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クロスロード  作者: δ
第一章
4/14

環ノ四ヶ島

 世界図を見てほしい。

 まずあなたは海の広さに驚き、つづいて互いに反目する二つの大陸に目が移ることと思う。


 そのうちの一つが「ラジア大陸」。ティグ、ミラ、ユウゼン、エレカの四つの半島からなり、その海に翼を広げたような姿から「風翔る海鳥のラジア」または単に「海鳥のラジア」などと呼称される。そのラジア大陸最大の国家が〈メトロ王国(キングダム)〉である。


 もう一つの大陸が「ヴァルキュラ」である。こちらはかなり複雑で、細く長い龍がうねり、のたうって海を掻き乱すかのような地形をしている。事実その入り組んだ地形は、春季になると数多の巨大な渦潮を巻き起こしていた。

 まさに「神龍ヴァルキュラ」の名に相応しい。そのヴァルキュラ大陸の、言わば頭から胴の半分までを支配する大国が〈オランド皇国〉である。


 オランドの民は「神龍」の呼び名を好んで使う。一方でその長大な地形はメトロ王国では「邪蛇」に形容される。新興のオランド皇国など、メトロの人間からすれば「脱皮した蛇の生皮」である。別称一つとっても、メトロ王国が如何にオランド皇国を蔑んでいるかが分かるだろう。


 さてこの両大陸、地図の上では互いに尾を向けて海原に浮かんでいる。ヴァルキュラ大陸の“尾”がどこにあるのか分かりづらいかもしれないが、頭が「海鳥のラジア」と反対の方を向いているのは理解できると思う。

 この地図の描き方は、どちらの大陸のどの国でも大して違わない。世界地図が描かれるとき、この世界ではわざわざ地図の中央に自国を持ってくるような手間はかけない。紙面の右と左で鳥と龍とが顔を背けあっているように表現されることがほとんどだった。

 だがしかし、この世界(ほし)は球。真逆から見れば鳥と龍とが大洋を挟んで互いを(おど)す格好になるのは幾何学的な真理。

 そして。世界に百余ある国々の中で唯一つだけ、地図をこのように表現する島国があった。


 〈環国〉である。

 ラジアとヴァルキュラの間にある「オーム洋」に浮かぶ島国。地理的にオランド皇国に近いが、どの国にも属さないれっきとした独立国家である。

 本州たる「矢倉山」を三つの辺島「原艦(バルカン)」「織艦(オルカン)」そして「乂艦(カルカン)」が取り囲んでいる。矢倉山に本陣を構え、周辺の島々に軍を配すればそこはまさに理想的な防御要塞であった。

 かつてこの国が他の大陸に攻められたこともないではない。そして何度か植民地化の危機に陥ったことも確かにある。

 だがそんな歴史を持ちながらも国としての形を保てたのは、環国の特異な地形そして徹底的な専守防衛の国策の賜物である。隣のオランド皇国が興ってからはその国交を盛んにし、不足している“資源”を存分に輸入できるようになった。


 繰り返すが、環国は一つの独立国家である。長い歴史を持った国家である。

 しかしここ数年、その謳い文言もかなり怪しくなりつつあった。

 〈メトロキングダム〉の干渉である。

 環国の後ろにオランドという大国が控えている手前、手荒な侵略行為はなされたかった。だが、「調査船団の補給地点にさせてほしい」「オランド皇国との橋架け役になってほしい」などと言いつつ自国の軍隊や将校貴族を次々と送り込んでくるのだから、それが環国支配への第一歩であることなど誰の目にも明らかだった。

 もちろん、環国側もメトロキングダムの思惑には気づいていた。

 だが何ら抵抗をしなかった。

 自らの国土を喜んで差し出したいわけではない。環国の権威・重鎮たちはメトロキングダムの、噂ですら聞いたこともないような武力に恐れをなしたのだ。

 環国の船の十倍も大きな徹甲船。

 国土面積の差。そこから生まれる兵力の差。

 そして魔道具。

 使用者の脈動に応じて(デューナミート)を引き出す道具──これが決め手だった。槍と鉄砲の戦いしか知らなかった環国の人間がこれに屈服したのも、仕方がないのかもしれない。


 その魔道具の一つに〈アラゴナイト〉がある。

 これは身に着けた者の骨密度を鋼鉄並みに強化する十字の首飾り(クロスロザリオ)だ。

 原艦島の首都〈西都(サイト)〉の道を、その〈アラゴナイト〉を首から下げた男が馬に跨って進んでいた。

 男の名は「ランパネラ・ルーク」。

 メトロキングダムの役人として環国人の行動を監視する「バルカン副国使官」である。

 彼は毎日正午前に五人の従者をつれて、この国がメトロ王国の支配下にあることを環国人の脳味噌に植えつけて回っている。西都のこんな街はずれまで来るのは初めてだったが、中央だろうと郊外だろうと、現地人を睨んで回ることには変わりない。


 ランパネラは大きな男だ。大人の環国人が肩車をしてようやく頭が並ぶ背丈。ただでさえ広い肩幅の上から白いマントを羽織っているせいで、隆々とした胴体がより威圧的に膨張して見える。

 だがしかし、彼の従者はそれ以上だった。五人が五人ともランパネラより頭二つ高く、携えた剣ですら碑石ほども重厚である。こちらは騎乗しておらず、マントなど羽織ってはいないが、肩胸胴脚を覆う剛鉄の防具も彼らの威圧を増長するのに十分な役割を演じていた。


「王国の視察だ……」


「なんて大きさ……」


「あやつらは皆ああもデカいのかの……?」


 ランパネラ一行の接近は離れていてもすぐに気付く。

 道の両端にひれ伏す人々。態度こそ恭順だが、腹の内では王国人を邪険にしていることなど陰口を聞かずとも明らかだ。

 もしも国使官に反抗的な者がいれば即刻処分する。しかし腹の内でどう思っていようとそれは知ったことではない。誅敵(ちゅうてき)を上目遣いで見る環国人など野良の負け犬の如く、ランパネラは気にも留めずに進んでゆく。

 少しして、彼はとある呉服屋の前で馬を止めた。


「……は……?」


 何事か、と服屋の店主が顔を上げる。


「それは何ダ。環国人」


 美しい柄、纏いやすい着物。大人しくそれだけを売っていればよいものを。

 ランパネラの睨む先。そこには「環ノ国万歳」の文字が刺繍された、若者向けの羽織が堂々と掛けられていた。

 それだけでない。「環忠士」「我ラ四ヶ島」「殉国」──表立って王国排除を唱える文言ではないものの、この時世において自国への忠誠は王国への逆心に等しい。


「こ、これは、その」


 王国の人間に環字が読めるはずがない。そう高を括っていたのが失敗だった。

 適当な言い訳が見つからない。そもそも言い訳などしない方がよいだろう。すぐに店主は観念した。


「申し訳ございません。すぐさま取り下げますゆえ……」


 これからは店の奥に飾っておこう。王国の役人どもも店の中までは入ってこまい。

 そんな店主のたくらみは、鎧のかち合う音に次いで無に帰した。


go(やれ)


 はっとして振り向いた店主の前で、一人の従者が大剣をかざす。


「ひぇっ!?」


 刀身だけで店主よりも大きく、広い。店主は間合いから転がり出るが、鎧の従者はひ弱な環国人など見ていない。

 腕を振る。

 柱がへし折れ、店全体が手前にぐらりと傾いた。


「う、わっ……!」


 両隣の住人は慌てて逃げ去る。地面に転がって呆然としていた店主も、後ろから襟首を引きずられていった。

 まだ店は形を保っている。鎧の巨人は店に駆け入り、上から下へと力任せに大剣を打ち下ろした。

 店の中央、大人一人でも抱えきれない大黒柱。それがまるで、鮭の干物を裂くようにあっけなく叩き折られた。

 店は全壊する。二階がだるま落としのように落下する。

 外にいる人は、吹き上げられた粉塵から目を庇うので精いっぱいだった。ものすごい倒壊だ。あの王国の巨人は押しつぶされてしまったろうか。

 だがそうではないようだった。メギッ、バキンと、 落ちた後の家屋で大きなものが暴れている気配がする。

 煙が晴れると同時に、分厚い剣が内側から飛び出した。


「あんなの……ムチャクチャだ……」


 飛び出した剣が屋根を内側からめくり上げる。割れた瓦が四方に飛ぶ。

 硬く重い瓦屋根が、薄っぺらい風呂敷のように見えた。

 王国の巨人は無傷で家一軒を粉々にしてしまった。


「……今後あのようナものがあったナラ」


 ランパネラが見まわした途端、一同は一斉に目を俯ける。

 目があったら何をされるか。


「次はココ一帯の建物を破壊スル」


 若い娘が、頭の手ぬぐいをそっと下ろした。そこには半月前に処刑されたばかりの愛国の英雄「磯浜重吾」の打掛姿が染め抜かれていた。見つかれば、家を壊されるのでは済まないだろう。

 従者が大剣を背の鞘におさめ、ランパネラは馬を歩かせた。彼の馬はランパネラの体重を支え続けてかなり疲弊しているようだった。

 突然、道の右手でざわめきが起こった。


「?」


「誰だ……っと!?」


「ヒッ、ヒイイイイイイィ!!」


 暗鬱とした通りに飛び込んできたのは、金髪碧眼の若男だった。


he(たっ)hev(たすっ)help(たすけて)!!」


 言葉の通じない環国人たちにも、男が助けを求めているのは分かった。

 男は何者かに襲われているようだった。腕は血まみれ、服はあちこち切り刻まれ、見れば片耳をなくしている。

 彼はランパネラの巨体を見て安心したのか、膝からガクッと力が抜けた。

 しかし倒れかけた男は目を見開き、後ろを振り向く。


「ヴァアアアアアア!」


 彼の見たもの。それは刀を抜いて追ってくる少年の姿だった。

 見たところ環国人の、十四、五の少年だった。割りあい細身ではあるが、片手で打刀を握ってなお走力が高い。ただのチンピラにしてはかなり刀の扱い方に慣れている風である。

 その刀身に血糊は付いていない。少年は返り血を浴びてもいない。それでも彼がこの王国人を斬ったのは明らかだった。金髪の王国人は少年の形相を見たとたん、再び震えだしてランパネラへと駆け寄った。


『斬られたんです! イキナリ! あいつの、肩のアザを指しただけなのに!』


 少年はランパネラ一行の前で足を止めた。

 ランパネラは観察する。副国使官たるランパネラ・ルークの膝元でメトロ邦人を斬った愚かな少年を。

 環国特有の黒い髪。ブラウンの瞳。刀の鞘は臙脂色。暑い日差しが全身を照らし、袖をまくった腕は汗を流している。

 刀を持っている方の肩に、それはあった。

 今にも獲物に飛びかからんとする、獰猛なライオンのアザ。刺青かとも思ったが、あのような彫り物臭い墨色ではなく、少年のそれは血の通った黒紫だった。


「なんの騒ぎダ。少年」


 自分の二倍もある男六人に見下ろされても、少年は怯みもしない。


「おっさん。そこのクソ野郎、渡してもらおうか」


 切っ先で王国人を指し示す。

 挑発的だ。そして重罪でもある。

 ランパネラは先の、呉服屋を破壊した従者に目配せする。

 指図された従者は、収めたばかりの大剣を再び抜いた。


「名を言エ。少年。支配者に刃向かう者は子供デモ見せしめにスル」


 ついこの間斬首され、さらし者にされた磯浜重吾。あれほど自国民に人気の高い人物を捕らえ、獄門に首を置いたのだからしばらくは治安も安泰のはずだった。

 どうやら目論見は外れたらしい。現にこの世間知らずな子供は我々王国人に刃を向けている。

 ドスン、ドスンと、従者は少年との間合いを詰めていった。


「俺の名は──」


 少年は意外にも、素直に名を名乗った。


「哀原志々雄だ。覚悟はいいな“支配者”ども」


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