超絶秀才に幼馴染二人を取られた勘違い女ですが、三人とも振り向かせて自分のものにします
私には幼馴染の姉弟がいた。姉は一つ上の面倒見が良い美人さん。何がとは言わないがとても柔らかい。
そして弟は一つ下の幼さ残る美形な生意気少年と、丁度私が間に挟まるようにして、昔から本当の家族のように遊んだ。
学校ももちろん同じ場所へ通った。姉は魔力が高いらしく、学長かそこらへんのお偉いさんに認められて魔法科へと進んでしまった。
弟は剣の腕を身に付けたいとかで戦士科に行った。戦士、とはいえ体を動かすだけではなく魔法を習わないこともないが、その比重はやはり違う。
私は大いに悩んだ。悩んだ末、即断したのは魔法科への進学だった。暴力的とも言える二つの果実には、膝を屈するしかなかったのだ。
「えー、二人とも魔法科かよ、つまんねー」
「そんなこと言って、私と離れるのが寂しいんでしょ」
文句を垂れる弟に私が言ってやると彼は「ち、ちげーよ! そんなんじゃねーし!」と顔は真っ赤だ。可愛い奴め。
「アラセリスはともかく、カシルダは別にいらねー!」
アラセリスとは姉の名である。つまり、私カシルダはどうでもいい存在だと、ほほう、そんな悪い事言っちゃう子にはどうしてくれようか。
「それっ、ぐりぐりー」
彼の、アウレリオの側頭部を両拳で押し付けてやった。捻るような動きも加えながら。
尚、私、満面の笑顔である。
「ちょッ! 痛い痛い! やめっ、カシルダのそれ、本当に頭が割れるやつ!」
「へえ、やめてほしかったら謝罪のひとつでもどう?」
「わっ、分かった! 謝るって! ごめんなさい!」
こんな弟でも素直にさせてしまう私の制裁はやはり謙遜しても天才的だと思う。アウレリオが頭を押さえながらこちらを睨んでいるのは、気にしないことにした。
「くそー、そんなんだから近くにいたくないんだよ!」
「っ!」
私に、電撃が走った。弟の言葉が頭の中で反響するように繰り返される。
だから私は、ここのところ弟に避けられていたのか。
私が衝撃を受けその場で固まっていると頭の上に手が置かれる。
「アウレリオ、そこまで言ってあげるんじゃありません。カシルダもやりすぎよ」
「んー、だってー」
そう言ってどさくさに紛れて抱きつきつつ姉の胸へと顔を埋める。そんな私を撫でながら「もう、しょうがないわね」と甘えさせてくれる彼女はこの地上に顕現された女神様なのだろうか。
このままでは依存してしまう、と私は我に返りすぐにアラセリスから離れる。あれは一見、楽園へと誘う天使のようで、嵌ったが最後、地獄から抜け出させぬ悪魔のようなものなのだ。
しかしそれでもいいのではないかと思わせる、彼女の慈愛に満ちた笑顔がそこにはあるのだった。
「まだまだ子供だな」
アウレリオは笑う。が、罵倒ではない。それは彼なりの愛情表現なのだと、私は知っている。同時に姉が私を甘やかしてくれるのも、純粋に好いてくれているからこそだ。
そんな、想うほど素直になれない彼と、人間を駄目にしてしまう彼女に挟まれて、私は幸せだった。
そして魔法科で講義を受け始めた私だが、ある異変に気付く。何か、もやもやするのだ。
原因はすぐに分かった。
その症状は、アウレリオと休憩中などに会うことによって落ち着く、かと思えば目を合わせているとますます胸の鼓動が大きくなるのだった。
さらには彼が他の女の子と話しているのを見ると、胸が苦しくなった。
これは、その……いわゆるアレだ。しかしまだ結論を出すには早い。
訳あって私が戦士科へと転科した時、当然その気持ちは満たされるものと思っていた。
だがそれは大間違いで、何かが、何かがまた足りないと感じたのだ。
いつもは隣りにいる存在が、そこにはいなかった。
それは、弟の時と同じ感情だった。毎日のように一緒にいたため今まで気づけなかったが、どうやら私は、私はアウレリオだけでなくアラセリスにも、恋をしていた。
そして、私は両性が恋愛対象であることに気がついたのだ。
学園では勉強などに集中はできなかった。アウレリオと些細なことで手が触れただけで気が気でなくなるし、アラセリスの黙っていても誘引してくる甘い罠などもってのほかだ。
しかしそこに現れたのは、学業も魔法も体術も容姿でさえも完璧な男だった。
彼は、悶えながらも幸せだった私の全てを奪っていった。
様々な経緯があり彼と学友となった姉弟は、二人とも風魔法よりも速く憧れを持つようになっていた。当然、私など蚊帳の外だ。私との時間も極端に少なくなった。
その流れはあまりにも不自然だった。だが、現に起こってしまっているため事実を否定することはできない。
私は是が非でも彼らと離れたくなかったので意地でもしがみついた。結果、彼の荷物を持ち歩いたり学内での身の回りを世話することを命じられ、私はやはりどうかしていたのだろう、二つ返事で頷いてしまった。
その日々は少し過酷だったことを覚えている。そんな私を気遣って、姉弟は純粋に心配をしてくれる。
彼らは確かに、秀才の彼を見る目に尊敬以上の念を抱いていた。
姉は確実に恋心を抱いていたのが目に見えてわかる、弟も、そんな眩しい存在の前に彼にとっての私など霞んで見えているようだった。
彼らはその上で、私と接することに後ろめたさを感じる雰囲気はなかった。つまり私に端から特別な感情など抱いていなかったということだ。
そう、私は完敗したのである。
と、そう思ってた時期もあった。だが違った。彼は魔法によって幻覚を見せていたのだ。相手が盲目的に大切に思えてしまえるような幻覚だ。
だからこれは、紛い物の愛だ。
それに気づいたのは、実は昨日の話。
私はその魔法を身を以て体験したのである。何となくふわふわした気分になったが、ほろ酔いに似ているようで心地よい。
まあ、私には効かなかったけれど。恐らく私の愛は二人分でいっぱいになってつけ入る隙がなかったとかそういう理由だろう。
「すまない、パーティーから抜けてくれないか」
「ん?」
そう言い渡されたのは、今朝だ。
学園から主席、それに次いで卒業した彼らは冒険者を生業として活動していた。あの偽善者、大義名分と称してわかり易く助けられるものにはすぐに手を出す。
まあ、私もそれに快く付き合っていた口なのだが。
「これ以上は君も危険だ。僕は仲間に傷を負わせるような真似はしたくないんだ」
恐らく、以前の私ならば魔法の才能がないため本心からそう言うのだと信じただろう。だが真相は、私にその魔法が効かないと分かって、邪魔者は追放することに決めたためだ。
姑息な真似で私から大切なものを奪っておいて、最終的に引き剥がす? いい度胸じゃないか。
私の中に尋常じゃないほどの怒りが溢れた。純粋に、彼の人間性にアラセリス達が憧れたなら怒りなど湧かなかっただろう。
だが、奴は人間としてあるまじき行為で私の心を踏みにじった。
そして私は静かに目を瞑り、息を吐いた。
「――お願いしますッ! もう少し私をここに置いてください!」
全身全霊の懇願だった。その時冷静だったとは思えない。だが判断は間違っていなかった。今ではそう思う。
その時に何を口走ったのかもう覚えていない。勢いに任せて宿は馬小屋でいい、食事は雑草でも構わない、とか言ったかもしれない。あながち否定できないところが痛い。
しかし、このまま引き下がってはそれこそ私の完敗である。如何なる手段を使おうとも、私は姉弟を取り戻すのだ。
そしていずれはその男も、私のことしか考えられなくしてやるのだ。奴が使った手段を、私が報復に使ってやろう。
そして彼のことは放し飼いだ。絶対に相手をしてやらないという地獄を味わわせる。恋心を抱く対象に無視されるとは、それだけ辛いことだ。
さて、そんな愛と禍根に満ちた復讐を始める前に、少し学園での甘い青春を思い出し、英気を養うとしよう。
***
学園に入学した直後、私は机に突っ伏していた。
「えー、なにこれ……」
私の視線には魔力板と呼ばれる、人の指から発せられる少量の魔力によって変色する板が言葉や図の羅列を以てして脅威的に迫っていた。
そう、てっきり魔法とはフィーリングで放つようなものだと思っていた。予想外の座学は私には衝撃的で、苦痛でしかなかった。
魔法式? 言語化? 並列式? 訳のわからない言葉ばかりで嫌気が差した。
一方全て理解している風なアラセリスは、そんな私を見て苦笑を浮かべている。
「もう、わからない所は後で教えてあげるから板書くらいはとったら?」
「んー、姉さんに写させてもらうからいいかなー」
そう言って私は隣りの肩に頭を傾けて乗せる。やはり姉はそれで許してくれるのだった。
なんだろう、いい匂いするし、柔らかくて安心する。骨の出っ張った感じがしないのが不思議だ。
アラセリスは私にわかりやすく講義の内容を復習してくれる。だが今後こういった講義が常に続くのかと案じていた私の頭には全く入ってこなかった。
「カシルダ、聞いてる?」
ふいに、アラセリスが両手で私の頬を挟んで顔をずいっと寄せた。瞬間、私の心臓が動いた。
なんだ、今の感覚は? 意識しなくても体温が上昇し、鼓動が速くなる。
「あら、顔真っ赤……大変だわ、体調悪いのね!」
私の異変に気づくとアラセリスは途端にワタワタと慌てだす。「大丈夫、大丈夫だから」と制すと、不満気ながら無理しちゃだめよといった旨を話しながら最後にちゅっ、と私の額に唇を当てた。
「熱が下がるおまじないよ」
と笑う彼女。おかげで間欠泉から熱が噴き出すように私の体温は急上昇した。むしろ逆効果だったんだけど!
その後さらに復習の内容が頭に入らなくなったのは平常だ。
今思えば、それが姉に恋していると気づくきっかけになった一つだったのだろう。
さらには講義の間、退屈なので私が居眠りをしていると手を握って起こそうとしてくる。そしてそれでは足りないと思ったのか、指を指の間に入れてくる。
ご丁寧にも恋人つなぎというやつだ。驚いて私が姉の顔を見ると笑顔で「起きててね」と囁く。この状況では寝れませんとも! ええ!
一方姉も普段の気疲れがあるのか、同じ女子寮にある私の部屋を訪ねては、一晩抱きついて寝る。
柔らかな肢体と甘い芳香に包まれ、私は今にも気が狂いそうになった。ここは果たして天国だろうか。
しかし私はアラセリスの蜂蜜の海に溺れるような慈愛に包まれた日々を送りながらも、胸の内は穏やかではなかった。
もちろん姉にドギマギさせられることはあるが、そこにはもう一つ、寂しさという感情があったのだ。
それは、学園生活が一段落し、アウレリオの所属が判明した時の話。私達は学内の食堂で三人揃って話をする機会があった。
久々に彼の姿を見た私は、満たされる気持ちだった。そして思わず抱きついた。
「っ! 何してんだよ!」
アラセリスとは違い少し骨格を感じさせる体つきには、やはり男の子なのだなと思った。
そして満たされたと思っていた心は突如暴走する。胸が締め付けられるにも似た感覚を得て私は戸惑った。
これは姉の時と同じだ。だがその時はアラセリスに恋をしているとは思いもよらなかったため、異性に恋をするという感覚もよく分からないでいた。
「……?」
いつもなら私が弟をからかう場面だが、それがないことを不思議に思った彼は私の顔を窺っていた。
やがて、恐る恐るといった様子で私の腰に手を回し、抱き返してきた。
ああ、私の弟はなんと可愛いのだろう。私は腕の力をさらに強めると、少しだけ苦しそうに目を細める彼。同様に強く抱かれる腕の包容感に私は酔いしれていた。
今まで私はアウレリオを愛でる対象として愛しいと思っていた。
だがそれは明確に違ったのだ。
私は、非常に悔しいがあの生意気な弟に恋をしていた。
そして私は姉の苦労の甲斐もなく試験で点を落としてしまい、敢え無く戦士科へと移ることとなってしまった。
だが私にとってそれは歓喜すべき移動だった。こちらでは魔法を感覚的に扱っているのだ。本能で私に適している。
しかし魔法とはなんと細々しているのか。こんなもの、一発殴ってしまえば終わるというのに。
そう考えていると、目の端に真剣な顔で剣の鍛錬に打ち込むアウレリオの姿が映った。ああいった表情も、凛々しくていいものだ。
普段はからかいあってばかりで見たことがなかった表情だが、アウレリオから男らしさを感じてしまうとまた胸の鼓動が早くなる。
じっと見つめる私の視線を感じてか、アウレリオもちらちらとこちらを見る。若干の困惑を瞳に滲ませながら修練を続ける弟は、やがて気になり身が入らなくなったのかその手を止めて私へ近づいてくる。
「もしかして何か良くなかったか?」
「え……? う、ううん、そんなことないよ」
「そうか……でも気になったことがあれば気にせずなんでも言ってほしい」
そう言ってアウレリオは帰っていく。
てっきり何か憎まれごとを叩いてくるものと思っていたが、私は当惑した。それとともに弟の顔が想起されて胸が締め付けられる。
これは、普段と言動が異なる異性の姿に胸が鳴る現象だ。
生意気な弟で通っているはずの彼が、剣の鍛錬では真剣さを表すとは、私の知っているアウレリオとの落差が非常に大きい。
今すぐ抱きしめたい思いに駆られるが、流石に嫌がられるだろうし、熱の入った彼を邪魔したくなかったので必死に抑え込んだ。
時折私達は昼食を共にすることがある。そして今日も彼のご友人には悪いがアウレリオを問答無用で借りてきた。私には譲れないことが、残念そうな彼らを押しのけてまで達成する必要があるのだ。
それは幼い頃から一年ごとに欠かさずに行ってきた大切な行事である。
「こちら、パフェになります」
「え、これ頼んでないけど?」
食後に突然運ばれてきた果物盛り沢山のデザートに弟は一瞬驚いた顔を見せるが、私のニヤついた笑顔を見ると「ああ、今日はあの日か……」と納得した。
今日はアウレリオの誕生日なのだ。そのために私はわざわざ弟を呼び出して、誕生日の人への特別なもてなしのある店へと足を運んだ。
姉は残念ながら都合がつかず、夕食時に駆けつけるらしい。
そして私はパフェを弟が少し周囲を気にしながら食べている姿を見ていた。実はアウレリオは甘い物が好きということを、私は知っている。顔は少し綻んでいるのが分かった。
「……欲しいのか?」
彼は私の視線に気づいて、そんなことを言う。弟の表情ばかり視界に収めて、全くパフェのことなど頭になかった私は突然の事に「うぇ⁉」と変な声が出てしまう。
「違うのか? 確かこれ、好きだっただろ?」
「あ、うん……」
本当に私が好きな果物だった。その赤くて甘酸っぱい小ぶりな果実は、今の私の心境をまさに表しているのだろう。
「ほら」
アウレリオは果実を匙ですくって私へと差し出す。
甘酸っぱくなんてなかった。砂糖をどっさりと加え煮詰めたように、甘味に溢れていた。
私は弟が催促するのを断ることができず、それよりもまず私の好物を覚えていてくれたことが嬉しすぎて無心で差し出された匙ごと咥えた。
弟とそれを共有してしまったのに気づいたのは、その数秒後である。
「っ!」
顔の熱が高まるのを感じる。向かいの弟が何事もないかのようにパフェを食べ進める姿を見て、私の心臓は破裂しそうだった。
やがて私の顔と匙とを見比べて弟もその事実に気づいたようで、私ほどとは言えなかったが顔を赤くしていた。
その昼は気まずいまま、二人は無言で過ごした。
「アウレリオ、お誕生日おめでとう。これ、私からのプレゼントよ」
夕方になると、すぐにアラセリスが駆けつけ、弟に贈り物の衣服を渡した。受け取った当人は礼を言いつつも顔が引き攣っている。
当然だろう、真ん中に可愛らしいクマの刺繍が施されているのだから。彼には複雑な思いが巡っているに違いない。
ああ、しかしそれを着ているところを見てみたいと、私も思ってしまった。まあ姉は単純に似合うと思っただけなのだろうが。
そう考えながら私の視線は自然と姉の嬉しげな顔へと移っていた。私には彼女に抱く感情が恋なのだともう分かった。この胸のざわめきは、他の言葉では言い表せないのだ。
だが、それでも打ち明けようとは思えなかった。
二人が私を特別に思ってくれているのは分かるが、言ってしまうとそれが壊れるような気がして、怖かった。
それでももどかしいながらも、私は幸せだった。いつまでも三人でこうしていられたら、なんて思った。
「ちょっといいかい?」
その男は突然に現れた。勇者も魔王もいなくなった今に、その才能を併せ持ったような人物が颯爽と。
おかしいと思った。彼――ウィルフレドに人を惹きつける能力も高かったのかもしれないが、姉弟が瞬く間に彼を慕うようになったのには些か不自然さがあった。
「アウレリオ、今度お昼一緒に行こうよ」
「ん? ごめん、ウィルフレドと約束があるからさ」
「じゃあ空いてる日でいいよ」
「いや……しばらくは無理そうだな」
「お姉ちゃん、魔法式の構築の仕方を知りたいんだけど」
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと忙しくて……参考書貸すからそれでどうにかしてね」
「あ、そうだよね。魔法科は勉強が大変だもんね」
「ええ。ウィルフレドさんに魔法を教えてもらえるのよ」
二人はそうして私とすれ違うことが多くなった。よく聞くと食事も一緒にしているらしく、私は驚いた。
しかし姉達の信頼は得ているのが見ているとよく分かる。彼にはそれだけの魅力があったのだ。
私はそれでも彼らにしがみつくことにした。たとえ、私を何とも思わなくなったとしても。
諦められるものか。私にそこまで人間ができている訳でも、浮気性があるわけでもないのだから。
「あの! 私もご一緒していいですか?」
「え……ああ、そうだな、僕の身の周りを世話してくれるなら同行を許そう」
こうして、奇妙な男と、私への関心を失った姉弟との共同生活が始まったのだ。
***
私は魔法が根本的に苦手だった。だからウィルフレド率いるパーティー内でも役立つことができず、私は結局炊事や金銭管理ばかり担うことを余儀なくされた。
「カシルダ、魔法の発動に時間がかかりすぎだ。それに練度も低い。これじゃ攻撃の手段として有効じゃない。アラセリスも治療に専念できないよ」
「ウィルフレドさん、私のことを心配して……いえ、いかなる状況でも治療を務めるのが私の役目。私はあなたの恩に報いたいのです」
「ウィルフレド、アラセリスなら俺が守るよ。攻撃が足りない、そんなのはウィルフレドの一撃があれば十分になるだろ」
二人とも彼を見る目が輝いているように見えた。一方私への態度は以前のように戻ることはなく、だからといって冷淡に接するわけではないから、これは本気で彼に憧れているということなのだろう。
さらには、アウレリオに抱きついては無表情に突き返され、アラセリスの横で寝ようとするとウィルフレドに対して恥ずかしいから駄目だと言われる。スキンシップも許されないらしい。
私は姉弟が離れていくような気がして、心が奥底へ沈んでいった。
もう、限界だった。
いっそのこと罵倒して突き放してくれればいいのに、と思うが彼らの性格上そんなことは絶対にしないだろう。
夜、一人で山奥へと進み、周囲に人がいないことを確認すると、止めていた堰が外れるように泣き喚いた。
どれだけ足掻いてもあの頃の彼らは戻ってこないのだ。負けたのだ。奪われたという気持ちは不思議と生まれてこなかった。ただ、悔しかった。
そして私が我に返ると、朝になっていた。周囲には木々が無造作になぎ倒された跡と、魔物の死骸が大量に落ちていた。
私は瞬時に、力を使ってしまったのだと悟った。師匠に禁じられている力を。
私はすべての生命と師匠に謝罪を述べながら目が醒めているのかすらもよくわからない気分で皆の元へ帰った。
その日、私はウィルフレドに呼び出される。「二人きりで話がしたい」とのことだ。恐らくは私の魔法の件だろう。
ところが予想に反して彼は談笑を誘ってきた。そして私はなぜだか少し頭がぼやけるような、心地良い気分になった。少しだけの違和感。
「魔法……?」
何となくそんな気がして、私が呟くとウィルフレドは驚いていた。しかし余裕の表情は崩れていない。
「あ、分かるんだね。これ、『魅了』という魔法なんだ」
「魅了……? ひょっとしてお姉ちゃん達はこれで……」
「あー……無意識的使っていたかもしれないね」
その言葉を聞いて、私の体がすっと冷たくなっていくような気がした。この男は魔法などという手段を用いて私から姉弟を奪い取ったのだ。
「はは……は……そっか、私は別に、負けたわけじゃなかったんだ」
「何言って……え、効いてない……?」
体を魔力が先程よりも強く支配する感覚に私の感情はぐちゃぐちゃになる。だがこの程度、どうってことはない。
私は彼を睨みつけ、言い放った。
「私はウィルフレド、あんたを許さない」
そして私はその場を去ったのだった。
翌日、私はリーダーであるウィルフレドからパーティー脱退を命じられた。アラセリス達は反対してくれたが、彼が「カシルダをこれ以上危険に合わせたくないんだ」と言い、姉達を頷かせてしまった。
だが私もここで引くわけにはいかない。必死でしがみついた。私に対しての扱いがどうなろうと構わなかった。戦いの最中もいないものとして考えてくれたらいい、とにかく私は懇願した。
ウィルフレドではなく、アウレリオ達に対してだ。
私の願いが通じてか、アラセリス達の説得で私はパーティーへの残留が決まった。必死の思いで登り詰めたグループ内の立場も当初に戻ってしまったが。
だがいい。私は必ず姉弟を取り戻し、ウィルフレドに復讐を遂げるのだ。
それから私は師匠の協力も煽り、ウィルフレドを追い詰めるべく動いた。そのために利用したのは、我が国のお姫様だった。
計画を遂行するにはウィルフレドに『魅了』の魔法を使わせる必要があった。そのために私はすぐに優秀な人材を手に入れねばならなかった。
どうやら彼は、才能のある人物を好むらしかったからだ。
しかしながら厄介なことに彼は、無闇に魔法を乱用せずパーティー内にのみ留めるつもりだった。
だが私にとっての幸運は、パーティーへの加入の意思があり、なおかつ素質に恵まれた女性がすぐに見つかったことだ。
それが、かのお姫様である。
彼女がなぜ私達の存在を知り、加わりたいと思ったのか詳しいことは分からないが私に接触してきた彼女を使わない手はなかった。
気の毒だが、利害は一致している。それに私は手段を選ばないと決めたのだ。
パーティーに入るのにも、丁度私のいた枠がある。条件は、揃った。後は抜かりがないように彼女を魔術師として遜色ないようにすればばっちりだ。
「ぜひ! ご教授ください!」
「よろしい。じゃあ、手始めに火球でも打ってもらおうかな」
「はい! 『エクスプロージョン』!」
彼女――エステファニア王女殿下は発生させた魔力の塊を自身の体よりも大きく肥大させ、轟音とともに爆ぜさせた。
「いや……完璧じゃん」
「あの、どこを改善すれば良いものでしょうか」
「いや……むしろ私が教わるくらいのレベルだし」
もはや最終調整など無意味だった。とあれば、もうまごついていても仕方がない。
特攻あるのみ、というわけで早速ウィルフレドに姫様を紹介する。しかしここでちょっとばかし問題が発生した。
「ウィルフレド様、以前からお慕いしていました」
既に王女様、ウィルフレドにご執心であった。しかも始めから彼狙いだったのだという。
まさかここでの番狂わせ。私の幸運もここまでのようだ。なあエステファニア、尽く私の心を弄ぶお前も復讐対象にしてやろうか。
私は急いで彼女を半ば強引に連れ出し、助言と称して虚言を吹き込んだ。
「エステファニア様、勝手に話を進めたら駄目じゃないの」
「ええと……わたくし、真実を打ち明けただけなのですけれど何がいけなかったのでしょう」
「いい? ウィルフレドという男はね、自ら恋慕を抱いている人には関心を持たないの」
ここまでは事実である。その言葉にエステファニアも「なんということでしょう……」と目を見開き口元に手を当て、上品に驚いている。
「あいつが邪な感情を寄せる相手は、簡単には振り向かない高慢な女の子よ。ここまで言えば後は分かるわよね?」
「はい! わたくしがウィルフレド様に興味がないように振る舞い、向こうからアプローチをかけてくるのを待つのですね!」
私はその言葉に頷く。しかしこの女の子、私の指示してないことまでやってのけようとするとは、中々に察しがいい。私にとっては少々厄介の種だったが。
その後、難なくウィルフレドへ彼女を紹介し、全力のアピールをすることができた。これで彼は王女を欲しくて仕方なくなったに違いない。
さあ、終局といこうじゃないか。我ながら詰めは甘いと思うが、なに、切り札が強ければ問題ない。
私はエステファニアを呼び止めてこう言った。
「これで止めの一言を言えばウィルフレドは確実に落ちるわ」
「止めの一言、ですか?」
「そう」
私はそれを教えると、共にウィルフレドのいる部屋へと戻った。
そして彼女の一言。
「ウィルフレド様、今後わたくしにあのような笑顔は見せないでくださいまし。思い出しただけで虫唾が走りますわ」
瞬間、魔力が高まるのを感じる。ウィルフレド、お前も単純な男だったな。
「『テンプテーション』」
「『リフレクト』!」
彼と、エステファニアの前に飛び出た私の言葉が重なる。師匠から死に物狂いで学んだ唯一の魔法を私はこれでもかという魔力を注ぎ込んだ。
「っ!」
反射の魔法に弾かれた『魅了』が、主人の元へと帰っていく。ただし反旗を翻して、だが。
そしてそれはウィルフレドの胸を貫いた。膝を崩す彼。私はそれを確認すると、エステファニアの手を引き踵を返して部屋を去った。
「あの、えっと……あれで本当によろしかったのですか?」
「ごめんね、悪いけど私はあいつが私に惚れるように仕向けたんだ」
罪悪感は全くなかった。だが予想に反してエステファニアはどうも底知れない女性らしかった。
「ちゅっ……うふふ」
唇を突然に奪われた。私の純潔が、姉弟に捧げるはずだったそれがいとも簡単に……!
「滑稽ですわね! ウィルフレド様も落ちてしまわれましたか! これで私の念願も果たされました」
彼女は上品に笑いながら花が開くような鮮やかさで、スカートを舞わせながらくるくると踊った。女性の私でも思わず見惚れてしまいそうだ。
よく分からないが、どうやら最終目標まで彼女との利害は一致していたらしい。
ここが花畑と見紛うほど、優雅に手を広げて回るエステファニアを見ながら私はふっと息を吐いた。
「ま、待ってくれカシルダ……!」
すると今度はウィルフレドが足をふらつかせながら追って出てきた。私は彼に言い放ってやった。
「言っておくけど、今後私があんたに好意を抱くことなんてないから。あ、でも二人の『魅了』を解くなら考えなくもないかな」
私がそう言うと、別々の部屋からアラセリスとアウレリオが飛び出てくる。真っ先に姉は、私に抱きついてきた。
「ごめんなさい、カシルダ! 私、どうかしてたわ。まるであなたとの思い出を忘れたみたいに」
「お姉ちゃん、大丈夫。私は今でもお姉ちゃんが大好きだよ……」
「うん……!」
私は勢いで告白してしまった。だがきっと伝わってはいないだろう。
そして今度は弟が私の頭の後ろへ手を回して抱きしめる。彼はすっかり逞しく成長してしまっていた。
「俺、ずっとカシルダに言いたいことがあったのに、気がついたらわけ分かんなくなっていて……」
「うん、知ってたよ」
「だから、俺――」
「だめ。こんな雰囲気で言うつもり? もっと場所とタイミングを選んでね」
私は今すぐに自分の気持ちごと打ち明けたかったが、どうにか思いとどまって弟に最後の課題を出す。
「わあ、皆さん仲良しですね。じゃあ私も失礼して……えいっ」
なぜか王女様まで小さな腕で私を包む。私の周りはもう人肌で冬を越せそうな温かさだった。
すると彼らの陰にうごめくウィルフレドの姿があった。
「ただしウィルフレド、お前は駄目だ」
私の復讐は終わらない。
なんてめちゃくちゃな終わり方。
でも作者は後悔していません。
不満があればなんなりとどうぞ。