カブルの扱い
「お兄ちゃん!早く早く!」
「行こう、兄さん。」
「う、うん!分かったから!そんなに引っ張るな!」
興奮した様子で先程着たばかりの俺の制服の袖を引っ張る、元気の有り余っている弟妹を必死に宥める。
(エミリは予想通りだが、レオンまでこうなるとは思わなったなぁ。)
少しの疲れに内心ため息を吐く。
困った表情をしながら、袖を引かれるままに寮を出た。
外は早朝とは違い今は少し気温も上がり、過ごしやすい陽気となっている。
騒々しい二人を相手にしながら、何となく空を見上げると、頭を下げたルカリオが視界に入った。
(ああ、そういえばいたなぁ。)
俺は二つ目の受難に小さく眉を寄せる。
あの早朝の時、あの後もルカリオはずっとここにいたらしく、一時間の走り込みが終わって帰ってきても同じ場所に立っていたのだ。流石に驚いて寮へ誘ったのだが、一瞬の迷いもなく断られた。
走り込み前の事もあり、何だかそれ以上は話しかけづらくて、一応帰るように伝えてから寮に戻ったのだが――
「おはようございます、皆様。本日は入学式がございますので、建物まで案内させて頂きます。入学式後は校舎のご案内及び説明をいたします。本日は一日付添という形になりますので、よろしくお願いいたします。」
この様子では結局は戻らなかったようだ。
ルカリオが挨拶をするのを複雑な表情で見ていると、すべてを言い終わった後、貼り付けたような笑顔が向けられた。
俺には朝の一件から、段々と笑顔が無理やり作ったものにしか見えなくなっていた。違和感しか感じないが、ここで指摘してはいけないということを、俺は経験から知っている。
「えっと、はい。では行きましょうか。」
返事をしながら、側の二人をチラリと見る。この二人はルカリオがいると何故か大人しくなるのだ。
それにしても、とチラリとルカリオを見る。すると目があったので慌ててそらした。
(あれはまじで失敗だった。でも、カブルがまさかあんなんだとは思わんだろ?)
俺はルカリオに言われてから読んでみた規則に内心頭を抱える思いだった。
『二次入学者は学内での一切の権限を剥奪するものとする。』
まさに、この言葉がふさわしい内容だった。
曰く、二次入学者は"主人"と呼ばれる存在に最低三人は使えなければならない。曰く、主人の許可した場合のみ、学業を行えるものとする。曰く、二次入学者の衣食住は主人が用意するものとする。
もう、何かなあ。読めば読むほど、主人主人主人。もう奴隷の扱いだろって思ったな。
ほんとにもう、ね。自分がどれだけ最低なことを言ったか理解したよ。
二次入学者、カブルに仕えるのをやめろって言うのは、学校をやめろって言うことだ。しかも、親のコネで入ったとルカリオは言っていたが、どう考えても人権を剥奪された生活を本人が望むとは思えない。というか、俺の知っている変態でもないと、こんな事を、こんな状況を喜ぶわけがない。
これは強制的に入れられたパターンで、自主退学できないんだろうってのは簡単に予想はついた。
(はあ、、それを、俺はなんて事を――)
今更後悔しても遅いとは思う。
でも、それでも。
「……ない」
「え?何か言った?兄さん」
つい口から出てしまった言葉を、激情をレオンに聞かれる。
「いや、何でもないよ。」
慌てて愛想笑いでごまかして、俺はまたそのままルカリオをちらりと見た。
(絶対変える。だから今は……どうか…)
✽✽✽
ルカリオと案内のまま、入学式が行われるらしい薄青の建物の中に入ると、在校生も新入生も一・二階にジェムとカブルで席を分けて座っていた。
「皆様は二階へ。」
そう言って頭を下げて去っていったルカリオの背をしばし見てから、言われた通りに三人で二階席へと向かう。
その途中も半ば予想していたような光景ばかりで、虫唾が走る思いだった。
内心でイライラを溜め込みながらも、特に指定されていないらしいので、適当に三人で座れそうな席を探す。
そんな折だった。
「どけっ!何でこんな所にカブルがいるんだ!」
ああ、またか。
叫び声に思ったのは、そんな感想。この建物に入ってからずっと聞き続けていた罵声。
「も、申し訳ありませんっ!立入禁止だとは知らずっ…」
「はあ?知らなかったでは済まされねぇよ。それがここのルールだ。おい、こいつを懲罰室へ連れていけ。」
「はい。かしこまりました。」
俺は目の前で繰り広げられる光景に気づかれないよう顔を歪める。
懲罰室?たかが二階に上がっただけで?
「お、お許しください!それだけはっ、それだけはご容赦をっ……」
納得がいかない俺の前で、土下座で許しを請いだしたカブルらしい新入生。
それに対するのは、ニヤニヤと歪んだ表情で楽しそうに罵声を浴びせる在校生らしき男。
歪んでいる。
俺は胸糞悪い気持ちでそれを眺めていた。
まるでその光景が当たり前であるかのような周囲にも、カブルを嬲る事を楽しんでいるようにさえ見える、上級生らしい男にも反吐が出そうだった。
遥か昔の「あいつ」の努力が、まるで全否定されているようで。
イライラする。
でも助けようとは欠片も思っていなかった。
ここで目立つのは得策ではないと、きちんと理解している。だからこのぐらいなら何もするつもりはない。
この程度はあの頃だったら当たり前で、軽い軽いいじめのようなもの。
懲罰室とは、学校手帳によるとカブルが規則を破った際に三日間入れられる何もない部屋のこと。食事は水と一日一つのパンのみで、例え焼けるような夏でも、凍えるような冬でも、着るものは長袖の薄手のシャツとズボンのみ。まあ、所謂お仕置き部屋みたいなものだ。
前世の俺の感覚で言えば、この程度と思ってしまうが、確かに温室暮らしの人間にはきついだろう。
それに、自分はもう英雄ではない。
見知らぬ一人の為に全てを投げ出すのは、今世ではもうこりごりだった。




