浮遊馬車の旅
「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ。学院では貴族に目をつけられないようにね。」
「うん、もちろん。行ってきます、母さん。」
「いつ帰ってくるんだ?1週間後か?」
「もう。気が早いよ父さん!」
笑顔の母と今にも泣き出しそうな父との別れの挨拶を済ませ、学院からの迎えの馬車に乗り込む。
既にお別れを済ませていたエミリとレオンの正面に座ると、馬車がゆっくりと動き出した。
「お兄ちゃん!凄いよ!空を飛んでるよ!」
「うん、本当だね。凄い。」
俺ははしゃぐエミリに適当に相槌を打つ。
本音を言えば、そのテンションについていけない。だが、レオンは一人で本の世界に没頭しているから、相手をするのが俺しかいないのだ。
無視するというのもできないので、今回は諦めて到着するまで相手をしようと決めていた。
「ねね。何でこれは空を飛んでるの?空を飛ぶ乗り物なんて初めてよ!」
エミリのキラキラと期待で輝く瞳に押されて、俺は記憶を掘り起こす。
(…確か、風の浮遊魔法は上級。でも自分ではなく、馬車にかけるとなると天級に近かったはず。しかも遠隔操作だし、もっと難易度は上がるな。)
「そうだね……浮遊魔法を使ってるんだと思うよ。」
色々と考えた末、結局は必要最低限のことだけを話す。
もっと深く聞かれれば答えるが、今はこれだけでもいいだろう。
「そっかぁ。私にも使えるかなあ?」
「……。」
エミリの憧れるような声に、しかし俺は何も言う事ができなかった。
はっきり言って、エミリには無理だ。浮遊魔法は風魔法を使えなければ行使できない。それ即ち、スキルに風魔法がある事が最低条件だということだ。
そしてその考えから、エミリだけでなく、レオンにも俺にも無理なのだ。
だが、俺はそれをエミリに正直に伝える事はできなかった。
(どうしようか。…誤魔化すか?いや、でもいつかはバレる。嘘は付きたくないんだよなあ。)
俺はどうすればいいのかと頭を抱えたくなる。
(……ってそう言えば、俺って風魔法使えなかったっけ?)
俺はふと三年前のことを思い出し、エミリに気づかれないように小さな声でオープンと唱える。
すると、そこにはやはり風魔法Lv.1の表示が。次いでに、闇魔法Lv.1・空間魔法Lv.1ともあった。
(え…。………何で!俺は!今までこんな大事なことを忘れてたんだー!!)
俺はそれを見て内心で絶叫を上げながら、今度こそ頭を抱えた。
「え?どうしたの、お兄ちゃん?」
俺の突然の行動に、エミリが心配そうに尋ねてくるが、まさか本当の事を言うわけにもいかない。
「…いや、何でもないよ…。」
俺は必死に笑顔を作って、誤魔化すしかなかった。
✽✽✽
(やっと寝てくれた……。)
窓の縁にもたれかかるようにして眠っているエミリを見ながら、疲れたように小さく息を吐く。
あの後、ずっと忘れて放置していた魔法の事について考える暇もなく、エミリに話しかけられ続けていたのだ。正直言ってキツかった。精神的に。
(それにしても、魔法が生えて……いや、増えていたのを忘れるなんて、痛恨のミスだな。)
魔法は使える属性が多いほど有利というわけではないが、それでも少ないよりはいいだろう。
特に空間魔法と闇魔法はこの先の事を考えると、使えた方がいいに決まっている。
(学院に行ってから極める事はできるか?自称神の言う通り、見た目を変える魔法は使っているが、目立つ事をして注目は集めたくはない…。)
見た目を変える魔法は、本来の姿を知っている人間には無意味な魔法。目立つ事をして、監視なんかをつけられたら目も当てられない。
魔法を使うには魔力が必要で、ずっと魔法を使い続けるなんて不可能に近いのだ。だから本来の姿を知られる事だけは避けなければいけない。
(どうするか…。)
俺は答えが見つからずに考え込む。
だが、そうして悩んでいる間にも馬車は進み続ける。そして道中で特に変わった事が起こることもなく、結局何も答えが出ないまま、馬車は無事に学院へと到着したのだった。




