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主人公と優等生の密会パートⅠ

 千鶴が何もないところでこけて、顔面にクレープを一つヒットさせられること以外何事もなく、彰人は帰宅して、自室の開店椅子に腰掛けていた。

 時計は三時半を指し示していた。

 まだ明るいから執筆にでも勤しもうと思うところだが、今日はそれができなかった。

 栞に呼び出されていたのだ。

 クレープの店で(メールアドレスを教えた覚えはないにも拘わらず)栞からメールを受信していたのだが、その内容は以下だ。

 『Subject:どうせ暇なのでしょ?

  From:未登録

  Text:どうせ今パソコンの前でキーボードを叩いているのでしょ?

     なら暇ね。今日の四時、駅前のファミレスに来なさい。

     私は奥のテーブルに座って待っているわ          』


 という風に、本文には用件はかかれていなかったが、栞に呼び出されるようなことで思い当たる節は一つしかなかった――感想を伝えられるということしかなかった。

 しかし、栞が作品を強奪したのはわずか二日前のことだった。

 そして、彰人が執筆したすべての作品は二日で読み切れない分量のはずだった。

 いや、詳しく言えば、ずっと読んでいなければ読め切れない分量のはずだった。


 ――徹夜したのか?……まさかな、まあ、どっちにしろ、行けばわかることだ。


 彰人は思考を中断すると、腰をあげて部屋を後にした。

 琉璃に気付かれないように一階に下りて、出掛けてくるとだけ恵美に伝えると、家を出た。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 駅で適当なところに自転車を停めると、例のファミレスに向かった。

 ファミレスに入り、店の中を見回すと、言葉通り、奥のテーブルに栞の背を見付けた。

 店員に待ち合わせていたと伝え、栞のいるテーブルに向かった。


 ――こいつっ…………寝てやがる。


 店の入口からでは背中しか見えなかったためにわからなかったが、席について、栞の顔を見て見れば、栞は目をつむり、静かな寝息を立てて寝ていた。

 目の下には化粧で隠し切れていない深い隈があった。

 そして、机には辞書ほどの厚さがあろうA4の紙束が二つ綺麗に積み上げられていて、その紙束から夥しい数の付箋が飛び出していた。

 一方の紙束の最も上の紙には縦書きの文が並んでいることからそれが彰人の書いた作品だと窺い知れた。

 そして、肘をついて、手の甲に顎を載せて寝ていることから

、それを読んでいる途中で眠ってしまったことも窺い知れた。


 ――本当に徹夜したんだな、こいつ。


 彰人は驚き半分嬉しさ半分で栞の寝顔を見詰めていた。


 「一時間前から、ずっと読んでいたんですけど、お客様が来る二分前に眠ってしまいました」


 そこへ水を持ってきた店員のお姉さん(大学生だろう)が水を置いて言った。


 「そうなんですか」

 という、気のない返事とは裏腹に、彰人は内心驚愕していた。

 ただそれを栞の前で表に出すのは気に食わなかったために平然としているのだった。


 「反応が薄すぎません?そんなことでは逃げられますよ」


 店員は呆れたように言った。


 「ん?逃げられるっというと?」

 「ですから、冷たいと彼女さんに見限られますよっということです。こんな別嬪さんはなかなかいないですよ」

 「………………少し誤解されているようなので、改めさせてもらいますと、私のこの女とは友達以下の関係であり、彼氏彼女の関係では一切ないんです」


 彰人は店員の発言を反芻して、理解するのに数瞬を要した。


 「えっ?そうだったんですか。では、この女性はお客様のために一週間前から夜を徹して大量に詩を書きしたためて、今日それを渡し、それにお客様が感動して、晴れて結ばれるということではなかったということですかっ!」


 彰人の返事に店員は攻め立てるように自らの妄想をまくし立てていった。


 「ご自身の中で大変たくましい想像をなさっていたようですが、この女が私の作品を強奪した揚句にいきなり私を呼び出して感想を述べるというのが、事実ですから」

 「述べた後に結ばれるということは?」


 店員は淡い希望を込めて訊くも、


 「幸運なことに絶対ないですね」


 彰人はその希望をばっさりと一言の元に切り伏せた。


 「そうですか…………」

 そう言うと、店員は残念そうに少しうなだれるようにして、持ち場に戻っていった。

 すると、それを見計らったように栞がおもむろに瞼を開けた。


 「お、おう」

 「瞑想に耽っているときにうるさくなったと思えば、私とあなたが恋仲だなんて、冗談もほどほどにしてほしいわ」


 突然目を開いた栞に一瞬怯んだ彰人に栞が怒りあらわにして、言った。


 「はっ?瞑想?寝てただけだろ。隈が見えてんぞ」

 「え、うそ、本当じゃない!」


 彰人の指摘に手鏡を取り出した栞が、鏡を覗き込んで、背中を反らしてびっくりしていた。


 「それでどう言い逃れするつもりなんだ?」

 「ううぅ…………そうよ、寝てたわよ、悪い?」


 言葉に詰まり、唸っていた栞は開き直って、高圧的に言った。


 「いや、別に責めているわけでもないし。ただ、起こしてすまんかったなって。どうせ読むのに徹夜してたんだろ」


 それを彰人はひょうひょうとしてかわした。


 「してないわよ、あなたの作品を読み切るために何故私がわざわざ徹夜しないといけないのよ」

 「へいへい、そうですね。で、何を読むか明示していたわけではないのだが、まあ、それはさておいてだ、俺はまだ呼び出された理由を聞かされていないが、聞かさせてもらえるよな」

 「ううぅぅぅぅ…………」


 栞は彰人の言葉にはっとして、再び言葉を詰まらせていた。


 「これよっ」


 が、もうどうでもよくなったのか、に目の前の紙束を指差した。


 「感想を言うと言っていたでしょ?」

 「ああ、言っていたな」

 「それを今言ってあげるのよ」

 「感謝なさいってか」

 「そうよ」

 「馬鹿か」

 「誰が馬鹿よ!私があなたの作品をすべて読むのに寝る間も惜しんでいたことも知らないくせして!あれほどに多いなんて聞いていなかったわよ、って何口走っているのよ、私!」


 大分遅れて自分が勢いに任せて大暴露していることに気付き、羞恥心に駆られて顔を覆って伏せてしまった。


 「馬鹿だからな」

 「うっ…………」


 そして、彰人の駄目押しの追撃には伏せたまま呻くだけだった。


 「まあ、それは自明のことだからどうでもいいんだが、その有り難い感想を聞かせてもらおうか」


 しかし、この彰人の言葉に、


 「いいわ、まず一番最初に書いたものからね」


 と言って、栞は息を吹き返したように生き生きとした動きで紙束を整理しはじめた。

 そして、整理し終えると、一番上の紙を彰人に見せるように持ち上げた。

 その紙の真ん中にはワープロで『チートこそ神』と書かれていた。


 「そ、それは、まさか…………」


 それを見て、彰人は目を見開いて驚いていた。


 「あなたが何を思い出しているのかはおおよそ予想が付くけれど、これは最悪だったわ。吐き気を催しそうになったから、途中で読むのをやめたぐらいよ。黒歴史というのは本当に見るに堪えないわ」

 「うおおおおおお、やめろおおおおお!」


 あまりにも悲惨で直視できなかったために記憶から抹消していた作品を目の当たりにして、彰人は衆目を気にすることなく、羞恥に悶えていた。


 「はい、次はこれね。これもひどかったわ。読めなくはないけれど、ストーリー構成も下手で何がしたいのかが全然見てこないし、文法間違いも目立つし、出来事を並び立てているだけで心理描写がほとんどなくて、つまらないの一言に尽きるわ」

 「ぐっ」

 「更に、次のこれは、改善が見られないどころか、主人公のキャラが迷走しているし、ヒロインは暴走していて、読んでいて苦痛を感じたわ」

 「ぐふっ」

 「それと、次のこれは、ストーリー構成を頑張った形跡はあったのだけれど、エンディングが見えていてつまらなかったわ」

 「ふぶっ」

 「で、この次のは――(中略)――で、面白みのかけらもなかったわ」

 「ぐはっ」

 「そして、これは――(中略)――で、一部のマニアックな嗜好を持っている者にとっては面白いだろうけれど、ごく少数でしょうね。言っておくけど、ごく少数というのは、日本で一人二人ということだからね」

 「はがっ」

 という風に辛辣と言っていい言葉をここぞとばかりに、積年の怨みを晴らすように、並べ立てながらも、栞は凄惨な笑みを浮かべていた。



                    ――以下略――



 「で、最後のこれは…………よ、よかったわよ」

 栞を散々馬鹿にした天罰を受けるように、痛烈な批評を十数回身に浴びて、満身創痍となりながら、次もそうなるのだろうと思っていたところに、栞が言った。


 「はっ?」

 「だから、よかったわよ。あくまでも私が生涯読んできたライトノベルの中で比較的によかったということだけれど。これなら、続きを読んでもいいわ」


 そう言って、栞が指差したのは、『暗黒騎士の世直し放浪記』と書かれた紙だった。

 それは、まだ書き上げていなかった最新の作品だった。



 その設定の概要とプロローグまでを言わせてもらうと――



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 今作品の主人公はとある異世界のとある大陸に住む魔人(男性で、人間だと約二十歳)。

 その大陸は北海道ほどの大きさで、北部に魔物領、中部に魔人領、南部に人間領があり、彼は魔人領に暮らしていた。

 北部と南部は天に届こうかという程の高山の山脈があって、平地などなく、生物が生息できるようなところは少なく、中部は対極的に、盆地で平野がどこまでも続く地形で、北部と南部から流れてくる栄養価が高い雪解け水でできた肥沃な大地が広がっている。

 つまり、土地からわかるように、この大陸では魔人種が種族の頂点に君臨しており、魔人種の王族、魔王の血筋の者が代々大陸を治めていた。

 大陸では魔力量の多寡たかが強さの基準となるのだが、魔人は人間より魔力量が多くあるものの、魔物よりも少なかった。

 が、魔王の血筋の者は生来魔力量が飛び抜けていて、彼等の強さはどの魔物も凌ぐ程のものだった。

 彼等はその強さにものを言わせて、人間と魔物を魔人に隷属させ、重税をかけ、私腹を肥やしていた。

 そんな魔人の圧政に懸念を示す(魔人)がいた。

 その者こそが、今作品の主人公であり、魔王の息子であり、魔人最強を誇る暗黒騎士団団長である次代魔王のベルゼ・ノステリロスだった。

 別に彼は平和論者ではないし、哲学者でもない。

 なら何故懸念を示すのか。

 それは、魔王であれば底無しに持っているはずの魔力を彼は少しどころか、全く持っていなかったからだった。

 魔力はなかったからと言って、作ればいいようなものではなく、大陸におけるどの生物に関しても、持っている魔力量は生まる前から決まっており、それを使い切れば、補充がきかないものだった。

 彼がそのことを打ち明けても、魔王の血筋の者で魔力がなかったことが一度もなかったために、冗談か謙遜だと思われ

て誰もまともに取り合ってくれなかった。

 更に悪いことに、魔王は何もせずとも、最強であることは当然であったために、魔王の血筋の者に鍛練の文字も修業の文字も実績の文字もなく、実力を示さずとも魔王の長男が自動的に次代魔王になるのだった。

 つまり、魔力がないにも拘わらず、ベルゼは魔王にされることになるということだった。

 しかして、彼が魔王の座についているときに数で優る人間、もしくは魔力量で優る魔物に一揆を起こされれば、それが武力に関して魔王頼みの魔人族の敗北と自身の絶命を意味するのだった。

 その事態を回避しようと、議会に平和路線への転換を進言しつづけるが、議会長である父、現魔王にその度に退けられた。

 しかし、彼の努力は無駄となる。

 人間の種族が魔人の総人口の二倍を越える戦力で責めてきたからだっだ。

 更に魔物程の魔力を備えた『勇者』と呼ばれる六人の人間がそれを率いていた。

 ちなみに『勇者』とは言っても、六人とも女だ。

 勇者とその軍は多大な犠牲を払いながらも暗黒騎士団との度重なる戦いに勝利を収めていき、やがて、その軍勢は魔王の居城に迫った。

 それにより、ついにベルゼは暗黒騎士団の団長として一人で出陣することになる。

 しかし、当然ながら魔力を持っていないベルゼはへたれにも戦う前に降伏した。

 そのおかげもあって、彼は圧政に荷担しないどころか、反対をしていたので、処刑だけは免れた。

 が、従属の証として、父、魔王と戦わされることになった。

 彼に魔力がないことは彼が明かしたことで人間側に知られていて、戦わせたとしてもベルゼの敗北は目に見えていることはわかっているはずだった。

 つまり、この条件は、彼が万が一魔王を倒せば、疲弊しているだろう彼を殺し、逆に倒されても、魔王の実力を見ることができるだろうというベルゼを捨て駒にしようという人間側の思惑を形にしたものだった。

 勿論彼はそれに気付いていたが、反論する権利があるはずもなく、唯唯諾々とそれに従い、父のいる居城に赴いた。

 だが、人間側の謀略は彼等の思惑とは掛け離れた決着を見た。

 ベルゼは魔王に見事勝利し、更には人間側による謀殺をかわし、何事もなく無傷で帰ってきたのだった。

 その彼は、人間側のしたことをすべて水に流すと宣言し、続けて言った――魔物を駆逐するから少し放浪する。その間絶対に私に近づくな、と。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 といって感じだ。



 「だけれど、気になったことがあるのよ。この作品だけではなくて、すべての作品に共通して言えることなのだけれど、女性の心理描写に違和感があるわ」


 栞は特に意味もなく、紙束を上から一枚ずつめくりながら言った。


 「ああ、そうなんだ。それで、いつも苦労してんだよな」

 「そうみたいね。この『暗黒騎士の世直し放浪記』だったかしら?これの最後も女性の心理描写が書き込まれていない状態で終わっているみたいだし」

 「そう言えば、そうだったな」


 栞に言われて彰人は脳内で記憶を遡航して言った。


 「何?もしかして、書いていないの?」

 「ここ数日は私情って奴により、な」

 「あら、そう。まあ、どうでもいいけれど、ここでいい提案があるのよ」


 栞は得意げな顔になって言った。


 「なんか嫌な予感しかしねぇ」

 「なら、それはただの杞憂よ。私が手伝ってあげるんだもの、喜びなさい」

 「…………だろうと思った」


 彰人は栞が何故かはわからないがそう言うであろうと、何故かわからないが、予期していた。

 そして、何故かはわからないが、彰人はそれを断る気持ちにはなれなかった。

 まるで、これが予定調和であるかのように受けいられた。

 まあ、もとより、本当に彰人に感謝されているような得意満面の顔の栞を前にして、彰人に拒否権はなかった。

 


 「なら、決まりね。では、明日から早速手伝ってあげるわ」

 「何がどう『なら、決まりね』なのか、わからねぇが、明日からかよ。てか、手伝うって何をするってんだ?」


 彰人は栞の台詞部分だけ、彼から見た栞と同じように、つまり鼻を高くして、胸を張り、上からな口調で言った。


 「助言を与えるってところかしら。それと、その物真似は破滅的に似ていないから、一発芸をしろと言われたときは物真似はやめておきなさい」

 「あっそ。それでその有り難い助言はどこで与えてくるんだ」

 「まだ決めていなかったわね。…………私の家に来なさい」


 栞は腕を組んで少しの間だけ目をつむって言った。

 それは、家に男子を上げることに対する抵抗感が全くないように感じさせるほどにあっさりしていた。


 「はっ?」

 「明日は暑くなりそうだし、ちょうど借りていた本を返せるじゃない。決まりね」

 「完全にお前の都合じゃねえか」

 「悪い?それとも、ご家族の方に執筆活動していることをばらしてもいいのよ」

 「ぐっ………………はあぁぁぁぁぁ、わかった、わかった。行けばいいんだろ、行けば。だがな、俺はお前の住所なんて知らないからな」


 彰人は、深いため息をつくと、不承不承栞に従った。

 少しでも反抗の意志を抱くと、脅されることに彰人は既にうんざりしていたが、理不尽な要求はいまだされていないことため、彰人は現状を返る気はなかった。


 「そうね…………住所を伝えるわ」


 栞は視線を彰人から外して、再び少しの間考えた末に言った。


 「…………いいのかよ、そんな簡単に教えてよ」

 「いいわよ、別に。だけど、家に不審な郵便物が届いたり、家の周りに不審な影を見付けた暁にはあなたの命はないと思いなさい」

 「今度は命かよ」

 「そうよ、だから気をつけなさい。私に害するようなことをすれば、どうなるかわからないわよ」


 栞は悪戯な光を瞳に宿して言った。


 「わかったよ」


 それに適当に答えて、テーブルにあったアンケート用紙のためのペンを手にとった。


 「じゃあ、言うわよ――」


 そう言って、やはり平然と自分の住所を口にした――もう一人聞いている者がいると知らず。


 「おい、俺の聞き間違いか?市が違うんだが」


 彰人は栞の言ったことをそのまま書きとる途中予想とは違う市の名前を聞いて、手を止めそうになった。

 彰人はてっきり高校と同じ市内に住んでいるのかと思っていたが、手の甲に栞の言う通りに書き取った住所は隣の――隣の隣の市だった。


 「それなら間違っていないわよ。駅からは少し遠いけれど、バスに乗り継げば、すぐよ」


 栞は邪気のある笑みを浮かべて言った。

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