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跳躍と自由落下



 もうここからは、死にもの狂いで逃げるしかない。男は走った。走って走って走った。

 そこへドラゴンは、男が魔術(まじ)詠唱(ない)を発したあの地点へ急降下した。そこにいる男をその足で掴もうとしたのだ。


 しかし、ドラゴンの脚はくっついてた。脚と脚がくっついて離れない。男の魔法は一応成功していたのだ。

 男の頭上をかすめる、ドラゴンの脚。

「うわっ」

 あまりの羽音と風の勢いに、男は顔をひきつらせながら、それでも走り続けた。もう、怖くて、何が何だかわからない。

 走ることを止めることもできないほどだ。


 しかし、ドラゴンが自分を捕えることはなかった。どういうわけか、頭上をかすめただけで通過したのだ。

 ホッとする間もなく、男は走り続けた。

 一度で捕まえられないほうが、逆に怖い。まだまだ逃げなければならないのだ。ドラゴンはまだそこにいる。


 一方、左右の脚がくっついているドラゴンは、それはそれで怒りを燃やしていた。目の前にいる光る人間を、捕まえることができなかったのだ。

 こうなれば、脚を使って掴まえるのではなく、直接口で銜えてそのまま飲み込んでやろうと、またも男の方へと襲い掛かろうとしていた。


 走る荒れ地には、木が増えてきた。

 その木を避けるようにドラゴンは男を追う。木を倒したり、火をつけて燃やしたりもしている。森の入口がにわかに大騒ぎだ。

「ひぃ!」

 ドラゴンは狙いをすまし、男に噛みつこうと低空飛行してきた。


 咄嗟のことで、男は走りながら魔法を発した。

「とべ、俺!」

 ドラゴンの大きな口が、走る男をひっとらえようとしたその瞬間、男は飛んだ。

 ポーンと10メートルも飛びあがったのだ。


「や、やった!成功した!」

 めったに成功しない跳躍の魔法で、気が付くと男はドラゴンよりも上にいた。思わず喜んでしまうが、これからどうする。この魔法は、飛ぶことは出来るが、方向を自由自在に変えて、好きなところへ飛んでいくことができるものではない。飛び上がってしまえば、あとは自由落下するのみ。

「って、うわー!」


 落下する男を、ドラゴンの目が捉えた。空中戦ならドラゴンのほうが分がある。というか、男にはなすすべはない。

 ドラゴンはタイミングを合わせ、空中で男をかっさらおうと口を開いて突進してきた。

「くう~、ま・が・ら・な・い~!」

 当たり前だ。

 男は手足をバタバタさせて空中をもがくが、ただ落ちるだけである。そこにドラゴンの口が待ち構えているというのに。


 何かないか。何かないか。

 魔法でも良い。戦う術でも良い。なにか。

 こんな時に、男のできる魔法はない。

≪なにが勇者様だ≫

 絶望しながら男は森へと目を落とした。そこには森の木々が広がっている中に、ぽっかりと一か所だけ木が生えていない場所が見えた。どうやら穴が開いているようだ。

 穴だ。


 穴なら、ドラゴンに捕まらない。

 しかし、どうやってそこまで行く。どうやって逃げる。自由落下している今、ドラゴンが口を開けて待っている今、どうやって!?

「くっつく、穴と俺!」

 男は魔法を発した。


 自由落下をしていた男は「穴」に吸い寄せられ、ものすごい勢いで森の中へと落ちて行った。

 口を開けて今しも落ちてくる男に噛みつこうとしていたドラゴンは、男がするりと逃げ、森の中へ落ちて行ったのを見た。その口には何もなく、ドラゴンはさらに怒りを燃やした。

 男の落ちて行った辺りを飛び回り、動くものがないか、光るものがないかを執拗に探した。大きな頭部を支える首を左右に振り、木々の頂を舐めるように飛びまわるドラゴン。その翼が起こす風で、森はビュウビュウとうなった。


 しかし、どんなに風を起こしても、光るあの男は見つけられなかった。たとえドラゴンでも、こんなところで人間1人を探すことなどできないのだ。

 ドラゴンは怒り、火を噴き森を燃やし尽くしてやろうと口を開いた。しかし、それをしなかった。ふいに、そこから北東にあるあの中央の町が目に入ったのだ。

 ドラゴンは顔を町の方へと向け、そうして、今捕まえ損ねた人間のことなど忘れたかのようにただ町だけを目指して、飛んで行ったのだった。



 さて、魔術(まじ)詠唱(ない)によって、穴と自分がくっつくはめになった男は、したたかに体中を地面に打ち付けられ、痛みのあまりピクピクと悶えていた。

「痛って、くぅー」

 しばらく(うずくま)ったまま、身体を動かすことができずにいた。


 しかし、耳は森の上を飛びまわるドラゴンの羽音を聞いていた。あれが近づいて来れば、今度こそ捕まって食われるはめになるだろう。慌てて、光る自分の手を腹の下に隠す。しかし、ドラゴンは何回か自分のいる穴の上を旋回すると、あきらめたのか、町の方へと飛んで行ってしまった。


 その時の安堵感と言ったら、背中の痛みと引き換えても、良かったと胸をなでおろす方が勝っていた。

 しかし痛い。

 どのくらい痛いかというと、身悶えたいのに痛くて動けないくらいは痛い。


 落ちたのとは違う。魔法で引き寄せられたのだ。そのおかげで、骨も内臓も無傷だった。ただ、打ち付けたところが痛むだけだった。

 自分の繰り出した魔法のせいとは言え、この魔法のおかげで助かったとはいえ、高さ10メートルから地面に引き寄せられて痛くないはずはない。

 それでも無事だった。

 男は、自分が無事だと悟ったその時、体力と気力の限界がやってきて、その場で気を失った。そうして、朝までそこでただ横たわっていたのだった。




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