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クロスロード  作者: δ
第一章
11/14

最高の武術

「やっぱりダメ」


 目が覚めると布団の傍らに香鈴がいた。


「は……?」


「一晩考えたけど、やっぱり当主代理なんてありえない」


「ああ……。そのことか」


 寝室に忍び込んで開口一番、おはようも言わずにその話を蒸し返すのか。

 ダメならダメで知ったことではない。俺が涼芽家のゴタゴタに興味のないことを知っていてこの女は何しにここに来たんだろう。


「でも、ありがとう。志々雄のおかげで決心がついた」


「決心?」


「わたしが当主になれないかお父さまに掛けあってみる」


 涼芽家では女は一家の主になれない。そのしきたりを破ろうというのだ。

 それはいい。その話がすんなり決まれば雲桂にしつこく養子入りを頼まれることもなくなるし、それから逃れるようにこっそり屋敷を出て行かなくてもすむ。「涼芽家当主」の肩書きが得られないのは惜しいが、些細なことだ。


「掛けあう、ねえ。家の決まりを捻じ曲げるのは大変じゃないか?」


「たぶん無理」


「おーい」


「あなたも協力して」


「……ま、そうくると思ったぜ」


 部屋にコイツが入ってきた気配を感じた時から、なにか面倒な頼み事を持ちかけられる予感はしていた。反射的に突き放す代わりに俺は、後ろ髪をまとめつつ訊いてみた。


「見返りはなんだ。まさかタダで俺が動くとは思ってないだろうな」


「情報をあげる」


 俺が目を覚ました時から香鈴は正座を崩していない。


「少し遠いけど、ここから北東十里の所に達人が一人いる。もしお父さまの説得がうまくいったら、そこの詳しい場所と名前を教えてあげる」


「……強いのか?」


「拳法においてあの人の右に出るものはいない」


 面白い。そういえば俺は“拳法”というものをまともに相手取ったことはなかった。

 その辺のチンピラとの喧嘩なら何度かこなしてきたが、達人の繰り出す拳は素人とは比較にもならないだろう。

 次の目的地探しに困っていた俺にとってこの取引は得でしかなかった。


「悪くねえ。いいぜ香鈴。俺に一つ考えがある」


 俺は身支度を整え、道場で瞑想しているという雲桂の元へと向かった。









 槍は折れる。

 槍に限らずすべての武具は使い続ければいつか壊れる。その意味を芯より理解しているのならば、「愛槍」だの「愛刀」だのを戦場で振り回すことは決してない。

 武器に魂を見出し、神具化するなど以ての外だ。

 達人ならば、擦れた棒切れででも見事に立ち回ってみせねばならない。


「……何事か」


 刃元からすっぱり斬られた槍を持つ不動明王の前で、雲桂はやおら目を開いた。

 俺は奴の眼前まで歩いて行き、風麒麟を鞘から放つ。


「頼みがある。香鈴を次期当主にしろ」


「ちょっと! ちょーーっと!!」


 刃を雲桂の首に添えた途端香鈴が後ろからすっ飛んできた。


「んだよ」


「んだよ、じゃないから! 考えってナニ? ソレのこと!? なんでアナタはそんな血なまぐさいことしか思いつかないの!!?」


 優勢ならば、局面は常に単純に分かりやすく。

 手負いの雲桂よりも俺の方が圧倒的に強いのだ。こういう時はまどろっこしい話し合いよりこっちのほうが断然手っ取り早い。


「フム。哀原殿、どういう風の吹き回しかな」


「取引を持ち掛けられたんでね」


「取引……それは如何な」


 隠す必要もないだろう。

 だが俺はそこで気づいた。わざわざ香鈴の頼みを聞いてやって、やっとこさ達人の場所を聞き出さなくても、今ここで雲桂から情報を聞き出せばすむじゃないか。娘が知ってるなら父も知っているはずだ。


「悪いな、香鈴」


「?」


「雲桂、教えろ。ここから十里の所に拳法の達人がいるらしいが、そいつの詳しい居場所が知りたい」


「裏切った!」


「拳法の……。“姥山の古猿”のことか?」


「ウバヤマのコエン?」


 雲桂は香鈴を一瞥し、無念そうに口角を上げた。


「フフ……ヤツめ、思いの他近くにおったのだな。十里の内におること、いつから知っておった?」


「……春の初めごろ、あの人の手紙を預かった旅籠がわたしのところに来たのです」


 答えたのは香鈴だ。その「古猿」という名の人物は自分の住処へ香鈴を呼び、久々の再会を二人して喜び合ったという。


「あの人は各地を転々としながら今の場所に居を構えたと言っていました。そして帰り際に、自分のことは他の誰にも教えるな、とも……」


「フン、相変わらずの偏屈め。……ム」


 不愉快げに鼻を鳴らした雲桂だが、ハッとした目で俺を見た。


「香鈴よ。それをこの哀原殿には教えるつもりか?」


「構いません。あの人に挑みに行ったところで返り討ちにあって、刀を取り上げられて軟禁されるのがせいぜいでしょう」


「……期待させといて、大したことなかったら許さねえぞ」


 そこまで強いというのならこの取引、ますます逃すわけにはいかない。

 雲桂が居場所を知らなかったのは残念だが、それなら予定通り実力で雲桂を脅し続けるだけだ。


「無駄なことはよすが良い、哀原殿」


 ところが雲桂の表情に怯えは一片も見られなかった。


「いくら儂の首から血が流れようと儂は拒み続けようぞ。仮に儂の首を撥ねたところで……」


「志々雄、そんなもの納めて」


 香鈴が後ろから手を伸ばし、俺の肘を掴んだ。


「現当主の許しすら得られないまま当主になったところで、そんな家はいつまでも続かない。アナタの野蛮なやり方じゃ意味ないの」


 香鈴のその言い様にも、頼んでおいてやり方まで制限する態度にも腹が立ったが、実際問題としてこれは涼芽家の揉め事だ。部外者である俺は、当事者の香鈴に「やめろ」と言われれば大人しく刀を引くほかない。


「……心得たなら、下がるがよい。案ずるな。儂も手の限りを尽くして跡継ぎを見つけ出そうぞ」


 雲桂の目がきらりと光る。

 その目だけでも潰してやりたい衝動が噴出しかけた俺だが、それを上回る閃きが一瞬にして頭の中に舞い込んできた。

 いい考えが思い浮かんだのだ。


「そうだ! その古猿ってヤツ、年はいくつだ?」


「? 確か、二十八だったか?」


 おお、予想外に若い。


「そいつだよ! 道場主は必ずしも槍使いじゃなくてもいいんだろ? で、香鈴! まともな跡継ぎさえ見つかりゃなんでもいいんだろ?」


「ヌシ、まさか古猿を跡継ぎに薦めるつもりか?」


「ああ、そうだ。これで万事解決だな」


「ならん」


「なんで!」


「古猿は女だ」


「……オンナ」


 しばし思考停止。


「まあ、ヤツならば儂との継承試合にも難なく勝てるであろう。……これでヤツが男ならばな……」


「……お父さま」


 襟が後ろから引かれる。

 香鈴が俺の後ろから、雲桂の前へと進み出たのだ。父と娘との一対一。俺は完全に場の外へと追いやられる。


「一度だけ、継承試合をさせてください」


「何を言う。分かっとらんのか。娘子では主になれん」


「……お願いします!」


 香鈴はついに床に座した。両手を突き、額を下げている。


「いくらやろうと、決まりは決まりだ」


「そこを何とか」


 しかし香鈴も引き下がらない。諦めの悪い娘にとうとう雲桂は立ち上がった。


「ええい、下がらんか!」


 実の娘が伏しているその前で、父は仁王の如く目を怒らせた。


「なぜお前がそうまでして当主になりたがる!? 涼芽家の主に相応しい男は、ホレ、お前の後ろにおるではないか!」


「嫌です! こんなひねくれた輩が主になるのならわたしはここを出て行きます!」


「お前が出て行っては哀原殿が婿養子に入れんではないか! 涼芽家の女なら父の言うことを聞け! 黙って家のために尽くせ!」


 その台詞を聞いた瞬間、俺の内側で何かが弾けた。

 俺の中のどこにこんな感情があったのか分からない。

 雲桂は俺の実力を認め、称えている。香鈴は暗に俺を侮辱し、土下座しながらも主に逆らっている。

 こんなとき、迷わず雲桂の味方をするもんだと俺は思っていた。

 なんなんだ、この嫌悪に似た感覚は? “女”である娘をことごとく罵倒し、「家」だの「忠誠」だのを繰り返す雲桂に俺は軽蔑の念を抱いている。

 香鈴の指は震えていた。顔は見えないが、耳はこの上ない屈辱に真っ赤にのぼせていた。泣いているのかもしれない。歯を噛み締めているのかもしれない。どんなに悔しくても、「父」という権威にただひれ伏すしかないのは違いない。

 主に言われるがままのその姿が、俺の本性を怒らせたんだろう。

 無意識に俺は、刀の鞘を全力で床に突き立てていた。


「なんで……」


 雲桂の怒声が途切れ、香鈴の頭が微かに上がる。


「なんで女じゃダメなんだ。言ってみろ」


「……家律だからだ」


 散々繰り返してきたその答えを雲桂は口にした。


「アンタよォ、もう一つ忘れてねえか」


「何をだ」


「もう一つの“決まり”だよ。涼芽家の求めるものは『最高の武術』」


「……何が言いたい」


 今度は無意識なんかじゃない。雲桂と香鈴の間の見えない(しがらみ)を俺は鞘で叩き割った。


「なにが家律だ! いいから試合を始めやがれ! そんなに女当主が気に食わねえならなァ、お前の武術が香鈴(おんな)の武術より強いことを、俺の目の前で証明してみろ!!」


「くっ……。よその者が首を突っ込まんで……」


 最後まで言わせる気はない。雲桂が俺をここの跡継ぎにと企んでいる時点で俺に無関係な話ではなくなっているのだ。刀の柄が軋むほど強く握ると、それ以上雲桂は何も言わなくなった。

 俺は香鈴の背中に手を置いた。


「……ライオン、っていう生き物を知ってるか」


 それだけで香鈴の、指先の震えまでもが止まった。


「獅子みたいなもんだと思えばいい。(ねぐら)で怠けるしかできない男の代わりに獲物を狩る、強い生き物だ。……香鈴。お前のアザ、尻尾の生えた四本足の獣だったな」


 磯で香鈴の「もう一つの姿」を見たときは確かに驚いた。だが香鈴がただの人間ではないと確信したのはむしろ今この瞬間だった。

 背中から伝わってくる香鈴の鼓動。こんなに力強いものが軟弱な人間の小娘のものであるはずがなかった。


「狐か、犬かも知れねえ。もしかしたらライオンかもな」


気が向いたら書き直そうかしら

まずは一章完結だ

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