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両親紹介パート

 鉛のように重い体を引きずって一階にあるリビングに向かい、彰人は崩れ落ちるように食卓についた。食卓には既に琉璃と父の桐塚信治(のぶひろ)がついていた。琉璃は所在なさそうにテレビのニュース番組を眺めている。信治はコーヒーをすすりながら朝刊に眼を通している。

 信治はスポーツ経験無しとは思えないがたいのいい男で、顔も厳めしいという文字を絵にしたような顔なのだが、怒ることは滅多にない。どれほど滅多にないかと敢えて言えば、人類が滅亡するほど滅多にない、というか、つまりはない。しかし、がたいのよさや顔面の厳めしさに加えて外出するときは決まってオールバックにサングラスと来るものだから、外では老若男女ろうにゃくなんにょ問わず怖がれる。かなり怖がれる。彰人や琉璃の小学校の参観日では教室が異様で不穏な空気に満ちていたことを今でも被害者二人は覚えている。そして、このような見た目でも勤めている会社では重役の一翼を担っている。


 「おはよう、彰人。今日も徹夜したでしょう」


 そして、まるで慈悲深い女神のような柔らかい声音で彰人に挨拶しながら食卓に朝食のトーストを全員分並べているのは母の恵美えみである。此の親にして此の子ありといった感じで、背はそれほど高くなく、童顔であるものの、落ち着きがあって大人びている。色素の薄い茶髪は肩口で切り揃えられている。

 ちなみに『此の子』は琉璃を指すのであって、彰人は含まれない。というのも、彰人は、恵美とは血が繋がっていないのだ。そして、琉璃ともである。琉璃の元々の姓氏は朝比奈であり、恵美の元々の姓氏も朝比奈で、さらにその前は赤根だった。つまりは、恵美は信治にとって再婚相手であるように信治は恵美にとっても再婚相手だったのだ。



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 信治の最初の妻は江原えはら芳子よしこだった。

 芳子こそが彰人に有り触れた顔立ちを遺伝した人物で彰人に負けず劣らず特徴のない顔立ちだった。それでも信治にとっても彰人にとっても大切な人だった。誰にでも親切で愛されるような人柄だった。

 しかし、突然その人は奪われる。

 それは、彰人が小学四年生のときだった。彰人は、授業中に呼び出されて戻ってきた血相を変えた担任に有無を言わさず連れ出され、タクシーに詰め込まれた。連れていかれた先は病院で、その病院ですべてを聞かされることになった。

 彰人の母は夕食の買い物に行く途中によそ見運転していた車にねられて頭部を強打して死んだのだ。

 その事実は小学四年生の彰人にも三十代を迎えた信治にもすんなり受け入れられることではなかった。現実感がないままに信治は妻の死に際して発生した物事を淡々と片付けていった。必要になるとは思わなかった死亡保険の保険金受取の手続きと葬儀の準備、加害者との民事調停の細々とした準備や手続きを振り回せれながら片付けていく信治の傍で彰人はただずっと呆然としていた。彰人は母の死を受け入れられずにその事実を告げられた時から止まったまま、ただの生きるための生活活動をする人形と成り果てていた。それに父は気付いていたが、言葉少なで不器用な彼は彰人にどう言葉を掛ければいいのかもわからなかったし、彼も彼で忙殺されていなければ彰人と同じ状態に陥っていただろうと思うと、なおさら話し掛けられなかった。

 そんな彰人がこうして日常を謳歌おうかできているのは、他でもなく友達のおかげだった。そして、すべてのことが終わって息をつく暇もなく貯まった負債が一気に噴き出したように悲嘆に暮れた信治を支えたのが信治の同僚の朝比奈恵美だった。恵美も夫を交通事故で亡くしていて、同じ境遇の二人が結ばれるにかかった時間はそれほど長くはなかった。友達の手で復活を遂げていた彰人はそんな父を嫌悪することも新たな母に戸惑うこともなかった。ある日突然に芳子の思い出話を持ち掛けられたとき彰人は驚きながらも思い出話が出来るほどに回復したのは、他でもなく、恵美のおかげで、きっと天から見守ってくれている芳子も恵美に感謝していると思ったからだ。そんなこともあって、彰人が朝比奈恵美とその娘、朝比奈琉璃と打ち解けるのもすぐだった。



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 「うん。だけど、必要なんだよ、母さん」

 「そ~お?なら仕方ないけれど、あまり無理しちゃダメよ」


 彰人は芳子と同じように恵美と接する。初めから彰人には違和感はなかった。早急に芳子を忘れようとしているわけではない。


 「恵美の言う通りだぞ。徹夜はいいが、体を壊せば意味がないぞ。それと、少しでもその情熱を勉強に回してほしいものだがな」

 「おーっと、そうだった。母さんに挨拶するの忘れてた」


 その証に彰人はリビングの隅にある恵美の前夫、朝比奈琢文の仏壇と並んで置いてある芳子の仏壇に朝と夜の挨拶を欠かさずにする――今回はきな臭い方向に進みかけた会話から抜ける出しにされたが。

 彰人にとって芳子も恵美も「母さん」だが、それだけでどちらの方を指しているのかわかるほどに彰人と恵美はわかり合っていた。


 「お兄ちゃん、早く食べないと、また怒られちゃうよ。今日はただでさえ徹夜したんだから」


 朝の挨拶を終えて眠気そのままにゆっくりと朝食を食べる彰人を琉璃がやれやれと叱る。


 「あー、あいつ怒ると、うるさいからな。善処しよう。というか、それと徹夜と何の関係があるんだ?」


 間近で見ないとわからないほどにしかスピードアップしていない彰人が訊いた。


 「別に、何でもないよ!」

 「……あっそう」


 しかし、さして興味がなかったのか、妹の投げやりの返答にも気のない反応だった。

 そんな二人を両親は何故かほほえましそうに見ていた。



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 彰人が食べ終えた頃には食卓についている者はおらず、閑散としていた。琉璃は既に支度を終えて、家を出た。信治は部屋でスーツに着替えていて、恵美は台所で食器洗いに従事している。

 彰人は恵美に皿を渡すと、大きなあくびをしながら二階にある自分の部屋に戻っていった。そこで制服に着替え、鞄の中身を確認――確認とは言っても教材のことではない――して再び一階に下りたところでインターフォンが鳴らされた。

 と、思った次の瞬間にインターフォンが連打された。


 「来たわよー」

 という恵美の声に、

 「わかってる」

 と、半ば苛立ちながら答えると、はた迷惑なインターフォン連打の主の方に向かった。

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