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レイニー・グレー

『雨の日に全身グレーのコーデで出掛けると亡くなった人に会える』

そんな噂をどこで知ったのだろう。

友達のいない私はきっとどこかネットで見かけたに違いない。


会えるだろうか。あの人に。

私の初めての、そして最後の恋人になるかもしれないあの人に。

ひとつ、昔話をしましょう。

むかーしむかし、今から3ヶ月ほど昔のお話。

あるところに地味女子がいました。

見た目も性格も地味でした。

友達も彼氏もいない彼女は、勇気を振り絞って街コンに参加しましたとさ。



*** 14 weeks ago


「えっ、大日本商事で働いてんの? すげーな。エリートじゃん! 滋美(しげみ)ちゃん、賢いオーラ出てるもんな」


「そ、そんなことないの。私の仕事は庶務で、備品の管理や配布がメインなの。誰にだってできる仕事なのよ」


「で、趣味が料理? またすげーな。もしかして弁当女子?」


「う…うん。

ランチタイムはどこもお店が混むし、節約になるし…それに私、太ってるでしょ。お弁当のほうがカロリー抑えられるの」


「んなことないって。女子ってみんな痩せたがるけどさ。結婚するなら料理上手で安産型な子がいいに決まってるだろ。滋美ちゃんみたいな子が理想の嫁さんだよ」


「えっ…そんなこと生まれてはじめて言われた…」


「俺さー、天涯孤独だから早く結婚したいんだよなー。ねー滋美ちゃん、俺と結婚しよう」


嘘みたいな展開だった。

一度も彼氏ができたことなく三十路を迎えようとしている私は、何かのきっかけになれば、と街コンに参加した。

私には縁のないキラキラした街で。


150cm60kg、取り柄と言えば真面目なことだけ。ちびで小太りで地味で眼鏡をかけた私は街コンに参加している他のキラキラ女子達に目が眩んだ。

どうしたらあんなにきれいになれるんだろう。

私なんて壁の花どころか、壁の雑草。

もう、やだ(・・・・・)。来なければよかった…」と思っていたところ、誠也さんに声をかけられた。


飯綱(いいつな)誠也(せいや)さん。

外資系コンサル会社、ニューヨークコンサルティングで働く32歳。

雰囲気はEXILE、面立ちはジャニーズ系。

紺のシャツに白のデニムが信じられないくらい似合っている。

スクールカーストでは間違いなく最上位。

一方、学校では二軍と言うより三軍だった私の世界にはこれまで存在しなかった種類の人。

街コンでも一際人目を引き、きれいな女子と楽しそうに話していたのに…どうして私なんかに…


「滋美ちゃん、俺と結婚すんの、いや?」


「ぜ、全然そんなことないです!」


「ふふっ、じゃあ、約束しよう(・・・・・・・・・)。結婚を前提に俺とつきあうって。俺らの未来に乾杯!」


…夢みたい。こんな夢ならずっと覚めなければいいのに。

お願い。連れていって(・・・・・・・・・・)。私を。誠也さんの住むキラキラした世界へ。


こうして迫奈(さこな)滋美(しげみ)飯綱(いいつな)誠也(せいや)さんの婚約者になりましたとさ。



*** Intermission


- ジミーちゃんにお願いしておけばいいよ。仕事早いし正確じゃん?

- だね。ジミーちゃん、仕事だけはできるよね。


私は『滋美』という名前から、職場では『ジミーちゃん』と陰で呼ばれている。

そんな私に誠也さんみたいな彼氏ができて、婚約までしたと知ったら、みんなどれほど驚くだろう。



*** 12 weeks ago


生まれてはじめてのデートは雰囲気のある居酒屋。

華やかなその街でお酒を飲むのははじめてで、何より男性と二人きりでお酒を飲むこともはじめてで、それはそれは緊張した。


「ここはさ、古い旅館を居酒屋に変えたんだよね。なんて言うんだっけ、ロウホ?」


「あ…老舗(しにせ)、かな…」


「あー、俺さ、子供の頃、海外で過ごしてたからさ、漢字って苦手なんだよ。こんなんでよくコンサルタント勤まるね って感じだよね」


「誠也さん、帰国子女なの?! 帰国子女なら仕方ないよ。私はずっと日本で暮らしているけれど、知らない単語もたくさんあるよ。

どこの国に行ってたの?」


「あー…オーストリア」


帰国子女だから外資系企業で働いてるのかな。

誠也さんのオフィスはこの街にあり、そして誠也さんはこの街に住んでいる。

こんな場所に暮らしているなんて芸能人みたい。

ううん、芸能人のような誠也さんにはぴったりだ。


揚げ出し豆腐を頬張る誠也さんは幸せそうに言う。

「あー、うめえ! ここって食べ物、なんでもうまいんだよな。でもきっと滋美ちゃんの手料理のほうがうめえよな。今度さ、手料理食わせてよ」


「毎日お弁当を作ってるからどこかに出かける時にお弁当を持ってきてもいいし、ちょっと交通の便は悪いけど、私の家まで来てくれるなら家でおもてなししますよ」


「家行くー。俺さ、からあげと玉子焼き食いたい」



*** 10 weeks ago


そうして二週間後、私が学生時代から暮らす小さなマンションに誠也さんは来てくれた。


ほうれん草のサラダ、きんぴらごぼう、白和え、そして、リクエストの玉子焼き、からあげ。デザートにはみかんのゼリー。

野菜不足を補えるようメニューを考えたつもり。

食べてくれる人がいると料理にも張り合いがある。

誠也さん、喜んでくれるかな…。


「うっわー、まじうまい! 結婚したら毎日こんな料理が食えるのかー」


よかった!


「遠くまで来てもらっちゃってごめんね。

キッチンを貸してくれたら誠也さんのお家でも作れるよ」


「あー、俺んちかぁ…。俺さ、姉貴と暮らしてるから難しいな」


…お姉さんがいるんだ?

初対面の時に天涯孤独と言っていたけれど、お姉さんがいるならひとりぼっちじゃないね。

私は少しホッとした。


揚げたてのからあげを振る舞うために、私はキッチンと部屋を何往復もし、ビールを注いだり何かとお世話をし、幸せな忙しさを味わった。

急遽仕事が入って誠也さんはデザートを出す前に帰ってしまった。


誠也さんが帰った後、下着の入っているタンスの引き出しが少し開いていることに気付いた。

いつもきちんと閉めているはずなのにおかしいな。

でも、引き出しが開いていたことを誠也さんに気付かれていたらどうしよう。

だらしない女だと思われていたらどうしよう。



*** 9 weeks ago


誠也さんと会うのは大体二週間に一度。

お互い仕事をしているし、結婚したら毎日一緒にいられるから、ゆっくりのペース。


今日は一人で過ごす週末。

『日本のアート展』を観に美術館へ。

ここは誠也さんの暮らす街。

もし誠也さんに偶然会えたら運命を感じちゃうな。


*


観賞後、満たされた気持ちで美術館を出たところ、美術館の近くのマンションから本当に誠也さんが出てきた。

まさか会えるなんて!


私に全く気付く気配のない誠也さんに向かって走り出そうとしたところ、立ち竦んでしまった。

スラッとしたきれいな女性が同じマンションから出て来て、二人は手をつないで大通りのほうへ歩いていった。


それはそれは都会的で、この街にぴったりな二人を私はぼんやり見つめていた。

同じマンションから出てきたってことは、あの人が一緒に暮らしているお姉さんなのかな。でも…手をつなぐって…。そうか。誠也さんは帰国子女だから、日本人と感覚が違うのよね。



*** Intermission


- ねぇ、最近ジミーちゃん、ちょっと変わったと思わない?

- そういえば少し痩せた? あとなんかメイク濃くなった? おてもやん風だよね。


がんばってるのよ。少しでも誠也さんに合う女になれるように。



*** 8 weeks ago


今日は私たちが出会った街のステキなカフェに連れてきてもらった。


「え? 見かけた? 声かけてくれればよかったのに。そ、あれが姉貴。家事能力ゼロで最悪ー。女優やってっから多少見てくれはいいかもしれねえけど」


女優さんかぁ。きれいなわけだ。


別れ際に私はプレゼントを渡した。

「おっ、パウンドケーキ? 俺、大好き。サンキュ。すげーな。早く結婚しような」


「はじめて作ったからパウンドケーキに見えちゃうかな…これね、シュトーレンなんだ…」


「シュトーレン…? へぇ…」


誠也さんは怪訝な顔をした。


オーストリアにいたならなつかしい味だろうなぁ、と思ってトライしてみたけれど。

誠也さんははじめて見る食べ物のようにシュトーレンを見ていた。

シュトーレンに見えなかったのかな…。見た目も味もいい感じにできたつもりだったんだけど…。

残念。もっと練習しよう。



*** 6 weeks ago


「俺さ、結婚するなら絶対にここで式を挙げたいって決めてたんだ」


誠也さんに『どうしても見せたいものがある』と言われて連れてきてもらった。

ここはゲストハウス。

今日は二人で結婚式場の下見に来ている。


「私どもはただいま早割を行っておりまして、ご結婚の半年以上前にご予約される場合、ご招待客様50名様での挙式と披露宴のお値段が通常300万円のところ、200万円で承りますよ」


スタッフの方がにこやかに微笑む。


このゲストハウスのチャペルには大きな天窓があり、なんと東京タワーが大きく一望できる。

私も…私もここで式を挙げたい!


「実は俺さ、滋美ちゃんと結婚しようって決めてから、結婚に備えて投資をしたんだ。半年たったら満期になるから…半年経ってから予約しに来よっか。それでその半年後に結婚。でも割引に合わせて1年後に結婚ってのもナンだよな」


えっ、投資してくれてたなんて知らなかった。


「わりーわりー、投資のこと言ってなくて。半年後に金利30%で還ってくる外貨投資なんだけど。得だからさ、500万つっこんだんだよ。で、今全然貯金ねーの」


「30%! 650万円になって還ってくるってことね」


誠也さん、コンサルタントだもんね。

そういう商品にも詳しいよね。

結婚したらお金の運用は誠也さんにお任せたほうが安心かも。


「お客様、大変申し上げにくいのですが…早割キャンペーンは半年後まで続いているかと言うと、保証は難しいところでして…」


…ということは、今予約して、半年後に結婚。そして半年後の投資の利鞘を差し引けば50万円で挙式できるってことね。

って、その計算、合ってるかな?


「あの…それなら、私がお金を出すので、半年後に予約をお願いします!」


結婚ってお金かかるね。

でも『一生、一人で生きていくのかも』と諦めていた私には、とても幸せなお金の使い方。



*** 5 weeks ago


「うっわ、いいなここ! キッチンが広くて滋美ちゃんにピッタリじゃね?」


「この場所で築10年で80平米で4900万円。これだけの物件は私もはじめて見ました。3LDKですから、お子さんに個室も用意できますし、万一手狭になった場合は販売すれば今のお値段より高く売れますよ」


ゲストハウスの予約をした翌週、今日は新居の下見に来ている。

結婚式の日取りを決めてしまったから『早く新居を決めなきゃ』と思っていたところ、誠也さんの家の折り込み広告に入っていた掘り出し物。

10階角部屋。駅徒歩10分。申し分ないロケーション。


「頭金300万円の場合、35年ローンで月々のお支払は12万円ほどです。いかがでしょうか。今のお家賃よりもお得ですよね?」


一人あたり6万円。私の家賃7万円よりも安い。

本当にお得だ。

それなら買ってしまおうか。


「よかったらさ、名義は滋美ちゃん名義で買おうよ。滋美ちゃんは何しろ大日本商事で働いてるからさ、ローンの審査が通りやすいと思うんだよね。それに俺に何かあったときに滋美ちゃんに財産として残せるし。あ、もちろんローンは二人で半分ずつ支払うってことで」


…誠也さんったら、そんなことまで考えてくれるなんて。


「奥様は大日本商事にお勤めですか。それなら社名だけで銀行の審査は通りますよ。大きなお買い物ですから迷われるところだと思いますが…他の方からも内見のご予約をいただいているので、ご購入は早い者勝ちです」


『奥様』という言葉に心をくすぐられたものの、あまりにも大きな買い物なので即決は躊躇われた。

私の名義で買うとして、二人でローンを返すとして、私に何かあって働けなくなったら?


「あの…一度、母に相談してから決めたいです。

実は結婚のこともまだ母に伝えてなくて」


「確かに大きなお買い物ですからね…。ご連絡お待ちしております」


誠也さんが片方の眉を上げて私をチラ見した。

そうだよね。こんないい物件だもん、買いたいよね…。



*** Consultation


「結婚! まぁびっくりしたわ。滋美にそんな人がおったなんて。まぁ滋美もお兄ちゃんに子供産まれた時の歳になったけぇのぉ」


父は3年前に亡くなり、母は私の5歳年上の兄夫婦とその孫と一緒に実家で暮らしている。



「会うてみたいわ。一度連れてきんさい」


「びっくりするよ。都会的な人じゃけぇ」


「じゃが、東京は家が高いのぉ。こっちに帰ってきてもええよ。マンション買うのはちいと考えてからがええんじゃない」


「そうよのぉ」


タンスの引き出しを開けて、下着の下に隠してある通帳を取り出す。

ゲストハウスのお金を支払ったため、預金通帳の残高は320万円。

マンションの頭金を支払ったら残金20万円になってしまう。

それはあまりに心許ない。



*** 4 weeks ago


「あのね…マンションを買うのは…もうちょっと考えてからがいいと思うの」


「あ、そ」


誠也さんは目に見えて不機嫌になった。


「あ、あの、でもね、将来的に買うとしたら、少しでもお金があったほうがいいと思うから…私も誠也さんと同じ外貨投資をお願いしようかと思って」


「それ超推し! いくらにする?」


「100万…うーん…200万かな」


「よし。あれさ、申込の締め切りが今度の火曜日なんだ。入金してくれたら俺が手続きしておくよ。次会ったときに証書渡すから」


「それから、遠くて申し訳ないけど、うちの母に会ってもらいたいの。

広島なんだけど」


「俺、生まれてこのかたずっと東京だから、田舎があるのってうらやましいよ。よしっ、今度行こうな。新婚旅行も手配しないとな。あとさ、じゃーん! 婚約指輪」


えっ!


誠也さんは私の薬指に指輪をはめてくれた。

男性から指輪をもらうなんてはじめてで、幸せで泣きそうだった。


「これからいろいろ忙しくなるな!」


誠也さんは満面の笑みを浮かべ、私の頭をくしゃくしゃにした。

はじめて誠也さんに触れられて、私の手も頭も燃えるほど熱くなった。


熱い気持ちのまま投資のお金を振り込んだ。

帰省と新婚旅行、120万円あれば足りるかな。



*** Intermission


-ジミーちゃん、もしかして結婚?!

-あー、なんか安っぽい指輪してるね。


そうよ。

私は東京タワーの見えるチャペルで結婚式を挙げるの。

あなたたちも招待してあげてもいいわよ。



*** 2 week ago


どうしよう。誠也さんと連絡が取れない。

LINEを送ってからずっと返事が来なくて、ふと見てみたら「unknown」になっていた。

電話をかけたら「使用されておりません」

どうしよう。どうしよう。


思いきって会社に電話しようと思ったら、誠也さんから名刺をもらっていなかったことに気付いた。

ネットで調べてニューヨークコンサルティングの本社に電話をかけた。

でももちろん「恐れ入りますが、お約束のない方とはお繋ぎしかねます」。

不審者扱いだ。


困って仕事終わりに誠也さんの家の前で張り込むことにした。

これじゃストーカーだ。

がんばっても2時間が限界で、その分、毎日通うことにした。

5日目にして、マンションから出てきたお姉さんを捕まえることができた。


突然目の前に現れた私を訝しげな視線で眺める。

ここでも不審者扱いだ。



「あ、あの、私、誠也さんと婚約してて、あの、誠也さんとずっと連絡が取れなくて…」


お姉さんは途端に神妙な面持ちになった。

「誠也の携帯が壊れてしまったため連絡も取れなくて申し訳ございません。誠也は…事故で亡くなりました」


えっ!


目の前が真っ暗になった。


それから何を話したのかよく憶えていない。

どうしても仕事に出掛けなくてはいけないというお姉さんとどう別れて、どう家まで帰ってきたか憶えていない。



*** Intermission


-ジミーちゃん、最近また元に戻ったね。てゆか前より暗くなった?

-指輪も外したね。結婚詐欺にでも遭ったんじゃないのー。



*** Now


土曜日。今日は雨。

決行しよう。

この日のために買ったグレーのレインコート。グレーの長靴。グレーの手袋。

会えるだろうか。あの人に。


灰色の空から灰色の冷たい雨が降り注ぐ。

雨の日の街の色はグレー。


ここしかないかな、と思い、誠也さんの住む街にやってきた。

歩き回るべきか、じっとしているべきか迷い、結局、誠也さんのマンションの前でじっと待つことにした。


ビルの多いこの街は雨でなくとも街の色はグレー。

私は風景に同化する。このまま街の一部になってしまえたらいいのに。



待ちくたびれた頃、マンションから誠也さんが出てきた。



*** Selection


グレーという色の構成要素は黒と白。

これを読んでくれているあなたは、黒と白なら、どちらを選びますか。


黒を選んだあなたは、Black epilogueへ。

白を選んだあなたは、White epilogueへどうぞ。

*** Black epilogue


幽霊には足がないと言うけれど、いつもと変わらない姿の誠也さん。

私は正面に回り込むように駆け寄り、誠也さんが言葉を発する前に体当たりした。


驚いた顔のまま路上に倒れる誠也さん。

胸の包丁から赤い花が咲く。


ねぇ、事故で死んだんでしょ。

幽霊がゲストハウスの予約を解約しに行った、っておかしな話よね。


ねぇ、嘘ばっかりついてたでしょ。

仕事も帰国子女もお姉さんも何もかも。

分からないとでも思っていたの?


ねぇ、幽霊なんでしょ。

幽霊なら殺しても罪にならないよね。


さ よ う な ら。


激しさを増す雨が頬を叩く。

誰かが大きな声で笑っている、と思ったら自分の声だった。

私は灰色の街を高笑いしながら駆け抜けた。


The End.




*** White epilogue


「滋美」


誠也さんに駆け寄ろうとした私は呼び止められた。


え…お父さんの声?!


「寒かったじゃろう。こんなところにずっとおって。たいぎいなあ」


振り返るとそこには父がいた。死んだのは私の勘違いだったのかな、と思うほど、父の姿は生前と1ミリも変わらない。


「おとなしいのに昔から大胆じゃな、滋美は。えっとお金使うて」


「お父さん…」


「今回のことは勉強代と思えばええ。ま、勉強代と思うにはちいと高すぎるか」


「うん…」


「兄ちゃんに相談するとええ。兄ちゃんは法学部じゃったから、こがいな時に頼りになる友達がおるじゃろう」


「うん…」


「もっと合う人に会えるまでゆっくり待つんじゃよ。体を大事にな。母さんと兄ちゃんと仲良くな」


「うん…」


うつむいた私が顔を上げると、もうそこに父の姿はなかった。

顔にかすかに雨が当たり、頬を伝う涙と混じり合う。


雲が東に流れ、西側から青空がわずかに顔を覗かせる。

まもなく雨が上がる。


The End.

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