半魚人、自分は頭がいいと思い込む
あらすじだけはできてます。あとはいつもの通りです。不定期更新になりますが、よろしく。
彼は半魚人だ。普段は目立たずひっそりと湖の中で暮らしていた。
水面に顔を出すのは、人っ子一人いない夜間帯や、早朝と決めている。半魚人の眼には太陽光線はまぶしすぎるのもあるが、普段は水中にいて、生臭い魚を丸かじりして暮らしていた。
栄養学的にはもう少し野菜を取らないと、食物繊維やらビタミンが足りないので病気になるという知識を、湖に捨てられていた健康雑誌で得ると、藻を食べては吐いた。美味くなかったから。そもそも生の魚が美味いのかというと、惰性で食ってるだけなので、グルメも何もあったもんじゃない。腹がすいたから食うと禽獣のような生活をしていて、ふと気にかかる。前に早朝水面に映る自分の顔を見たら、おでこが広かった。
彼は半年前に、たまたま耳にした小学生の会話を覚えていた。
「釣れないねえ」
「ポイント変えよう」
「慌てる乞食は儲けが少ないってさ」
「そんなことないよ。ここは今魚がいなんだろう」
「なんでわかるんだよ」
「俺の頭がいいからさ」
「どうしてお前が頭がいいんだよ」
「昔からいうだろう『でこに馬鹿なし』って」
「ああ、おまえはおでこが広いからな」
小学生は別のポイントを探してどこかへいってしまったが。「でこに馬鹿なし」は彼の記憶に刻み付けられた。
「俺、もしかして陸に上がったら出世できるんじゃないのか」彼は思った。
出世という言葉も捨てられていたビジネス誌から得た知識だ。彼の頭にはスーツを着て街を風のように足早に歩く自らのイメージが流れていた。
ランチはもちろん高級レストランで、ビーフステーキに舌鼓を打つ。生の魚とは違い、どんなにか美味い物だろうか。彼の陸へのあこがれは、日増しに強まっていくのであった。
オフィス街で机の前のパソコンに電源を入れ、巧みにキーボードをあやつり、企画書を仕上げる。その企画書はカラフルなグラフに彩られていて上司の覚えもよく、順調に出世し、やがてオフィスで一番のOLに見初められて、華やかな結婚式を教会で上げる。と彼の妄想は、都合よく構成されていてその夢物語をいっときも疑わずに再生し続けている。
「くわっ」彼の発した言葉だ。水の中で話せるわけがないので、会話はだいたいが「くわっ」とか「かぱっ」という意味のない擬音になってしまう。世の中の半魚人は、テレパシーで会話できるのだが、シャイで群れから離れて暮らしていた彼はそのことを知らない。
そして一年後、彼はついに上陸を決意した。「この広いおでこで、就職してリッチな生活を手に入れるんだ」たぎる思いを胸に秘めて、岸辺に上がると当てもなく歩き始めた。