半魚人、ハロワを探す
彼は岸辺から陸に上がった。なるべく人のいない時間帯を見計らった。全身から水がしたたり落ちる。半魚人はエラと肺の両方で呼吸しているから、陸上生活でもそれ程の苦痛はない。ただし、太陽はまぶしいのでおでこの上で手のひらをかざした。どこかにサングラスは落ちてないだろうか。探してみたがサングラスはなかった。お金がないので、買うわけにもいかない。しかも今日は人に会わなければならない。初動で怪しまれて騒ぎになっては困るので、最短で目的地に向かわなくてはいけない。目的地は公共職業安定所。俗に言うハローワークだ。
意を決して歩き出す。もしかするとマスコミが己の姿を目ざとく見つけて、大騒動になるかもしれない、そんな覚悟をしながら、一歩ずつ大地を踏みしめた。岸辺から、森の中に入りしばらく落ち着いた。木漏れ日は目に優しく、木の幹につかまりながら、なるべく太陽の光を避けて歩く。落ち葉が足に絡みついて湿った音を立てる。やがて木々が薄れていき、公園の前の駐車場らしき場所に出た。
車を止めて寝ている人がいたので、テレパシーで話しかける。騒がれるかもしれないが、「話せばわかる」という変な自信があった。
「ここらへんにハローワークはないですか?」
返事がない。熟睡しているようだ。
仕方なく、もう少し道を歩く。運が良ければお店に行けるかもしれない。
お年寄りが道を歩いていた。ジャージ上下でウエストポーチをしていたが。彼の姿を見て腰を抜かした。
慌てて駆け寄る親切な半魚人。しかしその行為はますます混乱を大きくするだけだった。
「うわあっ」お年寄りは腰を抜かしたまま後ずさりしていく、彼は大いに落胆して、その場を立ち去り別の道を歩いた。半魚人がいなくなり、落ち着きを取り戻したお年寄りは、携帯電話で一一〇番通報をしたが、意図をくみ取ってもらえず。不発に終わった。
道を歩くと子供らがいた。子供らはテレビの撮影か何かだと思い撮影クルーを探し出した。やがてそれらがいないとわかると、ドッキリ番組かと思い隠しカメラを探したり、チェキラサインを出しておどけて見せた。半魚人はもしかしてと思い、テレパシーで話しかけてみた。とたんに「うわっ気持ち悪い」と声がして子供たちは逃げ出した。追えば、ますます怪しまれると思って、半魚人は佇んでいた。
しばらく歩くとコンビニエンスストアがあった。半魚人は店内に入ってハロワへの道順を訊こうと思った。自動ドアを開けて中に入ると、店内の客が一斉にこちらを見て奇声を上げた。店員は驚いたまま固まっている。客は一人残らず逃げ出した。一人だけ少年漫画誌を食い入るように立ち読みしていた客もいたが、
ふとあたりを見渡すと、駆け出して出ていった。
店員は「コスプレですか?」と間の抜けた質問をしている。そこで半魚人は「本物なんだ」とテレパシーで会話した。すぐに「うおっ!」という声が聞こえて、店員も逃げ出した。仕方がないので半魚人は地図を探すと、道路地図を見つけた。掌の水かきが邪魔でページをめくりづらかったが、なんとか読むことができた。しかし地図記号がわからなかったので、現在地を知るのに苦労した。わかったのは、ハローワークは自分のいる湖から遠く離れた場所にあるということだった。
「なんてこったい」半魚人は落胆して元来た道を歩こうとしてコンビニから出ると警官に囲まれた。目の前には、五人の警官が警棒片手に待ち構えていた。とっさにテレパシーで会話しようとして言葉に詰まった。
何から話せば、怪しい者と思われないだろうか。言葉が見つからなかった。
半魚人は警官の「手を上げろ」という言葉に従いパトカーに乗せられて連行された。




