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主人公の教室での日常パート

 実のない話に花を咲かせながら余裕の時間で校門をくぐった二人は、同じ校舎の同じ階の同じ教室まで並んで歩く。そして、後ろの戸口から教室に入って六番目の縦の列で千鶴が右に折れて後ろから三番目の席についた。彰人はそのまままっすぐ一番端の窓際の列、とは言っても七列目の一番後ろの席についた。授業中勉強をせずに趣味に没頭する彰人にとって最高のスポットである。

 ちなみに彼の通っている高校は地元では真ん中ぐらいの偏差値にあたるところで、彼のクラスは全部で五組あるクラスの中で二組だった。一年のときは三組で、やはり(?)千鶴と同じクラスだった。

 席についた彰人は、当然のように教科書やノートではなく、手の平に収まるようなメモ帳と筆箱を取り出した。

 しかし、メモ帳をすぐに開ける事なく、取り出した筆箱と共に机の端に置くと、そのまま机に伏せて微動だにしなくなった。その不動ぶりは、寝ているどころか、死んでいるようにさえ見えるが、しばらくすると、何の前触れもなく、疾風怒涛の如く、彼は起き上がり、筆箱からシャーペンを取り出し、そのままの勢いで、メモ帳に何かを書きなぐっていった。そして、書きなぐる手が止まったと同時に彼は電源が落ちたように机に伏せてしまう。

 やはり、彼の挙動が不気味なのか、彼に寄り付くような生徒は誰一人いない。そのため、言わずもがなのことだが、彼に友達は、幼馴染みを除いて、誰一人いなかった。

 しかし、それを気にするような彼ではなく、逆に友達付き合いで消費される時間がないために執筆活動に打ち込めると考えている――開き直っているのか、やせ我慢なのか、もしくは本当にそう考えているのかは、彼の知るところである。

 とは言っても、彼の行動を訝しむ千鶴が、幾度となくメモ帳の奪取を試みているので、結局は無駄な時間を浪費していたりする。

 ちなみに、千鶴が幾度となく奪取を試みているということは、失敗を重ねているということに他ならないのであり、これは、千鶴が常時おどおどしているような性格に起因しているわけではなく、彰人の並外れた危機感知能力の所為なのである――ちなみに、蛇足だが付け加えておくと、『危機を感知する能力』であって『危機感がなく知能もなく、力を注ぐのは執筆活動にだけ』というわけではない。

 彰人は執筆活動中に自身に近づく気配には野性動物並に敏感で、千鶴がどれほど音を立てずに接近しても、彰人のセンサー網に引っ掛かり、たちまちにメモ帳であれば懐に隠し、コンピューターなら画面ロックをするという防衛手段に打って出るのだ。

 だが、いやだからこそ、そんな気配に敏感な彼は、時折彼の方を見る幼馴染みとは別の視線があったことに気付いていなかった。あくまで彼のセンサーは対物的なもので、質量を持たない視線は引っ掛からなかったのだ。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 授業が始まったにも拘わらず、彼の奇行は続いた。だが、それは、日常の風景なのか、教師ですら彼の奇行を咎める者はいなかった――咎めるような視線を向ける幼馴染みが隣の列の二席前にいたが。

 そして、奇行が続くこと三時間、ついに彼の奇行が止んだ。とは言っても、当然だが、授業に取り組んだわけではない。ただ力尽きて睡眠状態に移行したのだ。机に伏して微動だににしなかった彼の背中が、微かな寝息に合わせて上下している。

 そして、彼が寝息を立てはじめて少し経ったときだった。

 机に伏したまま寝に入ったために、枕がわりの腕とは逆の腕、机の上にだらし無く伸ばされた腕の先にはメモ帳が握られたままだった。そのメモ帳が、やがて握る力をなくした手からこぼれ落ちたのだ。メモ帳自体の質量はあまりなかったために落下したときの音は、教師の声に掻き消されるほどのものだった。

 だが、それを、音でではなく、視界の端で捉えていた者が一人いた。その者は何かを企んでいるような不気味な笑みを浮かべていた。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「お、起きて」


 千鶴が、箒を片手に、机に倒れ込むように寝ている彰人を揺すっているが、いや揺すっているつもりなのだろうが、実際は、彰人を擦っているだけである。容姿を裏切らず、非力なのである。


 「む~~。無理」


 そのためか、彰人は、意識を取り戻したものの、起動には至っていない。


 「お、起きてよ。じ、授業……終わったよ」

 「なら、寝かせろよ」

 と、言いながら彰人は疎ましそうに身じろいだ。


 「だ、だめだよ。が、学校も終わったの」

 「は?」


 彰人は、驚いておもむろに起き上がった。ボーッとしたような虚ろな眼で周りを一回り見回すと、やっと状況を理解したようだった。

 クラスメートのほとんどは既に帰り支度を終えていて三々五々と、もしくは友達を連れ立って家路についていた。

 つまり、もう既に放課後だった。


 「わたし、そ、掃除当番だから、す、少し……待ってて」

 「あ、ああ」


 ただ呻いただけのように聞こえる返事をして彰人は再び眠りに付こうとした――が、それは叶わなかった。


 「おい!彰人はいるか!」


 教室の後ろの方の戸口を壊そうと思っているのではと疑いたくなる勢いで開けた女、詳しく言えば、彰人の一つ上の学年の神崎(かんざき)かおる、が仁王立ちという姿で不必要な程の声量で叫んだ。

 薫は、千鶴と負け劣らずの艶やかなセミロング程の長さの黒髪を一つにまとめていて、はっきりとした目鼻立ちの顔は調っている――のだが、常時眼は獲物を狙う獣のように鋭く細められ、口元は何かを企んだいるかのように不気味に歪められていて、口調は男勝りなものである。

 そんな薫は、教室に躊躇ためらいもせず、ずかずかと入った。

 教室に残っていたクラスメートは、薫の声に驚きはしたものの、それだけで、彼女がクラスメートであるかのように入ってきたことには驚きを見せるどころか、彼女の目的地への道を開けた。

 その目的地が彰人だった。


 「せ、せんぱいですか?」


 彰人は薄くなりつつあった意識で、薫の声を捉え、薄い反応をした。


 「また寝てたのか?なら元気だな、連れていくぞ」


 薫はそれに言葉少なに返事すると、用件を全く言わず、彰人の制服の襟を引っ掴むと、片手で彰人を持ち上げて、引きずっていった。そんなことすれば、首が締まるのは当然のことで、彰人は眠気など感じさせない必死な顔で、じたばたしていた。その後を、片手に箒――ではなく、彰人のかばんを持った千鶴が追い掛けた。

 薫は、追いついた千鶴――教室の端から端まで走っただけだが、肩で息をしている――からかばんを受け取ると、


 「借りてくぞ」

 と、だけ言って、廊下を、彰人を引きずりながら、歩き去っていった。


 その二人を見ながら、帰りの約束をしたのは自分なのにと思っている千鶴の顔には、不満の色が窺えたが、男勝りな口調と振る舞いでかなり苦手とする薫には強くでれない千鶴だった。

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