カブルと怒り
「おはようございます。」
「……おはよう、ございます。」
翌朝、早くに寮から出るとそこにはルカリオがいた。
思わず驚いて一瞬肩を跳ねさせたが、何でもない風に挨拶を返す。
いや、というかなんでここに?
そんな疑問がふと浮かぶ。
俺は嫌な予感に、まさかと思いながらも恐る恐る問いかけた。
「あの、ずっとここにいらしたんですか?」
「いいえ。ここに来たのは2時間程前です。」
「…そうですか。」
冷静に返されたそれは、余り喜ばしくないものだった。軽く言っているが、朝寒い中で2時間も待つのは大変だったはず。
下手をすれば凍傷もあり得た。ここの早朝はそれほどに寒いのだ。
俺は反応に困って一瞬言葉を詰まらせる。
「…寒かったでしょう?」
それでも結局ありきたりなセリフしか出てこなかったが、無言よりはマシだろう。
そう思っていた言葉は、相手の眉間に皺を作っただけだった。
「………」
「………」
無言で見つめ合いの状況に困惑しながらも目はそらさない。前世の性質か、変なところで負けず嫌いな自覚はあった。
それにしてもルカリオも案外負けず嫌いらしい。全然目をそらす気配がないのだ。
そして時間が経つと段々とルカリオの視線が鋭くなっていく。
俺は内心、途方に暮れながら考えた。
何か気に触ることを言ったか?この視線、殺気すら感じるが?
若干混乱しながらも、どうすればいいのかと策を巡らせる。こういう時に気のいい言葉が言えない自分が何だかもどかしい。
「あー。…すみません、お待たせしてしまって。」
それでも何とか探し出した言葉は、またもやありきたりで平凡なもの。
今世で好青年を演じ出してからは、気の利いたことが言えるようになったと少し喜んでいたのだが、とっさに出てこないなら意味がない。
「あの、今日は何でここに?」
「規則です。」
あん?
おっと。思わず素が出てきそうになった。
俺は慌てて笑顔を浮かべると、どういう意味だと首を傾げる。
「ですから、規則です。」
また、同じ言葉だ。
何だか呆れられてるようだし、これは俺が悪いのか?でも規則ですじゃわからない――あっ
「あー。もしかしてカ…二次入学者の規則に、正式入学者の送り迎えが入ってたりするんですか?」
まさかな、と思いながらもなんとなく思いついたことを聞く。
すると驚きの肯定が返ってきた。
「はい。学則に記載されていたと思うのですが、ご覧になってない?」
「…そうですね。すみません。後で見ておきますね。」
「はい。できればそうしていただけると幸いです。それと、私に敬語は不要です。カブルと読んで頂くのも結構です。では、本日はどちらへ?」
あー?カブルという呼び方は蔑称だが、本人がいいというのならいいのか?ルカリオ以外には使わないようには、もちろんするが…。
悩みながらも、本人が言うならと頷く。
「えっと、敬語は、このままで。カブル呼びの方は了解しました。今日は日課の走り込みをちょっと。」
丁寧すぎてやりにくい、と思いながらも笑顔で対応する。
こうしていると、本心を隠すのは上手くなったな、となんとなく思った。
「走り込みですか?御兄妹の方々はどちらに?」
「あー、普段は一緒に走るんですけど、初日で疲れてたみたいで起ききなかったので…。」
「了解いたしました。私は他の方をこちらでお待ちしていても?それともご一緒いたしますか?」
「えっ?」
予想外の言葉に固まる。
まさか一緒に行くかと言われるとは思わなかった。もちろん断るが、命令されれば走り込みもするなんて。
何だか思った以上に不遇な立場なのか?カブルって一体?
「どうかいたしましたか?」
「……いや、なんでもないです。走り込みは着いてくるのは無理だと思うので、ここで待機でお願いします。」
「了解しました。ではこちらでお待ちしております。」
「………。」
即答で帰ってきた返事に、微妙な表情をしてしまう。
聞かないほうがいいとはわかっているが、何だか聞かずにはいられない。
「…あの……」
「?はい。なんでしょうか?」
「…………カブルの仕事。嫌だとは思わないんですか?…やりたくないなら、やらなくてもいいんじゃ……」
そこまで言って、口を閉ざす。
ルカリオの表情に自分の失敗を悟ったのだ。
「あ、あの。……ご、ごめんなさい!なんでもないです!走り込み行ってきます!」
そう言い残して、ルカリオ背を向けるとそのまま脱兎のごとく駆け出す。
だからか、背後で呟かれた言葉に気づけなかった。
「…俺だって、やらなくていいならやりたくねぇよ。こんな仕事……」
悔しさの滲んだ、その苦しみの声に。




