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ガールズ・プリンシパル

1


「ひとつ、昔話をしようか」と私の中の鬼が言った。

「昔話?」と私は聞き返した。

「そう、昔話。『むかし、むかーし』というほど昔ではない、つまり、そこそこ昔に、あるところ“少佐”と呼ばれている人がいました」

「やめて。そんの話をしないで」

 鬼は話を続けた。

「その少佐は、中佐になっても“少佐”と呼ばれている不思議な人でした。彼の得意技は、他人のホルスターから拳銃を抜き取ること。可愛い女の子にしかその技を披露しないという噂もあった。

 ある時、部下である女の子とともにある作戦に参加しました。ちなみに、女の子は少佐のことが大好きでした。そうでしょ、ユミァ?」

「……知らない」

「そうなの? 本当に? まぁ、いいや。女の子にとって、少佐は『大好きな人』(少佐)『愛している人』(少佐)『恋している人』(少佐)なのです。しかし、残念なことに、女の子は意気地なしで小心者でした。どうしても思いを伝えることができなかったのです。ところで、今は少佐のことをどう思ってるの?」

「知らない」

「あれれ? この前は『好きだ』って言ってなかった?」

好きだなんて(・・・・・・)言ってない(・・・・・)

「少佐のフィアンセになりたい、いや、ラバーだったか、とも言ってなかった?」

「黙って! 少佐は……」

「さて、本題に戻りましょう。少佐と恋焦がれている女の子はある作戦に参加しました。その作戦は、結果的に成功に終わったけど、大きな損失を残した。それは、」

「言わないで!」

「作戦中に少佐がお亡くなりになったのです。昔話もここで終わり。めでたし、めでたし」

「めでたくない」

「そう?」

 私はすっと息を吸い込んだ。

 あの時の記憶が蘇る。


 私と少佐は過激派組織の一斉摘発をする作戦に参加した。私たちの部隊は、過激派組織の支部ビルを襲撃することになった。事前情報から、組織の中堅幹部およそ10名がビル内に立てこもっていた。ビル周辺には罠などが無く、監視カメラがいくつかあっただけだった。監視カメラを破壊してから、私たちは正面玄関から突入した。

「危ない!」

 少佐の声だ。

 建物に入ったとたん、爆弾を体に巻き付けた構成員が突っ込んできた。構成員は自爆をし、建物内に設置された爆弾も連鎖的に誘爆した。

 少佐は爆発の直前になって私を建物の外へ放り出した。その時、少佐の口が動いた。

 大きな爆発音が続いて、全てを吹っ飛ばした。

 身を挺してくれた少佐の行動のおかげで私は命拾いをした。

 そして、後に残ったのは瓦礫となったビルとコンクリートの下敷きになった過激派組織の構成員、部隊の仲間、そして少佐でした。

 心の中が怒りで真っ赤になった。

 心の中の鬼はそれを力に変えた。

 ビルの周辺には数人の構成員が生き残っていた。私は、腰に差していた短刀を抜刀し、次々と構成員を切り刻んでいった。

もう、やだ!(・・・・・・)!!」

 全身全力で叫んでも少佐は戻って来ない。

 愛している少佐はもうこの世にいない。

 意識が戻った時は、青い空を見ていた。友人であるリィカの膝の上に頭を乗せていて、優しく撫でられていた。愛用していた短刀はいつの間にか無くなっていた。

 後方部隊に所属するリィカは、私たちが突入したビルが爆破された知らせを受けて直ちに現場に駆けつけた。目の前で少佐を失った私は、現場で力尽きるまで大暴れしていたらしい。

「しょ、少佐が……少佐がっ」

 リィカは何も言わずに、頭を撫でてくれた。

「少佐がっ、最後に『仲間を信じろ』って、い、言っていた」

 涙が止まらなかった。


 少佐の最期は永遠に忘れない記憶となっていた。

「私が『お願い。(・・・・)連れていって(・・・・・・)』と言えば、少佐のところへ連れてってくれるの?」

「大胆なことを言うね」

「どうなの?」

「さぁ? 僕は単なる鬼。ユミァの心に住まう鬼だからね」

「無能」

「無能呼ばわりとは心外だね」

 鬼はふと上を見上げた。

「君の仲間が来ているみたいだよ」

「そう」

「どうする? ここに永遠にいてもいいんだよ」

 私は頭を左右に振った。

あなた(少佐)は、私の全てでした(・・・・・・・)

 少佐の下で働くようになってから、いつも思い出の中に少佐がいた。“鬼付き”であることから差別やいじめの対象とされていた私に、少佐は生きる術を教えてくれた。

 最後は少佐によって生かされてしまった。

「また、同じことを繰り返したくない」

「僕はどうすればいいかな?」

「頼むわ」

「そうねー、少なくとも向こう(現実)の状況を打開するには僕の力が必要だからね」

 鬼は手のひらを差し出した。

「鬼の世界はね、契約が命なんだよ」

「ビジネスを語るようになったのね」

 私は差し出された手を掴んだ。

「鬼の世界にも市場経済が導入されるようになったからね」と鬼はおかしそうに言い、「じゃあ、(・・・・)約束しよう(・・・・・)」と続けた。



 先の世界大戦がはじまるおよそ半世紀前に、世界各地である新型ウイルスが同時多発的広まった。このウイルスの発見後、世界各地で研究が進められた。それによりいくつか判明したことがある。まず、致死率が非常に低いこと。また、ウイルスに感染した母胎から生まれた子供は、16%の確率で遺伝情報に通常のヒトが持たない遺伝子情報が書き加えられていた。解析の結果、書き加えられた遺伝子情報は、他の動物種のモノであると確認された。異なった遺伝子情報を持った子供たちは、その体に普通のヒトと異なる器官や能力を獲得した。例えば、ネコの遺伝子を持って生まれてきた子供には、頭部に猫耳が生えている。鼻がよく利く子供や、暗闇でも目が利く子供も生まれた。体の変化はさまざまで、中には一切変化をしない子供もいた。しかし、どの感染者も共通して、「心の中に鬼がいる」と言った。鬼については不確かなことが多い。感染者が獲得した超能力や特殊能力は鬼の力によると考えられている。

 感染者の存在が明るみになるにつれて、感染者は恐怖と差別の対象とされた。人々は感染者のことを“鬼付き”(おにづき)と呼び、忌み嫌った。しかし、一部の帝国政府高官は高い身体能力や特殊技能をもった鬼付きたちは社会にとって重要な存在になると考え、政府内外の反対や妨害にあいながら差別解消へ向けて国民を教育し、鬼付きの社会進出を促した。特に軍部は盛んに彼らをリクルートとした。このおかげによってか、先の世界大戦での勝利は鬼付きによってもたらされたといわれている。

 そして、軍部直轄の特殊作戦部隊である“特務機関”に鬼付きだけで構成された部隊が新設されたことが、まことしやかに語られるようになった。



 ぱっと意識が戻った。

 両手両足は意識を失う前と同じで、鎖で壁に繋がれている。

 ゆっくりとうつむいていた首を持ち上げる。

 場所も、意識を失う前と同じく、打ちっぱなしのコンクリートが目立つ広い空間。廃ビルの地下駐車場の方がきれいと思えるくらいの場所だ。

「やーっと目を覚ましてくれたな。冷水をぶっかけようと思っていたところだよ」

 服はいたるところが破れていて、布の隙間からあざや擦り傷が見える。致命傷が無いだけ幸いだ。

「これからお楽しみの時間が待っているんだから、あっさりと死ぬなよ。その前に全ての情報を吐いてもらうからな」

 このうるさい男は、スコーピオン・クロスという団体のリーダーを務めていると、先ほど自己申告していた。

「言えないことは、言えない」

「はぁ? もっと大きな声でしゃべってくれないと聞こえないぞー」

「早く死んでしまえ変態、って言ったの!」

 からからに乾いた喉を振るわせたので、焼けるように痛い。

「はぁ!? ふざけんな、お前!」

 男は右の脇腹を勢いよく蹴った。

「うっおふ」

 両手両足が鎖で壁に固定されているので、蹴られたときの反動をうまく受け流せない。

 体の中から込みあがってきたものを吐き出した。血と唾液の塊が床につく。

「なんだ、もう音を上げたのか。軍のエリートの、それも上玉って聞いたから、もっと期待していたんだけどな。まぁ、上玉ってのが合っていて良かったぜ」

 男の後ろにいる男たちが下品な笑い声をあげる。

「さぁ、早く情報を全部吐いちまいなよ。楽になるぜ」

「あんたたちは誰の指示で動いているの?」

「はぁ? そんなの知らねぇよ。知っていても教えねぇけどな」

「装備が貧弱で統率力が無いところを見ると末端だね。いや、スコーピオン・クロスの名前だけを借りたゴロツキかな」

 男はもう一度脇腹を蹴った。今度は左だ。

「何偉そうなこと言ってるんだよ。今の状況分かってる? 現実をちゃんと見ている? 今はな、俺が聞いて、お前が答える時なんだよ。わかったか!」

 ゴロツキ集団のリーダーと彼の後ろにいる男たちの後ろ側が騒がしくなった。

「何事だ!」とリーダーは後ろに向かって怒鳴りつける。

 人の間を割って若い男が現れた。

「今、アジトの表に人がいます! 襲撃です!」

「はぁ? 相手は何人だ? どこのヤツらだ?」

「四人です!」

 若い男は怯まずに答える。

「はぁあ!? 四人による襲撃があるわけないだろ!」

 ガタガタと建物が揺れた。天井からコンクリートの欠片が降ってくる。

 若い男は、ほらね、とでも言うような表情を浮かべる。

「状況の確認をする! お前ら、襲撃の準備をしろ!」

 リーダーは若い男を殴り飛ばしてから、控えていた男たちに指示を出した。周囲が慌ただしくなる。

「おい、お前」

 なんだ、と言うつもりで顔をあげる。

「襲撃を終えたら、お前をゆっくりと味わいながら嬲り殺してあげる。それまでは生きてろよ」

 男は振り返って、立ち去ろうとする。

「ねぇ」

 男を呼び止める。

「私の上司がよく言っていた。『仲間を信じろ』とね」

 男はちっと舌打ちをしてから手下たちと共に部屋を出て行った。

 後は信じるだけだ。


2


 五つの事務机を組み合わせて一つの大きな島をつくる。五つのうち四つは空席で、入り口に一番近い席にはボブヘアの小柄な少女が電卓を片手に資料に数字を書き込んでいた。

 少女の特徴は、ずばり、頭の上にある二つの三角形である。まるで猫の耳のようであるそれは、時々ピクピクと動く。

 猫耳はオフィスの唯一の出入口である、木製の扉へ向けられた。

――ユミァさんの足音だ。

 オフィスは二階にあるので、ここへやって来る人は必然的に扉の前の階段を上ってくる。

「ただいま」

 オフィスの扉が開く。

「ユミァさん、お帰りなさい」

 仕事の手を止めて、クーレが立ち上がる。

「みんなは?」

「アオナさんは剣術修行に出かけていると思います。他のみなさんはわかりません」

「そう。これ、一つあげる」

 ユミァは抱えていた紙袋から熱々の包みパイを一つ取り出す。

跳ね兎(ホッピング・ラビット)亭の新作パイよ」

「うわー、ちょうどお腹が空いたなと思っていたところです」

 クーレはユミァから包みパイを受け取る。

「いただきます!」

 クーレはパイを一口噛んだところで、

「う、うぇえ。これ、サツマイモ味じゃないですか!」

「そうだよ。クーレ、昨日、サツマイモ好きって言っていたでしょ」

好きだなんて(・・・・・・)言ってない(・・・・・)です! 言ったのはアオナさんですよ」

「そう?」と何事もなかったようにユミァは答える。

「やっほー、みんな」

 オフィスに長い黒髪を一つに束ねた女の子が入ってきた。肩から竹刀袋を下げている。

「クーレちゃん、何食べてるの?」

「アオナさん、これあげます」

 クーレは食べかけの包みパイをオフィスに入ってきた少女に押し付ける。

 アオナと呼ばれた女の子は、パイに鼻を寄せてクンクンと嗅ぐ。

「サツマイモの臭いがするね」

跳ね兎(ホッピング・ラビット)亭の包みパイだよ。さっき買ってきた」

 オフィスにある一番奥のデスクに腰を下ろしたユミァは、リンゴパイを食べながら言う。

「へー、んじゃ、いただきます」

 アオナは包みパイにかぶりつく。

「うめぇー」

「サツマイモをおいしいという人の気持ちがわかりません」

「なにを! ところで、クーレちゃん、進捗は?」

「はい、これです」

 クーレはデスクの引き出しから一枚の用紙を取り出して、アオナに手渡す。

「ふむふむ、その計算、(・・・・・)合ってるのか?(・・・・・・)

「えっ! 間違っているところありましたか?」

「いや、無い」

「アオナさん!」

「おい、ユミァ」

 アオナは、パイを食べ終えて新聞に目を通しはじめたユミァに声をかける。

「何?」

「先日の調査、間違いなく帳簿の改ざん、利益の水増しが行われてますよ」

「例の倉庫管理会社の件ね。“コントロール”にそう伝えておくわ」

「お疲れ様っす」「ごきげんよう」

「チェシさんに、リィカさん」

 肩まで届く赤茶髪をぼさぼさにした少女と、青みのかかった長い黒髪を垂らした少女がオフィスに入ってきた。

「“コントロール”から指令っす」

 チェシは二つ折りにされた小さな紙をユミァに手渡す。



 帝都東京。

 ここは世界中の人・モノ・情報が集まる都市となった。先の世界大戦を勝利したことにより、帝都東京は国際社会の縮図ともいわれる巨大都市へと変貌した。巨大都市では、謀略や偽計、諜報、といった各国政府による闇の駆け引きが行われている。それに、巨大都市には怪異や魔物、摩訶不思議な事件も付き物である。通常の捜査機関では相手にならないと考えた帝国政府は、軍部に秘密機関の設立を要請した。それが“特務機関”である。

 特務機関で働く者は、探偵、書店員、ウェイターとさまざまな皮をかぶり、人を欺き、帝都東京を駆け巡る。


 “ノワール・エ・ブランク探偵事務所”は、商業区から少し離れたおんぼろビルの二階にある。一階には喫茶店が入っていて、最上階である三階は探偵事務所の倉庫になっている。



「行方不明の調査?」

 渡された紙に目を通したユミァはチェシに問いかけた。

「詳しいことは言われてないっす? 期間は一週間。それを過ぎると警察が介入してくるみたいっす」

「そう。みんな、次の指令よ。昨夜、大手商社社長が行方不明になった。最後に確認されたのは、所有する別荘らしい。明日の朝一番で現場へ行くわ。アオナとクーレは、社長の経歴と会社の状況を調べてきなさい。チェシは、警察へ行って情報を探ってきて。大物の行方不明事件となると、たとえ情報規制をかけていても、なにか漏れているかもしれないから」

「りょーかい」「了解です」「了解っす」

 アオナ、クーレ、チェシは早々とオフィスを出て行った。

「リィカはこれからバイトだね」

「そうだけど、ユミァは?」

「私も手伝う」

 ノワール・エ・ブランク探偵事務所の面々は、一階の喫茶店で働いている。

 ユミァは机の上に広げていた書類をまとめはじめる。

「ねぇ、ユミァ」

 机の上を片付け終えたユミァは席から立ち上がる。

「何?」

これ、あの時の(・・・・・・・)お返しなんだけど(・・・・・・・)……」

 リィカはワンピースのポケットから回転式拳銃を取り出した。

「……あ、あの時のね」

 先日、リィカとユミァは逃亡する政治犯を捕まえるために、港で待機していた。そこで銃撃戦に巻き込まれ、リィカの拳銃が故障してしまった。その時、ユミァが予備に持っていた拳銃を貸し与えた。

「整備もしておいたから」

「あなたが持っていていい」

「でも、これ少佐のでしょ?」

「少佐はもういない」

 ユミァは吐き捨てるように言ってからオフィスを出ていこうとする。

「ユミァ」

 ユミァは振り返り、“まだ何か?”とでも言うような表情を浮かべる。

「私、私たちがいることを、どうか、忘れないで(・・・・・・・・・)

「うん」とユミァは小さく頷いた。


3


 山の朝は霧が濃い。

「もうすぐ目的地に着くぞー」

 アオナの運転するワゴン車で、探偵事務所の少女五人は帝都東京から二時間ほど北上した、山岳地帯に別荘地区へやって来た。

「アオナは車を待機させていて。リィカは周辺の警戒。クーレとチェシは私とともに中へ入る」

「あの、ユミァさん、鍵はありますか?」

「無いわ。クーレ、任せた」

 はぁとクーレはため息をつく。クーレは五人の中で一番メカニックに詳しく、作戦に必要な道具の整備を行っている。建物へ侵入する時のピッキングも彼女の役目だ。

「ユミァ、別荘の正面へ下ろす?」

「人目の付かないところがいい」

 アオナは別荘の正門から少し離れたところに車を止めた。

 運転席にいるアオナを除く四人の少女は素早くワゴン車から降りた。車は静かに霧の中へ消えていった。

「正門の近くで警戒に当てっているわ」と言って、リィカはマントのフードを目深くかぶり、ユミァたちと別れた。

「行こう」

 三人は霧の中を駆けだした。


 別荘の表には三メートルを越える大きな鉄製の門がある。三人は一直線に裏へ回り、背の低い煉瓦塀を素早く越えて敷地の中へ入る。敷地や建物の中については、事前の聞き込みで既に把握している。

 リィカと別れてから数分足らずで、三人は建物の裏口の前にいた。ユミァはそっと裏口の扉に触れる。

「クーレ」

「はい」

 クーレは羽織っているケープマントの下から小さな道具箱を取り出した。その中から針金のような細長い道具を取り出して、それをそっと鍵穴にいれる。

 一秒も経たないうちに、「開きました」とクーレが囁く。

 ユミァは静かに扉を開ける。

 裏口を入ると、そこは調理場だった。調理器具のほとんどは壁のキャビネットに仕舞われていて、使用した形跡がない。

「人の気配はありません」「誰もいないすね」

 クーレとチェシはそれぞれの能力を使って、建物の内部を把握する。

「長居は不要。はやく済ませよう」

 ユミァを先頭に、三人は調理場を後にして二階の執務室へ向かった。


 “コントロール”からの指示は次の二つだった。

1、別荘に商社社長がいるかどうかを調べること。

2、商社社長の手帳を手に入れること。

 事前の調査では、昨晩まで社長が別荘に泊まっていたことは確認されている。その後の行方は不明だが、クーレの“耳”とチェシの“鼻”により、建物に人がいないことは確認できた。時間があれば、建物の中を細かく調べればいい。

「ユミァさん」

 執務室のある廊下に差し掛かったところで、チェシはユミァに囁いた。

「人の血の臭いっす」

 ユミァはうんとうなずく

 執務室の扉には鍵がかかっていなかった。

 ユミァはゆっくりと扉を開ける。

「誰もいないですね」

 室内へ踏み込んだところでクーレはつぶやいた。

「少なくとも、誰かはここにいた」

 部屋の中央に置かれたマホガニー材の大きな机を見下ろしながらユミァは言った。

「ひぃ!」

 クーレは小さな悲鳴を上げる。

 マホガニーの机の上には、切断された手首が置かれていた。切られてからしばらく経っているからか、切断面からあふれ出た血は固まっていた。

「ユミァさん」

 チェシは机の上に置かれた一枚のカードを指さす。

 そのカードには、十字架を心臓に突き刺した蠍が描かれている。

 ユミァはそっとそのカードを手に取ってから懐に仕舞う。

「この手首は社長のものっすね」

「そうね、間違えないと思う」

 手首の薬指には指輪がはめられていて、手の甲には火傷のような痣がある。

 調べによると、商社社長は普段から結婚指輪をしている。そして、先日社長はその手の甲に熱々のコーヒーをこぼしてしまい、病院を受診したこともわかっている。

「社長の日記を探そう」

 三人は手分けして執務室の中を隈なく探した。

――切断された手首と同じ部屋にいるのは気持ち悪い。

 クーレは極力机の上に置かれた“ブツ”(手首)を見ないように捜索作業を進めた。

 執務室は、東側の壁が一面本棚になっている。そこから何冊かの本を取り出してペラペラと中をめくる。

――さっきユミァさんが拾ったあのカードにはどういう意味があるんだろう。

 パラパラとめくっていた本から小さな紙切れが落ちた。

「おっと」

 クーレは落とした紙を拾う。

「あっ」

 紙切れはノートの切れ端のようで、先ほどカードに描かれていたと同じ、十字架を心臓に突き刺した蠍が描かれていた。

 ユミァは胸元から懐中時計を取り出して、時間を確認する。

「もうすぐ時間。撤収する」

「了解っす」

「了解です」

 クーレは慌てて落したメモ用紙を拾い、ケープマントの内側に仕舞う。そして、手に持っていた本をもとあった場所(順番も正確に)に片づける。

 三人は素早く執務室を後にした。

 残されたのは切断された手首は、三人が去った後にやって来た別荘の管理人のおばさんが発見することになる。



 ユミァたち三人が別荘へ忍び込む一時間ほど前に、一人の若い男性が別荘の中にいた。灰色のフードを目深くかぶっていたので、表情が見えない。彼は正面玄関から建物の中へ入り、一直線に二階の社長執務室へ向かった。

 執務室へ入ると、室内を一通り見渡す。そして、本棚に近づき、一冊の本を引き抜く。適当なページを開いてから、ノートの切れ端のようなメモを本に挟み込む。メモの表にはイラストが描かれていて、裏には数字と文字の羅列が記載されていた。

 それから、男は静かに別荘から立ち去った。


4


「あの、ユミァさん、どうなさったんですか?」

 クーレはリィカに小声で尋ねた。

 商社社長の別荘潜入作戦から数日後のこと。この日は珍しくノワール・エ・ブランク探偵事務所の面々が全員事務所に揃っていた。一階の喫茶店での勤務や鍛錬、調査などで一同揃うことがあまりないのである。

「ユミァのことね」

 リィカは寂しそうな視線でユミァを見つめた。

 作戦の日以来、ユミァはずっと自分の机を前にして、十字架を心臓に突き刺した蠍のイラストが描かれていたカードを眺めていた。そして、右手はいつも持ち歩いている懐中時計を握っていた。

「考え事をしてるんじゃないの?」

 机でコミック雑誌を読んでいたアオナが言った。

「考えているより悩んでいるように見えるっす」とチェシは言った。

「みんな、ちょっと後で(・・・・・・)付き合って欲しい(・・・・・・・・)んだけど(・・・・)

 リィカはクーレ、アオナ、チェシの三人に言った。

「この作業が終わってからであれば」「今でもいいですよー」「クーレよりも早く終わらせるっす」


 リィカはユミァに「下の喫茶店にいるからね」と言って、三人の少女たちを連れて一階の喫茶店へ降りた。

 リィカたち五人は探偵事務所の業務の傍ら、喫茶店でも働いている。喫茶店のマスターは軍部を引退し、隠居生活をはじめたおじいさんである。今日は定休日なので、マスターもお客さんもいない。

「好きな所に座って、今お茶を出すから」

「手伝います、リィカさん」

 リィカとクーレはカウンターの内側へ入って四人分のコーヒーとお茶菓子を用意する。

 お茶が用意できたところで、少女たちは一つのテーブルを囲んだ。

「さて」とリィカは口を開いた。

「クーレちゃんは私たちの班に配属になってから半年くらい経つのかな?」

 最近は探偵事務所に来て、みんなとおしゃべりしながら“コントロール”から届けられる指令をこなしているばかりで、自分たちは本来軍属の身であることを忘れそうになる。

「えっと、はい。もうすぐ8カ月です」

 リィカの隣に座ったクーレが答える。

「二人は?」

「もう一年くらいになるかなー」「同じくっす」

「あの、リィカさん。ユミァさんとはどういう関係なんですか?」

「そうね。ユミァとは“本部”(特務機関)で知り合ったのよ。その頃は、今みたいに諜報活動が主な任務じゃなくて、鬼付きたちによる特殊作戦が多かったわ。私たち鬼付きを率いていたのが“少佐”よ」

「少佐ということは、すごく偉い人なんですね」

「後で知ったんだけど、実はもっと上の階級だったらしいわよ。みんなが彼のことを少佐と呼んでいたんだ」

「その、少佐さん、はどんな人なんですか?」

 クーレは探偵事務所へ配属になる前に特務機関で面会した佐官級の軍人たちを思い浮かべた。その中に少佐と呼ばれている人はいなかった。

「すごく優秀な人、なんだけどね」

 リィカは記憶を遡る。

「問題があるような人なんですか?」

「ううん、そういう意味じゃなくて、すごく優秀で作戦指揮も上手な人だったわ。ただ、人のホルスターから拳銃を抜き取るのが上手くてね。ユミァもよくやられていたわ」

「そ、そうなんですね。今少佐さんはどうなさっているんですか?」

「死んだわよ」とリィカは素っ気なく答える。

「えっ、そうなんですか?」

「そうよ。少佐とユミァが参加した作戦で、少佐が死んだわ」

「あの、どんな作戦か聞いてもいいですか?」

「いいわよ、私もその作戦に参加していたから。その作戦はね、過激派組織の一斉摘発よ。少佐とユミァの部隊は、過激派組織が隠れていたビルへ向かった。そこには罠が仕掛けられていたみたいで、少佐とユミァが突入したとたんビルごと爆弾で吹っ飛んだ。ユミァは一命をとりとめたけど、少佐と一緒に突入した仲間、それに自爆を行った過激派組織の構成員は全員死んだ。私たち後方部隊が現場に到着した時、ユミァは荒れ狂っていて手が付けられない状態だったわ。少佐の死を間近で直面した相当ショックだったと思う。ユミァはそれからしばらく療養してから現場に復帰したけどね」

「あのー、リィカ」

「なーに、アオナちゃん?」

「もしかしたらなんですけど、ユミァとその少佐は恋愛関係にあったんじゃないかなと思うんです」

「そうなんですか! アオナさん」

 クーレはびっくりしたように大きな声をあげる。

「いやだって、今の話の文脈からそうなるだろ。それで、どうなんですか、リィカさん?」

「ユミァについては間違いないわ。少佐の方はわからないけど、まんざらでもないと思うよ。今になってはわからないけどね」

「へー、そうなんですか。それじゃ、ユミァの持っている懐中時計って、」とアオナはリィカに問いかける。

「そうよ。あれはユミァが少佐からもらったものよ」

「なるほどー。つまりは、死んだ憧れの上官の姿を追いかけるという構図ですか」

「その言い方、ユミァにひどいわよ」とリィカが微笑む。

「リィカさん、話にあった過激派組織ってなんすか?」とチェシが問いかける。

「チェシちゃんも聞いたことがあるでしょ、蠍と十字架が、」

「あ!」とクーレは大きな声をあげる。

「どうした? クーレ」

「あ、いや、こんなものを持っていたんですよ」

 クーレはジャケットの内側から、商社社長の執務室で拾った紙切れをテーブルの上に取り出した。

「これは“スコーピオン・クロス”の印。少佐とユミァが摘発しようとした過激派組織のものだわ。クーレちゃん知っていたのね」

「いや、その、先日の潜入で拾ったんです」

「何か裏に書いてあるぞ」

 アオナは紙を裏返す。

「何かの暗号かと思うんですけど、まだ解けていません」

「解いてみるっす?」

 チェシは紙を手に取る。

「クーレちゃん」

 リィカは深刻な声で口を開いた。

「これ、商社社長の別荘で拾ったんだよね?」

「はい。執務室にあった本の中に挟まっていました」

「本のタイトルは覚えている?」

「えっと、……なんとか、『プリンシパル』だと思います」

「その紙、ユミァに見せた?」

「はい。持っていていいと言われました。リィカさん?」

 リィカはクーレの言葉を聞いて、勢いよく席から立ち上がった。そして、二階へと続く階段を駆け上がって、オフィスに駆け込む。

 オフィスには誰もいなかった。

 ユミァの机の上には、一枚のメモが置かれていた。

 そこには、「諦めてなんか(・・・・・・)あげない(・・・・)から」と書かれてあった。


5


 リィカたちが出ていくところを目で追ったユミァは、しばらく机の前に座り続けていた。片手には商社社長の別荘で見つけたカードが握られ、もう片方の手で愛用の懐中時計でもてあそぶ。秒針が一周したところで席から立ち上がり、壁に掛かった黒茶色のマントを手に取り、オフィスから出る。

 行き先は書き残していない。通常の任務では、複数人で行動することが基本である。

――今回は私がけじめをつける。しっかりと少佐とお別れをする。

 ユミァは事務所の入っているおんぼろを出た後、地下鉄に乗るために地下へ潜って行った。



 ユミァがいなくなったことを確認したリィカは、状況に追い付いていないクーレたちに装備を整えることを指示した。アオナには車を準備することも伝える。

 準備を終えた段階で、四人は急いで地下に駐車していたワゴン車に乗り込んだ。車は帝都東京の郊外へ向けて走り出した。

「リィカさん、これからどこへ行くんですか?」

 後部座席からクーレが身を乗り出した。

「クーレが見つけた住所よ」

「あの暗号は住所だったんですか?」

「そう。さっき話した少佐の下にいた人なら解読法を知っているよ、もちろんユミァもね」

「ユミァさんはそこへ向かったってことっすか?」

 クーレと共に後部座席に座ったチェシが尋ねる。

「そうだと思うわ。早まったことをしないといいんだけど……」

「リィカさん、どっちですか?」

 交差点に差し掛かったところで、運転席のアオナは道順を尋ねる。

「ここを右に曲がって、後は直線よ。急いで」

「了解です!」

 アオナはワゴン車のアクセルを力強く踏む。



 地下鉄の終点で降りた。華やかな繁華街から離れた、田んぼと畑ばかりの一帯にやってきた。でこぼこになった歩道を歩きながら、目的地へ向かう。

 少佐が亡くなり、作戦終了から一か月後に現場を訪れた。それから四年も経っている。

――あの時と変わらないな。

 目的地は朽ち果てたビル。ここは過激派組織“スコーピオン・クロス”と戦った場所であり、少佐が亡くなった場所である。

 敷地内へ入る。足元にはコンクリートの破片が転がっている。

「誰もいないかな?」

 作戦の日、私が大暴れしたこともあって、スコーピオン・クロスは壊滅した。しかし、近頃、組織の立て直しや構成員が集結していることが囁かれている。支部だった場所を集合場所としている、という噂もある。

――私の見込み違いだろうか。

 ユミァは少佐が亡くなった場所へ足を向ける。線香は上げられないけど、手を合わせることはできる。

 商社社長の別荘で発見したカードには、間違いなくスコーピオン・クロスの紋章が描かれていた。スコーピオン・クロスを模倣した別の組織の可能性も考えられるが、調査の結果、殺人を犯しなおかつスコーピオン・クロスの紋章を使う組織は見つけられなかった。

――これから、スコーピオン・クロスの支部だった場所を一つずつ調べてみるほかない。

 人の気配がした。ユミァは腰に差した短刀を抜いた。

 ユミァは鬼の力で五感を強化させた。

――周囲には数十人の人がいる。囲まれたな。

 ここから撤退する算段を弾きだそうとする。

 その時、足元が揺れた。

――なに?

 突如、足元のコンクリートが崩れて、ユミァの体は落ちていった。



「どう、クーレちゃん、チェシちゃん?」

 リィカたちは住所の示す場所から10分ほど離れたところで車から降り、それから徒歩で目的地へ向かった。

「正門付近に30人くらい待機していると思います」

「ユミァさんの臭いっす。ここにいるのは確かっす」

 四人は茂みの中から観察をしている。

 リィカは一瞬思考をめぐらす。事前に調べることができていれば、計画的な襲撃をすることができる。しかし、ユミァの状況がわからない今では、長期戦は分が悪い。

「これから突撃を行うわ。アオナちゃんとチェシちゃんは前衛、私とクーレちゃんは二人の支援。作戦はユミァの保護すること。いいわね」

「りょうか」「了解っす」「了解です」

「行くわよ」

 四人の少女は正門へ向けて駆けだした。


「リィカ、敵が次々出てきて、これ以上先に進めない!」

「リィカさん、手持ちの手裏剣が無くなってきました!」

 アオナは刀、チェシは槍、クーレは手裏剣といった飛び道具で応戦している。鬼の力で体を強化した鬼付きは、銃や爆弾といった近代武器が不向きな人もいる。敷地内を縦横に駆け回る三人を目横に、リィカは精密射撃を繰り返していた。

 リィカの能力は鋭い動体視力である。このおかげで、素早く動いている物体であっても狙いを外すことはない。

――向こうは30人以上でこっちは4人。戦力さをひっくり返すようなブレイクスルーがほしいところだわ

 射撃と次の行動を考えることに集中していて、隣に人が現れたことに気づけなかった。

――いつのまに!

「そのまま撃ち続けろ、リィカ」

「えっ」

 視線をずらそうとする。

「よそ見をすると、狙いがはずれるぞ」

 視線をもとにもどす。

「拳銃を借りていくからな」

 現れた男はリィカの腰のホルスターから回転式の拳銃を抜き取る。

「早く行ってください」

 拳銃を手にした男は片手を振りながら、クーレたちが戦っている中へ入って行った。

――ユミァを助けてください、少佐。



 人がいなくなったところを見計らって、鬼の力を発動させて壁から鎖を引きちぎった。鎖が頑丈に壁に固定されていて、蓄積されていた疲労も合わせると、これだけの動作でだいぶ体力を消耗した。戦闘は極力避けて逃げることに徹することにしよう。

 手首にぶら下がった鎖は1メートルくらいある。これを上手く使えば鞭の代わりになるだろう。足の鎖は足首に巻き付けて走る時の邪魔にならないようにする。ただ、まるで重たいアンクレットをしているみたいで、足を上げる度に体力を著しく減る。

――さっき、4人の襲撃者と言っていたけど、リィカたちのことかな。

 ユミァは行き先を伝えずにオフィスを出て行った。ただ、なんとなくリィカたちが助けに来てくれたと感じていた。

 ユミァは部屋から飛び出した。


 ここには思っていた以上に人がいた。外へ向かった廊下を駆けている間に次々と鉄パイプや短剣を持った敵に遭遇した。鞭代わりの鎖を振り回しながらなんとか応戦したが、慣れない武器を使っているので、思うように動かせない。

 倒すことを諦めて、体を上手く裁きながら進む。

「うりゃあああああ」

 正面の大男が刀を振り上げる。

――避けられない。

パン、パン。

 短い銃声が廊下を響いた。

一瞬、全てが止まる。

「うわぁあああ」

 大男は刀を落とし、血だらけになった手を空いた手で押さえる。

 銃弾が飛んできた方向へ視線を向ける。

 そこには、灰色のマントを羽織った男が、見慣れた回転式拳銃を持っていた。

「ユミァ、走れ!」

「はい!」

 襲い掛かってくる敵になりふり構わず、全力で走り出した。

 パン、パン、パン。

 敵は次々と倒されていく。

 階段を駆け上がり、地上へ出る。

「ユミァさん!」「ユミァ!」

 そこには、クーレ、リィカ、アオナ、チェシがいた。

 あたりを見回すと倒れた敵がいたるところにいた。

「ユミァ、無事?」

 体に痣や傷を作ったリィカが尋ねた。クーレも、アオナも、チェシも、着ている服はボロボロだけど、表情は晴れている。

 ユミァは「うん」と頷く。

「よかった」

 リィカが優しく抱き着いてきた。

 カツカツカツと足音を立てながら、灰色のマントを羽織った男が階段を上がってきた。

「少佐……」

「ユミァ」

「しょ、」

 ユミァは言葉に詰まる。

「心配かけたね。ただいま」

「おかえりなさい」

 ユミァは今まで閉ざしていた思いをぶつけるように、少佐に抱き着いた。


6


 ユミァ救出作戦から数日後のこと。

「少佐が無事にあの案件を片付けたみたいだね」

 今日も珍しく探偵事務所に全員揃っていた。

 リィカは手元の資料を見ながら話しを続ける。

「商社社長の遺体は、下流で発見されたわ。詳しい捜査はこれからのことらしいわね」

「少佐さん、どこかへ行っちゃいましたね」

 クーレはお茶のお代わりをユミァのティーカップに注ぐ。

「気にしなくていい、あんな人のこと」

「そういえば、ユミァ、あの時少佐から何を貰ったの?」

 アオナは行儀悪く、ビスケットを口の中に放り込む。

「それ、私も聞きたいわ」

「聞きたいっす」

 ユミァを無事に救出した時のこと。少佐は突然「ユミァ、これをあげる」と言って、リボンのついた小さな赤い箱をユミァに手渡した。アオナはその小箱のことを言っていた。

「……言いたくない」

「ユミァさん、少佐さんから何か貰ったんですか?」

 給湯室でお湯を汲んでから戻ってきたクーレが尋ねる。

「…………指輪」

「「「「えー!」」」」

「ユミァ、それ、あれの指輪でしょ! ちゃんと返事したの!」

「返事したほうがいっす」

「いや、まだ、返事をしてない。その前にいなくなっちゃうし」

 一階からガタンという軽い金属音がした。

「なにか郵便が来たみたいですね」

 耳をピクッと真っ直ぐ立てたクーレが言う。

「ちょっと郵便受けを見てきますね」

 クーレはオフィスを出て行った。

 しばらくしてクーレが戻ってきた。

「みなさん、“コントロール”からの新しい指令です」

 五人の少女はクーレの持った紙を覗き込む。

 真っ先に動き出したのはユミァだ。

「早くいくわよ」

「ククク、返事だって」

「早く返事をしたほうがいいっす」

 少女たちは手際よく荷物をまとめてオフィスを出て行った。

 彼女たちの向かう先には、帝都東京を震撼させる事件の数々が待ち構えていた。

 しかし、これはまた別の物語である。


 ところで、コントロールからの指令の最後には“返事を待っている、少佐”と書かれていた。


おわり

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