローのことを本当に良いドラゴンだと思っているようだ。どうやらゴローは語りたいようだが、それをさせないように聞きたくないと言った。
「聞きたいですよね」
ゴローは、モンのことなどおかまいなしに、自分のことを話しだした。




