閑話パート(彰人編)
これはマユが彰人の家に来た夜の話。
┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨
「うっうぅぅぅ………………」
彰人は圧迫感からくる息苦しさに目を覚ました。
時計の指し示している時間は深夜一時。
半ば強制的に起こされたために未だに意識もはっきりせず、思考も回らず、仰向けでただぼーっとしていたが、しばらくすると、体の右側面にただならぬ圧迫感を感じた。
一体何事かとその圧迫感を感じる方に顔を向けた。
果たして向いた方には、すやすやと寝るマユの顔があった。
紅の瞳はしっかりと瞼に隠されていたために、マユの顔は雪原を思わせるほど白かった。
そして、淡く小さい桃色の唇が、その雪原の雪の下から萌え出た可憐な花を彷彿とさせた。
この光景を間近にして、ドキッとしない男はいないと思えるが、ただ一人しない者がいる。
わかりきっていることで、言うに及ばずのことで、言うだけ野暮で、言うまでもないことで、言うも愚かで、言わずもがなのことで、言わずと知れたことなのだが、敢えて言わせてもらうと、強いて言わせてもらうと、その一人は、彰人だ。
マユは体の正面を彰人に向けて、彼の腕を慎ましやかな胸に押し付けるように抱え込んでいた。
その事実を飲み込むのに彰人はしばらくかかった。
――何やってんだ、こいつ?
意識がはっきりし、思考も正常に戻ったが、何故こうなったかわからなかった。
一緒に寝ていたわけではない。
彰人は自室のベッドで、マユは同じ部屋に敷いた布団で寝ていたはずだった。
マユの部屋となる物置部屋の物が運び出されていなかったための処置だった。
ちなみに物置部屋とは言っても、屋根裏ではないし、地下室でもなく、元々普通の部屋だ。ただ、使われないために物置部屋となっているだけで、置いてある物も少ない。
――まあ、いいか。
彰人は少しの間考えたものの、それほど重要なことでもないと結論付けた。
彰人は起こさないように細心の注意を払って、腕を抜き取ると、起き上がって、ベッドを離れた。
「…………ア……ヤト…………離れ……たくない……」
――っ!起こしちまったか?
マユの声に彰人はビクッとしながら、振り向いた。
が、彰人の予想に反して、マユは瞼を堅く閉じたままだった。
――………………寝言か?
恐る恐る彰人はマユの顔を覗き込んだが、微かな寝息を確認すると、緊張の糸を解いた。
と同時に余裕が生まれて、自然にマユの寝言に対する疑念が頭をもたげた。
――離れたくない………………か…………。
彰人はマユが突然この家に来た理由はこの寝言にあるのだと悟った。
が、その理由が何なのかまではわからなかったし、探ろうとも思わなかった。
彰人は毛布を掛け直してやると、敷いてある布団に潜り込んだ。
‥……………………‥
‥…………‥
‥……‥
「うっうぅぅぅ………………」
彰人は再び圧迫感から来る息苦しさに目を覚ました。
時計の指し示している時間は深夜二時。
半ば強制的に起こされたものの、眠りについた時間からそれほど経っていなかったために、眠りは浅く、意識は比較的はっきりとしていた。
だからか、彰人は先程起きた時の倍ほどの圧迫感にすぐに気付いた。
その圧迫感は右からだけでなく、左からもした。
この事実だけで、彰人は状況を概ね理解したが、確認の意も込めて、左右を順に見た。
すると、右には先程のようにマユが、左には先程いなかったはずの琉璃がいた。
二人ともマユがしていたように、彰人の腕をそれぞれ抱え込んでいた。
――何やってんだ、こいつら?
と、正常に即座に疑念を抱くも、
――まあ、こいつらだもんな。
と、一瞬で答えなのか定かではない答えを導き出し、納得していた。
とは言っても、狭苦しい現状に納得したわけではなく、両腕をそっと抜き取ると、布団から這いずり出た。
しかし、彼はベッドには行かず、パソコンの前の回転椅子に腰を下ろした。
勿論パソコンを立ち上げるわけではなく、ただ腰を下ろし、自分の右手の手の平を見ていだ。
――俺は変わり始めているのか?
と手の平を眺めて思う彰人は手の平というより、手の平という自分の体の一部を見ているようだった。
彰人は自分から危機感知能力が失われたことを感じていた。
ドアの向こうの琉璃と薫と恵美に気付けなかった時は何かの見落としかもしれないと思ったが、寝ていたとしても布団に入られて、更には体に触れられて気付くかないはずがないというにも拘わらず、気付かなかったことで、彰人は危機感知能力を失ったことが紛れも無い事実だと認めるほかなかった。
――変わり始めているのかもな。
しかし、その事実を受け止めても猶心は不思議と穏やかだった。
――変わるなら、それでいいだろう。後は(ラノベを書いていることがばれない方向で)野となれ山となれだな。
彰人はそれで思考に決着を付けると、布団で寝る琉璃とマユに目を遣った。
それから、窓の外に視線を移し、寝ているであろう千鶴と薫と栞の顔を思い浮かべた。
――学校で知り合いが一人二人しかできなかったが、いつの間にか五人もできるとはな……………………というか…………全員女子だな…………………………ハーレム?
ここにきてやっと彰人は重大な事実に気付いた。
彼は高校に入ってから一人も男子の友達がいなかったのだ。
――はっ、馬鹿馬鹿しい。あれは二次元在住のリア充共の特権だろ。琉璃は血の繋がっていないただの妹、千鶴はただの幼馴染み、薫さんはただの先輩、三嶋はただの隣席のクラスメート、マユはただの従姉妹だ。つまりは一人はただの家族、一人はただの友達、一人はただの親戚、そして二人はただの知り合い。これは、ハーレムとは、断じて、言わない。
――男子の友達がいないことは大勢の女子に囲まれているということの必要条件でしかなく、十分条件ではない。
――危ない危ない。勘違いするところだったぜ。中二病だけは発症たくないものだな。
しかし、彰人は更なる重大な事実を暴く鍵になったであろうその事実を思い込みと切り捨てた。
彰人は椅子から腰をあげると、逃げるように部屋を出て、一階の居間に向かい、ソファーで横になった。
やっと眠れるという思いも虚しく、彰人はこの後一時間ごとに寝苦しさを覚えて起きることになるのだが、その原因は言わずもがなのことだろう。
これで序章は閑話を含め終了です。
それほど書くつもりはなかったのですが、書きたいことがあり過ぎて予想を遥かに越える分量になってしまいました。
この章では登場人物の紹介だけでなく、為人や過去を書くという意味で、序章としたのですが、やはり長いですかね。
まあ、それは置いといて、この章は飽くまで序章なので、主人公と優等生の共同作業は次章に持ち越しにしたかったこともあり、変な区切りの付け方になってしまいました。
という感じで至らないところはあげればきりがないので、ここで止めておきます。
こんな感じですけど、楽しんでもらえればと思います。
それと、かなり不定期な更新となりますので、ご了承の程お願い申し上げます<(_ _)>。