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ハタチのおたのしみ

ひとつ、昔話をするね。

むかーしむかし、3日ぐらい前のお話だよ。




うちのママはテレビを見ながら時々泣く。

そして、決まってこう言う。


「これ、もうやだ(・・・・)! こーちゃん、こーちゃんは死なないでね! ママの介護してね。てゆか、ママがこーちゃんの介護してもいいから、ずっとずっと生きていてね」


それから、ぼくのことをぎゅっとする。

ちょっとうれしいけど、ちょっとウザい。

そんなにぼくが大事なら、もっとおいしいものくれればいいのにね。


「パパ、帰ってくるの遅いね。もう1時だよ。ママは先にねんねしちゃおうかな」


うん、そうしなよ。

ママは明日もお仕事でしょ。

ぼくはパパが帰ってくるまで待ってるから。


「いいの? ママと一緒にねんねしなくていいの? でもね、その前にはみがきターイム!」


ママはねんねする前に必ずぼくのはみがきをする。

ぼくははみがきが大っきらいだけど、ママのすることはだいたい正しいから、いいこにしてる。


「じゃあ、電気もテレビも点けっぱなしにしておくね。起きてくれてるこーちゃんがさびしくないように、帰ってきたパパもさびしくないように。ごめんね。おやすみ」


ママは寝室に入っていった。


ふう、やれやれ。

リビングのぼくの席に寝っ転がる。


夜中は夜中にしかない音やにおいがある。

ぼくはそれを楽しむのが好きなんだ。

だから別に電気もテレビもいらないんだけどね。


つめたい夜中のにおいをぼくは嗅ぐ。

夜中は空気が澄んでいる。

かすかに『ガガガーッ』って音が聞こえる。

上の階の芸術家のお兄さんがまた何か作ってるのかな。

お兄さんは夜中によく何かを作ってる。

ほらね、夜中には夜中の音があるでしょ。


音を聞きながら、ぼくはうとうとしたらしい。

『バタン』というマンションの入口のドアが閉まる音で目が覚めた。

パパだ!


夜中のにおいを振りまきながら、パパが帰ってきた。


「ただいま、こーちゃん。起きててくれたの?」


うんっ、そうだよ!

ママはもうねんねしちゃったけどね。


ちょっと前までぼくがうとうとしてたことはナイショ。


「そうかー。今日会社の人が、『これ、あの時の(・・・・・・)お返しなんだけど(・・・・・・・)』ってママにフィナンシェくれたんだけど、ママには明日あげよう」


ぼく、フィナンシェって知ってる。

ママの大好物なんだ。

「外側はカリッとしてて、中はふんわりしてて、甘すぎないやつが好き」って、ママはこだわりがいろいろあるらしい。

ぼくはフィナンシェは食べたことがないから、そう言われてもわかんないんだけどね。


パパはフィナンシェにかぶりつく。

バターのにおいがふわりと香る。

うーん、ヨダレが出ちゃう。

ぼくも食べてみたいなぁ。


「こーちゃん、食べたいの? うーん、これはね、だめなやつなんだ。大人になったら食べてみようか。ハタチになったらね」


うん、わかった。

じゃあ、約束しよう(・・・・・・・・・)、パパ。


ぼくはハタチになったら食べられる約束をしているものがたくさんあって、ハタチになるのをすごく楽しみにしてるんだ。

あと9年だって。


あっ…。

点けっぱなしのテレビで、またママが泣くやつをやってる。

どうか、ママが目を覚ましませんように。




『犬の寿命は12年から20年。

それはお互いにとってかけがえのない時間。

その時間をずっと大切にできますか?

一生愛すること、愛されること-』


ほぼノンフィクションだよー。

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