帝国
時間が流れるのは早いもので、あの日から二年以上が経過した。
ついに今日が、帝国への出発の日だ。
村の入り口には、朝早くから俺達の見送りに来てくれた村の人が集まっている。
両親とレオン達は、友人や知り合いへの挨拶の為に、今、俺の側にはいない。
そんな中、俺はと言うと、
「イン。道中気をつけて。怪我はしないようにね。」
「インシオ。行ってらっしゃい。」
「ああ。行ってくる。二人も、俺が帰ってくるまでは大人しくしていろよ。」
村長の息子のリオと、娘のルゼに旅立ちの挨拶をしていた。
二人とは、あの事件以来仲良くしている。
初めはギクシャクしていたが、今ではいい友人関係が築けている。と俺は思っている。
まぁ、少し過保護な所があるからそこは直して欲しいけどな。
「イン!そろそろ出発するぞ!」
俺が二人と話していると、エミリオ父さんに呼ばれた。いつの間にか、出発の時間になっていたらしい。全然気づかなかった。
「はーい!今行きます!二人共、もう時間になったから行くな。」
「うん!元気で!帰ってくるの待ってるね!」
「行ってらっしゃい。あっちで病気や怪我はしないように気を付けろよ。」
「はは、分かってるよ。二人共本当に過保護だな。そんな心配しなくても大丈夫だよ。俺には光魔法もあるからな。」
俺は二人の心配を笑い飛ばすと、エミリオ父さんの元へと向かった。
「もう友人との挨拶は終わったか?」
「うん。もう終わった。」
「そうか。じゃあ、そろそろ出発するぞ。」
「うん。」
そうして俺達は多くの人に見送られながら帝国へと出発した。
✽✽✽
「いい肉がたくさん入ってるぞ!今日の夕食にお一つどうだい!」
「今日は果物が安いよ!どんどん買っていきな!」
「そこのお兄さん。彼女への贈り物にこれなんていかが?」
帝国は、流石経済の中心地だけあって、たくさんの人々で賑わっていた。
道沿いにはお店が多く立ち並んでいて、そこら中にいい匂いが漂っている。客引きの声も様々な方向から聞こえてくる。
そんな賑やかな街の裏路地。
そこには、必死な形相で走っている三人の子供と、それを追いかけている大人達。そして、その様子を屋根の上から見ているフードを被った怪しい二人組がいた。
「レウス様。あれ、どうしますか?助けます?」
怪しい二人組の内の一人が、眼下で繰り広げられている光景を見ながら口を開いた。
それはまだ若い女の声だった。まるで鈴を転がすような美しい声だが、その声からは感情が感じられず、義務感で言っている事が良くわかる。
「そうだなぁ。うーん。……よし!ほっとこう!いくら子供とはいえ、こんな路地裏に入ったアイツらが悪い。自業自得だ!それに、助けるのも面倒だしな!」
女の問に答えたのは、これまた若い男の声だった。
男は女とは違い、明るい声に、楽しそうな感情を感じられたが、言っている事は残酷で、その実目は笑っていなかった。
「そうですか。」
女は、自分から聞いたにも関わらず、男に対して、興味なさげに一言言葉を返しただけだった。
そうして、男と女が言葉を交わしている間も、状況は刻一刻と変化していた。
「やっと捕まえたぞ。手こずらせやがって。」
聞こえてきた声に、二人はずらしていた視線を戻した。
そこでは、子供達が、遂に壁際に追い込まれていた。
「おっと、抵抗するなよ。ここで俺達に逆らってもいい事はないぜ?」
「う……る……………よ、……わら…………い、…の……………も」
「なっ!ちょっと下手に出てやればいきがりやがって!ふざけんなよ!」
「あ、おい!傷つけるなよ!大事な商品なんだからな!」
大人達は下卑た笑みを浮かべて三人の子供達に近づいて行く。
それに対して、一番大きい少年がなにか言った。生憎少年の声は小さすぎて、なんと言っているかは分からないが、大人の怒りようから挑発でもしているのだろう。
そんな風に予測しながら、怪しい二人組は傍観を続ける。
「まぁ、いい。今回は許してやる。お前らは大事な商品で、収入源だからな。」
下卑た笑みを浮かべた大人は、遂に子供達へと手を伸ばす。
この時、その場にいた誰もが思っていた。いや、正確には、ある一人の少年を除く全員が、子供達は捕まると思っていたのだ。
だが、それが間違いであることに、この時の誰も、気付くことは出来なかった。
少年は、ただ静かに伸ばされた手を見つめていた。そして、静かに、冷静に、ただ一言、『ウォーターウォール』と、唱えた。
その瞬間、その場にいた人々は見た。突如として、巨大な水の壁が、浮かび上がった光景を。