3 頂上からの透視
「俺は元々騎士の仕事、つまり悪さをする幻妖を討伐するために、日本に来たんだ。
だが、多数を相手にしていたから、一体逃がしてしまってな。それがトモエを襲おうとしたやつだ。
お前…本当に運が良かったな」
「へ?」
「普通、契約者の素質があるやつはそういう奴に襲われて、何も知らないまま死ぬことも多い」
「えっ…」
「今まで何ともなく生きていて、しかも俺から事情をある程度知ることが出来た。
そういう者は本当に貴重なんだ」
鞆絵はただ唖然となるしかない。
何も知らないまま死んでしまう?
自分は死と隣り合わせの人生を送っていたのか?
「日本は人を乗っ取ろうとする幻妖は欧米諸国に比べたら圧倒的に少ないからな。
それがトモエにとって、幸いしたのだろう」
いやいや、勝手に結論を出されては困る。
今までのコルボーの話を反芻して考えると、何かヤバい話になるのではないのか?
「で、逃がした一体がたまたま契約者の素質のあるものの気配を感じ取った。
その場所がこの家だろう。
だから、奴はここに侵入した」
「そのとき私は学校から帰る途中で家にはいなかった…
けど、お父さんとお母さんは家にいた」
「人を襲って、強くなろうとする幻妖は契約者の素質がある者を喰らい、素質がないものは自分の悦楽のために殺そうとする」
さすがにここまで聞いたら納得出来る。
つまるところ、血走った目をしていた男の言うとおりだったのだ。
父親と母親はそいつに…殺された。
鞆絵が来るのが遅かったために。
「言っておくが、お前のせいじゃない。
元々、原因は俺が取り逃がしたせいだからな」
「………あの」
鞆絵はまた涙が出そうになっていた。
少し意味不明な言葉はあるが筋が全て通っているこの話を、もう夢物語のように疑ってみようとは思ってはいなかった。
「コルボーさんが倒したあの人は、悪霊に操られていたんですよね?」
「そうだ」
「元に戻すことなんて、出来なかったんですか?」
操られていたのなら、決してこんなことをすることを望んでいなかったはずだ。
「元に戻す方法は、ない」
「そんな…」
「契約者の素質がないものが幻妖に身体を乗っ取られた場合は、なす術がない。乗っ取られた瞬間にはその身体の持ち主は死んでいる。
だから、せめて楽にしてあげるためにも、早く殺してあげる必要があると俺は考えている。
そういう仕事についているから、俺はそう割り切れるが、トモエはそう割り切れないだろう?
やっていることは人殺しと何ら変わらないからな」
何とも言えなかった。
でも、あのときコルボーが殺していなければ、自分が殺されていたのは間違いない。
あのとき、どうすれば良かったのだろうか?
最善の答えを見つけることは難しくて、鞆絵はそのことを考えるのを一旦放棄した。
「銃を所持していても…大丈夫なんですか?」
鞆絵が尋ねたのは男を殺すときに使った銃のこと。
日本はアメリカとは違い、容易に銃を持ち歩ける世界ではない。
「ああ、大丈夫だ。アルモニーの権限でなんとでもなる。
アルモニーはとても古い組織だから、世界中の権力者とも太いパイプを持ってるんだ。
それに法に囚われていたら、人間に悪さをする幻妖は倒すことは出来ない」
とりあえず、それを聞いて鞆絵は安堵した。
助けてもらったのに、自分のせいで彼が捕らわれの身になるのは嫌であったからだ。
「っと、まだ話さないといけないことはあるが、それは一旦置いといて…
今日はどうする?両親に…会いにいくか?」
コルボーが言うに、父親と母親はまだ病院にいるらしい。
なら会いに行かないといけないだろう。
父親と母親の親戚はいない。
ということは、二人の血縁関係者は自分だけになる。
それに、自分で見て確認したかった。
二人が今、どうなっているのかを。
コルボーの言うことを信頼していないわけではないが、どんなにそれが苦しいことであっても、自分の目にその光景を写し取らないと鞆絵は前に進めない気がしていた。
「はい。病院に行きます」
「そうか、じゃあ護衛に俺も行く。
幻妖に一旦狙われた以上、狙われる可能性は高くなるからな。
それについての話もしないといけないが…それは病院に行く途中で話すことにしよう。
それで良いか?」
「はい」
「じゃあ準備ができ次第、出発しよう」
コルボーは機敏な動作で立ち上がった。
鞆絵も立ち上がる。
次にやらないといけないことを考えることによって、涙を流さないようにしながら。
+++
病院は歩いて20分のところに存在していた。
その距離を黒衣の男性と少女は歩いていく。
人通りは平日の朝ということもあってか、少なかった。
「トモエには親戚はいるか?」
唐突だったが、コルボーが質問してきた。
話と関係があるのだろうか?と思いつつも、答える。
「いませんよ」
「そうか…」
両祖父母は若いときに亡くなっていたり、鞆絵が生きていたときに亡くなったりして、いない。
両親の兄弟姉妹はいない。両方一人っ子であった。
両祖父母の兄弟姉妹はいるらしいが、鞆絵は会ったことがないためか、わからなかった。
「今後のことを考えると、トモエはまた狙われる可能性が高い。だから…」
「だから?」
「やること全て終わったら、アルモニーに来ないか?」
寝耳に水というのは、こういうことなのだろう。鞆絵は返す言葉を持たなかった。
しばらく歩いて、鞆絵は疑問を口にする。
「アルモニーって、何処にあるんですか?」
すごい組織だなーと勝手気ままに思っていたものの、それが自らに関係してくるとは思いもよらなかった。
「イギリス」
確かに、考えればわかる。
アルモニーという組織の表向きは世界的大企業である。
その本社はイギリスに存在していた。
鞆絵はイギリスに行ったことがないばかりか、海外旅行もしたことがないし、そもそも日本という島国から出たことがない。
「そこで暮らすことになるんですか?」
「多分、そうなるだろうな。
詳しいことはじじいが決めることだが…」
「?誰ですか?」
「アルモニーのトップ」
コルボーは容易いように言ってはいるものの、世界的大企業でもあるアルモニーのトップをそんなふうに呼び捨て扱いするとは…
あーでも、表向きと裏向きのトップは違うのであろうか?
コルボーは騎士という職種?で、アルモニーに所属しているはずだ。
ということはアルモニーのトップはコルボーにとって上司になるのではないのだろうか?
「トモエが病院にいる間、じじいとそこらへんは話をつけておく。
アルモニーに行かない選択肢を取ったとしても、護衛の件で世話になるだろうからな」
「わかりました」
話がどんどん飛躍して行っているような気がするのは気のせいだろうか?
さすがにもう思ったりはしないものの、これが全てコルボーの考えたデタラメだった場合、コルボーは相当のペテン師ではないだろうか?と鞆絵は思ったりしていた。
+++
両親の遺体を視に行ったトモエと別れ、ヴィスは病院の屋上にいた。
人は全くの皆無である。
ヴィスは自分の姿と声を隠す結界を張った。
「おい、じじい!!
ヘルツバール・ラバス・ロワイヨム!!」
ヴィスは何もない空間に向かって叫んだ。
「全く、じじいって呼ぶなってあれほど言っているのに」
そういう声と共に現れたのは、赤髪を長く伸ばし、黒色の瞳をした青年だ。
「じじいだからしょうがないだろう?事実を述べたまでだ」
「まあ、そうなんだけどさー。それを綺麗に隠すのが美徳でしょ?」
「そんなの、知らん」
目の前の青年、ヘルツバールは溜息をついた。
ヴィスは目の前にいるアルモニーのトップが肉体を持っておらず、魔法つまりホログラムのようなものであると知っている。
「で、用件は?」
「トモエ・マツモトについて」
というと目の前の幻影は納得したようなポーズを取った。
「ああ!!彼女、お前が視た感じ…どうだ?」
「素質は高いな」
というと、ヘルツバールは小躍りし始めた。
「イヤッホーイ!!久々の上玉じゃん!!で、どこまで話したんだ?ん?」
「契約者のことや、魔法については全く話してない。幻妖についても…まだだ」
「はぁ!?それって話していないのと同義じゃねぇの?えぇ?」
「大体、信じろというのが困難を極めるだろうが」
全く、無理難題にもほどがあるのだ。
たまたま見つかったから世話をしてやっているのに。
「俺サマ、そっち行くわ」
「はぁ?」
全くこのじじいは。仰天発言ばっかりしやがって。
何がしたいのか全く分からない。
「魔法使えば一瞬じゃん?」
「そんなに暇なのか」
「忙しいに決まってるじゃん☆」
ヴィスは頭が痛くなってきた。
こんなんで"ロワイヨム"を名乗れるのだから、世の中はどうなっているのか本当に分からん。
「大体じじいがくることになると国賓級の扱いになるんじゃないのか?」
「ん~まあそうなるんだけどね~
まあ、俺サマにとっては護衛は不要だし、色々面倒臭いんだよね」
護衛が不要なのはヴィスも同感だった。
彼にとって、護衛は足でまといでしかない。
そもそも、このヘルツバール・ ラバス・ロワイヨムに勝てる人間など、今のこの世の中には存在しない。
現在の世界、核爆弾というとんでもない物を所有している国はたくさんあるが、それよりも彼は質が悪いのだ。
そういう存在がアルモニーのトップに就任しているおかげもあって、アルモニーはー今の地位を築けているのだが…
「ということだから、宜しく~☆」
とかいいつつも、ヘルツバールの方から勝手に切った。
何だかんだ言いつつも、忙しいらしい。
さっき言っていた、こっちに来るという件についても、冗談半分に受け取っておいたほうが良いだろう。
期待は出来ない。
「さて、どう説明したものか」
今のところは順調過ぎるくらい、順調にいっている。
トモエは実際そんなことがあるのかは信じていなそうだが、ある程度の理解はしてくれているようだった。
ヘルツバールとしては、絶対にアルモニーの方へ引き抜きたい存在であろう。
だが、ヴィスにとってはそんなことはどうでもいいのだ。
ヴィスは空を見上げた後、病院の中に戻って行った。