九女王戦争
ひとつ、昔話をしようかね。
この世界はかつて九人の女王が争っていたんだよ。
どのくらい争っていたのかはわからない。人間の時間スケールではとても計れないくらい長い時間だったかもしれない。
女王たちは人間だったのか、人間を超越した存在だったのか、それもわからない。
女王たちもなぜ闘い始めたのかもわからない。
勝者はたった一人の女王となった。その女王が世界を統治し、今の世界の礎を築いた。
私も私のおばあさんに聞いた話だからそもそも本当の話かどうかもわからない。
少しは私の妄想も入っているかもしれない。まぁおとぎ話として聞いておくれ。
それでは九女王戦争――バトル・オブ・ナインズクイーン――の開幕だ。
○
「九番目の女王、調子はどうですか?」
「さすがに疲れたわね、魔法」
九番目の女王はたった今、四番目の女王をありったけのパワーをぶっ放して倒したばかりである。
――魔導砲
魔法のパワーを充填し、思いっきりぶっ放す。使用後は疲労困憊する。
四番目の女王はこれを喰らい雲散霧消した。
九番目の女王が使役しているのは魔法と呼ばれる存在である。
魔法はなぜ自分が魔法なのかわからない。太古の昔から存在したいような気もするし最近生まれたばかりの気もする。
気づいたときには九番目の女王に仕えていた。今は九番目の女王のために力を尽くす日々である。
四番目の女王が使役していたのは呪崇と呼ばれる存在であった。
名前から推察できるようになんともイヤな存在である。
能力を使われる前に倒せて本当によかった。
九人の女王たちはそれぞれ何かしらの存在を使役している。
一番目の女王は最強の使役・狂女。
二番目の女王は癒やしの使役・天使。
三番目の女王は虚しい使役・虚空。
四番目の女王は呪いの使役・呪崇。
五番目の女王は絶対の使役・正義。
六番目の女王は判断の使役・天秤。
七番目の女王は孤高の使役・独尊。
八番目の女王は真っ白な使役・純粋。
九番目の女王は不思議な使役・魔法。
この内、六番目の女王と八番目の女王はすでに死亡し、四番目の女王も死亡した。
「九番目の女王、癒やさしてさしあげましょう」
「ありがとー、二番目の女王」
二番目の女王の使役天使が出てきて九番目の女王に手のひらをかざす。
披露困憊していた体力がみるみる回復している。
「わたしとあなたって最強のコンビじゃない?」
「そうですね。私は一人ではなにもできませんから」
「そうやっていつも卑下する。あなたのおかげでわたしは魔法の力を存分に使えるのよ」
九番目の女王と二番目の女王は共闘している。
九番目の女王が戦闘役となり、二番目の女王は回復役である。
「でもわたし達にも弱点が一つだけあるわね。二人とも後方タイプ。私が戦闘担当ではあるけど、魔法の力を使うのには時間がかかる。そしてあなたは回復担当。近接戦闘タイプの仲間も欲しいわね。……七番目の女王とか」
七番目の女王が使役している独尊は近接戦闘タイプである。ただ孤高の使役と呼ばれている通り、誰ともタッグを組もうとはしない。
「九番目の女王が魔法の力で七番目の女王を強化し、七番目の女王が闘っている間に最強魔法神の雷を詠唱。そしてわたしはお二人の回復に徹する。これが勝利の方程式」
「そう。それができれば最強の女王、一番目の女王を倒せるはず」
現在、女王たちの勢力図はこうなっている。
A:一番目の女王、使役:狂女
B:二番目の女王、使役:天使
九番目の女王、使役:魔法
C:三番目の女王、使役:虚空
五番目の女王、使役:正義
D:七番目の女王、使役:独尊
四つ巴の状態だ。Cの三番目の女王と五番目の女王も共闘している。
「魔法ちゃん、天使が何か言っているようだけど通訳してくれませんか?」
天使が天使語を喋っているが二番目の女王には聞き取れない。なぜか魔法には理解ができる。
「はい、一番目の女王と三番目の女王・五番目の女王コンビを闘わせたらどうですか? ですって」
「天使、それは良い考えですわね。一番目の女王か三番目の女王・五番目の女王コンビのどちらかが倒れてくれれば今後やりやすくなります」
二番目の女王は得意満面な顔をする。
「あなたと天使って可愛い顔して、考えていることがえげつないわね……。でもその意見には大賛成」
九番目の女王も同意見だ。
「魔法ちゃんのおかげで天使と会話できるようになって本当に嬉しいわ。ねぇ九番目の女王、私達はずっと仲間でいましょうね?」
二番目の女王が懇願するがそうはいかない。今は共闘しているが九女王戦争の勝者はたった一人と決められている。
○
「帰れ。ワタシは誰とも仲間になろうとは思っていない」
七番目の女王の元に訪れた途端、拒絶の反応が返ってきた。
「ちょっとまだ何も言っていないけど」
九番目の女王は心外そうにジト目をする。
「独尊、やっちまいな」
七番目の女王の使役独尊が襲いかかってくる。
「いきなり闘いですか。まぁいいわ。魔法、わたしにパワーを」
「はい!」
魔法が九番目の女王にパワーを充填する。しかし時間がかかるので、その間、独尊からは逃げ続けなければならない。
独尊が九番目の女王に追いつき飛び蹴りを喰らわす。
「つっ! まだこっちはパワーが溜まってないってのよ。後方タイプにいきなり攻撃するって卑怯と思わない?」
「今の攻撃、さっそく回復しているな。オマエこそ二番目の女王と組んでいて、二体一でワタシと闘っている。卑怯だろ」
二番目の女王は隠れていて、九番目の女王が攻撃を喰らうとすかさず回復している。
「やっかいな回復役だな。二番目の女王から倒すか」
七番目の女王は独尊に指示を出し、二番目の女王を探させている。
(作戦通り。まずは回復役を倒すのが鉄則。だからこそ二番目の女王には囮になってもらって、七番目の女王が背を向けたらそこに攻撃をする。――今ね!)
――魔散弾
魔法のパワーを散弾銃のようにぶっ放す。魔導砲ほどの威力はないが攻撃範囲が広いので命中率は高い。
(この距離なら何発かは当たるはず。でも威力は弱いからこれでは倒せない)
「ぐはっ!」
数発命中し、七番目の女王はその場で倒れてしまった。
独尊も活動停止する。
「まさか、今ので倒れるくらい弱いの?」
七番目の女王がこれほど弱いのなら仲間になっても意味はない。このまま倒してしまった方が女王が一人減り後々楽にはなる。が、なにかワケありなのかもしれない。
「おーい、だいじょうぶー?」
九番目の女王は少し遠くから七番目の女王に声をかける。
「くっ……なんとも無様な姿を見せてしまったな。見ての通り、ワタシはとても闘える状態ではない」
七番目の女王が立ち上がると右半身が透けて見える。
「どういうこと? ……もしかして三番目の女王にやられた?」
三番目の女王が使役している虚空は相手の存在確率を少しずつ減らしていき、最後にはゼロにさせる。
「……まぁな。今はもう五十パーセント減ってところだ。倒すにはお買い得な時だぞ?」
七番目の女王は皮肉な笑みを浮かべる。
「七番目の女王、癒やしてさしあげましょう」
二番目の女王が出てきて、天使が癒やす。七番目の女王の体の傷は癒えたが、相変わらず右半身は透けたままだ。
「無駄だよ。虚空の攻撃を受けたらどんな回復でも止めることができない。確実に存在が消えていく死の宣告だ。九女王戦争が始まったとき何も考えずに先走った自業自得さ」
七番目の女王はとにかく五番目の女王が大嫌いであった。五番目の女王は正義を使役している通り、正義感たっぷりの絶対主義者だ。三番目の女王は五番目の女王に心酔しきっていて、忠誠を誓っている。九女王戦争が始まったときから共闘していて、最後に二人だけになったら三番目の女王は虚空に自身を貫いてもらって存在を消し、勝者を五番目の女王にしようとしていた。
五番目の女王と三番目の女王がタッグを組んでいるとは知らず、五番目の女王に突撃した七番目の女王は背後から三番目の女王の使役虚空の攻撃を喰らってしまった。
猪突猛進の七番目の女王の弱点は背後であった。
「ワタシはこのまま消えていくだけさ。九女王戦争の勝者はきっと一番目の女王だろう。オマエたちには勝ち目はない。が、もしかすると可能性はある」
「可能性?」
「九番目の女王、オマエは後方タイプながら体術の素質がある。独尊の動きについていっていたしな。独尊から体術を習うか? 独尊並の動きができなおかつ魔法の力で強化させれば後方タイプでありながら、近接戦闘もできるオールタイプとなる」
「わたしが体術を? 確かにオールタイプになれればいいけど魔法に負担がかかりすぎてしまう」
「わたしなら大丈夫ですよ。九番目の女王に強化のパワーを注入しつつ、神の雷一回分なら打てます」
九番目の女王と魔法は不思議なコンビである。九女王戦争において、実際に能力を発揮して闘っているのはそれぞれの使役だ。女王たち自身は基本的にそれぞれ能力に差はない。ただ魔法は小さいためにパワーを溜めることがほとんどできない。例えるなら魔法のコップは小さいためにすぐパワーがいっぱいになってしまう。そこでコップのサイズが大きい、九番目の女王に魔法のパワーを溜めて九番目の女王自身が闘っているのである。
「そう。なら独尊に体術を教えてもらおうかしら? でも一つだけ気になることがある。七番目の女王、あなたは孤高の存在なのになぜわたし達に加担しようとしてくれるの?」
「ふふ、ワタシはもう九女王戦争で勝つことはできず、消えるのを待つ身。そして一番目の女王が勝つだろうと予測している。でもその予測はつまらない。アンタと二番目の女王が一番目の女王にもしかすると勝つって思うと楽しみが増えるということさ」
存在が消えつつある七番目の女王は自嘲しながら言う。
「高みの見物というわけね。まぁいいわ。それじゃあさっそく教えてもらおうかしら。独尊、よろしくね」
九番目の女王は独尊の方を振り返る。
「……」
独尊は無反応である。
「ちょっとこいつ喋らないし動かないんだけど?」
「独尊は喋ることはない。ワタシも会話なんてしたことがない。ただ命令には忠実に従う。独尊、九番目の女王に体術を教えてやれ」
独尊が動きだし、型を披露しはじめた。
「え、これもう始まってるの? この通りやれってこと?」
こうして九番目の女王と独尊先生の体術講座が始まった。
○
二番目の女王が考えた工作がうまくいき、一番目の女王と三番目の女王・五番目の女王コンビを闘わせることに成功した。
どのような工作をしたかは、えげつないためここで教えることはできない。
「勝利は……正義の元に……あり」
五番目の女王は満身創痍でなんとか立っていられるという状態である。三番目の女王はすでに死亡し無残な姿をしている。
五番目の女王の使役正義は剣の形をしている。
五番目の女王は九番目の女王と同じく、使役ではなく自身が闘うタイプである。五番目の女王の剣術は高速かつ豪快で、九女王の中では一番目の女王に次ぐ強さだとされている。
「あらー? もう終わり? どれほどの剣術かと思ったけど期待ハズレね。狂女ちゃん、やっちゃって」
一番目の女王の使役狂女が五番目の女王に飛びつき、骨まで喰らい尽くす。
狂女は三番目の女王と五番目の女王を平らげ、満足そうだ。
「あとはー、二番目の女王と七番目の女王と九番目の女王だけね。二番目の女王は回復しか能のない雑魚だし、七番目の女王は存在がもう消えるから無視してもいいし、実質九番目の女王だけかー。あぁー九番目の女王は狂女ちゃんに食べられる寸前どんな顔をするのかしらー。想像するだけでワクワクしちゃう!」
一番目の女王は九番目の女王が大好きで、いつ死に顔を見られるのかとても楽しみにしているのである。
○
「どうやら一番目の女王が三番目の女王と五番目の女王を倒したようですね。それも無傷で」
二番目の女王が情報を得て、七番目の女王と九番目の女王に報告する。
「あの五番目の女王が死んだか。ワタシの手でやりたかったが」
七番目の女王は悔しそうに言う。
「せめて三番目の女王の使役、虚空の攻撃が当たっていたら存在確率を少しずつ減らすことができたのに残念ね」
九番目の女王は三番目の女王もう少し頑張ってよと、独りごちる。
「一番目の女王はワタシみたいに背後を取られて攻撃を喰らうアホではなかったってことか?」
虚空の攻撃を受け、存在確率が少しずつ減っている七番目の女王がひがんでいる。
「あらあらすみませんね。でも独尊先生のおかげで体術を極めたわ。わたしにこんな素質があったなんて。今まで後方タイプで魔法の力を溜めながら一所懸命やっていたのに」
「それにはワタシも驚いた。独尊はワタシにではなく、オマエに仕えるべきだったのかもな。ただ、一番目の女王に太刀打ちできるレベルだろうか? あの五番目の女王、ワタシは大嫌いだが力は認めている、ですらダメージを与えることができなかったんだぞ」
そう、最大の問題点は一番目の女王の使役狂女が強すぎることである。五番目の女王が無残にも喰らい尽くされてしまったため、いくら体術を極めた九番目の女王でも対抗できるだろうか。
「私に作戦があります。七番目の女王、あなたにも協力してほしいのです」
二番目の女王にはなにか案があるようだ。
「ワタシはもう存在確率三十パーセントってところだぞ? 何もすることができない。足手まといになるだけさ」
「囮になってもらいたいのです」
「囮? そんな可愛い顔して考えることは鬼畜だねー。ワタシに死ねって言ってるってことか?」
「そうです」
二番目の女王は堂々した眼差しで、七番目の女王を視る。
「人の命を使おうってのに、情を出さないその顔。いいね気に入ったよ。作戦を教えてくれ」
「はい。まずは魔法の力を独尊と九番目の女王に注入し、二人の強化を行います。そして二人が闘っている間に魔法は力を溜めて、神の雷の準備をします。ただ狂女のパワーは桁違い。一瞬で独尊と九番目の女王が倒される可能性もあります。独尊はどっちみち七番目の女王が消えれば消えてしまう。死ぬのは早いか遅いかだけ。そこで独尊にだけ囮になってもらって独りで闘ってもらう。九番目の女王は中距離に位置し、独尊と共に狂女に立ち向かいつつも時折逃げる。なるべく私や天使や魔法から狂女を遠ざけるように誘導する。私は天使を使い、独尊と九番目の女王が攻撃を喰らえば回復に徹します。魔法はその間、詠唱をし、準備が整ったら神の雷を発動。これが勝利の方程式です」
二番目の女王が一気呵成に作戦を繰り広げた。
「ふん、まぁそんなところだろうな。それしかない。犠牲になる気なんてさらさら無いが、囮として独尊を使ってやろう」
七番目の女王も納得し、闘いに加わってくれることになった。
「わたしは中距離担当というなんとも中途半端なポジションね。まぁいいわ。状況によりどう行動するか判断する。ところで認識を共通させておきたいわ。一番目の女王討伐にあたって最大のキーポイントは?」
「「「魔法」」」
二番目の女王、七番目の女王、九番目の女王が同時に言う。
「そう魔法よ。本来ならわたしが神の雷を打てればいいんだけど、中距離ポジションに位置することになってしまうから詠唱をしている余裕はない。ところで魔法、再確認。本当に神の雷を打てる?」
「はい。九番目の女王と独尊にパワーを注入してから、神の雷一回分を打てるくらいのパワーはあります!」
一回分。そう一回分のみ。
魔法は覚悟していた。きっと神の雷を打てばすべてのパワーを使い尽くし、自らは消滅してしまうことを。
○
決戦の時。
一番目の女王と狂女の姿が見え始めた。
こちらは二番目の女王と天使。
七番目の女王と独尊。
九番目の女王と魔法である。
「ひっさしぶりねー、九番目の女王。今日はあなたの死に顔を見に来たわよ。狂女ちゃんに食べられる時、どんな顔をするのかしら?」
一番目の女王はキャハハと満面の笑みを浮かべている。
一番目の女王と対峙しているのは九番目の女王と独尊のみである。
すでに二人には魔法のパワーがフルに充填されている。
二番目の女王、七番目の女王、天使、魔法は隠れている。
「あとは隠れているのかしらー? まぁどうでもいい雑魚しかいないからあとで始末してさしあげましょう。狂女ちゃんお腹すいたー? 今日はお腹いっぱい食べていいからね!」
一番目の女王が狂女の頭を撫でている。
九番目の女王と独尊はアイコンタクトを取り、左右に散り、狂女めがけて攻撃を開始した。
「あら、もう? それじゃあ狂女ちゃん、喰らい尽くせ!!!」
一番目の女王は狂女に命令すると、狂女の後方に陣取った。
○
独尊との特訓を経て、九番目の女王と独尊は阿吽の呼吸でお互いの行動を感知し、挟撃ができるようになっていた。
独尊とほぼ同時に狂女の左右に着き、お互い狂女に向かって右ストレートをぶっ放す。
(硬い)
狂女の見た目は髪が長く背中は曲がっておりやせ細った女である。だが見た目とは裏腹に体は硬く、スピードも速く、攻撃力も半端ない。
狂女が肘鉄で反撃し、九番目の女王の肋に思いっきりヒットし、骨を粉砕した。
(ぐっ、これほどのパワーとは)
二番目の女王が天使に命令し、九番目の女王を癒やす。
(こいつ、体術ではまずダメージを与えることができない。魔法の詠唱が終わるまでひたすら時間稼ぎに徹するしかない。独尊先生は?)
独尊は顔色一つ変えずにひたすら狂女に掌打ラッシュを浴びせている。だが狂女は全く怯むことがない。
独尊も攻撃を受ける度、天使から回復をしてもらっている。
(魔法に充填してもらったパワーを半分は使ってしまうから、使いたくなかったけど、使うしかないか)
独尊が狂女とやりあっている間、九番目の女王は精神を統一し
――天上天下唯我独尊――
魔法のパワーを使い、体術のレベルを上げる。
(天上天下唯我独尊、独尊先生との特訓の最中に編み出した最強の体術)
「独尊先生!」
九番目の女王が叫ぶと、独尊は何をするの察知したのか数歩後ろへと下がる。
――魔散弾
地面に魔散弾を放ち、土煙を上げ目くらましをする。
そのすきに九番目の女王は狂女の後方へと周り、天上天下唯我独尊モードに入った状態で再び右ストレートをぶっ放す。
狂女は吹っ飛び、地面を数回転した。
(背骨をバキバキに折ったはず)
九番目の女王は確かな手応えを感じていた。
すかさず独尊が狂女を追いかけ、九番目の女王がダメージを与えた箇所に掌打する。
さすがの狂女もなんともおぞましい悲鳴を上げる。
が、次の瞬間、空気が変わる。
(なんか、ヤバい)
九番目の女王はその気配を察知した。
「独尊先生、下がって!」
時既に遅し、独尊は狂女の髪の毛に絡め取られてしまった。
髪の毛の締め付けが激しくなり、独尊はそのままところてんみたいにグチャグチャにされてしまった。
「ちくしょー! よくも独尊を!」
七番目の女王が叫び、飛び出そうとする。
「待ってください。あなたが行ったところで何もすることはできません」
二番目の女王が静止する。
「オマエが囮にするなんて言うからだ!」
「それよりも七番目の女王、あなたもう消える寸前だということを自覚していますか?」
「え?」
七番目の女王の体はもうほとんど透けている。存在確率わずか一パーセントを切っているだろう。
「すぐにでも独尊の元へと逝けますわね」
二番目の女王が無表情でそう言うと、七番目の女王は消え去った。
「これでウルサイのは消えました。まぁ独尊も少しだけ活躍してくれましたわ。あとは九番目の女王がどれだけ持ちこたえてくれるか? 魔法ちゃんはどう?」
二番目の女王が魔法の方を見ると、目をつむり大汗をかきながら必死に詠唱をしている。
「天使、魔法ちゃんも時々癒やしてあげてね」
天使がうなずき魔法を癒やしたが、魔法は回復されたことにすら気づいていないくらい一心不乱のようだ。
「狂女ちゃんをこんなにするなんて、あなたも成長したようね、九番目の女王。嬉しいわ」
「あんた、もし自分が勝ったらこの世界をどうするつもり?」
なるべく会話で魔法の詠唱のための時間を稼いでおきたい。
「なーんにも考えていない。というか、なんでわたしたちって闘っているのかしら? 気づいたときにはわたしは一番目の女王として存在し狂女ちゃんを使役していた。理由もなく他の女王たちと闘うことがさだめられていて、理由もなくあなたのことが大好き」
一番目の女王はうっとりとした表情で九番目の女王を見つめる。
九女王戦争は女王たちですらなぜ闘っているのかはわからない。ただ闘って最後の勝者が世界を統治できる権利が与えられている。それだけの情報しかない。
快晴だった天空に雲が陰り稲妻が走り始めてきた。
(やった! ようやく! 神の雷の準備が整いつつある!)
「まさか、神の雷? そんな。だって九番目の女王、あなた詠唱をしていないじゃない!」
一番目の女王が完全に油断した顔をしている。
「魔法ね。あなたの使役の魔法が唱えているのね。狂女ちゃん、まずは魔法を殺しなさい!」
「魔法のところには行かせない。天上天下唯我独尊モードに入ったわたしを止められることができる?」
「この野郎! 九番目の女王を喰らい尽くせば魔法も自動的に消える。狂女ちゃん、九番目の女王を絶望させて恐怖たっぷりの顔をさせてあげなさい!」
再び、九番目の女王と狂女との戦闘が始まったが、天上天下唯我独尊モードに入った九番目の女王は狂女と互角にやりあっている。
――天光満つる処に我は在り
――黄泉の門開く処に汝在り
――出でよ
――神の雷
――インディグネイション!
魔法の詠唱が終わり、神の雷インディグネイションが発動する。
天空の稲光が一点に集中し、一番目の女王の元へと落雷しようとしている。
魔法は全てのパワーを使い果たし、この世から消滅した。
○
一番目の女王の元へと落雷しようとした瞬間、九番目の女王の耳元で声がした。
――これ、あの時のお返しなんだけど
(え、誰の声? 聞き覚えのあるような)
九番目の女王は突然聞こえた声に不安を覚えた。
(もしかして、四番目の女王の声?)
――呪詛返し
四番目の女王の使役呪崇の技。死に際に一度だけ発動ができる。
相手の技をそのまま相手に返すことができる。四番目の女王は九番目の女王に倒される前に、殺されたときにお返しとして「インディグネイションを発動されたら、インディグネイションを九番目の女王に返す」と設定していた。
(嘘。まさか。インディグネイションが私にめがけて落ちてくる!)
一番目の女王に落雷するはずだったインディグネイションが軌道を変え、九番目の女王へと落雷した。
「キャハハ、四番目の女王は死に際にちゃんと仕事をしてくれたようね。実はわたしと四番目の女王も共闘していたのよ。でも使役の呪崇の技は四番目の女王の死に際でないと発動ができない。だからわたし言ったの。もしあなたが九番目の女王に対して呪詛返しを使ってくれたら、あなたの望む世界を作ってあげるって。そしたら四番目の女王なんて言ったと思う? 呪いに覆われた世界を作ってほしいですって。最高よね。呪いに覆われた世界ってどんな世界よ。わたしはわたしの望む世界を作るわ」
一番目の女王は意気揚々として熱弁を奮っている。
「最大の敵は九番目の女王、あなただと思っていた。神の雷インディグネイション。女王たちのあらゆる能力の中でもこれが最強よ。これさえ喰らわなければわたしが勝者になることは必定。ってこの間に二番目の女王に回復されたら面倒だわね。まぁこれだけの傷を負ったらいくら二番目の女王ともいえどもすぐに癒やすことはできないだろうけど。狂女ちゃん、二番目の女王食べてきていいわよー」
一番目の女王に命令され、狂女は俊足で二番目の女王が隠れている場所まで飛び、喰らった。
戻ってきた狂女の口元は血で濡れている。
「あー二番目の女王の死に際の顔も見たかったわねー。あの可愛いお顔がどんな風になるのかとっても興味あったんだけどねー。まぁ九番目の女王の顔が見れればいいわ。それじゃあ狂女ちゃん、恐怖をいっぱい与えてあげて、九番目の女王を食べちゃってくださーい!」
一番目の女王は心の底から嬉しそうにニタニタと笑っている。
○
(無様ね。あれほどインディグネイションの発動のために苦労をしたのに、それを喰らったのがわたしとは。七番目の女王も消えて、二番目の女王も食べられてしまったようね。魔法の姿が見えないけどどうしたんだろう。狂女にやられちゃったのかな。まだほんの少しだけ魔法のパワーの充填が残っている。これを使って飛び出せばなんとか逃げることはできそう。魔法、最後の最後に力を貸してね)
狂女が九番目の女王に近づこうとした瞬間、九番目の女王は飛び上がり、そのまま天空へと駆け去っていった。
「九番目の女王、まだそんなパワーが残っていたとは。まぁ楽しみはとっておきましょう。狂女ちゃん、今日からはもう九番目の女王を追い詰めることだけを考えようねー」
○
九番目の女王は天空とも海ともいえない場所をさまよっている。
(ここはどこだろう? わたしは死んだのかしら?)
(九番目の女王、最後にお会いできてよかったです)
(魔法? いたのね。よかった)
(いえ、わたしはもうインディグネイションを発動してパワーを使い果たし消滅しました)
(そうだったの。やっぱりあなたには負担だったのね。ごめんね)
(わたしは九番目の女王に仕えることができて幸せでした。これでもうお別れかと思うと悲しいです)
(そう、ここでお別れなのね)
(はい。でも別の時代、別の世界ではまた再会できるかもしれません)
(じゃあ、約束しましょう。また会うことを)
(はい)
(あなたと会うときが来るまで絶対に諦めてなんかあげない)
(はい。九番目の女王またあうひまで)
○
「おーい、大丈夫だべかー?」
漁師に声をかけられる。
「つっ。ここはどこ?」
目を覚ますと砂浜に横たわっていた。
「オラの村の近くだー。あんた名前は?」
「名前? わたしは九番目の女王。正式名はナインズクイーンよ」
「ないずくいん? え、もしかして九院様だべか?」
「九院様?」
「た、たいへんだぁー。九院家のご令嬢だとは。ちょっと待ってておくれ。助けを呼んでくるー」
漁師は去っていった。
九番目の女王はその後色々とあり、結局九院家の養女として迎え入れられ、この東国の島国で暮らすこととなった。
○
さぁ、これで九女王戦争――バトル・オブ・ナインズクイーン――の物語はおしまいだよ。
面白かったかい、偉理衣? 九番目の女王は我が九院家の先祖なのかもしれないね。
一番目の女王はその後どうなったかって? それはわからないねぇ。
でもこの世界の始まりが悪くないってことは、一番目の女王は案外、世界作りには良い影響を与えたのかもしれないね。
四番目の女王の言う、呪いに覆われた世界を作らずにいてくれて本当に良かった。
あぁ、もう眠くなってきたかい? そういえば明日は初めて読書会というのに参加するんだっけ?
偉理衣の大好きな『そして伝説へ』って本について語りあうんだっけ? それは楽しみだねぇ。
それじゃあ偉理衣、おやすみ。
J氏のエラリーシリーズの外伝として書きました。勝手にこのような作品を書いたことを何卒ご容赦ください。




