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主人公に対する先輩による問題解決パート 2

全体的に文体を変えさせていただきました。内容自体は第六話だけ大幅に変えさせていただきましたが、それ以外は変わっていません。

あくまで僕自身が変に感じたので変えさせていただきました。


すいません、この話も後半に変な部分があったので、修正しました。

まだ初心者なので、変な部分や矛盾点が多いですが、ご容赦願います。すいません。

 「結局何処に向かってるんですか?」


 流石に町の中で手を繋いでいるのはまずいだろうと、途中で離してもらった彰人は、普段と同じく薫と並んで歩いていた。

 制服で、堂々と。

 薫と居るうちに耐性ができたのだろう。

 果たして良かったのかは、神の知るところだ。

 ちなみに、誤解がないように言うと、別に恥ずかしかったり、どぎまぎしたから手を離してもらったのでは決してない。

 薫が男と手を繋いでいるのは、薫が有名なだけあって、良からぬ噂が立つだろうと考えてのことだ。


 「まずいコーヒーを飲んで思い出したのだが、コーヒーがおいしい喫茶店を知っている。そこへ行こうと思う、どうだ?」

 「どうだって言われましても、俺は何処でも構わないんで、先輩についていきますよ」

 「では、地平線の先まで行こう。ついてきてくれるな?」

 「……………………冗談ですよね」

 「ああ、冗談だ」

 「…………ははっ」


 彰人は、先輩でも冗談を言うのですね、と思いながら、渇いた笑いをこぼした。

 冗談ではなかったらどうやって逃げようかと考えていたことは、勿論心に秘することにした。


 「そ、それでだが……彰人」

 笑う彰人を見て――たどたどしくだが――覚悟を決めたように薫が切り出した。


 「なんです、先輩」

 それに対して、彰人は、そんな薫の心中などに気付いていないのか、普段通りの振る舞いだった。


 「な、殴ったことだが、すまない。気付いたら、殴ってしまっていたのだ。あっ、いや、こ、これは言い訳だな。 と、とにかく! 暴力を振るっていい理由などなかった。すまない、この通りだ、許してくれ」

 薫はあたふたしながら言うと、律義にも頭を深く下げた。


 「へっ?」

 彰人は、一瞬目を点にして硬直していたが、すぐに笑みを浮かべて、

 「許すも何も、感謝したいぐらいです。先輩の言葉で蒙が啓かれましたし、立ち直ることもできました。殴られたことぐらい、気にしてませんよ」

 と、言った。


 「そうか!私を嫌いにならないでくれるということか?」


 神妙だった顔が、刹那のうちにパァーッと輝き、安心と喜びに満たされた。

 その顔は、普段の顔からは想像できないほどに、純真無垢、天真爛漫を絵にしたような可憐なものだった。


 「あ、当たり前ですよ。じゃなかったらここまでついてきてないですから、あっははは」

 その変貌ぶりに茫然自失に陥った彰人は我に返ると取り繕うように白々しく言った。

 一見男前で、男勝りな性格の薫は、変なところで、可愛いと言えばいいのだろうか、女子らしい一面を窺わせるのだ。

 その不意打ちに二次元一筋の彰人でさえ、平静を保つことが困難になるのだ。


 「そうか、そうか!もしかしたら、私に怯えてついてきているだけなのかと思っていたが、杞憂でよかった!」


 不安がすっかり解消されたからか、薫は足取り軽く、歩き出した。

 そして、彰人は、そんな薫の後を追い掛けようと、足を踏み出そうとした、そのときだった。


 「そこの君達、堂々とこんなところで何やってるのだね」


 彰人と薫の背中に陽気な声が投げ掛けられた。

 振り向くと、そこには白髪混じりの壮年の制服警官がいた。

 陽気な声を裏切らない朗らかな人物のようだった。


 「あっ」


 ここでようやく自分が堂々とし過ぎていることに気付いた彰人は、周囲を見回して、衆目を集めていることを確認した。


 ――どうすんだよ!言い逃れできねえし!現行犯じゃん!


 そして、今更の如く、右往左往と慌てふためいた。

 しかし、流石というべきか、薫はその隣で堂々としていた。

 腕を組み、仁王立ちで、静かに警察官を睨め付けていた。


 ちなみに、彰人は気付いていないが、衆目のほとんどは彼ではなく、薫と制服警官に集まっていたのだ。

 ここ一帯では薫の顔を知らない者はいないし、学校にいるはずの彼女が堂々と町を歩いていたとしても、話し掛けたり、ましてや叱ったりは絶対にしない。

 だが、職務だとしてもその例に漏れず、声を掛けないであろうと思われた警官が、声を掛けたのだ。

 そんな異常事態――または、以上の事態――の成り行きに衆目が集まっていたのだ。


 「行き付けの喫茶店に行きたくてな」

 少しの間、睨め付けた末に、薫は平然と言い放った――まるで、己に後ろめたいものなどないと言わんばかりに。


 「放課後ではだめなのかね」

 「だめなんだ」

 「…………緊急の用件かい?」


 警官は薫の否応のない物言いにわずかに眉を動かすと、目を細めて、訊いた。

 その声は低く、陽気さが消えていたが、


 「いや、違う。ただ欝陶しいから学校を抜け出しただけだ」

 「そうですか、ならば、後は交番で聞きましょうか」


 薫の返事を聞くと、すぐに元の朗らかな顔で、陽気な声でそう言った。


 「ああ」

 とだけ、静かに答える薫に対して、彰人は、


 「ええっ!!やっぱり、連行されるんですか!!親と呼ばれるんですか?!」


 完全にテンパっていて、手が付けられないような状態になっていた。


 「おい、見苦しいぞ、彰人。堂々としていろ、曲がりにも私の手下だろう」

 と、薫に背中を思いっ切り叩かれて、一喝されても、


 「無理ですよっ!!俺は、先輩ほど肝が座ってないんですよ!!ていうか、先輩力入れ過ぎです!背中超痛いです!!」

 という為体ていたらくだった。


 「…………取り敢えず、歩きましょうか」

 それを少し離れてたところから見ていた警官は隙を見つけて声を掛けた。


 「ほら、歩け」


 その声を受けて、薫は看守のような台詞を彰人に放ち、歩き出し、その隣に彰人が並んだ。そして、歩き出した二人の後ろにぴったりくっつくように警官が歩いた。


 その警官が、

 「行き付けの喫茶店はこちらでよろしかったでしょうか、お嬢」

 と、二人にしか聞こえない声で、視線を前に向けたまま、言った。


 「ああ」

 それに対して、同様に視線を前に向けたまま、薫は、答えた。


 「…………へ?」

 しかし、彰人にとっては、そのやり取りは先程の薫と警備員とのやり取りぐらい理解不能だった。

 更に、警官が交番に行くと言いながら、薫が先に歩き出すし、その歩き出した方向は、彰人の知る交番のある方向とは真逆だったのだ。

 彰人は、ただただ現状に混乱を極めるだけだった。

 そんな混乱する彰人を放置して二人は前を向いたまま、まるで前にいる架空の人と話すように言葉を交わしている。


 「そうですか、お嬢を満足させる喫茶店がこちらにもあったとは知らなかったもので」

 「まあな、最近できたばかりなのだ」

 「そうでしたか。お嬢がお気に召すのならば、興味を覚えることを禁じ得ませんな。いつか行かせてもらいましょうかね。ところで、隣にいるお方は手下とおっしゃっておりましたが?」


 壮年の警官は薫の気に入った喫茶店に興味を覚えながら、より興味を覚えた対象に話題を写した。

 その対象というのが、薫の隣で混乱が臨界を越えて、思考回路が焼き切れたのか、耳から、ぷすぷす、という音を出しそうな感じで、頂垂れている彰人だ。


 「そうだ。私の手下第一号だ」

 「ほう、とおる様が、お嬢に手下ができたと突然電話で嬉々としておっしゃられるので、どんな人物かと思いましたが………………………面白いお方ですな」


 警官は、前を歩いている彰人を見て、しばらく悩んだ揚句、言った。その声音からは、「何故このような人物を手下にしたのだ?」、という気持ちが、隠し切れずに滲み出ていた。


 「ふふっ、だろう?」


 しかし、そんな――変な人に対して、『個性的な方ですね』と言うようなものである――褒め言葉なのか、皮肉なのか判然としない評価だったにもかかわらず、薫は、我が意を得たりと言わんばかりに、満足そうに、嬉しそうに言った。


 「見た目が雑魚だし、実際私が雑魚そうなチンピラから助けてやってるし、女に吠えたぐらいで、落ち込んで自殺しそうな奴みたいな顔するし、お前に声を掛けられたぐらいでこの有様だ、と思えば、家族のことや友達のことになると、鬼に豹変するのだから、まったくどんな奴か掴めんのだ」

 「……………………ほう、お嬢にまでその為人ひととなりを見抜けないとは、まるで別次元の住人のようですな」


 まるで自分事のように嬉々として手下のことを話す薫を見て警官は平静を保っているのが、精一杯だった。

 なぜなら、彼の目の前の情景など、以前ならば想像できないようなものなのだ。

 特殊な家庭故に孤独に当然のように身を置いていた彼女が、家族や知り合い以外の者の前で心底からの笑みを浮かべるとは考えられなかったことなのだ。

 薫は手下というよりかは、手の掛かる愛しい弟の話をしているようにさえ警官には見えたのだ。彼はその考えを、まさかそれはないだろう、と切り捨てられず、困惑していた。

 だから、彼が何気なく口にしたにも拘わらず、期せずして的を射ていた言葉に彰人が肩を震わせて反応していたことに気付いていなかった。


 「ふふっ、お前の言う通りかもしれん」


 という薫の忍び笑いを含んだ台詞を最後に三人は黙って歩を進めた。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「ここだ」


 薫が言って足を止めた。

 そこは、薄汚れた喫茶店の前だった。

 その喫茶店は負けず劣らず薄汚れた三回建てのビルの一階に入っていて、最近できたのではなく、ビルができたときからあるようにしか見えなかった。

 中は薄暗く、窓からは中がどのようになっているかはわからなかった。

 扉に掛けられた『OPEN』のプレートだけが、その店が開いていると示す証だった。

 そんな喫茶店に薫は臆することなく、入っていった。

 思考停止していた彰人は機械的に後を追おうとしていたが、


 「君、君。名前は何と言うのかね?」


 警官に呼び止められた。


 「俺ですか?俺は、桐塚彰人です。もしかして、身分証明書を出さないといけないんですか?後で、学校とか両親とかに連絡するんですか?」

 「ははっ、大丈夫。君を取って食ったりはしない。桐塚彰人君というのだね。では、桐塚君、お嬢を頼む。友達付き合いが不器用な方だが、どうかいつまでも友達でいてやってれないかね」

 と言うと、警官は頭を下げた。


 「と、友達なんておこがましいです。俺はまで手下ですから。ですが、ずっと手下ではいるつもりです」


 彰人はそんな警官に対して、あたふたしながら答える。


 「そうか。そうして頂けると、嬉しい。ありがとう、桐塚君。では、私は職務があるので、これで」

 そう言って、警官は交番の方向に歩き去った。


 結局は正体はわからずじまいだったが、彰人にとってはそれは瑣末事だった。ただ、薫は慕われている、または大事にされているのだという事実だけで十分だったのだ。


 「おい、彰人!何している、早く入ってこい」

 「あっ、今行きます」


 壮年の警官の背中を見ていた彰人は薫の声に我に返り、喫茶店にあたふたと入った。


 「そいつが手下ですかい」


 入った彰人を待ち受けていたのは、野太い声だった。

 その声の主は、カウンターを挟んで薫と向かい合っていた男だった。店内には彼しかいないようで、他に店員はいないようだった。

 男はまだ春になったばかりだというのに、黒の薄着のシャツに上から白いエプロンを着ているのだが、シャツやエプロンの上からでもわかるほどに男の体が筋骨隆々だったのだ。

 しかも、顔も一目で堅気かたぎではないとわかるようないかつい顔立ちなのだ。

 それだけに、白いエプロンを着ている姿はぎくしゃくとしている。

 そんな男に睨まれるのだから、彰人にとっては一溜ひとたまりもなかった。

 蛇に睨まれた蛙ように縮こまってしまっている。


 「まあ、立ってないで、座ってくだせえ」


 しばらく彰人を値踏みするように睨め付けていた末に、男は二人にカウンター席の椅子を勧めた。

 勿論だが、二人は躊躇わずに並んで座った。


 「お嬢はいつものでいいですかい?」

 「ああ」

 「んで、お前は何にすんだ?」

 「えっ、え~と、普通のコーヒーで」

 「はいよ。…………それでだがな、お前…………缶コーヒーを持っているというのは、俺の作るコーヒーとそいつを飲み比べるということか?」


 男は怒ることなく、彰人がカウンターに置いた缶コーヒーを指差して言った。


 「…………………………」


 彰人は俯いて縮こまって答えない。

 弁護するようだが、喫茶店までの道では、彼は混乱していて缶コーヒーの存在を失念していて、警官と別れて、喫茶店に入ろうとしたところで、ドアのノブに伸ばした利き手が缶コーヒーで塞がっていることに気付き、ここで初めて思い出したのだ。

 飲んだとしても、都合よく近くにごみ箱などなく、空き缶を捨てることも叶わないので、飲むことなく、仕方なく持って入ったのだ。


 「それは、私が上げた奴だろ。まだ、飲んでなかったのか」

 「お嬢のおごりですかい。それを飲まねえとはどういう了見だ、小僧」


 二人からの責めるような言葉に、特に完全にキレている男の言葉に更に萎縮した彰人は搾り出すような声で答えた。


 「流石に先輩の一度口を付けたのを飲めというのは…………」

 「…………一度口付けたんですかい、お嬢」

 「ああ、まずくて飲めなかったが、捨てるのも勿体ないから、彰人にやったんだ」

 「……………………怒ってすまねえ、許せ。お前も大変だな」


 薫の返事を聞いて、男は彰人に謝るだけでなく、励ましの言葉を送った。


 「あ、はい。ありがとうございます」

 「おい、それはどういうことだ」

 「別に意味はありませんよ。俺の名前は、男吉だ。お前は何て言うんだ?」

 「桐塚彰人です」

 「おい、無視をするな!」


 頭をぺこぺこ下げる彰人と男吉が友好を深める横で、薫がその言葉の意味を男に問いただすも、煙に巻かれていた。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「ていうか、先輩この店って新しいんですか?」


 注文を受けてから豆を挽くという本格さや男吉の手際の良さに彰人が興味津々にその作業を眺めながら、彰人は、間を持たすためか、切り出した。

 少しばかり直接的過ぎる言い方だったが、彼の言う通り、結構古い店だったので、薫と男吉は目くじらを立てることはなかった。


 「この店自体は前からあったのだが、前の主人が癌を患って、この店を懇意にしていた私の父がそれを聞き付けて、組の下っ端を派遣したのだ。その下っ端が男吉で、男吉が主人の元に行き、修業を始めたのが、三年前で、最近やっとおいしくなったのだ」

 「おいしくなったじゃなくて、飲めるようになったの間違いではないですかい、お嬢?コーヒーなんざ飲んだこともねえ俺が喫茶店で働けって親分に言われたときにはどうしたものかと思いやしたが、今となればこれが天職だと思ってる。だが、三年経っても、てんで主人マスターの足元にも及んでねえ」

 「そうだったんですか。主人はどうしているんですか?」

 「死んだよ。癌だっつーのに、俺の面倒を見て、死んじまった。末期で老い先長くなかったから、俺に全てを叩き込みたかったんだろうよ」

 「…………すみません」

 「別に誤ることではないだろう、彰人」

 「お嬢の言う通り、気にすることはねえ。主人マスターが死んだのは二年前だ。それからは自分の手で頑張ってんだが、まだまだだな」

 「大変ですね。コーヒーを知らない俺なんかの言葉は軽いと思いますが、頑張ってください、とだけ言わせてください」

 「おうよ。その言葉だけ十分だ。ほら、できたぞ」


 彰人と薫と言葉を交わしながらも手を休めず作ったコーヒーを二人の前に並べた。


 「すまないが、男吉、こいつと話があるから、席を外していてくれないか」


 コーヒーが出されたと同時に薫が言った。


 「わかりやした」


 男吉にそう答えると、店の扉に掛かっている『OPEN』のプレートをひっくり返して『CLOSE』にするという容姿からは想像できないような細やかな気配りを見せてから、店の奥に消えた。更に消える前に、意味深な笑みを浮かべて「ごゆっくりしていってくだせえ」、と言う、徹底ぶりだった。

 だが、その真意に二人は気付かずに、言葉をそのままの意味で受け取っていた。


 「先輩、話に入る前に、聞かせてほしいことがあるんですけど」


 彰人は男吉が奥に消えたことを確認して切り出した。


 「なんだ?」

 「あの人達はどういった方達なんですか?男吉さんと同じだったりしますか?だけど、警察官でしたし…………どうなんですか?」


 『あの人達』は勿論、学校の警備員と先程の警官を指す。

 彰人は、薫を『お嬢』と呼ぶことから、薄々正体に気付いていたが、矢張り気になって、というか気にならないわけがなく、訊いたのだ。


 「ああ、まだ言っていなかったな。まあ、おおざっぱに言えば、神崎グループが神崎組だったときの構成員だ」

 「そうですよね…………」


 彰人は、「よく、転職できましたね」、という素直な気持ちを言葉にすることを躊躇うほどには常識人だった。


 「組では下っ端がそれこそ掃いて捨てるほどいたが、組が健全化するに当たって、そいつらの処遇に困った父が警備会社を設立してそこに下っ端の一部を正規の訓練を受けさせて従業員として配属させたのだ。組の全構成員を大切にする父には切り捨てるという考えなど初めからなかったのでな、今では下っ端の全員が神崎グループの持つ警備会社や土木建築の会社、子会社の工場こうばなどに配属されて働いている。ちなみに警備会社は何故か高い実績を残していて予想を超えて利益を上げている」


 薫はそんな彰人の心中を知ってか知らずか、言った。


 「それと、あの警官は忌部いみべという奴なんだが、ぶっちゃけるとだな、神崎グループが神崎組のときに警察に送り込んだ内通者だ」

 「ぶっ!!」


 神崎がさらっと口にした言葉に彰人は口に含んだコーヒーを吹いた――と同時に店主の顔を思い出し、必死にカウンターをハンカチで拭いた。

 だが、その後に続けられたが話の内容が更なる驚きをもたらした。


 「神崎組から逮捕者がほとんど出なかったのは彼を含めた数人の内通者のおかげだったのだがな、忌部の存在がばれてしまった。逮捕されると思っていたのだが、内通者を許してしまったことを公にすることを面子ばかり考えている上の連中が許すさなくてな、結局若かった彼は不自然に思われないために首にされることなく、左遷されて交番に勤務することになったのだ」


 薫が世間話のような気軽さで話した話しの内容は一般市民の彰人にとってはお伽話のようにしか聞こえなかった。


 「なんか、凄いですね」

 「ん? そうか?こんなこと笑い事だと思えるような話しなど腐るほどあるぞ」

 「もう、結構です」


 普通に話しそうなので、彰人はそれを遮るように言葉を挟んだ。


 「そうか。なら、本題に移るか」

 「あっ、はい」


 薫はそれに機嫌を損ねることなく話しを本題に移した。


 「で、何で優等生を怒鳴り付けたんだ?」


 薫は彼女らしく単刀直入に訊いた。


 「その理由を話すには昨夜のことも話す必要があります――」


 彰人はそれに驚くことなく、昨夜にあったことを淡々と話した――ラノベに繋がる情報はうまく隠しながらだが。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「――ということなんです」


 昨夜のことから今朝に至るまでのことを彰人が淡々と話すのを、薫は瞑目して聞いていた。


 「何か隠しているようだが?」


 が、彰人が話し終えると、おもむろに目を開け、言った。

 流石にラノベに繋がる情報を伏せながら話すのは、困難で、彰人自身も話しながら不自然なところがいくつかあることに気付いていた。

 例えば、何故琉璃と喧嘩することになったのかや何故優等生の栞に話し掛かけられたのか、などだ。

 更に、情報を伏せるとして、どこまでのものを伏せるべきか否かを判断するのも至難で、どうにかなるだろうと思っていた彰人にとって、手痛いしっぺ返しだった。

 とは言っても、


 「だが、まあ、今回の件の本質的な原因は別のところにありそうだから、無理には訊かないがな」


 と、薫が言う通り、ラノベが原因ではあれど、主因ではないのだ。

 ネタ帳を奪われたために栞と接触を持つことになり、それが何故か琉璃に見抜かれたから、喧嘩になったのは確かにそうだ。

 だが、ネタ帳を奪われて琉璃と喧嘩するに至る一連の出来事はきっかけに過ぎないのだ。

 栞と接触したからと言って、必ず琉璃と喧嘩するわけではないし、琉璃と喧嘩したからと言って、必ず喧嘩別れになるというわけではなかったのだ。

 つまり、今回琉璃と喧嘩別れになった原因がたまたまネタ帳を奪われて、たまたま栞と接触を持ったことで喧嘩になったからだけであり、喧嘩別れになるような出来事であれば、その全ては原因に成り得たのだ。

 これは原因であるも、主因ではないことを示す――すなわち、ただのきっかけだ。

 ならば、何が主因なのか?

 それは、明白だ。

 彰人が『死んじゃえばいいのに』というような命を軽んずる言葉を忌み、禁句にしていることだ。

 彼がそんな言葉を忌んでおらず、禁句にもしていなければ、激怒することなく喧嘩別れを回避できたのだ。きっかけをただのきっかけにすることができたのだ。

 勿論今からどうこうできることではない。

 既に過去のものなのだ。

 それに、『彼が忌んでおらず、禁句にもしていなければ』、という仮定が成り立つことは絶対にないのだ。

 なぜなら、これは長い間彼の中で放置された心の傷だからだ。

 本人が完治したと勘違いして放置された結果、その傷口が広がってしまい、心を侵食し、治すのは一筋縄ではいかなくなってしまっていた。

 だが、救いなのは、この件でその患部が露になって、彰人がその存在に気付いたことだろうか。


 「いえ、話したいと思います。直接的ではないですけど、間接的に関係していますから」


 彰人は、そう前置きして再び話しはじめた。



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「時系列にしたがって話したいと思います。


 「先輩は知らないと思いますが、俺は小学四年生のときに母を奪われました。よそ見運転していた車に撥ねられて死んだんです。


 「呆気ないものでした。

 「母を失うなんて、ましてやこんな唐突に失うことになるなんて思いも寄りませんでした。


 「母が死んでからの半年間は生きた屍のようだったって、親父が言ってました。

 「俺も今思い返せば、そうだったような記憶はうっすら残ってます。

 「そんな状態から俺を救ってくれたのが、ひいらぎと従兄弟でした。

 「柊は毎日家に来て俺にずっと声を掛けてくれました。

 「そして、従兄弟は俺にある本を勧めてくれました。


 「それが、ラノベ――正式名称をライトノベル――でした


 「ライトノベルは、一般的に若年層を対象とする、会話が多用され、挿絵がある気軽に読める小説という認識でしょうが、それはライトノベルの一つの側面を捉えているに過ぎません。

 「ライトノベルの本質というのは、主人公に自己を投影するというエンターテイメント性です。

 「ファンタジーにおけるライトノベルの主人公は、概して、強力な力、もしくは能力を有しています。天性的、後天的、潜在的などと差異はあれど、それらを有しています。

 「その力や能力で主人公は悪をくじき、善を助ける。そして、その仮定で仲間を増やし、もしくはハーレムというものを形成します。

 「そして、主人公の前ではその仲間の死はほぼなく、死んだとしても、生き返るようなときが多々あります。


 「これが、俺がラノベにのめり込んだ原因です。

 「俺はその出鱈目な世界観に魅了されました――大事な人が死なない世界にのめり込んだんです。

 「ラノベを欲望のままに嬉々として読み漁る俺の姿は元気を取り戻したように見えたのかもしれませんし、俺自身立ち直れと思い込んでました。


 「だが、結局は自分をラノベの主人公に自己投影していただけなんです。

 「これで、立ち直れとは間違っても言えるはずなかったんです。しかし、馬鹿だった俺は、立ち直れたと思って、心の傷に気付かなかったんです。

 「そして、俺はラノベにどんどんのめり込んで、殆ど読み終えてしまい、自己投影するものがなくなると、自分で自分の望む世界を書きました。


 「そして、それに伴って俺はネタ帳をというものを持ち歩き始めました。

 「それに、何を書くか、またはどんな展開にしていくか、といったことを書いていくんです。まあ、所謂いわゆる下書きの前段階のようなものです。


 「それが何故か三嶋の手に落ちていました。

 「その三嶋にネタ帳を返してほしくば、それを読ませろ、と言われました。

 「それが、昨日の晩でした。

 「ネタ帳の紛失に気付き、教室に行くと、彼女がいました。

 「彼女の条件を飲み、家に帰ると、何故か三嶋と会っていたことが、これまた何故か妹にばれていて、喧嘩になったんです。

 

 「で、この有様です。自己投影して、理想の世界を描いて、誤魔化ごまかし誤魔化しでやってきた付けが回って来たんです。

 「妹やクラスメートに一方的に怒りをぶつけた俺はもう家にも学校にも居場所がないんです。



 「あっ!いや、嘘です!もう腑抜けたことは言いませんから、拳を収めてください、先輩!!ぐべっ!!」



               ┠╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┨



 「で、どうするつもりなんだ?」

 薫は殴り倒した彰人を見ることなく、カウンターに向き直って、訊いた。


 「……………………何をすればいいのかわからないです」

 と、言って、彰人は椅子にじ登り、薫と同様にカウンターに向かって、座った。


 「まあ、そうだろうな。何をすればいいのかわかっていれば、とっくにできているという話しだ」

 「…………この事件は俺が気まずさを無視して、妹と三嶋に向き合って謝れば済むと、思います。しかし、それはその場凌ぎに過ぎません。俺がラノベから距離を置かない限りが根本的な解決はない…………ですけど」


 彰人は、カウンター台を見詰めるように、俯きながら、言った。

 そんな彰人に薫は一瞥を与えると、口を開いた。


 「したくないんだろう?」

 「はい。…………ラノベは確かに俺の現実逃避の道具でした――が、それだけじゃないんです。俺はこれに心底惹かれました。それこそ母を奪われなくとも、ラノベに惹かれていたと確信できるほどに。だから、手放したくない!」


 彰人は決意を固めるように、語気に確固たる意志を感じさせる声で言った。

 その声は、換気装置の駆動音以外の音のない部屋にこだまして、やがて霧散したが、まるで意志が隠然たる残留思念となり、場に漂っているように、空気が重くなった。

 心なしか彼の纏う雰囲気も今までにないほどに濃密で、近寄りがたくなっていた。


 その強い意志に当たられることなく、涼しげにしている薫は、

 「…………なら、そうならないように自分で考えてやるしかないだろう」

 と、だけ言って、一件落着と言わんばからにコーヒーを飲み干して、席を立った。


 「えっ?終わりですか?」

 まだ、終わったと思っていなかった彰人が慌てて後を追いながら、訊いた。


 「そこまで考えてんだったら、私が口を挟む必要ないだろ?後は自分でどうにかしろ」

 「はぁ、わかりました」


 いまだ要領を得ていないようである彰人を無視して薫は、

 「邪魔したな。こいつの分の代金もここに置いておく」

 と、言って彰人の分を含めても代金を大きく上回る金額をレジになんでもないかのように置いて、店を出、その薫を追いかけるようにして彰人は店を出た。


 「また来てくだせえ!」


 その背中にいつと無くカウンターに姿を現していた男吉が声を投げ掛けた。

 

 「で、何処に行くんですか?」

 「学校に決まっているだろ」

 「戻るんですか?」

 「驚くことではないだろ?それとも、お前は謝らないつもりなのか?」

 「そんなつもりはないですけど………………仕方がないですよね」


 彰人は心神ともに疲れていて、先程怒鳴り付けた栞に顔を合わせる気まずさに勝てないと思ったが、自分の撒いた種を自分が潰すのは当然のことであり、義務であるから、彼はあまり気が進まないものの、薫の言う通りにするのだった。

何故か薫の出る場面が多いですが、特に意図は無いので気にしないでいただければと思います。

それと、サブタイと内容があまり一致していないこともあまり気にしないでください。

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