主人公と優等生のすれ違いパート
もうお気付きの方も居ると思いますが、サブタイは適当なので気にしないで下さい!
ベッドで上半身を起こした状態で、彰人は、カーテンの隙間から差し込んだ朝の日差しを浴びていた。
「もう、朝か」
彼は、のそのそとした動きで、布団から這い出ると、六時を示す時計の目覚ましを切った。
目覚ましが鳴るより早く起きたのではなく、ただ寝ていないだけだった。
彼は自己嫌悪に駆られて、ベッドの中で徹夜したのである。その自己嫌悪が何から起因しているのかは、言わずもがなのことである。
彼は、ベッドに腰を落とすと、何かをするわけでもなく、ぼーっと考えた。
――どうしたものか。
彼は、琉璃に謝るのにどう切り出せばいいものかと思案に暮れていたのである。これは、自己嫌悪に陥りながら考えていたことでもある。
まず、どんな顔で会えばいいのかさえ、さっぱりわからなかった。自分が琉璃と顔を合わせている画など全然思い浮かばなかったのだ。
だから、そればかり考えて、栞との約束など忘却の彼方に追い遣っていたとしても仕方のないことである。
結局、彼は誰もが寝静まっているうちにさっさと支度を終えて、逃げるように家を出たのだった。
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久しぶりの孤独の登校を終えて、彰人は教室に辿り着くと、出会った。
そう、三嶋栞と。
始業までまだ一時間もあるために、教室には早朝から登校する三嶋しかいなかったのだ。
その栞は机に向かって静かに読書していたが、彰人の姿を認めると、慌ててその本を鞄に隠して、取り繕うように足を組んで例の鷹揚な態度になった。
彰人はというと、昨夜の約束を完全に忘れていたことに気付いて、焦った。
が、それは一瞬で、どうでもいいや、と彼はもはや自暴自棄になって、無視することにした。
彰人は、鷹揚な態度で彼の発言を待つ栞の後ろを無言で通り過ぎ、席につくと、早速机に伏せて睡眠の姿勢に入った。
「ちょっと!何故無視するのよ?!」
鷹揚な態度で彼を目で追っていたが、彼が何事もなかったように、栞が存在していないように無視して、寝に入ると、栞は打って変わって声を荒らげた。
「うるっせえな。俺と話しているところを見られたいのか?ましてや、猫被ってないときにな」
それに対して、彰人は、伏せたまま、適当なことを言って栞を黙らせることにした。
最後に皮肉を付け加えたのは、彼の、お前とは話したくない、という意思表明だったが、
「なら、話し方を返ればいいのかしら、桐塚君?」
栞は、皮肉などどこ吹く風といった風に無視して態度を猫を被ったときのものに戻した。
「いや、だから猫被っていようがなかろうが、俺と話しているのを見られるのは、優等生のお前としてはまずいんじゃねえのかよって言ってんだよ」
自分の意思が伝わらなかったことに苛立ち、不機嫌を隠さない声で彰人は言った。
「そうかしら?何がまずいって言うの?」
「いや、俺の学校での評判を知ってんだろ?」
俺にここまで言わせるのか、と言わんばかりの、呆れ半分、苛立ち半分の声音で彰人は、起き上がって栞に訊いた。
「『変人』『変質者』『怪人』『奇人』などなど五十の不名誉な二つ名を持っていたかしらね」
「…………そんなにひどいあだ名だったのか、俺は。…………まあ、どうでもいいが、そんな俺と話しているのを見られると根も葉も無い噂が流されることになるぜ。優等生ぶっているお前にとっては不都合だろ」
と、言って流石にこれで黙ってくれると思い、彰人は再び机に伏せた。
「………………ねえ、あのさ」
だが、彼の予想を裏切って少しの間を置いて、栞は彰人に声を掛けた――猫を被っていない口調で。
「なんだよ」
それに、彰人は伏せたまま返事した。声音から不機嫌なのは明白だった。
「また訊くけど、それのどこかまずいというの?」
それでも、栞は臆することなく言葉を続けた。
「はぁ?」
「噂なんて好きに流させておけば良いのよ。私は気にしないもの。あなたもどうせそんなこと気にしていないのでしょう?なら、何がまずいのかしら?」
「……………………(うるっせえんだよ)」
思い通りにならない、というか自分の言うこと全てに逆らうようなことを言う栞に、苛立ちが怒りに入れ代わった。
「うん?何て言っ――」
「うるせえって言ってんだよ!!さっきからうるせえんだよ!!俺が欝陶しがっているとわからねえのか!!お前は馬鹿なのか!!?」
彰人は、起き上がり様に、怒りに任せて叫んだ。激昂と言っても過言ではなかった。
ちょうど入ってきた朝練終わりのクラスメートの男子二人が、ひっ、という上擦った悲鳴を漏らすほどの威力をそれは有していた。
その激昂を間近に受けて、流石に栞は平気ではいられなかった。
栞の顔は恐怖の色で塗り潰されて、心なしか目は涙に潤んでいるように見えた。
その顔を見て、いや見せ付けられて、彰人は自分が激昂していたことに気付いた――その顔に昨夜の琉璃の顔が重なることも。
「くそぉっ!」
彰人は机に加減のない拳を振り下ろしてから、席を蹴って立った。
「どけっ」
誰もが怯むような剣幕だけで、戸口でほうけて棒立ちになっていたクラスメートを退かすと、そのまま教室を去った。
我に返ったクラスメートは彰人の去った方をしきりに見遣って、「やはり、神崎の部下だったのかよ」、「ありゃ、本物だろ」と小声で囁き合っていたが、栞の存在を思い出すと、ここぞとばかりに、大丈夫だったかとか平気だったかとか、声を掛けた。更に、悲鳴を漏らしたり、呆然としていた自分を棚上げにして、女子に向かって怒鳴るとか糞だな、とこの場にいない彰人を口々に詰った。
しかし、栞は男子二人の言葉に機械的に返事しているだけで、頭は彰人のことで満たされていた。
何故、自分が怒られなければならないのか、という思いも勿論あった。
が、頭を殆ど占めていた思いは、彰人が我に返った瞬間に見せた、怒りとも苛立ちとも怨みともつかない感情、それと、その次の瞬間に見せた、栞ではなく自分に向けているように感じた激しい怒りは何だったのか、という思いだった。