閑話パート(薫編)
これは、薫が登校し、噂を耳に入れた後のこと。
そして、彰人が屋上にいた時の話。
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薫は、授業が始まり閑散とした廊下を一人で歩いていた。
ホームルームを始めようとした担任にお手洗いに行くと言い、承諾を待たずに、教室を出たのだ。
噂を耳にした時は、放課後にでも彰人を探し出して、何があったか根掘り葉掘り吐かせようと思ったものの、聞き捨てならない噂が絶え間無く耳に入るようになると、薫は居ても立っても居られなくなったのだった。
教室を出た薫の足取りには迷いがなく、まるで彰人のいる場所がわかっているようだった。
――まったく。彰人は一体何をしたのだ。
と、思いながら、薫は屋上に向かう階段に足をかけた。
階段を上り切ると、屋上に出る扉が開いていた。
扉の所から外を覗くと、案の定、彰人がフェンスにもたれ掛かっていた。
ここで種明かしをすると、薫は以前から彰人が一人になりたいときにこの屋上に来ることを知っていたのだ。
「………………」
薫は彰人を問答無用に問い質そうと思っていたが、今の彰人の状態、つまりこれ以上落ち込むことはないだろうと思える程に落ち込んでいる彰人を見て、その気はすぐに失せた。
だが、その代わりに、
――あんな状態の人を一方的に責めるのは、気が引けるし、間違いだろう。それに、落ち込んでいる人を立ち直らせるのは友達の役目だ。
と、意気込んだ――そう、友達として。
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薫は彰人となら友人の関係になれるのではと思っていた。
自分の素性を知っているにも拘わらず、恐れることもなく、卑屈にもならない彰人に、薫はそう思うようになったのだ。
その思いは、彼と関わっているうちに日増しに大きくなっていた。
が、すぐに薫は壁にぶつかった。
彰人との関係が思うように行かないのだ。
薫は彼とは平等な友人関係を築きたいにも拘わらず、彰人とは先輩後輩を越えた上下関係ができてしまっていた。
その原因は、彰人と初めて出会ったときに『卒業まで扱き使う』という約束をしたからに他ならなかった。
が、この約束をしたから彼との交流が始まったのもまた事実で、例え約束がなかったことにできても、薫が彰人と何等かの関係を持つことができたかは、定かではない。
ならば、友達になろうと切り出せばいいではないか、という考えも薫にあるにはあるのだが、どう切り出せばいいのか全くわからないのだ。
薫の方から、上下関係を作り、ずっとその関係を維持してきたにも拘わらず、今更友達になろうとは切り出せなくなっていた。
まあ、つまりは、恥ずかしくて切り出せないのだ。
友達など作ったこともなかったために、それを意識するだけで、何が何だかわからなくなり、恥ずかしさが込み上げるのだ。
それを如実に現しているのが以下である。
――しかし、どう立ち直らせればいいのだ?
薫は彰人を立ち直らせるに当たって大きな壁にぶつかっていた。
――励ませばいいのだろうか?それとも、そっとしておくべきだろうか?
その壁は友達が一度もいなかったためにぶつかった壁だった。
薫は扉の影で目をつぶるようにして、しばらく深く考える。
脳内でシュミレートを繰り返し、一番無難な声の掛け方を選び、行動に移した。
歩を止めることなく、校舎を出、食堂に向かう。
目的は、自動販売機だ。
自動販売機の前で数瞬迷い、缶コーヒーを二缶買った。
自動販売機を利用するのは初めてのことだ。
それに加え、缶コーヒーなる物を買うことでさえはじめてのことだった。だから、普段から飲んでいる喫茶店のコーヒーにそれがどれほど劣るのかは知らなかった。
しかし、薫は、はっきりとした根拠はないものの、この選択に一番納得というか、しっくりきていたのだ――が、その発想自体先輩的発想だということに薫は気付いていない。
――よしっ!
二つの缶をそれぞれポケットに忍ばせ、一人心の中で拳を作り、自らを鼓舞して、薫は再び屋上に足を向けたのだった。
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