主人公紹介パート
「ああっ、もう。どうすればいいんだ!!」
自室で、ワープロのウィンドウが開いてあるコンピューター画面を前にして回転椅子の背もたれを根本から破壊し、分離せんとするように、もしくは究極の万歳を追い求めるように背中を極限まで反らしているのは高校二年生の男子、桐塚彰人。
背は、クラスで背の順に並んだとき、列のちょうど真ん中に位置する程度だ。顔は、街中で見たとしても次の瞬間、いや次の刹那には忘却の彼方に沈んでいると確信できるほどありふれた顔だ。運動神経も、生活にも体育の授業にも何等支障を来さないほどのレベルなのだ。
ただ、勉学に関しては致命的欠陥があった。
学力が皆無と言って差し支えがないほどにないのだ。小学生から試験では一つの科目を除いて平均点を上回ることは稀で、上回ることがあれば、家族総出で――ということは流石になかったが、彼にとっては万万歳だった。というのも、勉強をしないのだ。できないのではなく、しないのだ。
そのしない理由、というか原因というのが、彼の前にあるコンピューターの画面に表示されているワープロなのだ。
ワープロの本文にグラフも数式も化学式も挿絵も挿入されていないことから彼はレポートを書いているわけではないことが想像できる。文字数の欄には13,4893の数字が表示されていた。そして、表題は『暗黒騎士の世直し放浪記』という何とも形容しがたいラノベの匂ひがするのだ。
しかし、それは当然のことだった。
というのも彼は脳内自称ラノベ作家なのだ。
誤解がないように『脳内自称○○』という接頭語を説明すると、家族や友達という親しい者に秘しているものの心の内では自分を○○、または将来○○に絶対なると思い込んでいる内向的に情熱的な者を表す接頭語であり、大人になり現実的になってから振り返れば、「…………あの頃の俺……痛かったなぁ……ばれなくてよかった」と一人哀愁に浸ることになるかもしれないほんのり中二病の勲章だったりする。
*上記の『脳内自称○○』は架空の接頭語であり、実在の個人や団体には一切関係ありません。
そんな彼の情熱は執筆活動にひたすら注がれてきたために学力がないのだ。そして、今日もその情熱は尽きることなく彼に徹夜を敢行させ、眼の下に隈を作らせていた。
「くそっ、こうじゃないんだよなぁ」
描写に苦しめられているようだった。書いては文句を吐いて消すの繰り返しである。それをかれこれ二時間続行している。傍から見れば、紛う方なき職質レベルの変質者だ。
「はぁぁぁぁぁぁ」
『back space』をため息混じりに、苛立ち紛れに、無意味に連打して文字を消しながら彰人はちらりとコンピューターの傍らに置いてあるデジタル時計に一瞥を与えた。
指し示す日時は四月二十五日午前六時前。
カーテンの隙間から覗く外界の地平線が微かに白んでいた。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一層深いため息を吐き出すと、彰人は本文を上書き保存し、ワープロを閉じてコンピューターをシャットダウンした。正常に電源が落ちたのを確認して立ち上がり、後ろにあるベッドに直行し、一時間後に目覚まし時計に起こされることを怨みがましく思いながら倒れ込むようにしてベッドに横になった。