5 竜王との御対面
「そもそも、幻妖っていうのは、モンスターというのと同義かもしれないな。
人間とは違う世界に住んている者のことなんだけど…」
「違う世界…?」
そもそも、そんな世界が存在するのであろうか?
鞆絵としては、ファンタジーの本を読んでいると、そんな世界があって欲しいとぼんやりと思ってみたことがある。
だが、それが実際に存在するとか言われても、何とも言えない。
ファンタジーというのは空想上の世界であるから、色々と自分で想像出来るのであって、それが現実化となると…鞆絵は存在を疑問に思ったりする。
「トモエちゃんはファンタジーの本とか読んだりする?」
「はい」
「んじゃぁ想像しやすいかもね~
その違う世界のこと、人間は幻想世界と読んだりするんだけどさぁ~そこにはいろんな種族が住んでるの。
天使とか、悪魔とか…竜とか。
そんなのは想像しやすいんじゃない?」
「ま、待って下さい」
「ん?」
「天使とか、悪魔とか…竜ってそもそも存在していたんですか?」
それらはファンタジーものにはつきものの言葉である。
天使は神と人をつなぐメッセンジャー。悪魔とは神に反逆するもの。
竜は宝物を護ったり、人間に利益をもたらしたり、もたなさなかったり…
ファンタジーにもしょっちゅう出てくる単語であり、伝承や宗教などで実際にいると見なされているものたちだ。
でも、科学を信頼しているこの現代ではそのようなものが実際にいると考えているものは少ないのではないだろうか?
存在するかどうか分からないものよりも、確実に存在するものを選ぶ。
そういう世界に今はなっている。
「いるよ。だって伝承とか宗教とか、そういうのは実際にモデルが存在しているから出てくるんだよ。
でもね、それを認知出来る者、つまり契約者の素質を持つ者が少ない。
だから実際と違うところもあるんだけどねぇ~」
つまるところ、鞆絵と同じく霊などを見れたりする人が本物の天使や悪魔を見つけて、それを伝承といったものにした…というわけであろうか?
「んじゃぁ~いっちょ行ってみる?幻想世界」
性急すぎる。
目の前にいるアルモニーのトップらしい男はこれが通常発進なのだろうか?と鞆絵は思ったりする。
それとも、これが全部夢物語ではないということを、早く鞆絵に納得させたいがためか?
「まぁ、といっても、俺サマの幻妖と会うだけだけどねぇ~それ以外はちょっと…危険だし」
「危険?」
まさか、また昨日のような目に自分が遭遇すると、目の前の男は言っているのであろうか?
まだ自分はショックを引きずったままであるのに、やめて欲しい。
「大丈夫だって。俺サマ達が行く場所は俺サマの陣地だしぃ?時間もちょっとだけだから大丈夫でしょ。はい、だから行くよ~」
ヘルツバールは強引に鞆絵の手を取った。
目の前の景色が歪み、変化した。
+++
気がつくと、目の前の空間は変わりを見せていた。
鞆絵が最初にみたのは、真っ赤な何か。
「はい、ご到着。トモエちゃん、これが俺サマの契約している幻妖でアルゲベルト・シエル・ロワイヨムって言うの。よろしくねぇ~」
「えっ…どこにいるんですか?」
目の前にいるのは真っ赤な何かだ。
それ以外は何も存在していない。
「トモエちゃん、上を見てよ」
ヘルツバールから言われたため、鞆絵は上を見た。ぐーんと見て首がそれ以上首が上がらないところまで上げて見る。最大限上げた先に頭が見えた。
真っ赤に見えたのは竜の胴体だったようだ。一般的に考えるような竜の姿をしていたが、それにしても大きい。首が痛くなるくらいまで見上げないと、頭が見えない。
『今日は。お嬢さん』
「わぁっ!!」
その巨大な竜は喋った…しかも日本語で。竜は喋れたのか!?と混乱する鞆絵。
それをヘルツバールは楽しそうに見つめている。
『済まないね、ヘルツバールが迷惑をかけているだろう? 急に何か分からないことを聞かされた挙句、ここに連れられてしまって…』
「い、いえいえ!!」
アルゲベルトからみて、鞆絵は米粒くらいの大きさしか見えないかもしれない。動いたら、潰せることだって可能だろう。
アルゲベルトは律儀にも自分の契約者のしたことを詫びてきた。
『ヘルツバールも、もうちょっと段取りを考えたらどうだ?』
「ええ~?だって、見せたほうが早いじゃん? 空想上のことを話されたって、誰も信じてくれないだろう?」
『まぁ、それもそうだが…』
ヘルツバールは怖くないのであろうか? この大きさだと、アルゲベルトの怒りを買ってしまうと簡単に殺されてしまうだろう。なのにヘルツバールはアルゲベルトと一切物怖じすることなく、対等に会話している。
「鞆絵ちゃん、アルに触ってみたら?鱗、結構ゴツゴツしてるのよ?」
「え、遠慮します…」
こんな存在を見せられたら、普通の人間だったらまず逃げ出すだろう。鞆絵が逃げ出さないのは、近くにヘルツバールがいるおかげだ。彼がいないと元の場所に戻ることが出来ないし、鞆絵にはその方法が分からない。
「そう?残念だなぁ~まぁイイか。これで信じる気になったでしょう?」
「はい…」
さすがに目の前の景色を否定することは出来ない。現実逃避すればできそうなものだが、許してくれそうにもない。いわば信じる気に強引にさせる強迫観念だ。
「よし! じゃぁ、目標は達成出来たな!!」
ヘラヘラと笑っているヘルツバール。鞆絵はそんな彼を見て、怖くなった。
この状況下で笑っていられるとは。これがこのヘルツバール・ラバス・ロワイヨムという男なのか?
「あれ?」
そういえば…
アルモニーのトップである彼の名前はヘルツバール・ラバス・ロワイヨム。
契約している幻妖の名前はアルゲベルト・シエル・ロワイヨム。
どちらも"ロワイヨム"という名前がついていることに、鞆絵は気がついた。
「どちらの名前にもロワイヨムって名前がついていますね」
「あ~そのこと? ロワイヨムっていうのはねぇ、一種の称号みたいなものなの。
君主つまり、王様およびその契約者だけが名乗れるの」
「えっ、じゃあ…」
鞆絵は首を最大限上げて、アルゲベルトを見た。
この大きい竜は…もしや…
「アルはねぇ、竜族の君主、つまり竜族の王様、竜王なんだよぉ~」
竜王。その言葉に鞆絵はくらりとする。
竜族というぐらいだから、竜はたくさん存在するのだろう。しかし、目の前にいるのはそれら竜の頂点にいる存在だ。
『ヘルツバール、お前、この状況を愉しんでいるだろう? 彼女が可哀想だ』
「えー? だって愉しいんだもの」
鞆絵はアルゲベルトを見上げるのを止め、ヘルツバールを見た。ヘラヘラとして、本当に愉しそうな表情をしている。
そんな彼をみて、鞆絵はヘルツバールという人間性が大分分かったような気がした。
「ということだから、帰ろうか。トモエちゃん。契約者ではない君がこれ以上長居するのは危険だから」
『ヘルツバール』
こっちに来てと合図するヘルツバールに鞆絵は素直に近づいていくと、アルゲベルトが自分の契約者を呼んだ。
「ん?何?アル」
『神族の君主があんな状態になってしまって、この世界に住む全てのものは困惑しているのだ。
この状況はやはり何とかしなくてはならないだろう』
「……………分かってる」
鞆絵はヘルツバールが今までの表情を一変させ、表情を曇らせたのを見た。しかしそれも一瞬で先ほどの顔に変わっていた。
「そのことについては、また話し合おう。俺サマ達は繋がっているから、話し合う機会を何度でも持てるからな」
そうヘルツバールは言い、鞆絵と手を重ねた。すると、景色が歪み、行きと同様変化した。
+++
先ほどと寸分違わぬ場所に戻り、鞆絵は一息ついた。
あの巨体を見て緊張していた身体が、活力を取り戻したようだ。
「で、俺サマ、どこまで話してたっけ?」
「えーっと…"ロワイヨム"のことは、聞きました」
「あー、そうそうそれそれ!!」
と言って、ヘルツバールは大仰なリアクションを取った。
「あの…最後、アルゲベルト様?とお話していたことについて、説明してくれませんか?」
ヘルツバールの表情を一変させた。アルゲベルトの言葉。
その言葉の意味が鞆絵には気にかかっていた。
「イイよ。どうせ言わないといけない事柄だしねぇ~? ーーあのね、幻想世界には神族という種族があるの」
神、と言われて鞆絵が思いつくものは全知全能の存在。
神話ならこの世界を創ったものとされる創造神といった神様が存在し、人間やその他の動物を作り出し、支配する。
「あー、トモエちゃんの思ってる神とはまた違う存在なのよ~幻想世界にいる神族は竜族と同じく、一つの種族なの。でもね、他の種族とは違うところがあってね、幻想世界の監視者的存在なのよ。
"支配する"わけではなくて、"監視する"の」
鞆絵が思っている神様と実際に存在する神とは存在意義が異なるらしい。
「でもね、神族の君主である、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムは別物。彼女はね、幻想世界の神様といってもいい存在なんだ。
彼女の状態が、そのまま幻想世界や、こちらの世界にも影響を及ぼすことがある」
それは鞆絵が思う、神様と近しい存在ではないだろうか?
状態が世界に影響するとは、一体どういう意味であろうか?
「彼女が喜んでいたら、幻想世界は繁栄する。逆に悲しんでいたら、幻想世界は衰退する。でもね彼女はある時期から理由は分からないんだけど、急に抜け殻みたいな存在になっているのよ~」
「それは…一大事ですね」
「そうそう。理由が分からないんだったら、彼女が何故こんな状態になっているのか分かりっこないもんねぇ~ この世界にもあちこち影響が出てるから、その対応で俺サマ、結構忙しいのよ~」
抜け殻のような存在。そのような状態になったら、みんな困るだろう。原因も分からないとなると、対処しようがない。
どうして彼女はそのような状態になってしまったのか? ヘルツバールにも分からないらしい。それなら、今状況を聞かされたばかりの自分には分かるはずもない。
でも、ある時期からそんな状態になったなら、病気…というわけではないだろうし、急だというのなら、精神的な理由でもあるのだろうか?
鞆絵は考えを巡らせてみたが、全く答えに行き着くことが出来なかった。