閑話パート(栞編) Ⅱ
これは、栞が彰人に怒鳴り付けられた以降のこと。
そして、彰人と薫が屋上にいた時だ。
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「大丈夫?」
前の席に座る今の友達、美代が心配げに栞に訊いた。
既に授業は始まっていて、教師が黒板の前に立っている。
「大丈夫、なんてことはないよ」
「そーお?何かあったら、なんでも言って、力になるから」
「うん、わかった」
美代は栞の笑顔を見ると、安心したように頷き、前に向き直った。
と同時に、栞は隣の空席に目を遣った。
――本当に何なのよ、あいつ。いきなり、私を怒鳴り付けるなんてどういう了見なのかしら。
と、責めながらも、
――それにしても、何であれほど怒ったのかしら。今時のキレやすい若者っていう奴…………ではなかったわね。今回学校で初めて怒ったそうだし…………ということは、学校で私が初めてあいつを怒らせたことになるのね………………。
と、彰人が何故怒るに至ったのか分析しはじめた。
この時には既に授業をしている教師の言葉は、栞の耳に届いていない。
――というか、怒鳴った後のあいつから感じたあれは一体何よ?
――怒り……ではないし、怨み…………でもないし…………何かに驚いていたように感じた……かしら?
――だけど驚いていたとして、何に驚いていたのかしら?
――怒っている自分に驚いていた?……ということも有り得るわね。学校であいつが怒っているところなんて見たことないし。
――何だか、滅多に怒らない人を怒らせた私の方に責任があるように感じるわね…………って、何!?
というところまで考えたところで、思考を止めざるを得ないことが起きた。
例の咆哮が校舎の全域に轟いたのだ。
それに合わせて、校舎の窓が共振したことから、薫の咆哮の凄まじさは窺えるだろう。
それで教室が騒然とするのも無理もなく、その騒然としている生徒は教師ですら手に負えないようだった。
――今のは、一体何よ?
騒然とする教室の中、栞は冷静に状況の把握を試みていた。
「びっくりしたね」
その時、前に座る美代が突然振り返って、栞に話しかけた。
「ええ、びっくりしたわね」
「わね?」
そのため栞は思わず素の反応をしてしまい、美代にキョトンとされた。
「ああっ、びっくりした、びっくりした」
と、とっさに気付いて取り繕ったが、
「本当に大丈夫?やっぱり、先生に言って、保健室に行かせてもらう?」
美代は心底心配そうに栞に言った。
美代の目はまるで怒鳴られたショックで、人格が変わった者を見ているような目だった。
――ああ、やっぱりダメなのね。
栞はその親友の反応を見て思った。
――私の本性は出してはやはりダメなものなのね。
――…………けれど、私の本当の姿を見せたい。美代に私は私のありのままを見せたい!このままでは嫌よ!
この思いは、栞が美代と友達になってからしばらくして持つようになったものだ。
栞がこのように思うのは初めてのことだ。
前学年でできた友達はクラス替えのときに離れ離れになって以来、元々友達でなかったように交流がなくなった。
そのことに自分では気付かずに傷付いていた時に話し掛けられた人物が、美代だった。
不思議と彼女とは気が合い、すぐに親友と言えるような関係となった。
そして、美代といるうちに、いつしか思うようになった――
美代になら自分を見せられるのではないかと。
「いいよ、大丈夫。それよりも、授業なんだから、前を向かなきゃ」
教師がやっとの思いで、生徒を落ち着かせることに成功し、授業を再開させたところだった。
「う、うん、わかった。ホントにいつでも言ってね」
「わかった、ありがと」
美代は栞の言葉に納得しているわけではないようだったが、栞から言ってくれるまで待つつもりのようで、栞の返事を聞いてから栞に従って、前に向き直った。
それを確認して栞は隣の空席の方を向いた。
それから再び前に向き直った。
だが、視線の先にあったものは黒板ではなく、二つ前にある千鶴の席だった。
千鶴の机には鞄が置いてあるだけで、千鶴の姿はなかった。
と言っても、驚くことではない。
誰にでも千鶴がいない理由はわかっていた。
――どうせ、帰ってこないあいつを探しているのでしょうね。
と、思うとと同時に、
――あんな変な奴なのに、どうやって、探してくれるような友達ができたのかしら?
と、栞は思った。
この時、栞は疑問を抱いたというより、自分自身に問い掛けていたようだった――どうしたら、自分にもそのような友達ができるかしら、と。
栞は無意識に再び彰人の席に視線を向けた――その時。
栞は、見覚えのある女子生徒に引っ張られるようにして校門に向かっている見覚えがかなりある男子生徒、というか彰人を見付けた。
――あの人は…………神崎薫じゃなかったかしら?あいつは神崎先輩の部下じゃなかったの?何で連行されているのよ……………………ていうか、何でさっきからあいつのことばかり考えているのよ!
栞は我知らず彰人に関することで頭をいっぱいにしていたことに気付き、一人心の中で憤慨した。
――しかし、大丈夫なのかしら?
だが、連行される彰人に対する心配を禁じ得ないようだった。