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主人公と妹の仲直りパート

 彰人と栞の二人が同時に教室に現れたことで、初めは教室は騒然としたものの、薫の言葉がまだ効力を持っているのか、教室の話題はすぐに他のものに移った。

 担任も含めた、どの教師も、何故か彰人のエスケープを問い詰めることはなかった。

 そうして、何事もなく午後の授業が終わり、彰人は家路に就いたのだった――四人で。

 メンバーは、言わずもがなだが、千鶴と栞、薫に彰人を含めた四人だ。

 歩道でのマナーを考えて、千鶴と彰人、薫と栞の二組で別れて、彰人の組を前にして並んで歩いている。

 彰人は既に千鶴に栞と薫で口裏合わせをした偽りの事情を伝えている。

 それに千鶴は疑念を含んだ目で彰人を見詰めたが、一応は信じることにしたようだった。


 「ね、ねぇ、彰人」

 その千鶴は、学校を出てから不自然に彰人の方をちらちらと見て、もじもじしていたが、意を決するようにして言った。

 この時には既に別のことで頭がいっぱいで、背後の薫と栞の存在を忘れているようだった。


 「何だ?」

 千鶴が何か言いたげにしていたことに勿論気付いていたにも拘わらず、面倒だからと放置していた彰人は、視線を前に向けたまま答えた。


 「大丈夫?」

 千鶴が覗き込むようにして言った。


 その千鶴に彰人は目を向けたが、

 「まあな」

 と、だけ言うと、目を逸らした。


 「そ、そっか。よかった」

 千鶴は彰人の目から何かを読み取ったのか、彰人のない物言いにも満面の笑みを浮かべた。


 「そ、それとね……」

 流し目で千鶴が続けた。


 「何だ?」

 「あ、あの、ね……」

 「………………何だ?」

 「あうあうあぅぅぅ……」

 「…………はぁー、どこに買い物に行きたいんだ?」

 「え、えっとね!新しい服を買いに行きたいのっ!そ、それと買い物じゃない!ショッピングなのっ!」

 「はいはい」


 彰人は、目をキラキラさせながら言う栞を素気すげなくあしらっている。

 しかし、そんな対応をされても、承諾してくれたことたけで嬉しく、心ここにあらずの千鶴は、胸を膨らませて、ただ目をキラキラさせている。


 「よくわかったわね。ほとんどあのねとあうあうしか言ってないのに」

 栞がそんな千鶴を横目に彰人に言った。


 「まあな、大体こういうときはショッピングの荷物持ちに付き合わされる」

 それに彰人は振り返ることなく答えた。


 「全然力が無さそうだものね」

 「無さそうじゃなくて、無いんだ、こいつには」


 そう言って、彰人は、鷲掴みにするように手を千鶴の頭に載せた。

 それだけで、千鶴はくすぐったそうに、そして嬉しそうに身をよじらせた。


 「……………………」

 「……………………」


 その様子を栞と薫はどこか微妙な目で見ていることに勿論彰人も、いわんや千鶴も気付いていない――が、その代わりと言うと変だが、千鶴はある人物を見付けていた。


 「ね、ねぇ」

 「今度はなんだ」

 「あ、あれ」

 そう言って、千鶴は前方を指差した。


 彰人はその指の差している方に目をると、見覚えのある人物が視界に入った。

 というか、彰人の妹、桐塚琉璃だった。

 琉璃は、彰人と距離にして七メートル離れていて、片側一車線の道路の横断歩道をとぼとぼと彰人達に向かって渡っていた――信号は赤を示しているというにも拘わらず。


 それを知覚したと同時に、彰人は、耳で、ある音を捉えていて、脊髄反射的に駆け出していた。

 他の三人は未だに視覚からの情報を処理しているようで、彰人が駆け出していることにすら気付いていなかった。

 この反応速度の差は、経験の有無によるものだろうか。


 「琉璃いいいぃぃぃぃぃぃ!!」


 俯いて、何かを深く考え込んで歩いていた琉璃は自分の名を呼ぶ兄の声に、弾かれたように顔を上げた。

 そして、このとき唸るエンジン音に初めて気付いて、音のする方に目を向けて、固まった。

 その目を向けた先にあったのは猛然と迫り来る大型トラックだった。

 意識を深い思考に落としていただけに、現実に戻され、更に危機的状況に、言葉通り、直面していれば、すぐに対応するのは至難だろう。

 トラックがクラクションを甲高く鳴らすも、琉璃は微動だにしない――いや、できないでいた。

 ここで、残りの三人は状況を理解して、駆け出していた。


 彰人は必死に走りながら、琉璃との距離が四メートルになったときになって、肩からげていた鞄に気付き、投げ捨てた。

 そして、対向車線を確認することなく、一瞬の躊躇ためらいも見せず、車道に侵入した。

 そのおかげで、トラックが目前でブレーキを掛けたこともあり、彰人は間一髪のところで、琉璃を抱え込み、勢いのままに、歩道に向かって跳んで、琉璃を守るように背中を下にして着地した。


 「ぐっ…………」

 「お、お兄ちゃん!」


 着地したときに背中を強打したらしく、その痛みにうめいた彰人にすっぽり収まるように抱え込まれていた琉璃が硬直から我に返り、兄の名を叫んだ。


 「怪我はねえか?」

 「え?」


 しかし、返ってきたのは琉璃を心配する声だった。

 彰人が抱え込んで庇ったのだから彰人の方が怪我を負っているはずだというにも拘わらず。

 琉璃はそれに呆れながら、唖然となりながら、嬉しくなっていた。


 「あるのか?どこか痛いのか?」


 そのために琉璃は彰人に答えられずにいたのだが、それが彰人の心配を増幅させていた。


 「ううん。お兄ちゃんのお陰で、何処も怪我していないよ」

 琉璃はそれだけ言うと、彰人の胸に頬を載せた。


 「そうか、よかった」

 と言うと、彰人は目をつむり、脱力したように大の字になった。

 既に二人の間の気まずさは風に吹かれて消えたようだった。


 「………………公衆の面前で何やってるのよ、あなた達」

 その二人を変質者を見るような目で見下ろしながら、栞が言った。

 周りは信号待ちをしていた数人の一般市民がいたが、彰人は当然ながら、気付いていない、というか眼中になかった。


 「感動の場面だろうが、時と場所を選んだ方がいいと思うぞ」

 困ったような笑みを浮かべて、薫が言った。

 一般市民のうちの二、三人が気遣って、声を掛けようとしていたが、薫の姿を認めると、直ぐ様退いた。


 「あ、彰人!大丈夫っ?!」

 そして、運動神経の問題で、遅ればせながら走ってきた千鶴はというと、乗っている琉璃を、有無を言わさず、押し退けて、覆い被さるようにして、彰人の体中を――当たり前だが、服の上からなので、無駄なのだが――ぺたぺたと触って怪我がないか確認していた。

 押し退けられた琉璃は猫のように、ふしゃー、と千鶴に対して怒りを表明していた。


 「大丈夫だっつーの」


 彰人は命に関わるような事故を回避したばかりだというのに、そんなことなどなかったように、賑やかな周囲に思わず笑みをこぼして、起き上がった。


 「こんな紹介になるとは思わなかったが、こいつが俺の妹、琉璃だ」


 そして、千鶴にしたように手を琉璃の頭に載せた。その琉璃は、千鶴がしたように擽ったそうに、嬉しがっていた。


 「ふ~ん。この子が、あなたの妹ね…………全然似ていないわね」

 栞はそんな彰人と琉璃を顔を数回見比べて言った。


 「そりゃ、血が繋がってねえからな」

 という言葉に、栞は思いがけず、驚き、言葉を失った。


 「…………そうなの。何か悪いこと言ってしまったわね」

 と言った栞は、彰人の言葉から、憶測して、気まずげな顔をした。


 「だけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ!」

 彰人と栞に抗議するように琉璃が言って、

 「まあ、そういうことだ」

 彰人がどうでもよさ気に付け足すようにして言ったことで、

 

 「…………そう」

 と、言って、栞は神妙だった顔に微笑を浮かべた。

 この時、彰人が気を遣って言ったのかは、定かではない。


 「というか、喧嘩していたのじゃないの、あなた達?」

 「………………」

 「………………」


 元気を取り戻した栞の問いに彰人と琉璃は無言で見詰め合っているだけだったが、互いに心の内で既にいさかいを清算していてようで、しばらくすると彰人が気恥ずかしそうに顔を背けて、その彰人に琉璃が、


 「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもんねー」

 と、よくわからないことを言って、抱き着いた。


 琉璃は、彰人を意識し始める前は、普通に抱き着いたりして、べったりだったのは、前述の通りなのだが、この時の琉璃の姿を見ると、彰人の距離を調節したというよりかは、そのべったりだった以前の距離に戻しただけのように見えた。

 つまりは、琉璃は幼児退行しただけだった。


 「な、何すんだ!抱き着くな!離れろ!」


 小学生の時ならまだしも、中学生にもなった妹に抱き着かれるのは、恥ずかしいを飛び越えて、鳥肌が立った彰人は、琉璃を押し離そうとするが、


 「まーた。そんなこと言ってー。実はうれしい癖にー」

 と、琉璃はまともに取り合わない様子だった。


 「というか、いつまでここにいるつもりなの。さっきのトラックはもう何処かに行ったみたいだし」

 戯れ始めた二人から瞬時に目を逸らした栞が言った。

 勿論、もうトラックの姿はなく、ここに留まる必要もないのだから、行こうという意味で言ったのだが、


 「そうだな、ナンバーは覚えたから、父に洗い出しを頼めば、すぐに面を割らせることができる。赤信号で渡ったこちらに落ち度はあれど、何故もっと早くブレーキを踏まなかったのか、吐かさなければな。まあ、どうせ、浅はかにもクラクションでも鳴らせば避けてくれると思ったのだろうが」

 と、薫が言った。


 珍しく本気で怒っているようで、声音からはありありと怒りが窺えた。本当にやり兼ねない雰囲気があった。

 その怒りに全員が、程度に差はあれど、恐怖を覚えた。


 「そのつもりで言ったわけではないのだけれど」

 「ほう、ならば、今からそのトラックを探し出して、見付け次第処分するというつもりで言ったのかな?」


 訂正しただけの栞さえもその怒りの余波に当てられていた。


 「先輩、怒ってるんですか?」

 と、最も薫の怒りに平静を保つことができている彰人が、訊いた。


 「ああ、怒っているか否かと言えば、怒っている。青信号だろうと、人をねれば、業務上過失致死傷罪ぎょうむじょうかしつちししょうざいが適応される可能性があり、五年以下の懲役または禁固、もしくは五十万以下の罰金に処される。更にき逃げであれば、救護義務を放棄したとして、道路交通法違反と見做みなされ、五年以下の懲役または五十万以下の罰金が科せられるし、時には、自らの過失で人を轢いたことにより生じた保護責任を放棄したと見做され、保護責任者遺棄罪ほごせきにんしゃいきざいが適応されることもある。これに明確な罰則はないが、刑罰が重くなることは免れぬだろう。すべての刑罰を合わせれば、刑が十年以上の懲役も有り得る。それほどの刑罰に科されることになっていたかもしれないというのに去るということは、余りにも浅はかな行為だ。まあ、実際大事には至らなかったから、このことにそれほど怒りは覚えていない。詫びの一つでも入れろ、とは思うが、それだけだ――ただ私が一番怒りを覚えているのは、」


 彰人の問いに薫は、怒りを発散させるように、途切れることなく言い切った。


 「覚えているのは?」

 「お前が向こう水に突っ込んでいったことだ」

 「えっ?」

 「確かに身内が命の危険にさらされているのだから、それだけで頭がいっぱいになるし、今回はそのおかげで妹を救えたのだろうが、あの時お前が飛び出して轢かれていれば、どうなっていたと思う?」


 彰人はここで、薫が何に怒っているか理解した。


 「死んでいたかもしれない」

 「そうだ。妹の前でな。そうなれば、お前の妹がどう思うと思う?自分の所為で死なせた、と思うだろうな。妹を、そんな思いを抱いたまま、死なせたのかもしれないのだぞ」

 「………………」


 彰人は黙って琉璃に目を向けて、琉璃はその視線を受け止めた。

 が、すぐに目を離し、薫を真っ直ぐ見詰めた。


 「でも、それがお兄ちゃんだもん」


 そして、彰人の代わりに答えた。

 

 「あたしや千鶴がいじめられていたら、何も言ってないのに、すぐにいじめた奴を割り出して、ぼこぼこにしてたし。頭に血が上ったら、一つのことしか見えてないんだよ。だけど、これがお兄ちゃんなんだもん。だから、お兄ちゃんをいじめないで。いじめるなら、あたしが許さない」

 と、言い終えた琉璃の顔は幼さなど微塵も感じさせない真剣なものだった。


 「いじめているわけではないが…………」


 怒りの気配が消え、琉璃に圧倒されたからなのかは定かではないが、薫はたじろいでいた。


 「そうだな、これが彰人なのだから、仕方ないか」


 が、すぐに平静を取り戻すと、やれやれといった風に琉璃の言い分を飲んで引き下がった。


 「すいません、先輩」

 「謝るのは熱くなった私の方だ。それより、私を先輩と呼ぶなと言ったろう」

 「そうでした。すいません、神崎さん」

 「それでいい。じゃあ、行こうか」

 「はい」


 彰人は答えると、立ち上がり、ついでに琉璃に手を差し出した。琉璃は、その手、というよりかは腕にしがみつくようにして掴まり、引っ張り上げられたのだが、引っ張り上げられた後も彰人の腕を離す気はないようだった。

 先程までの真剣な雰囲気は跡形も無く消えていて、まるで甘えている猫のように、目を細めて彰人の腕に頬を寄せている。

 彰人は煩わしそうにするも、何も言わず、歩き出した。


 「仲がいいことはいいことだ」

 「ここから後どれくらいかかるのかしら?」

 「あ、彰人っ、い、一緒に行こっ!」


 彰人と琉璃に続いて、薫は二人を見て苦笑いとともに歩き出し、栞は前の二人を視界から消すために、時計に目を落として歩き出し、千鶴は彰人に追い付こうと、あたふたと駆け出した。

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