主人公と優等生のすれ違い解消パート
昼休みの始まりを知らせるチャイムが鳴る中、彰人と薫は校門を堂々と潜っていた。
二人は、そのまま校舎に入ると、周囲からの好奇の視線を無視して、彰人の教室に向かった。
教室に辿り着くと、薫は扉の傍の壁に寄り掛かって、彰人に目配せをした。
ここから先は自分だけで行け、ということだろう。
その真意をすぐに理解した彰人は小さく頷き、教室の戸口に手を掛けて、開けた。
そして、そのまま真っ直ぐに栞の方に歩を進めた。彼が栞に近付くにつれて、彼の存在に気が付くクラスメートが増えた。
そして、その中に千鶴の姿もあった。
千鶴は今朝に彰人の母から彰人が先に行ってしまったと聞かされたときに言うに言われぬ不安に駆られて、学校で彰人が栞を襲ったという噂――勿論千鶴は信じていないが――を耳にして、不安が一瞬で確信に変わっていた――また彰人の怒りが臨界に達したのだという確信に。
千鶴は足が棒になるまで探し回ったが、結局彰人の姿は見付からず、薫に引っ張られるように校門を潜る彰人の姿を見ることになった。
そして、その彰人が昼休みに戻ってきた。
千鶴の心中は色んな感情で混沌としていた。
その千鶴を視界に入れていなかった彰人はただただ栞に歩を進めた。
彰人が栞を襲ったという噂――勿論、栞は否定しているが――が流れているというにも拘わらず、彼を詰っていた男子二人を含めて、彼を阻もうとする者はいなかった。いや、それどころか、道を開けるようにして彼を避けていた。
そのため、彰人が栞の元に辿り着くのは、すぐだった。
その栞は自分の席で、親友らしき女子と一つの机を分け合うようにして弁当を食べていたが、彰人に気付くと、手を止めて、彼の方に体ごと向き直り、彼を静かに待っていた。
そして、彼女の親友はというと、彰人の方を見て、固まっていた。
「今朝のことは、すまなかった」
少しの間、見上げる栞と見つめ合うようにして、黙っていた彰人は、頭を下げて、言った。
「いいわ、許してあげる」
と、言った栞は、何を思ってか、腕も足も組んでいて、普段隠している上からな態度だった。口調も上からなそれだった。
『そんな!謝る必要ないよ、桐塚君』とでも言って、いい子のお手本のように許すのだろうと思っていたクラスメート達にとっては度肝を抜かれるような光景だった。
彰人も少なからず驚いていた。
「そんな簡単に許していいのか?」
その所為でかはわからないが、彰人は無意識のうちに浮かんだ疑問を口にしていた。
「いいわよ。何か訳ありみたいだし」
何ともないように栞は答えた。
その『訳』を誰かから仕入れたわけではない。
怒鳴り付けられたときに感じた怒りとも苛立ちとも怨みともつかない彼の感情や次の瞬間に見せた自分自身に対する激しい怒りを彼女なりに考えて、出した結論だった。
何があったのか、気にならないわけではなかったが、それを訊くほど、栞は野暮ではなかった。
「そうか……それで、約束のことだが――」
「それ以降は、別の場所で話そうかしら」
栞は、唖然としている周りのクラスメートを気にすることなく、話しを進めようとした彰人を遮って、言った。
「わかった」
特に異論がなかった彰人は素直にその提案に従った。
「そう、素直でよろしい。では、行こうかしら。ああ、美代ちゃん、急用ができたから一人で食べて。ごめんね」
話し掛けられた美代ちゃんという彼女の親友らしき女子は唖然としていて、栞の返事に機械的に頷いているだけのようだった。
その頷きを確認すると、栞は、別れの挨拶だけ残して、席を立ち、戸口に向かって歩き出し、その後ろに彰人が続いた。
すると、彰人が来たときと同じように、クラスメートは栞を避けるようにして、道を開けた。
そのクラスメートの彼女を見る目は困惑と僅かな絶望の色を呈していた。
そのことに栞は微笑を浮かべていた。
本性を見せれば、親友だった人に迄前とは異なる目で見られるだろうとは予想していた。
そして、その通りになったが、彼女は不思議と後悔はしていなかった。それどころか開放感とともに清々しささえ感じていた。
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二人が教室を去ると、しーんと静まり返っていた教室に音が戻ってきた。
数人が友人同士で集まり、先程の出来事はああだこうだが関係していて、実は斯く斯く然々(しかじか)なのだ、と確証も無く、根も葉も無い噂を基に立てた勝手な推論を尤もらしく言い合っていたが、
「噂話か?何故か私は根も葉も無い噂をよく流されて困っているのだが、参考までにどんな行程を経て噂が生産されているのか知りたいのでな、混ぜてくれないか?」
と、言って薫が教室に入ってきたと同時に教室は再び静寂に包まれた。
ちなみに、薫は、噂話など微塵も気にしてはいないから、困っていない。
「ふむ、おかしいな。先程までこそこそと話していた話の端々から噂話をしていたと思ったのだが、こそこそ話どころか誰も話していないとは思わなかった、すまない。私の気の所為のようだ。なら、私の耳にあの二人に関係する噂が入ったとしても、発信源はここではないのかな」
と、薫が更に釘を指すようなことを言ったために、薫が姿を消した後も噂話どころか、しばらく言葉も交わされることがなかった。
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自分達が去った後に薫が教室の噂の芽を根刮ぎ刈り取っていることなど露知らず、二人は廊下を歩いていた。
昼休みなので、当然ながら廊下にはそれなりに生徒はいるのだが、二人は無人の野を行くが如く歩いていた。
前を歩く栞を生徒が避けていくのだ。普段とは違う雰囲気を放っているからなのかもしれない。
廊下でも、教室と同様の現象が起きていたが、二人はどこ吹く風といった感じで、歩を進めていた。
「良かったのか?」
唐突に、だが、どこか予め決められていたような頃合いで彰人は前を歩く栞に言った。
「私は『噂は気にしない』と、言ったでしょ?それなのに外面を被って人の目を気にするのは矛盾していると思ったのよ」
そのためか、栞は驚くことなく前を向いたまま言った。
「はっ?それだけ――」
「それと、もう疲れたのよ。猫を被っているのも外面を被っているのもね」
彰人の言葉を遮って、栞は言った。
「私は親の仕事柄転校が多くて、学校を転々としたわ。それで、どの学校でも友人は数人できたのだけど、その時は外面を被っていなくて、他の女子生徒にいじめを受けたのよ」
「お前がか?想像できねえな」
「ふふっ、そう?まあ、私はいじめなんて無視してたのだけど、それで、友人は離れていったわ。そんな人達を友人と呼べるかは別にして、私はそのうち自然と猫を被る技を磨いていったのよ。そしたら、こうして友人が沢山できた」
と、言葉を紡ぐ栞の目には物憂げな色に染められていた。
「…………………………」
それを声音から察した彰人はただ黙って彼女の後ろを歩いていた。
「だけど、最近違和感を覚えたの。そうすると、どんどん違和感が募っていたわ」
「そして、こんなことをしたと」
「……そうよ、悪い?」
「悪いことではねえが」
「でしょ。なら、いいじゃない。こっちの方が楽だし………………というか、何でこんな話をしているのかしら。まあ、いいわ。それより言いたいことがあるのだけど、私達はどこに向かっているのかしら」
栞は歩を止めて、振り返って言った。
「はっ?馬鹿か?俺に聞くな。お前が場所を移すって言ったんだろうが」
彰人は呆れを隠さない声で、頭を掻きながら、言った。
「な、何よ!その言い方!皆の前で言いたくないだろうと思って場所を移してあげようと思って言ったのよ!」
「うるせえな。元々こっちから言うつもりだったっつーの」
「なら、先に言いなさいよ!」
「はっ!やっぱ馬鹿だろ、お前!」
「馬鹿って、あなただけには言われたくないわよ!」
と、口喧嘩を始めた二人だったが、その様子は今朝のそれではなく、仲の良いカップルのちょっとした言い合いにしか見えなく、二人を知る――というか、二人とも良い意味と悪い意味で有名なので知らない人は少ない方なのだが――周囲の生徒は呆然とそれを眺めていた。
それに気付くことなく、彼等は口喧嘩を続ける。
「わかった。俺が悪かった。少しでも刃向かった俺が悪かった」
「その言い方だと、私がまるで悪人みたいじゃない!訂正しなさい!」
「俺が悪かったって言ってんだろうが!そう聞こえるのは、自分に思い当たる節があるんじゃないのか」
「はぁ?馬鹿じゃないの!何でそう聞こえるのよ!」
‥……………………‥
‥…………‥
‥……‥
「ぜぇ、ぜぇ、なんでこんなに息が上がってんだ、俺」
「はぁ、はぁ、自分の所為でしょ。それと、私が息の上がってるのはあなたの所為だから」
向かい合うようにして立つ二人は、肩で息をしていた。
彰人は既に戦意喪失しているようだったが、栞は未だに目を闘志でぎらつかせていた。
このときには既に彼等に注目する生徒達の姿はなく、生徒は疎らになっていた。
「…………はいはい、わかったよ」
そんな彼は唯唯諾々(いいだくだく)と従って、これ以上の口論を回避することにした――とは言っても、素直に従うのは何故か気に入らなかったので、
「はい、は一回よ」
「は~~~~~~い」
と、言ってみたりする。
「いちいちうざいわね、あなた」
「どうも。で、人がいない所が良いのか」
「…………そうよ、思い当たるところでもあるの?」
「ああ、ついてこい」
そう言うと、今度は彰人が歩き出し、その後を歩調を合わせて栞が追った。
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「ここで、いいだろ」
と、言いながら、彰人は立入禁止の屋上に立ち入った。
「ここは立入禁止だったと思うのだけど」
と、言いながらも、渋々と栞も立ち入っていた。
「細かいことは気にするな」
「何がどう細かいのか訊きたい所だけど、時間が惜しいから、敢えて訊かないわ。で、はい、ネタ帳」
栞は然も何でもないようにネタ帳を彰人に差し出した。
「あっ、どうも」
それを普通に彰人は受け取って、
「それでなんだが、原稿は持ってきていない」
と、悪びれる様子もなく言った。
「はっ!どういうことよ!約束を違えるというの!あっ、ていうかネタ帳返しちゃったじゃない!返して!」
「馬鹿か。返してもらうのはこっちの方だ。まあ、実際返してもらったから、文句はねえが」
「馬鹿馬鹿うるさいわね!あなたなんかに何回も言われるほど私は馬鹿じゃなぁいーっ!うぅぅぅぅぅぅっ!」
余程馬鹿と言われるのが嫌なのか、肩を怒らせ、悔しさと怒りで目に涙を溜めて、歯を食いしばって、唸っている。
以上のひとつひとつが幼さを感じさせるのは言うまでもない。
「わかった、わかった。お前は馬鹿じゃねえよ。ただのおっちょこちょいだ。これでいいだろ」
「うぅぅぅぅっ。その言い方が腹立つし、私はおっちょこちょいでもないわ」
「…………お前やっぱりめんどくせえよ」
「ぐっ!」
彰人の言葉に、栞は大袈裟に胸を押さえて苦しむ。
めんどうくさいと言われると傷付くらしい。
「で、話を進めさせてもらうと、俺は原稿を持ち出せねえんだ」
しかし、そんなことを彰人が気にかけるはずがなく、彼は話を進めた。
「はっ?どういうことよ」
苦しんでいた栞は一転して責めるような口調で言った。
「俺はワープロで書いているんだが、データを持ち運ぶ必要性に迫られたことねえから、USBとか持ってねえし、家にはコピー機も必要ねえからねえんだよ」
「本当にいちいちうざいわね」
「俺の所為じゃねえよ。というわけで、どうする?USB持ってたらそれに入れるが」
「持ってないわよ。だけど、コピー機はあるからね。あなたとは違うのよ」
と、何故か、訊かれたわけでもないのに、栞は誇らしげに、そして彰人を見下すように言った――勿論、彰人は気にしないが。
「あっそう。で、どうするんだよ?」
「……そうね…………じゃあ、こうしよう。私があなたの家にいけば良いのよ」
それが気に喰わなかったが、ここで声を荒げて責めても自分が子供みたいだった、というかまた馬鹿呼ばわりされるのが火を見るより明らかだったので、『……』の間に飲み込んで、代わりに自分の方が優れていると示す意を込めて、(栞にとって)名案を提示した。
「ああ?馬…………鹿じゃねえのか、お前」
「何で言い換えようとしたのに諦めるのよ!もっと頑張りなさいよ!」
しかし、完全に無駄だった。
「ああ、ごめん。それより――」
「それより、じゃないわよ!ていうか、何がダメなのよ!」
「女が男の家に上がり込むのはまずいだろっつってんだよ」
「えっ!何!あなた、そんな意識してるの?気持ち悪い!」
と言って、本当に気持ち悪いものを見るような目で彰人を見て、数歩後ずさった。
「はあ!馬鹿か!こっちは気を使って言ってやっただけだろ!お前の方が意識してんじゃねえのか!」
それに彰人は、全然本気ではないが、怒りを見せた。
「ずっと階段から見ていたが、何なんだ、お前らは?猿と犬か?いちいち喧嘩しないと話が進まないのか?まあ、喧嘩する数だけ仲がいいとも考えられるが」
とは言っても、エスカレートするとその怒りは膨らみ、いずれは堪忍袋の緒が切れる――が、それは杞憂で、その小さないがみ合いは、屋上に現れた薫の声で潰された。
「先輩、これのどこが仲が良いと言えるんですか?」
「そうだわ!私がこんな男と仲良くしているなんて!勘違いにも程があるわ!って、先輩?!」
例のスキルで誰かが屋上の戸口から出てきたことを察知していた彰人は、屋上に来ることができる者は薫だけだと判断し、驚くことなく、薫の方を向いて言った。このことから彰人がそれほど怒っていないことがわかる。
しかし、沸点の低い栞は怒りそのままに声のした方に言い放ち、それが先輩の薫だと知って、驚き、目を点にしている。
「私の勘違いか。それで、お前が三嶋だな」
薫がおもむろに栞の方を向いて言った。
「は、はいっ!」
栞は先輩という目上の存在に無意識のうちに外面を被っていた。相手があの神崎の娘ということがそれに拍車を掛けているようだった。
「そうか。話し方は気にしなくていい」
「そ、そうは、いきませんわ。先輩はましてや――」
「神崎グループの最高責任者の娘だから、か?」
「す、すいません!気に障りましたら、謝ります!」
「気に障るというのなら、その態度の方が、気に障るんだが」
「すいません!」
「いや、だから、その態度――」
「先輩。言っても意味ないですよ、こいつ馬鹿――」
無限ループに陥りそうなやり取りを見兼ねて、彰人が口を挟んだ。
「だから!馬鹿って何よ!あなたの方が一億倍馬鹿よ!」
その効果は絶大で、彰人が『馬鹿』の文字を言い終える前に栞は彰人に喰ってかかっていた。
「はいはい、俺はお前より一億倍馬鹿だ。これでいいだろ。その代わりお前はこれから先輩とはその態度で接しろ」
「何がその代わりよ!って、私、先輩の前でこんなはしたない喋り方を!」
「馬鹿だからだろ」
「きぃぃぃぃ!もう、いいわよ!わかったわよ!この態度で接すれば良いのね、先輩」
開き直った栞は、先輩に対するものとは思えない口調で言ったが、
「ああ、その方がお前は生き生きしている」
薫は満足したように頷いて言った。
「ふ、ふん。これで気が済んだでしょ」
「ふふっ。それと、彰人、お前もこれからは私を苗字で呼んでいい」
照れたのかそっぽを向いた栞に笑みを零した薫は、彰人に向き直り、言った。
「へっ?俺は先輩の手下ですよね?」
「手下だからって苗字で呼んではならないというわけではないだろう」
「……そうですけど」
「あなただけ逃げるのは卑怯じゃないかしら」
と、栞は渋る彰人を白い目で見て言った。
「何が卑怯なのかイマイチわからねえが、わかったよ。神崎さんがそう言うんだったら、仕方ねえな」
栞に白い目で見られたからではないが、彰人は薫を苗字で呼ぶことに違和感があっても、忌避感はなかったので、薫に従った。
「初めは、さん付けも仕方ないか」
「ん?何か言いましたか、神崎さん?」
「何も言ってないが?」
「……気の所為か」
「何か、予感がするわ」
二人のやり取りを見ていた栞がぼそっと呟いた。
「はっ?どういうことだよ」
と、彰人がその呟きを問い質したが、
「まあ、そんなことより。どうするつもりなんだ?」
薫が彰人を遮った。
「……そうですね」
特に気にならなかった彰人は薫の問いに対する答えを考えた。
「だから私がこいつの家に行って見ればいいだけじゃない」
「まあ、それだけの話だが」
「俺がどう両親に説明すればいいんだよ、っていうことだ。劣等生の俺と優等生のお前では接点が無さ過ぎるから、でっちあげるにしても、でっちあげられるものがねえんだ」
「はぁ?何?もしかして、あなたは家族に迄隠しているの?」
「家族に迄じゃなくて家族と親戚と幼馴染みだけだ。それ以外にばれたとしてもどうでもいい」
「……変な奴」
「おまえにだけは言われたくねえ」
彰人は思ったままを口にしたが、言い終えるが早いか後悔した。
「はぁ!私のどこが変な奴よ!」
栞が軽口を真に受けて怒りを爆発させた。
彰人は、しまったと思いながら、これからは注意をしようと自らを戒めた。
――しかし、すぐに怒るな、こいつ。しかもなかなか収めてくれねえ。めんどくせえ。
と、思いながら、怒りながら自分が変な奴ではない理由を事細かに延々と並び立てている栞を傍視していた。
「本当に仲がいいんだな。実はずっと前から友達だったのではないのか」
手を拱いている彰人を見て薫が言った。
「俺はずっと前からという以前にこいつとは友達になったときなど一切ありません、神崎さん」
「そうだわ!私がこんな男と仲がいいだなんて!」
「ほら、仲がいいじゃないか。というか、それよりもどうするつもりなんだ。もう昼休みが終わるぞ」
「そうね。なら、すごく不本意だけれど、私があなたの友達ということにすればいいわ」
「いや、だから、優等生のお前と俺が隣席だからと言って、納得できるかという――」
「だったら、こうしよう」
見るに見兼ねたように薫が割って入った。
「彰人は三嶋のとある物を誤って持ち帰ってしまいそれを返したいということになったが、そのことで喧嘩をしてしまう。仲直りして返すことになったが、そのとある物は三嶋にとって人目を憚るような物だったために彼の家に直接取りに行くことになった――というシナリオでいいだろう」
「う~ん。変なところはないし、いいですね」
「………………人目を憚るってどんなものなのよ」
薫の即席のシナリオを全面的に受け入れた彰人に対し、栞は一部分に難色を示していた。
「それは、三嶋が考えればいいし、何も思い付かなければ、『とある物』のままにすればいい」
「とある物ね…………わかったわ」
「そうか、なら後は彰人と琉璃が仲を直せば、一件落着だな」
その返答に薫は好意的な笑みを浮かべて、話題を変えた。
「何、他に怒鳴り付けた女がいるの?」
「変な言い方すんじゃねえ。妹だ、妹。妙に勘が鋭いな」
「まあね。というか、妹がいたのね。ふ~ん、だから顔を合わせるのが気まずくて珍しく早く来ていたのね。少しは可愛いところもあるのね、気持ち悪い」
「ちっ……俺は自分が気持ち悪いと自覚してるからな、傷付くことはねえ。もう、チャイムが鳴るから俺は教室に帰るぞ」
罰が悪そうに舌打ちしながら、彰人は戸口に向き直って、ずかずか歩き出した。
「ふふっ、そうだな」
「あら?もうこんな時間だったの」
彰人に続いて、薫が心の底から楽しそうな笑みを浮かべて歩き出し、栞が時計を見て時間の経つ早さに驚いて歩き出した。